7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と赤い果実

7月と赤い果実 5

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 翌日、わたしは二年生の部屋があるフロアに足を踏み入れた。
 廊下にずらりと並んだドア。その中のひとつの前に立ち、ノックする。
 暫く待つと、その部屋の使用者である少年が顔を出した。輝く金色の髪に、氷のような薄いブルーの瞳。


「やあ、子猫ちゃん。珍しいね。君が僕を訪ねてくるなんて。なにか用?」


 王子様のような輝く笑顔を浮かべながらイザークが首を傾げる。


「あなたに話があるんです。部屋に入れてもらえませんか?」

「困るよ。今、ちょっと散らかってるんだ。用件ならここで聞くけど?」


 蔭りの無いその様子に引け目を感じながらも、わたしは思い切って切り出す。


「わたしのジャム、返してください。あの日、わたしが転んだ時に、あなたが瓶を拾うふりをしてすり替えたんでしょう?」

「……なんの話? 悪いけど、君の言ってること、よく理解できないな」


 わからないふりをしているのか。それとも本当に何も知らないのか。少しだけ迷いが生じるが、それを振り払うかのようにわたしは言葉を続ける。 


「あの後、不思議に思ったんです。どうしてあなたはあの時、真っ先にジャムの瓶を拾ったのかって。普通、目の前で誰かが転んだり倒れたりしたら、まずはその人のことを心配するはずでしょう? 転んだ拍子に怪我をしているかもしれないのに。なのに、あなたはわたしを気にかけるよりも先に瓶を拾いました。どうしてでしょうか。わたしのことが嫌いだから? でも、それなら瓶を拾おうとすらしないはずです。つまり、あなたは最初からあのジャムが目当てだったんです」


 イザークは呆れたように肩をすくめる。


「なにを言い出すかと思ったら……変な言いがかりはやめてよね。そんな話をしにきたわけ? 僕だって暇じゃないんだよ。たいした用事じゃないなら、帰ってほしいんだけど」


 目の前でドアを閉められそうになるが、わたしは素早くドアの隙間に靴を差し入れ、それを阻む。
 イザークが眉をひそめた。


「足をどけて」

「逃げるんですか? わたしのジャム、返してください」


 わたしが繰り返すと、イザークは先ほどの笑顔から一転、冷ややかな視線をこちらに向ける。


「君もしつこいね。あのさ、すり替えたって言うけど、それなら僕があの時、君が持っていたものと、容器や中身まで全く同じジャムを持っていたことになる。そんなのありえると思う? いくらなんでも都合が良すぎるでしょ」
「じゅうぶんありえると思います。おそらく、あなたもあの日、同じジャムをアルベルトから貰ったんじゃありませんか? わたしもあなたも彼の【家族ファミーユ】なんですから、同じものをお土産として受け取っていてもおかしくありません」


 イザークを見据えながらわたしは続ける。


「わたしがジャムを貰ったとき、アルベルトは言っていました。『休暇明けにはこれを楽しみにしてる奴もいる』って。それって、休暇のたびにジャムをお土産にしていたってことですよね。わたしは彼からお土産を貰ったのは初めてでしたけれど、去年からアルベルトと【家族ファミーユ】だったあなたは、今までも休暇が明けるたびに彼からジャムを受け取っていたんじゃありませんか? 彼がお土産に何をくれるかを、あなたは事前に把握していたんです」


 冷たい色の瞳をこちらに向けながら、イザークは黙って聞いている。それに少し怯みそうになるが、深呼吸して手の中のジャムにちらりと目を落とす。


「だから、あなたはわたしよりも先にアルベルトに直接会いに行って、そこでジャムを受け取った後、塩や胡椒を混ぜ込んだ。そして、わたしを待ち伏せて、足を引っ掛けて転ばせた後、落としたジャムを拾うふりをしてすり替えたんです」

