7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と慌ただしい日曜日

7月と慌ただしい日曜日 9

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 結局カフェでヴェルナーさんに本物のチョコレートケーキをご馳走してもらい、次の日曜までに毛糸のモチーフを編み上げる約束をして別れた。
 早速今日から練習しなければ。そう決意しながら寮に帰るとクルトが既に部屋にいた。
 彼はわたしの姿を見るとテーブルに置いてあった箱を指で示す。


「それはお前の分だ。ねえさまがせっかくケーキを用意してくれたのに、お前、出される前に帰ってしまっただろう?」

「そ、それって、ロザリンデさんがとってもおいしいって言ってた例のケーキですか!?」


 クルトの家で食べ損ねたケーキの事、実は気になっていた。先ほどカフェでもケーキを食べたばかりだが、甘いものはいつでも大歓迎だ。
 嬉々として蓋を開けると、中にはチョコレートケーキが入っていた。


「おお、今日はチョコレート祭りだ」


 その呟きにクルトが訝しげな目を向けるが、曖昧に笑って誤魔化し、一切れ手に取り齧りつく。


「お、おいしい……! 甘さが控えめでほんのりお酒の香りがして、今まで食べた事のない上品な味が口に広がる……」

「そうだろう、そうだろう。ねえさまが選んだものなんだから美味いに決まってる」


 クルトは満足気に頷いている。なんだか機嫌が良さそうだ。自分の姉がわたしに異性として好意を抱いているわけではないと判明したせいだろうか。


「ねえさまもまた来週を楽しみにしていると言ってたぞ」


 その言葉にわたしは手を止めてクルトを見上げる。


「……来週って、何か約束しましたっけ?」

「ねえさまが言ってただろう? これからも家に遊びに来てもらえると嬉しいって。ねえさまにとって『これから』とは『これから毎週』という意味で、お前はそれを了承した。だから、お前にはこれから毎週日曜日は俺の別荘で過ごしてもらう」

「そ、そんな! わたしはそういうつもりで言ったわけじゃ……」

「まさかお前、ねえさまに逢いたくないって言うのか? 嘘だろう? 何が不満だって言うんだ?」

「い、いえ、そういうわけじゃ無いですから……ちょっと落ち着いてください」


 確かに今日は楽しかったし、ロザリンデさんの事が嫌いだなんてこともない。でも、目の前で仲の良さそうなきょうだいの様子を見せられたら、嫌でも自分の境遇について色々考えてしまうのだ。それに、何度もフレデリーケさんと顔を合わせるのも少し気まずい。
 逡巡していると、クルトが何かを思いついたように口を開く。


「……そのケーキ、気に入ったか?」

「え? あ、はい。こんな味のケーキを食べたのは生まれて初めてかも……」 

「それなら、これから毎週ねえさまに会うと約束するのなら、そのケーキに匹敵するお菓子を別荘で食べられるように用意してやろう」

「わかりました。約束します」


 その答えにクルトが一瞬沈黙する。


「……お前って…………いや、なんでもない」

「あ、そうだ。それならついでにお願いがあるんですけど……今度街の雑貨屋でわたしの代わりにチョコレートを買ってもらえませんか? お金は渡しますから」

「うん? なんだそれは? それくらい自分で……あ、いや、わかった。買ってこよう」


 わたしが別荘に行くかどうかが懸かっているからか、クルトは案外素直に頷いた。
 もしかして、今なら多少無理なお願いでも聞いてもらえるんじゃないだろうか。毎日の課題を手伝ってもらったりとか。
 そんな事を考えていたのがばれたのか


「ともかく、約束したからな。絶対に守れよ」


 話を切り上げるようにそう念を押されてしまった。悔しい……
 でも、クルトは気付いていないんだろうか?
 ロザリンデさんがわたしに興味を示したのは「クルトの友人だから」という理由だったが、それだって建前で、もしかしたら本当にわたしに対して好意を抱いている可能性だってある。常識的に考えて、育ちの良い女性が異性に対する好意をあのような場で口に出すとは思えないし。
 それとも、クルトも気付いていながらそんな事はありえないと思っているんだろうか。
 でも、そんな内容を口に出したら、また面倒くさい事になるのは目に見えているから黙っておこう。

 




 そうして次の日曜日を迎え、この間と同じように早朝からクルトの別荘を訪れると、ロザリンデさんが笑顔で迎えてくれた。
 前回問われたわたしの出自のあれこれについて、事実をぼかしながらクルトがそれとなく伝えてくれたらしい。返答に困るような話題が出る事もなく、なごやかに時間が過ぎていった。

 そして、約束通りお菓子が出てきた。パイ生地を重ねた繊細なミルフィーユ。皿にはベリーのソースが掛かっていた。
 別にこれが目当てでここに来たというわけでは決してないのだが、それでもやっぱり美味しいものを食べられるのは嬉しい。
 この後ヴェルナーさんのアトリエにも通わなくてはならないし、これが毎週続くとなると結構過酷じゃないかと思っていたが、こんなお菓子が食べられるのならそれでも良いかな。

