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7月と瞳を開く女性画
7月と瞳を開く女性画 7
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翌朝、目覚めたわたしが顔を洗おうと寝室を出ると、既に出掛ける用意を済ませたクルトが待っていた。
ロザリンデさんに逢いに行く日のクルトは相変わらず張り切っている。
挨拶をして部屋を出ようとしたところで
「おい、ちょっと待て」
と呼び止められた。
「その服、どうしたんだ? ……襟に血が付いてる」
ぎくりとして頭に手をやると、昨日ぶつけたあたりがじっとりと湿っている。眠っている間に傷口が開いてしまったみたいだ。
「ええと、これはその、昨日転んで頭を打った拍子に少し切ってしまって……」
わたしは咄嗟に嘘をついた。
「それで、ヴェルナーさんに病院に連れて行ってもらって手当てを受けたんですけど……」
「手当て? その割には昨日は包帯もなにもしてなかったじゃないか」
「夕方には血も止まってたし、包帯を外してもいいかなーと思って……」
それを聞いてクルトが呆れたように溜息をつく。
「お前はどうしてそう勝手な事をするんだ……そんなことしたら治るものも治らないだろう?」
その鋭い眼差しにわたしは思わず身をすくめる。
「だ、だって……」
「だって?」
問い詰められるような口調に視線を逸らす。
「その……クルトが怒ると思って……」
「はあ? 怒る? 俺が?」
「あ、ほら、今だって怒ってる! わたしが何かするたびにそうやって怒って……だから言いたくなかったんですよ……!」
「俺は怒ってなんか……!」
言い掛けてクルトは口を噤む。
恐る恐る様子を伺うと、クルトは腕組みして何か考える素振りをしていた。
かと思うとつかつかとわたしに近づき、腕を取ると強引に部屋から連れ出してしまった。
突然のことに何も言えず、腕を引かれながら廊下を歩く。クルトの顔を伺うと、彼の目がこちらを向いたので、わたしは思わず俯く。
「そんなにびくびくするなよ。保健室に向かってるだけだ。それに、俺は別に怒ってるわけじゃない」
「ほ、ほんとに……?」
「ああ。今までだってそうだ。けれど、そういうふうに感じさせていたなら謝る。俺はただ――お前を見てるとたまにイライラするというか……」
「そ、それってやっぱり怒ってるんじゃないですか……!」
「そういう意味じゃない」
それじゃあどういう意味だろう?
わたしがその言葉について考えていると、クルトが口を開く。
その口調は先ほどまでに比べると随分と穏やかな調子だった。
「なんて言ったらいいか、その……気がかりと言うほうが近いかもしれない。普段はどこか抜けているのに、ときどき驚くほど冴えていて、そのくせ信じられないくらい無防備だったりする。お前のその不安定さが危なっかしく見えるんだ」
クルトの意外な言葉にわたしはぽかんとしてしまった。
気がかり? わたしのことが? 怒ってたんじゃなくて?
「それで、お前がおかしなことをするたびに、つい干渉してしまう。思えばその時の言い方にきついところがあったかもしれない。けれど、それは決して怒っていたわけではなくて……って、なにニヤニヤしてるんだ?」
言われてわたしは口元に手をやる。クルトの話を聞いているうちにいつのまにか頬が緩んでいた。
「それってわたしのことが心配で心配で仕方ないって事ですか? 放っておけないって事ですか? やだなあ、それならそうと早く言ってくれたら良かったのに。いやー、クルトがそんな風に思ってたなんて知らなかったなー」
「……お前はそうやってすぐ調子に乗る。うざったい事この上ない」
じろりと睨まれるが、もう怖くない。
「気味の悪いニヤニヤ笑いはやめろ。ともかくさっさと手当てして貰うぞ」
そうしてニヤニヤしたままクルトに連れられ、保険室で再び包帯を巻かれることとなったが、頭にぐるぐると巻かれたそれも少しも煩わしいとは思わなかった。おかげで養護教諭には打ちどころが悪かったのではと心配されたが。
出血の割には傷の状態もたいした事はなかったので、そのままクルトと共に彼の別荘に行くつもりでいたのだが
「今日は一日大人しくしてろ」
と言われ、ひとりで留守番することになってしまった。
クルトの目が無いのを良いことにソファにごろりと寝転がる。
それにしてもクルトがあんなふうに考えているなんて意外だった。お姉さん以外の人間にはさほど興味がないのかと思っていたから。
でも、改めて思い返せば心当たりはある。今までもクルトは口ではあれこれ言いながらも世話を焼いてくれていた。性別がばれないように庇ってくれたし、体調が悪ければ薬を持ってきてくれた。この休暇中だって、彼は別荘には泊まらずに、わざわざ寮まで帰ってきてくれるではないか。ひとりきりのわたしが泣いてるのではと気にして。
それもすべてクルトの言うように、わたしのことが気がかりだったからなんだろうか。だとしたら自分はこれまで何度彼に迷惑をかけたかわからない。
それを申し訳ないと思いながらも再び口元が緩んできた。
自分の事を気にかけてくれる誰かがいる。それが嬉しくないわけがない。なんだか胸の辺りがじんわりと暖かくなったような気がした。
