7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月とクリスマス

7月とクリスマス 4

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「おい、起きろ。いつまで寝てるんだ……って、なんだ、起きてるじゃないか」


 翌日の日曜日、クルトに毛布を引き剥がされた。
 こんな起こされ方をされるのは随分と久しぶりだが、そんな事を考えている余裕はなかった。
 わたしはとっくに目が覚めていた。けれど、動けなかったのだ。
 こんな事は時々ある、睡眠不足だとかで生活が乱れると特に。思い返せば最近夜遅くまで起きていることが多かったし、少し無理をしていたかもしれない。
 様子がおかしい事に気付いたクルトが顔を覗き込んでくる。


「お前、どこか具合が悪いのか? なんだか顔色も良くない」

「ちょっと……おなかが痛くて……」


 縮こまったまま蚊の鳴くような声で答えると、クルトが眉を顰める。


「まさか、食べすぎとか……?」

「まあ、そんなところです……」


 弱々しく応じると、クルトが溜息をついた。


「あきれた。日ごろの暴飲暴食が祟ったんだろう……待ってろ、食べすぎの薬を貰ってくる」

「あ、あの、ついでに痛み止めの薬もお願いできますか……?」


 クルトが部屋を出て行くと、わたしは痛む腹部を手で押さえながら、そろりと起き上がり、よたよたと勉強机に向かって座る。
 暫くしてクルトが戻ってきたが、机に向かっているわたしを見て少し驚いたようだった。


「何してるんだ? 起きても大丈夫なのか?」

「ええ、少しだけならなんとか……あの、クルトは今日もロザリンデさんに逢いに行くんですよね?」


 薬を受け取りながらわたしが尋ねると、クルトは水の入ったコップを机に置き、腕組みしながら何か考え込む。


「……正直、迷ってる。ねえさまに逢いに行って、帰ってきたらお前が冷たくなってた、なんて事になったら後味が悪い。かといって保健室に連れて行けば患部を触られる可能性もある。そこから性別がばれたら困るだろう?」


 クルトがそんな事を言い出すなんてびっくりしてしまった。なによりお姉さんの事を優先するあの彼が。
 でも、さすがに目の前に具合の悪い人間がいれば放っておけないのは当然か。


「いえ、わたしなら大丈夫なので、クルトには予定通り出掛けて欲しいんです。それで、そのついでにヴェルナーさんにこれを届けてもらえたらと思って……」


 わたしはクルトに封筒を差し出す。


「今、手紙を書いていたんです。体調が悪いので今日はアトリエに行けそうに無いって。連絡も無しに休んだりしたら、ヴェルナーさんの気を煩わせてしまうかもしれないので……まだ朝も早いし、ヴェルナーさんの家のポストに入れてきてくれたらそれで良いんです」


 クルトは少し迷っているみたいだったが


「お願いします、クルト以外に頼める人がいないんですよ。それに、わたしが今日みたいに腹痛で動けなくなる事だって、そう珍しいことじゃないんです。クルトが帰ってくる頃には良くなってるはずなので気にしないでください」


 そう言うとしぶしぶといった様子で頷いた。


「……わかった。そういう事なら引き受けるが、ねえさまにはお前が食べすぎで動けないって正直に言うからな」

「や、やめてください。恥ずかしい……」

「だって、体調不良だと聞いたらねえさまが心配するに決まっているじゃないか。その点、食べすぎだって事なら『なんだそうか』で済むだろう? そういう意味では、お前もヴェルナーさんに正直に理由を伝えたほうが、余計な心配を掛けないで済むと思うけどな」


 そうか。そういう考え方もあるのか……
 でも、ヴェルナーさんには以前にもパンの耳を食べるところを見られたり、お腹が鳴った音を聞かれている。これ以上わたしに対して食べ物関係のマイナスイメージを持たれたくないのだが……しかし、クルトの言う事ももっともだ。

 迷った末に、食べすぎ案を採る事にして手紙を書き直した。
 薬を飲もうとコップを取り上げると、なんだかほんのり暖かい。口に含むと、水ではなくぬるま湯だった。
 クルトを見上げると 


「腹痛なのに冷たい水を飲んだら、冷えて余計痛くなるだろう?」


 という答えが返ってきた。わざわざ食堂まで行ってお湯を貰って来たみたいだ。
 よくもそんな事を思いつくものだ。ちょっと感心してしまった。


「本当に大丈夫なんだな? 我慢できそうになかったら、その時は仕方が無い。すぐに保健室に行けよ」


 何度も確認するクルトをやっと送り出して、わたしは再びベッドに横になり一息つく。
 心配してもらえるのはありがたいのだが、正直気まずい。とりあえず今はそっとしておいてほしかった。
 暫くそうしてじっといると、薬が効いてきたのか、徐々に痛みが和らいでいく。
 と、同時にお腹が減ってきた。
 けれど、けだるさが全身を包み、起き上がる気もしない。
 こんな事ならクルトに朝ごはんも持ってきてもらえばよかったかな……


