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7月とクリスマス
7月とクリスマス 3
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それからもクルトの厳しい指導は続いた。
確かに例の台本はわかりやすかった。それまでおおまかなお芝居の筋は知っていたが、正確には把握できていなかったわたしにはありがたかった。
かといって、台詞を覚えられるかというと、それはまた別の問題なのだ。
その日も、クルトはいつものようにわたしの言い間違いを指摘してきた。
「そこの台詞はそうじゃない。さっきもやっただろう? いつになったら覚えられるんだ」
「だ、だって、こんな長文ばっかり全部覚えるなんて、とても無理ですよ……」
「クラスの連中はちゃんと覚えてるじゃないか。それならお前にだってできるはずだ。今の場面、何度練習したと思ってるんだ?」
いつまでも台詞を覚えないわたしに対して、クルトも少し苛立っているのかもしれない。言葉の端々からそれが感じられる。でも、そうでなくても、いつものクルトはどこか横柄なところがある。だから今の態度だって普段のわたしだったら別段気にしなかっただろう。
でも、なぜかその日はもやもやしたものが心に芽生えた。
なんでこの人、わたしのことこんなに責めるんだろう? 確かにこれだけ練習しても成果は芳しくないが、それでも精一杯頑張っているのに……
そう思った途端、それは一瞬で膨れ上がり、わたしの中で何かがぷつんと切れた。
「な、なんで……」
気が付くとかっとなって言葉が飛び出していた。
「なんでそんな言い方するんですか!? これでも一生懸命やってるんですよ! それともわたしの努力が足りないって言うんですか!? クルトにはわたしが怠けてるように見えるんですか!? 毎日夜遅くまで練習してるの知ってるでしょう!?」
「お、おい、急にどうしたんだ? 少し落ち着けよ……」
いきなり豹変したわたしに驚いたのか、一転してうろたえたようなクルトに宥められるが、わたしは止まらなかった。
「無理なものは無理なんですよ! いつになったら覚えられるのかって!? そんなのわたしだって知りたいですよ! 何度も何度もやってるのに覚えられないのはわたし自身がいちばんよくわかってるんです!」
「わ、わかった。わかったから……」
「あああああ! もうやめてください! 何も言わないで! これ以上聞きたくありません!」
わたしは持っていた台本をソファに放り出すと部屋を飛び出した。
「まったく、ひどいと思いませんか? そんな調子でわたしの事ずっと責めるんですよ」
わたしはマドレーヌを頬張りながら、クルトへの不満を垂れ流す。
向かい側で聞いていたアルベルトが苦笑しながらも、お菓子のおかわりを薦めてくれたので、遠慮なくもうひとつ手に取る。
「いつか靴の中にカメムシを入れてやります」
「それはやめたほうがいいよ。絶対」
一瞬、アルベルトが顔色を失ったように見えたが、彼はすぐに落ち着きを取り戻すように眼鏡を指で押し上げる。
「確かに話だけ聞くと、君のルームメイトは少し厳しいかもしれないなあ……でも、それって彼自身のためだけじゃなく、君の事も考えての行動だと思うけどね。彼も君に期待しているからこそ――」
「わかってます!」
自分でも少し驚くくらいの声が出た。
「わかってるからこそ、こうしてアルベルトに愚痴を聞いてもらってるんじゃないですか!」
「ええ? 理不尽だなあ。愚痴を言いたいなら、良い方法を知ってるよ。地面に穴を掘って、そこに向かってひたすら呟くんだ」
「……わたしの事、馬鹿にしてるんですか?」
「してない、してないよ」
「だったらどうして、穴に向かって愚痴を言うなんてつまらない事を言い出すんですか? わたしの言葉は人間が聞くに堪えないって事ですか!?」
「い、いや、それは冗談のつもりで……参ったな。今日の君、なんだか変だよ……」
アルベルトが困ったように頭をかく。その何気ない仕草ですらなぜかわたしの気に触る。
いらいらの矛先がクルトからアルベルトに向いてしまった。
「変ってなんですか? わたしのどこがそんなに変だっていうんですか? 説明してください。アルベルトこそ、その冗談、全然笑えませんよ」
「あー、いや、今のは言葉のあやで……ええと、ごめん」
アルベルトが気まずそうに黙り込むが、わたしは気にせず更にお菓子に手を伸ばす。食べても食べてもいらいらが収まらない。またイザークに「太った」だとか言われてしまうだろうか。でも、今はそんな事どうでも良いとさえ思う。
暫くもくもくと食べていると、アルベルトが思い出したように口を開いた。
「あー……そうだ。オレ、やらなきゃいけない課題があったんだ。悪いけど専念させてもらえないかな? 話ならまた今度ゆっくり聞くからさ」
そう言って、残りのお菓子を全部わたしに持たせると、部屋のドアを開けて退室を促した。
廊下に出て、目の前で閉じられたドアと、腕に抱えたお菓子を交互に見つめながら、少しだけ冷静になった。
確かに、今日の自分はなんだかおかしい。些細な事で苛立ってしまう。最近お芝居の台詞を覚えるために夜更かししていたせいだろうか。寝不足で気が立っているのかもしれない。
アルベルトに謝りたいと思ったが、今逢えば、またちょっとした事で爆発してしまうかもしれない。
また日を改めて出直そう……
部屋に戻るとクルトの姿はなかった。散歩にでも行っているのかもしれない。わたしにとってはそのほうが都合が良かった。顔を見たらまた色々なものが噴出してしまいそうだったから。
今日はもうなにもせずに大人しく寝てようかな……
