7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と瞳を開く女性画

7月と瞳を開く女性画 8

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 暫くソファでごろごろしていたが、退屈に耐えられずわたしは部屋から抜け出した。
 大人しくしていろとは言われたけど、少しくらいならいいよね……
 そうして図書館に行って時間を潰した後、すぐには部屋に戻らずに外を散歩する事にした。
 歩きながら空を見上げる。晴れているとはいえ冬の空気はやっぱり冷たい。手袋もしてくればよかったかな。


「その包帯、どうしたんだい?」


 不意に声を掛けられ振り向くと、バケツを抱えたミエット先生が立っていた。


「あ、先生……これはその、ちょっと転んでぶつけてしまって……」

「大丈夫? 参ったな、ユーリがそんな怪我してるなんて知らなかったよ。養護の先生は特に何も言ってなかったし……」


 担任として生徒の怪我を把握していなかった事を気にしているみたいだ。わたしは慌てて両手を振る。


「今朝保健室に行ったばっかりなんですよ。それに、こんなふうに包帯巻かれて大袈裟に見えますけど、傷自体はたいした事ないんです。今だってこうして歩き回っても平気なんですから」

「そう? それならいいんだけど……」 


 それでも先生の表情が曇ったままだったので、わたしは慌てて話題を変える。


「ええと、先生はこんなところで何をしてたんですか?」

「え? ああ。これから温室に行こうと思ってね」


 持っていたバケツの中を見せてもらうと、中には園芸用品が入っていた。


「それなら、わたしも行って良いですか?」 

「おや、とうとうユーリも植物に興味が湧いたの?」

「あ、いえ、その、外を歩いていたら冷えてしまって……」

「あはは、そっちが目当てか。確かにあそこは暖かいからね。いいよ、おいで」

「やった! ありがとうございます」


 そうして先生と一緒に温室に足を踏み入れる。思ったとおり室内はガラス張りの天井から陽が差し込んで、ぽかぽかと暖かい。ところどころ花も咲いていて春の庭みたいだ。
 先生は花壇の一角にバケツを置く。彼の足元には何本かの水仙が花を咲かせていた。


「これ、見てよ。一本だけ変なところに咲いちゃったんだ」


 その示すほうに目をやると、確かに一本の水仙だけが他より一メートルほど離れたところにぽつんと咲いている。
 

「一箇所に咲くように球根を植えたはずなんだけどなぁ。誰かが掘り返して植え直したのかな?」

「そんな。何のために? どうしても水仙が欲しくて手折るならまだしも、わざわざ離れたところに植える意味なんてあるんですか?」

「それがわからないんだよねえ」


 先生はシャベルを片手に首を捻る。
 わたしはふと思いついたことを口にする。


「先生、この建物の中の地面って、外の地面とは繋がってるんですか? それとも四方とも地面の深くまで壁で遮られているんですか?」 

「うん? 確か北側の一箇所は外と繋がってるはずだよ。大きな扉が付いてて、そこから植物を傷つけないよう搬入出できるようになってるんだ」 

「それなら、水仙を動かしたのは、そこから入り込んだモグラの仕業ですね」

「へえ?」

「モグラが地中を移動する際に、球根のひとつに突き当たって、そのまま離れた場所まで動かしてしまったんです」

「ああ、そして移動した先で水仙が芽を出したってわけか。ふうん。なるほどねえ……」


 先生は感心したように頷いている。その姿にわたしはなにか引っかかるものを感じた。
 思い過ごしかもしれないとは考えながらもわたしは口を開いていた。


「でも、園芸のことに詳しい先生だったら、モグラの仕業だってわかっていたんじゃありませんか? もしかして、敢えて知らないふりをしていたとか……?」


 そう問うと、一瞬の間をおいて先生は困ったような顔でくしゃくしゃと頭をかいた。
 

「あー……ばれちゃった?」

「どういう事ですか?」


 わたしが眉をひそめると、先生は慌てたように弁解する。


「ごめんごめん。悪気があったわけじゃないんだ。この間の発表会の日の事、マリウスから聞いたんだよ。教室に撒かれたペンキの件をユーリが見事推理したって。それで、ちょっと確かめたくなってね」

