7月は男子校の探偵少女

金時るるの

文字の大きさ
84 / 145
7月と赤い果実

7月と赤い果実 1

しおりを挟む
 頭の包帯が取れる頃、休暇が終わり、帰省していた生徒達が一斉に学校へ戻ってきた。
 昨日まで閑散としていた校内では、今やあちらこちらで生徒達の輪が形成され、再会を喜ぶ声が聞こえる。
 その中にアルベルトの姿を見つけたので近寄ると、彼のほうもこちらに気付いて手を上げた。


「いいところに来たね。部屋まで訪ねる手間が省けたよ」


 何の事かと首を傾げると、アルベルトは荷物の中を手探り、無造作に瓶をひとつ取り出してこちらに差し出す。


「はい、お土産。自家製のコケモモのジャムなんだ。君の口にも合うといいんだけど」

「わあ、ありがとうございます。おいしそう」

「我が家のジャムは意外と皆に好評でね。休暇明けにはこれを楽しみにしてる奴もいるくらい。おかげで荷物が嵩張って仕方ない」


 そうは言うが、アルベルトはにこにこと笑っている。それはそうだろう。自分の家で作ったものを褒められて悪い気はしないはずだ。
 そんな事を思っているそばから、アルベルトは知り合いらしき生徒に声を掛けられ、同じようにジャムの瓶を取り出して渡している。そのまま親しげに話しこみ始めたので、邪魔をしないようにわたしは再度お礼を言ってその場から離れた。

 ガラス瓶に詰められた真紅のジャムは、陽の光にかざすと宝石みたいにきらきらと光った。
 どうやって食べようかとあれこれ考えながら歩いていると、不意に何かに躓き、盛大につんのめる。そのまま前方に投げ出され、身体を床に打ち付けてしまった。


「いたた……」


 一体なんだったのかと身体を起こす。と、手元にジャムの瓶がない事に気付く。
 あれ? 落とした? どこに?
 慌ててあたりを見回すと、前方に見覚えのある瓶が転がっていた。今の衝撃で手から離れてしまったみたいだ。幸いにも割れてはいない。
 その時、わたしの横を誰かが通り過ぎたかと思うと、さっと瓶を拾い上げた。 


「やあ、子猫ちゃん。ぼけっと歩いてると危ないよ」


 振り返ったその人物はイザークだった。彼は唇の端を吊り上げながらこちらを見下ろす。
 もしかして、彼に足を引っ掛けられた……? 


「休暇中はよく眠れた? まさか、寂しくて毎晩泣いてたんじゃないだろうね?」


 その言い方に悪意を感じたので、わたしも笑顔をつくってみせる。


「ご心配なく。毎日とってもよく眠れましたよ」


 強がりで言っているわけではないとわかったのか、イザークは一瞬つまらなそうな顔をした。
 わたしは膝についた埃を払いながら立ち上がる。


「あ、そういえば、あなたに貰ったレープクーヘン、とってもおいしかったです。ごちそうさまでした。でも、ひとつだけ塩辛いような妙な味のものが混ざってたんですよ。なんだったのかな……」

「ふうん。製造者が砂糖と塩を間違えたのかもね」

「しかも、箱の底に残った最後のひとつがそれだったんですよ。毎日少しずつ楽しみに食べてたのに、最後の最後がそれだったなんて……」

「それは災難だったね。でも、ま、そんな事もあるでしょ。ちょうどいいからこれで口直しでもしたら?」


 イザークはジャムの瓶をわたしの手に押し付けると、手をひらひらと振って去っていった。
 なんだろう。微妙に慰められたような……
 瓶も拾ってくれたし、足を引っ掛けられたと思ったのも、こちらの勘違いだったのかも。
 そんな事を考えながら、手の中の瓶に目を落とす。
 口直しか……それもいいけれど、どうせなら……





 日曜日、わたしはアトリエのドアを叩く。
 少しして開かれたドアからヴェルナーさんがその姿を覗かせた。
 よかった。いつも通りだ。


「……もう、怪我は治ったのか? 」

「ええ、この通り、すっかりよくなりました。それよりヴェルナーさん、あの人はどうなったんですか?」


 「あの人」とはもちろんディルクの事だ。あの事件についてヴェルナーさんは警察に知らせたようだが、その後どうなったのかわたしはまだ知らない。


「それが、まだ逃亡しているらしい」

「そうですか……」


 あんな恐ろしい人間が、いまだどこかをうろつき回っているだなんて。あの日の事を思い出すと、なんとなく息苦しくなったような気がして、わたしはマフラーを引っ張って首元を少し緩める。
 それを察したかのようにヴェルナーさんが付け加える。