そう考えて寝室に入ると、投げ出したはずの台本がわたしの勉強机の上にきちんと置かれてあった。
確かに例の台本はわかりやすかった。それまでおおまかなお芝居の筋は知っていたが、正確には把握できていなかったわたしにはありがたかった。
かといって、台詞を覚えられるかというと、それはまた別の問題なのだ。
その日も、クルトはいつものようにわたしの言い間違いを指摘してきた。
「そこの台詞はそうじゃない。さっきもやっただろう? いつになったら覚えられるんだ」
「だ、だって、こんな長文ばっかり全部覚えるなんて、とても無理ですよ……」
「クラスの連中はちゃんと覚えてるじゃないか。それならお前にだってできるはずだ。今の場面、何度練習したと思ってるんだ?」
いつまでも台詞を覚えないわたしに対して、クルトも少し苛立っているのかもしれない。言葉の端々からそれが感じられる。でも、そうでなくても、いつものクルトはどこか横柄なところがある。だから今の態度だって普段のわたしだったら別段気にしなかっただろう。
でも、なぜかその日はもやもやしたものが心に芽生えた。
なんでこの人、わたしのことこんなに責めるんだろう? 確かにこれだけ練習しても成果は芳しくないが、それでも精一杯頑張っているのに……
そう思った途端、それは一瞬で膨れ上がり、わたしの中で何かがぷつんと切れた。
「な、なんで……」
気が付くとかっとなって言葉が飛び出していた。
「なんでそんな言い方するんですか!? これでも一生懸命やってるんですよ! それともわたしの努力が足りないって言うんですか!? クルトにはわたしが怠けてるように見えるんですか!? 毎日夜遅くまで練習してるの知ってるでしょう!?」
「お、おい、急にどうしたんだ? 少し落ち着けよ……」
いきなり豹変したわたしに驚いたのか、一転してうろたえたようなクルトに宥められるが、わたしは止まらなかった。
「無理なものは無理なんですよ! いつになったら覚えられるのかって!? そんなのわたしだって知りたいですよ! 何度も何度もやってるのに覚えられないのはわたし自身がいちばんよくわかってるんです!」
「わ、わかった。わかったから……」
「あああああ! もうやめてください! 何も言わないで! これ以上聞きたくありません!」
わたしは持っていた台本をソファに放り出すと部屋を飛び出した。
「まったく、ひどいと思いませんか? そんな調子でわたしの事ずっと責めるんですよ」
わたしはマドレーヌを頬張りながら、クルトへの不満を垂れ流す。
向かい側で聞いていたアルベルトが苦笑しながらも、お菓子のおかわりを薦めてくれたので、遠慮なくもうひとつ手に取る。
「いつか靴の中にカメムシを入れてやります」
「それはやめたほうがいいよ。絶対」
一瞬、アルベルトが顔色を失ったように見えたが、彼はすぐに落ち着きを取り戻すように眼鏡を指で押し上げる。
「確かに話だけ聞くと、君のルームメイトは少し厳しいかもしれないなあ……でも、それって彼自身のためだけじゃなく、君の事も考えての行動だと思うけどね。彼も君に期待しているからこそ――」
「わかってます!」
自分でも少し驚くくらいの声が出た。
「わかってるからこそ、こうしてアルベルトに愚痴を聞いてもらってるんじゃないですか!」
「ええ? 理不尽だなあ。愚痴を言いたいなら、良い方法を知ってるよ。地面に穴を掘って、そこに向かってひたすら呟くんだ」
「……わたしの事、馬鹿にしてるんですか?」
「してない、してないよ」
「だったらどうして、穴に向かって愚痴を言うなんてつまらない事を言い出すんですか? わたしの言葉は人間が聞くに堪えないって事ですか!?」
「い、いや、それは冗談のつもりで……参ったな。今日の君、なんだか変だよ……」
アルベルトが困ったように頭をかく。その何気ない仕草ですらなぜかわたしの気に触る。
いらいらの矛先がクルトからアルベルトに向いてしまった。
「変ってなんですか? わたしのどこがそんなに変だっていうんですか? 説明してください。アルベルトこそ、その冗談、全然笑えませんよ」
「あー、いや、今のは言葉のあやで……ええと、ごめん」
アルベルトが気まずそうに黙り込むが、わたしは気にせず更にお菓子に手を伸ばす。食べても食べてもいらいらが収まらない。またイザークに「太った」だとか言われてしまうだろうか。でも、今はそんな事どうでも良いとさえ思う。
暫くもくもくと食べていると、アルベルトが思い出したように口を開いた。
「あー……そうだ。オレ、やらなきゃいけない課題があったんだ。悪いけど専念させてもらえないかな? 話ならまた今度ゆっくり聞くからさ」
そう言って、残りのお菓子を全部わたしに持たせると、部屋のドアを開けて退室を促した。
廊下に出て、目の前で閉じられたドアと、腕に抱えたお菓子を交互に見つめながら、少しだけ冷静になった。
確かに、今日の自分はなんだかおかしい。些細な事で苛立ってしまう。最近お芝居の台詞を覚えるために夜更かししていたせいだろうか。寝不足で気が立っているのかもしれない。
アルベルトに謝りたいと思ったが、今逢えば、またちょっとした事で爆発してしまうかもしれない。
また日を改めて出直そう……
部屋に戻るとクルトの姿はなかった。散歩にでも行っているのかもしれない。わたしにとってはそのほうが都合が良かった。顔を見たらまた色々なものが噴出してしまいそうだったから。
今日はもうなにもせずに大人しく寝てようかな……
そう考えて寝室に入ると、投げ出したはずの台本がわたしの勉強机の上にきちんと置かれてあった。
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