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7月の入学
7月の入学 15
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正直なところ、まさかという思いもあった。そうであって欲しくないとも。けれど、目の前の少年は、確かに自らの行いを認めたのだ。
衝撃と同時にどうして? という気持ちがこみ上げる。それをわたしの顔から読み取ったのか、テオが続ける。
「フランツはね、僕の蝶のコレクションを捨てろって言ったんだ。それも全部。気持ち悪いからって。でも、そんな理由じゃ納得できるわけもないでしょ? だからフランツがいない時にこっそり標本を眺めてたんだけど……ある日、急に彼が寝室に入ってきてさ……慌てて隠そうとしたけど間に合わなかった。彼は蝶を見るなり激昂して、僕の手から標本箱を叩き落したんだ。ガラスが割れて標本もばらばらになっちゃった……その時、彼が苦しそうに咳き込んだのを見て、アレルギーなんだと思った。でもさ、それならそうと正直に言えばいいじゃないか。なのに自分の体質を隠して、虫集めなんて子どもっぽいとか、そんなもの集めてるやつの気が知れないとか、まるで僕のほうがおかしいような言い方をするんだ。何度も、何度も。挙句の果てに処分しろだなんて。ずるいと思わない? もう、うんざりしちゃったんだよ」
「うそ……そんなことで……?」
わたしが呆然と呟くと、テオの瞳が険しさを増す。
「そんなこと……? 蝶は僕にとっては特別なんだよ? それなのにあいつは、僕の大切なコレクションを台無しにして、馬鹿にして、取り上げようとしたんだよ!? 一方的に自分の主張を押し付けてさ! それよりも僕のほうがおかしいって言うの!?」
「おかしいに決まってるじゃないですか! あなたのした事で、フランツは死んでしまうかもしれないんですよ!? あなたが蝶にどんな思い入れがあるのか知りませんけど、そんな事絶対に間違ってます!」
「……やっぱり、君もあいつと同じ側の人間なの?」
静かで、それでいてぞくりとするような冷たい声。
「そんなに僕が悪いの? 好きな事をしていただけだよ? これまで誰かに迷惑かけた事なんてないのに。責められるのは僕よりもあいつのほうでしょ? 変な体質を持って生まれてきたくせに、勝手な事ばかり言ってさ。僕があいつと同じ立場だったら、周りに申し訳なくて家から出られないよ。よくもこの学校に通おうなんて思ったよね。ずうずうしい。まあ、それができるくらいだから、あんなに無神経な上に身勝手でいられたんだろうね。僕ね、コーヒーを飲んだ後、あいつの様子をずっと見てたんだ。最初は苦しそうに咳き込んでた。それからどんどん顔が赤くなって、喉からヒューヒュー変な音させてさ。何か喋ろうとしたのか口をぱくぱくさせてた。それが金魚みたいでおかしくて、笑いそうになったのを必死に我慢したよ」
――ひどい。なんて事を……。
けれど、そう思ってもわたしは口を開く事ができなかった。
口調こそ静かだが、ゆっくりとこちらに迫ってくるテオの顔は青白く生気に欠け、しかし目だけは変にぎらぎらと、まるで憎しみをぶつけるようにこちらを睨みつけている。その中に狂気を感じたような気がしてわたしは身をすくめる。
「でも、まさか君が気づくなんてね。誰にもばれずに邪魔なやつを排除できたと思ったのに。まあいいか。今ここで、何もかもなかった事にしちゃおう。そうしたら、また元通りだよね」
何もかも? なかった事に?
その意味を問うより先に、異様な雰囲気のまま、彼は唇を歪めるように笑みを浮べる。
瞬間、全身の毛が逆立つような気がした。
――怖い。
本能的に後ずさるが、すぐに背中があずまやの柱にぶつかってしまう。その間にもテオは奇妙に歪んだ笑みを顔に張り付けたまま、ゆっくりと近づいてくる。
ここから――ここから離れなければ――
咄嗟に踵を返して駆け出すが、直後に背後から強い力で引っ張られる。首元を締め付けられる感覚から、マフラーを掴まれたのだとわかった。そのまま草の上に仰向けに倒れこんだところに、テオの身体が覆いかぶさってくる。
「残念だなユーリ。君ってば、せっかく探偵みたいな才能があったのに、もうそれが発揮される事はないんだ。だって君はここで死んじゃうんだから。そうだなあ。表向きには行方不明にでもなって貰おうかな。学校での生活に耐えられなくて脱走したっていう、よくある理由でさ。でも、全部君が悪いんだよ。本当の事に気づかなければ、これからも平穏に生きていられたのに。幸いこの学校は広大だからね。人間ひとり隠す場所なんていくらでもあるさ。そこで少しずつ朽ちてゆくのを毎日見に行ってあげるよ。そのかわいい顔も全部崩れ去って、君という存在がこの世界から完全に消え失せるまで。あ、部屋の絨毯は処分しておくから安心して」
わたしの瞳をのぞき込み、まるでなんでもない事のように囁きながら、マフラーの両端を握り締め、ぎりぎりと締め上げてくるテオ。その瞳はあきらかに常人のそれではない。
息ができない苦しさで、叫ぼうにも声が出せない。必死にテオを叩き、押しのけようとするが、その身体はびくともしない。彼の血走った目を見つめながら、薄れゆく意識の中、ふと、フランツもこんなに苦しかったのかなという思いがよぎる。
その時、テオの身体がわたしの目の前で吹っ飛んだ。
「大丈夫か!?」
聞き覚えのある声と共に、紫色の瞳がこちらを覗き込んでいた。
クルト……? どうして……? どうしてここに……?