「わたしのこと、試したんですか? どうして?」

「いやぁ、特に意味は無いよ。ただの好奇心で……でも、マリウスの言ったとおりだなぁ。ユーリにこんな才能があったなんて知らなかったよ。すごいすごい」


 先生はぱちぱちと拍手する。
 

「褒められたって誤魔化されませんよ。先生がそんなふうに誰かを試すような事をする人だなんて思いませんでした。はっきりいって幻滅しました。もうフランス語すら勉強する気も起きないくらいに」


 さすがにそれは言い過ぎだったが、試されて良い気はしないのも確かだ。少しくらい先生を困らせたって許されるんじゃないだろうか。


「気を悪くしたならごめんね? お詫びに後でとっておきのハーブティーをご馳走するからさ。機嫌を直してくれないかなあ?」

「そんなもので懐柔されませんから」

「あ、そうか。ユーリはハーブティーが苦手なんだっけ? それじゃあ普通の紅茶を用意するよ。ついでに隣町から取り寄せた美味しいお菓子も」

「わかりました。それで手を打ちます」

「よかった。交渉成立だね。あ、そうだ、おまけにこれもあげる」
 

 先生は例の水仙を手折るとわたしに差し出した。


「いいんですか? せっかく先生が育てたのに……」

「うん、この場所では別の花を育てたいから抜くつもりでいたんだ。たぶんもう根が地中深くまで張ってるはずだから、他の水仙のそばに植え直すのも難しいと思うし。あ、でも、ユーリがいらないっていうなら無理には受け取らなくていいけど」

「いえ、そういうことなら貰います。ありがとうございます」


 花は嫌いじゃない。わたしは水仙を受け取る。
 白い花弁に鼻を近づけると爽やかな良い香りがした。


 それから温室で先生の作業を手伝った後、お茶とお菓子をご馳走になった。
 紅茶を飲みながら先生に


「ユーリ、少しは植物に興味持ってくれたかな?」

 と聞かれたが、曖昧に笑って誤魔化した。
 自分で育てるのは野菜だけで懲りている。やっぱり眺めるだけが一番だ。





 夕方になってクルトが帰ってきた。


「おかえりなさーい」


 駆け寄って出迎えると、クルトは困惑した表情を浮かべた。


「ニヤニヤしながら纏わり付くなよ。鬱陶しい」

「ええー、冷たいなあ……あ、ねえねえクルト、お土産は?」

「なんなんだ、お前。図々しいぞ」


 そう言いながらもクルトはひとつの包みを差し出してきた。


「ねえさまがお前に持っていけって。ケーキが入ってる。これをやるから少し落ち着け」

「わあ、ありがとうございます!」


 早速包みを開けると、ベリーのたっぷり乗ったパイが姿を現した。一口齧ると、甘酸っぱさとクリームの甘さが口に広がる。


「はあ、おいしい……」
 

 幸福感に浸っていると、向かい側のソファに座ったクルトが、コップに活けた水仙の花に目を留める。


「この花、どうしたんだ?」

「温室でミエット先生に貰ったんです」


 言った後にしまったと思ったがもう遅い。案の定クルトは声を荒げる。


「お前、その怪我で出歩いたのか!? 大人しくしておけって言っただろう!?」 

「ええと、その……すみません」


 口調は荒いがクルトは怒っていない。今朝も聞いた通り、怒っているように見えるけれど、本当はそうではないのだ。
 それを考えると、謝りながらもつい口元が緩みそうになってしまう。


「おい、ちゃんと話を聞いてるのか?」


 わたしは慌てて俯いて顔を隠すと、神妙にしているふりをして何度も頷いた。





(7月と瞳を開く女性画 完)
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