「……あ、そうだ」


 わたしはふと思い出してベッドの下をまさぐると、手にがさりとした感触のものが当たったので引っ張り出す。
 あった。パンの耳。ここに隠しておいて良かった。
 袋の中のぼそぼそのパンの耳を少しずつ齧りながら、動けるようになったらアルベルトに謝りに行こうかと考えていた。
 昨日は随分と好き勝手言ってしまった。愛想を尽かされていたらどうしよう。

 パンの耳を食べ終え、そのままベッドでうとうとする。どれくらい経ったのかわからないが、部屋のドアがノックされる音で目を覚ました。
 もしかしてクルトが戻ってきた? でも、それならノックなんてしないはず……
 寝室を出て部屋のドアを開けると、そこに立っていたのはアルベルトだった。


「やあ、なかなか出てこないから、本格的にまずいかなと心配になってたところだよ。具合はどうかな?」

「……どうして知ってるんですか?」

「今朝、君のルームメイトがオレの部屋に来て、君の事を頼まれたんだ。時間のあるときに様子を見に行ってくれないかって。だからこうして訪ねてきたんだけど……思ったより元気そうだね」


 クルトってばそんな事してたのか。そんなにわたしが具合悪そうに見えたのかな……
 それでわざわざ来てくれるアルベルトも相当お人よしというか、世話好きというか。
 薬のおかげか今は痛みも治まり、腹部になんとなく違和感を感じる程度だ。


「あの……昨日はすみませんでした。わたし、最近寝不足でいらいらしてたみたいで……」


 謝るとアルベルトが笑って手を上げる。


「ああ、別に気にしてないよ。普段の君はあんなんじゃないって事はわかってるから。確かに昨日はちょっとびっくりしたけど。一瞬オレの姉が乗り移ったんじゃないかと焦ったよ」

「お姉さんって、前にアルベルトが言ってた……?」

「そう、それを思い出して、最後まで話を聞かずに君の事追い出しちゃったんだ。悪かったね」


 アルベルトは苦笑しながら頭をかく。


「ああ、もうすぐ休暇だから、毎日姉と顔を合わせなきゃならない。いつあの発作が起こるかと考えると、今から憂鬱だよ」


 アルベルトはお姉さんの事が相当苦手みたいだ。一方では休みのたびに姉の元に足繁く通っている弟もいるというのに。もっとも、ロザリンデさんは癇癪を起こして八つ当たりするようなタイプには見えないが。


「それより、アルベルトだって今日は予定があるんじゃないですか? わたしはこの通り、もう大丈夫なので、自分の事を優先してください」

「いや、今日は特に予定は無いんだよね。図書館に行こうかと思ってる程度だなあ。だからこそ、ここに来ることを引き受けたんだけど」


 それを聞いたわたしはふと思いつく。


「それなら、今から似顔絵のモデルになってもらえませんか?」

「似顔絵? 君が描くの? どうしてまた急に」

「ええと、アルベルトの目がきれいなので……」


 アルベルトは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに快活に笑い出す。


「それ、まるで口説いてるみたいだよ。オレが女の子だったら良かったのにね」


 おかしい。この方法で上手く行くはずだと聞いていたのに、何故か笑われてしまった。
 しかし、笑いながらもアルベルトはモデルを引き受けてくれたので、ソファに座ってもらい、わたしは向かい側でスケッチブックと鉛筆を構える。
 そうして描き始めるが、初めての似顔絵は中々上手くいかない。何度も消したり描いたりを繰り返しながら形を取ろうと試みる。
 どれくらい経っただろうか。アルベルトが落ち着かない様子で身体を揺らすと、おもむろに口を開く。


「ねえユーリ、こういう場合の似顔絵ってさ、5分とか10分で描くものだと思うんだけど。オレはもう30分くらいこうしているような気がするよ。正直、これ以上じっとしてるのは限界かもしれない……」

「す、すみません、つい夢中になってしまって……! ど、どうぞ楽にしてください」


 アルベルトはほっとしたようにソファにもたれかかる。


「それで、どんな絵ができたのかな? 見せて貰えると嬉しいんだけど」

「ええと……笑わないでくださいね」


 断りを入れてから、思い切ってスケッチブックをひっくり返してアルベルトへ向ける。
 彼は最初興味深そうな顔で見ていたが、すぐに残念なものを見るような目に変わっていく。 


「うん、まあ……人には得手不得手があるよね……」


 やっとそれだけ言ったかと思うと、目を逸らされてしまった。
 やっぱり似ていないのだ。描いている最中自分でもそう思っていたけれど、こうして誰かに指摘されるとそれなりにショックではある。
 うーん、もっと練習するしかないのかな……
 しかし、急な思い付きとはいえ、アルベルトに頼んでよかった。これがクルトだったら何を言われていたか……
 そんな事を考えていると、昼食の時間を知らせる鐘が鳴り、わたしは急に空腹感を覚えた。

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