 そうしているうちに時間が訪れたので、二人に別れを告げて別荘を後にする。

 前回と違い、少しの余裕を持ってヴェルナーさんの家に到着する。
 中に入ってびっくりした。先週二人で作業したテーブルの上には毛糸でできた花が溢れていた。それも白いものだけでなく、淡い青や赤などの様々な色のものも混ざっている。


「こ、こんなに沢山作ったんですか?」

「作っているうちに、つい夢中になってしまって……せっかくなら他の色もあったら良いんじゃないかと思って、この間の店で毛糸を買ってきたんだ」


 一つ手に取ると、先週とは段違いに綺麗に作られているのがわかった。わたしもこの一週間それなりに練習して作ったものを持ってきたのだが、これに比べたらかなり見劣りしているように感じる。一体ヴェルナーさんはどれだけの時間をこれに費やしたんだろう……

 マフラーを外すと、再び首に巻かれていた包帯にヴェルナーさんが目を留めるが


「猫に引っ掻かれた傷がまだ治っていなくて……」


 彼の視線から逃れるように、そう強引に誤魔化した。
 また同じような機会があったら、今度は怪しまれないように別の言い訳を考えないと……


 机にマフラーを広げ、その上にヴェルナーさんが毛糸の花を置いていく。時折何か考えるように頬に手を当て、その度に花の位置を変えたり、別の色のものと取り替えたりしている。わたしも意見を求められたが、正直なところよくわからないので曖昧に返事をするしかなかった。だって、どれも同ように素敵に見えるし……

 そうこうしているうちに、モチーフの位置と色が決まり、位置がずれないように縫い付けると、ついにマフラーが完成した。白い毛糸の花が不自然にならないようにあしらわれ、その中に差し色のように淡く色づいたオレンジ色のモチーフが紛れている。


「すごい……! 急に豪華なマフラーになりましたね。ちゃんと染みも隠れてるし」


 早速首に巻きつける。


「どうですか? おかしくないですか? マフラーのほうが目立ってたりして」

「……鏡を見てくるといい」


 そう言われてわたしははっとした。そういえばヴェルナーさんは人の顔が判別できないんだった。無神経なことを言ってしまった事を後悔した。マフラーが完成した事で浮かれてしまったのかもしれない。
 でも、ここで謝ったら余計彼に気遣わせてしまうだろう。ああもう、自分はなんて馬鹿なんだ。

 その気まずい空気を振り払うように洗面所へ向かおうとすると、視界の片隅、足元近くに動く白いものがちらりと映った。
 白い毛糸玉が床に転がっている。そう思って拾い上げようとすると、毛糸玉と思っていたものが


「にゃあ」


 と鳴いた。


「えっ? ね、猫!?」


 白い仔猫が、緑色の目でわたしを見上げていた。
 どうしてこんなところに猫が?
 あたふたしていると、ヴェルナーさんが猫を抱き上げる。


「そういえば君にはまだ言ってなかったな。最近飼い始めたんだ」 

「え? そ、それって、もしかして隣の家のあの奥さんのために……?」


 まさかと思って問いかけると、ヴェルナーさんは頷いた。


「……根本的な解決にはならないが、それでも彼女がいつこの家で飼われるかわからない黒猫の存在に怯えるよりは、いっその事早いうちに白猫を飼ってしまったほうが落ち着くかと思って。それに、いつか猫を飼うつもりでいたから、俺にとっては良い機会だったんだ」


 嘘だ。この間は猫を飼う予定は無いって言っていたのに……
 わたしは俯く。


「……わたしが余計な事を言わなければ、ヴェルナーさんがここまでする必要なんてなかったのに……ごめんなさい。それにわたし、自分では『何か良い方法を考える』なんて偉そうな事言っておきながら、結局なんにも思いつかなかったし……」


 謝罪するとヴェルナーさんは首を振る。


「……俺もずっと昔に、親やきょうだいがいない事で周囲から白い目で見られた事があって……赤毛の話を聞いて、ふとその頃を思い出したんだ。自分で望んだ事ではないのにそれを責められ続けるのは、思いのほか消耗するものだ。それを考えたら、たとえ隣人にとっては気休め程度にしかならなくても何かしたいと思って……それに、実際にこうして猫を飼ってみると、結構楽しいものだとわかったし……」


 そう言って猫を撫でると、猫はごろごろと喉を鳴らした。

 ヴェルナーさんて、すごく良い人なのかも……
 表情がほとんど変わらないのと、その独特な雰囲気のせいで他人から誤解されやすいんだろう。わたしだって最初の頃は怖そうな人だと思っていた。でも、考えてみれば芸術家なんだから感受性が人一倍豊かであってもおかしくない。普通の人なら、あまり接点のない隣人の為にここまでしようだなんて思わないだろう。

 猫の名前はヤーデというらしい。引き取り手を探している猫はいないかと、毎日行く床屋で店主や他のお客に尋ねてまわったそうだ。


「でも、ちょうど良く白い猫が見つかるなんてすごいですね。普通だったらもっと小さいうちに引き取られていってもおかしくないのに」

「それは……理由があって――」


 そう言って彼は猫に目を落とす。


「足が少し不自由なんだ。だから、今まで引き取り手が無かったらしい。満足に鼠が取れないんじゃないかと思われたんだろう」


 そのせいなんだろうか。ヤーデが先ほどから大人しいのは。
 この猫もまた、ヴェルナーさんと同じように、自ら望んだわけではない事で人々から敬遠されてきたのだ。それに対して何か感じるところがあったのかもしれない。