「だが、いつまでも逃げ回っていられるはずも無い。すぐに捕まるだろう」

「……そうですね。そう願ってます」

「それと」


 ヴェルナーさんは話題を変えるように切り出す。


「君の存在については、なんとか警察には知られずに済んだ、と思う」

「ほんとですか? よかった……無茶なお願いをしてしまってすみません」


 ヴェルナーさんは「気にするな」とでも言うかのように頷いた。
 ディルクの事については不安が残るものの、ヴェルナーさんの言う通り、明日にでも解決するかもしれない。それに、わたしの素性が公になる事だって防がれた。その事にとりあえず胸を撫で下ろすのだった。

 気を取り直してアトリエの中を見回すと、デッサン用のモチーフの周りにイーゼルがふたつ用意されているのに気がついた。
 ひとつはわたしが使うはずのものだが、もうひとつは……
 思わずヴェルナーさんのほうを振り向くと、彼は頷いた。


「この間言っただろう? 一緒にデッサンをしようって」

「それじゃあ……」


 わたしは言いかけて言葉に詰まる。
 この人は本当に立ち直ったのだ。そうして再び絵を描こうとしている。それは先日も彼自身により聞かされたことだが、こうして目の前に置かれた画材を実際に目にして、より実感が湧いてきた。
 胸が一杯になると同時に、早く彼の絵を見たいという思いがこみ上げる。


「ヴェルナーさん、早速デッサンを始めましょう」


 急かすようにして、構図決めもそこそこに、適当にイーゼルを配置する。
 そうして木炭を手に取り、デッサンを始めるが、どうしてもヴェルナーさんのほうが気になってしまう。
 彼はどんな絵を描くんだろう。いつか見た風景画も素晴らしかったけれど、デッサンとなればまた違う。
 わたしは適当にイーゼルの位置を決めた事を後悔した。ここからではヴェルナーさんの顔がかろうじて見える程度だ。どうせなら、彼の近くで絵が出来上がる過程を見てみたかった。

 それにしても――とわたしはヴェルナーさんの様子を伺いながら考える。
 以前に似顔絵を描いてもらった時も思ったけれど、この人が真剣に絵を描く姿はすごくかっこいい。勿論、普段だってかっこいいが、こうして絵を描いているときは、なんというか、周りを取り巻く空気が変わったような気がするのだ。
 いつの間にかその様子に見入ってしまっていたわたしは、考えを切り替えるように慌てて頭を振る。
 ……いけない。今はデッサンに集中しなければ。
 いつのまにか止まっていた右手を再び動かし始めた。

 やがてお昼になった。いつもならば休憩の頃合なのだが、ヴェルナーさんは気が付かないのか何も言い出さない。よほど集中しているらしく、その真剣な様子に声をかけるのも憚られる。

 どうしよう。お腹がへった……

 パンの耳に手を伸ばしかけて、寸前で思いとどまる。いや、だめだ。今日は我慢だ。
 でも、目の前に食べ物がある状態で空腹を我慢するというのは拷問に等しい。
 少しだけ食べてしまおうか? いやいや、やっぱりだめだ。
 そんな葛藤と戦っているうちに、わたしの腹部から蛙の鳴き声みたいな奇妙な音が漏れた。
 ヴェルナーさんがこちらに目を向ける。ばっちり聞かれてしまったみたいだ。
 慌てて腹部を押さえるわたしを見て、ヴェルナーさんは小さく笑ったかと思うと


「……気付かなくてすまない。そろそろ休憩にしようか」


 と言って木炭を置いた。
 うう……笑われてしまった。
 恥ずかしさを振り払うかのように、ヴェルナーさんの傍に近づくとイーゼルを覗き込む。彼のデッサンがどんなふうなのか知りたかったのだ。


「あれ? これってもう完成してるんじゃ……?」


 わたしが思わず声を上げると、ヴェルナーさんは首を横に振る。


「いや、まだ影を乗せただけだ。このままでは描き込みが足りない」


 うーん、そういうものなのか……
 素人目にはこれ以上加筆する必要があるように見えないのだが。今の時点で、わたしが時間をかけて描いたものよりもずっと上手だ。あたりまえかもしれないが。
 その時ふと、この人はかつてどんな肖像画を描いていたんだろうかという考えが頭をよぎった。以前に見た風景画も美しかったし、描きかけのデッサンだってこんなに上手だ。専門にしていた肖像画はさぞや見事だったのではないか。
 気になるけれど、もう描かない絵についてあれこれ尋ねるのも無神経であるし、ヴェルナーさんだっていい気はしないだろう。
 ――でも、ヴェルナーさんの描いた肖像画、見てみたいなあ……

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...