その疑問が浮かぶと同時に目の前がふっと暗くなり、わたしは意識を手放した。
衝撃と同時にどうして? という気持ちがこみ上げる。それをわたしの顔から読み取ったのか、テオが続ける。
「フランツはね、僕の蝶のコレクションを捨てろって言ったんだ。それも全部。気持ち悪いからって。でも、そんな理由じゃ納得できるわけもないでしょ? だからフランツがいない時にこっそり標本を眺めてたんだけど……ある日、急に彼が寝室に入ってきてさ……慌てて隠そうとしたけど間に合わなかった。彼は蝶を見るなり激昂して、僕の手から標本箱を叩き落したんだ。ガラスが割れて標本もばらばらになっちゃった……その時、彼が苦しそうに咳き込んだのを見て、アレルギーなんだと思った。でもさ、それならそうと正直に言えばいいじゃないか。なのに自分の体質を隠して、虫集めなんて子どもっぽいとか、そんなもの集めてるやつの気が知れないとか、まるで僕のほうがおかしいような言い方をするんだ。何度も、何度も。挙句の果てに処分しろだなんて。ずるいと思わない? もう、うんざりしちゃったんだよ」
「うそ……そんなことで……?」
わたしが呆然と呟くと、テオの瞳が険しさを増す。
「そんなこと……? 蝶は僕にとっては特別なんだよ? それなのにあいつは、僕の大切なコレクションを台無しにして、馬鹿にして、取り上げようとしたんだよ!? 一方的に自分の主張を押し付けてさ! それよりも僕のほうがおかしいって言うの!?」
「おかしいに決まってるじゃないですか! あなたのした事で、フランツは死んでしまうかもしれないんですよ!? あなたが蝶にどんな思い入れがあるのか知りませんけど、そんな事絶対に間違ってます!」
「……やっぱり、君もあいつと同じ側の人間なの?」
静かで、それでいてぞくりとするような冷たい声。
「そんなに僕が悪いの? 好きな事をしていただけだよ? これまで誰かに迷惑かけた事なんてないのに。責められるのは僕よりもあいつのほうでしょ? 変な体質を持って生まれてきたくせに、勝手な事ばかり言ってさ。僕があいつと同じ立場だったら、周りに申し訳なくて家から出られないよ。よくもこの学校に通おうなんて思ったよね。ずうずうしい。まあ、それができるくらいだから、あんなに無神経な上に身勝手でいられたんだろうね。僕ね、コーヒーを飲んだ後、あいつの様子をずっと見てたんだ。最初は苦しそうに咳き込んでた。それからどんどん顔が赤くなって、喉からヒューヒュー変な音させてさ。何か喋ろうとしたのか口をぱくぱくさせてた。それが金魚みたいでおかしくて、笑いそうになったのを必死に我慢したよ」
――ひどい。なんて事を……。
けれど、そう思ってもわたしは口を開く事ができなかった。
口調こそ静かだが、ゆっくりとこちらに迫ってくるテオの顔は青白く生気に欠け、しかし目だけは変にぎらぎらと、まるで憎しみをぶつけるようにこちらを睨みつけている。その中に狂気を感じたような気がしてわたしは身をすくめる。
「でも、まさか君が気づくなんてね。誰にもばれずに邪魔なやつを排除できたと思ったのに。まあいいか。今ここで、何もかもなかった事にしちゃおう。そうしたら、また元通りだよね」
何もかも? なかった事に?
その意味を問うより先に、異様な雰囲気のまま、彼は唇を歪めるように笑みを浮べる。
瞬間、全身の毛が逆立つような気がした。
――怖い。
本能的に後ずさるが、すぐに背中があずまやの柱にぶつかってしまう。その間にもテオは奇妙に歪んだ笑みを顔に張り付けたまま、ゆっくりと近づいてくる。
ここから――ここから離れなければ――
咄嗟に踵を返して駆け出すが、直後に背後から強い力で引っ張られる。首元を締め付けられる感覚から、マフラーを掴まれたのだとわかった。そのまま草の上に仰向けに倒れこんだところに、テオの身体が覆いかぶさってくる。
「残念だなユーリ。君ってば、せっかく探偵みたいな才能があったのに、もうそれが発揮される事はないんだ。だって君はここで死んじゃうんだから。そうだなあ。表向きには行方不明にでもなって貰おうかな。学校での生活に耐えられなくて脱走したっていう、よくある理由でさ。でも、全部君が悪いんだよ。本当の事に気づかなければ、これからも平穏に生きていられたのに。幸いこの学校は広大だからね。人間ひとり隠す場所なんていくらでもあるさ。そこで少しずつ朽ちてゆくのを毎日見に行ってあげるよ。そのかわいい顔も全部崩れ去って、君という存在がこの世界から完全に消え失せるまで。あ、部屋の絨毯は処分しておくから安心して」
わたしの瞳をのぞき込み、まるでなんでもない事のように囁きながら、マフラーの両端を握り締め、ぎりぎりと締め上げてくるテオ。その瞳はあきらかに常人のそれではない。
息ができない苦しさで、叫ぼうにも声が出せない。必死にテオを叩き、押しのけようとするが、その身体はびくともしない。彼の血走った目を見つめながら、薄れゆく意識の中、ふと、フランツもこんなに苦しかったのかなという思いがよぎる。
その時、テオの身体がわたしの目の前で吹っ飛んだ。
「大丈夫か!?」
聞き覚えのある声と共に、紫色の瞳がこちらを覗き込んでいた。
クルト……? どうして……? どうしてここに……?
その疑問が浮かぶと同時に目の前がふっと暗くなり、わたしは意識を手放した。
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