「お隣さんにはヤーデを飼いはじめた事を伝えたんですか?」

「いや、あれから顔を合わせる機会が無いんだ。洗濯物も庭に落ちないように気をつけているようだ」

「それなら、わたしに行かせてもらえませんか? 今度は余計な事は言わないので……」


 そうお願いすると、ヴェルナーさんはかすかに微笑んだ。





 そうしてヤーデを抱いてわたしは一人隣の家を訪れる。


「この間の助言の通り白い猫を飼うことにしました。もしかしたらこれから何かとご迷惑をおかけするかもしれないので、ご報告しておこうと思いまして」


 例の赤毛の女性にそう説明してヤーデを見せると、彼女は明らかにほっとしたような顔をして


「あら、そうなの。やっぱり白い猫で正解だったと思うわ。とっても可愛いし、それに綺麗な毛並みだもの。ねえ?」


 そう言って、隣にいた彼女と同じ赤毛を持つ娘に同意を求める。


「うん。とってもかわいい! ねえ、あたしにも触らせて? おねがい」

「はい、良いですよ」

 そうしてひとしきりヤーデを撫で回した後、少女は手を離すとわたしの格好に目を留める。


「そのマフラー、お花がたくさん。とってもすてきね。いいなあ」

「そうですか!? ありがとうございます! あ、そうだ。良かったらこの花、ひとつ差し上げますよ。たくさん作ったものがまだ余っているので」

「ほんと!?」


 少女が母親を伺うように顔を見上げる。母親が頷いたのを見て、少女は笑みを浮かべた。

 アトリエでヤーデと引き換えに、余っていた毛糸のモチーフを持って再び隣家に引き返す。毛糸の花を渡すと、少女は歓声を上げて受け取った。


「わあ、ありがとう! あたし、ぜったいに大切にするわね」


 少女は自分の胸元や手首に花を当てて色々と試し始め、やがて髪飾りのように頭に当てる。


「どう? にあう?」

 白い毛糸が彼女の赤い髪に良く映える。
 その姿は無邪気そのもので、警戒心は微塵も感じられなかった。今後この少女が髪の色が原因で、心無い人々の悪意にさらされない事を願いながら、わたしは笑顔で頷いた。






 寮に戻ると早速クルトにマフラーを見せびらかす。


「見てください、これ。良いでしょう? 染みもばっちり隠れてますよ」

「……うん? もしかして、この間から毛糸で何か作ってたのはそれのためだったのか?」


 そう言うと、マフラーを眺めながらわたしの周りをぐるりと歩くと、なんだか感心したように口を開く。


「……意外だな。お前、こういうものを作る才能があるんじゃないのか? 試しに他のものも作ってみたらどうだろう」


 あ、これはまずい。彼はこのマフラーをわたしが作ったものだと勘違いしている。実際はヴェルナーさんが作ったも同然なのだが……
 他のものをと言われても、そんなもの作る自信は無い。


「あ、いえ、これはその、ほとんどヴェルナーさんがやってくれて……わたしはこの花の中のいくつかを作っただけなんです……」


 小さな声で伝えると、クルトは一瞬言葉に詰まったように黙った後「はあ?」と声を上げた。


「お前、ヴェルナーさんにそんな事をさせたのか? 無鉄砲というか、怖いもの知らずというか……でも、それならよくできてるのも納得だ。危うく騙されるところだった」

「うわ、ひどい言い草ですね。そっちが勝手に勘違いしたくせに」

「お前が紛らわしい言い方をするのが悪い」


 そう言ってクルトはマフラーの端を手に取ると先ほどと同じ言葉を繰り返す。


「……それにしても、よくできてる」

「……あげませんよ?」 

「……わかってるよ」


 しかしクルトはなかなかマフラーから手を離そうとしない。相当気になるみたいだ。


「あ、そうだ。これでよければ……」


 わたしはふと思い出してポケットを探ると、毛糸の花を一つ取り出す。


「ヴェルナーさんが沢山作ってくれたんですけど、作りすぎてかなり余ってしまったので、せっかくだから少し譲ってもらったんです。ブローチにでもしようかと思って」

「本当か!?」


 毛糸の花を渡すと、クルトはよほど嬉しかったのか、大事そうに机の中にしまっていた。そんなに気に入ったのかな……
 そういえば、沢山余ったモチーフをどうするのかヴェルナーさんに尋ねたら


「ひとつひとつ繋げてクッションカバーでも作ろうか」


 なんて言っていた。彼ならそれもきっと器用に仕上げてしまうんだろう。その時は作り方を教えてもらおうかな。それをプレゼントしたら、クルトは今みたいに喜んでくれるだろうか? マフラーをあげるわけにはいかないが……何かあるかなあ?



(7月と慌ただしい日曜日 完)
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