でも……とわたしはふと考える。それなら余計昨日の事は言えない。怒られるわけでは無いとわかったが、代わりに心配をかけてしまう事になる。
やっぱり怪我の本当の理由は黙っておこう……
ロザリンデさんに逢いに行く日のクルトは相変わらず張り切っている。
挨拶をして部屋を出ようとしたところで
「おい、ちょっと待て」
と呼び止められた。
「その服、どうしたんだ? ……襟に血が付いてる」
ぎくりとして頭に手をやると、昨日ぶつけたあたりがじっとりと湿っている。眠っている間に傷口が開いてしまったみたいだ。
「ええと、これはその、昨日転んで頭を打った拍子に少し切ってしまって……」
わたしは咄嗟に嘘をついた。
「それで、ヴェルナーさんに病院に連れて行ってもらって手当てを受けたんですけど……」
「手当て? その割には昨日は包帯もなにもしてなかったじゃないか」
「夕方には血も止まってたし、包帯を外してもいいかなーと思って……」
それを聞いてクルトが呆れたように溜息をつく。
「お前はどうしてそう勝手な事をするんだ……そんなことしたら治るものも治らないだろう?」
その鋭い眼差しにわたしは思わず身をすくめる。
「だ、だって……」
「だって?」
問い詰められるような口調に視線を逸らす。
「その……クルトが怒ると思って……」
「はあ? 怒る? 俺が?」
「あ、ほら、今だって怒ってる! わたしが何かするたびにそうやって怒って……だから言いたくなかったんですよ……!」
「俺は怒ってなんか……!」
言い掛けてクルトは口を噤む。
恐る恐る様子を伺うと、クルトは腕組みして何か考える素振りをしていた。
かと思うとつかつかとわたしに近づき、腕を取ると強引に部屋から連れ出してしまった。
突然のことに何も言えず、腕を引かれながら廊下を歩く。クルトの顔を伺うと、彼の目がこちらを向いたので、わたしは思わず俯く。
「そんなにびくびくするなよ。保健室に向かってるだけだ。それに、俺は別に怒ってるわけじゃない」
「ほ、ほんとに……?」
「ああ。今までだってそうだ。けれど、そういうふうに感じさせていたなら謝る。俺はただ――お前を見てるとたまにイライラするというか……」
「そ、それってやっぱり怒ってるんじゃないですか……!」
「そういう意味じゃない」
それじゃあどういう意味だろう?
わたしがその言葉について考えていると、クルトが口を開く。
その口調は先ほどまでに比べると随分と穏やかな調子だった。
「なんて言ったらいいか、その……気がかりと言うほうが近いかもしれない。普段はどこか抜けているのに、ときどき驚くほど冴えていて、そのくせ信じられないくらい無防備だったりする。お前のその不安定さが危なっかしく見えるんだ」
クルトの意外な言葉にわたしはぽかんとしてしまった。
気がかり? わたしのことが? 怒ってたんじゃなくて?
「それで、お前がおかしなことをするたびに、つい干渉してしまう。思えばその時の言い方にきついところがあったかもしれない。けれど、それは決して怒っていたわけではなくて……って、なにニヤニヤしてるんだ?」
言われてわたしは口元に手をやる。クルトの話を聞いているうちにいつのまにか頬が緩んでいた。
「それってわたしのことが心配で心配で仕方ないって事ですか? 放っておけないって事ですか? やだなあ、それならそうと早く言ってくれたら良かったのに。いやー、クルトがそんな風に思ってたなんて知らなかったなー」
「……お前はそうやってすぐ調子に乗る。うざったい事この上ない」
じろりと睨まれるが、もう怖くない。
「気味の悪いニヤニヤ笑いはやめろ。ともかくさっさと手当てして貰うぞ」
そうしてニヤニヤしたままクルトに連れられ、保険室で再び包帯を巻かれることとなったが、頭にぐるぐると巻かれたそれも少しも煩わしいとは思わなかった。おかげで養護教諭には打ちどころが悪かったのではと心配されたが。
出血の割には傷の状態もたいした事はなかったので、そのままクルトと共に彼の別荘に行くつもりでいたのだが
「今日は一日大人しくしてろ」
と言われ、ひとりで留守番することになってしまった。
クルトの目が無いのを良いことにソファにごろりと寝転がる。
それにしてもクルトがあんなふうに考えているなんて意外だった。お姉さん以外の人間にはさほど興味がないのかと思っていたから。
でも、改めて思い返せば心当たりはある。今までもクルトは口ではあれこれ言いながらも世話を焼いてくれていた。性別がばれないように庇ってくれたし、体調が悪ければ薬を持ってきてくれた。この休暇中だって、彼は別荘には泊まらずに、わざわざ寮まで帰ってきてくれるではないか。ひとりきりのわたしが泣いてるのではと気にして。
それもすべてクルトの言うように、わたしのことが気がかりだったからなんだろうか。だとしたら自分はこれまで何度彼に迷惑をかけたかわからない。
それを申し訳ないと思いながらも再び口元が緩んできた。
自分の事を気にかけてくれる誰かがいる。それが嬉しくないわけがない。なんだか胸の辺りがじんわりと暖かくなったような気がした。
でも……とわたしはふと考える。それなら余計昨日の事は言えない。怒られるわけでは無いとわかったが、代わりに心配をかけてしまう事になる。
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