「馬鹿馬鹿しい。ジャムが変な味だったからって僕を疑ってるの? 最初からそういう味だったとは考えないわけ?」

「作る過程で手違いがあったって事ですか? それなら、味見の段階で気付くはずですが。仮に味見をしなかったとしても、あのジャムは塩が溶けきっていなくて、砂みたいな食感が残っていました。作る過程で砂糖と塩を間違えたとしても、ジャムを作る際には加熱するはずですから、溶けきっていないのは不自然ですよね。だから、あの塩は後から混入したものだと考えられます。それに、他にも同じものをお土産として受け取った人が何人もいたはずだし、それが変な味だったのなら既にアルベルトの耳に入っていてもおかしくありません。それに対して彼が何の対応もしないのは考えられないと思います」


 イザークは首を横に振る。


「そうじゃなくてさ。僕以外にもジャムに細工できる可能性のあった人物がいるでしょ?」

「……アルベルトがやったって言うんですか?」

「そう。君に渡したものだけに、彼が塩を混ぜておいたんだよ。それなら君の口にしたものだけが変な味だったって事も、彼が何の対応もしないっていうのも、納得できると思うけど」

「アルベルトは荷物の中から手探りでジャムの瓶を取り出したんですよ。目印があったとしても、何も見ずに多数の瓶の中から特定のひとつを選び出すのは難しいと思いますが」

「なにも目印が目視できるものだけとは限らないじゃない。たとえば君に渡したものだけ、他のとは違って瓶の形に特徴があったとか。それなら手触りだけで判断できるでしょ? もしくは、ひとつの瓶にだけ紐かなんかを巻いてたって事も考えられる。手で探るふりをしながら紐を外せばわからないだろうし」


 その言葉にわたしの心は揺らいだ。
 アルベルトが……? まさか……
 わたしの心に芽生えた疑念を感じ取ったかのように、イザークが冷たい笑みを浮かべる。


「君さ、アルベルトに嫌われてるんじゃないの? 彼はうんざりしてるんだよ。なにしろ君ときたら、騒がしいうえに、鬱陶しいし、生意気で、見た目も貧相だからね」


 そんな事言われても、見た目なんてどうしようもないじゃないか……
 むっとしながらも、わたしは反論する。


「……でも、アルベルトよりもあなたを疑った理由は他にもあります。あなたには前科がありますから」
「 もしかして、いつかのコーヒーの件のこと? あれなら、アルベルトだって黙認してたんだよ? その点では彼も僕とたいして変わらないと思うけど」

「その件だけじゃありません。クリスマスにあなたに貰ったレープクーヘン。ひとつだけ塩辛かったって言いましたよね。あれもあなたの仕業だったんじゃありませんか? たぶん、塩水かなにかをお菓子の表面に塗ったんでしょう。それにわたしが気付かなかったから、増長して今度はジャムに同じようなことをしたんです」

「どうしても僕がやったことにしたいみたいだね。でもさ、そもそもあの時、君がジャムを持ち歩いていたこと自体が偶然みたいなものでしょ? アルベルトに会わなければジャムを受け取っていなかっただろうし。そうしたら、すり替え自体不可能なんだよ?」

「すり替える機会は他にもありました。あの日、アルベルトは『部屋まで訪ねる手間が省けた』とも言っていました。わたしに会わなければ部屋までジャムを届けてくれるつもりだったんでしょう。そんな発想をするということは、アルベルトは今までもそうやって部屋までお土産を届ける事があったんだと思います。あなたはそれも知っていたんじゃありませんか? 最初のすり替えが上手くいかなかった場合は、アルベルトがわたしの部屋を訪ねてくる機会を伺って、そこで何かと理由をつけてすり替えることも可能だったはずです」


 イザークは溜息をつく。


「まったく、君の想像力と言うか、妄想力には感心するよ。あのさ、確かに君のいう事はそれっぽいけど、証拠はあるわけ? 僕が、君のジャムに何か入れたって証拠は」

「証拠は、おそらく、あなたの部屋の中です。前回のレープクーヘンも、今回のジャムにしても、味からして塩や胡椒が使われていたと予想できますが、その度に食堂に調味料を調達しに行くのは手間ですし、何度も繰り返せば、調理場の人たちに顔を覚えられてしまうかもしれません。だから、あなたは調味料を部屋の中に置いてあるんです。それも、不自然にならない程度に人の目に触れる位置に。わたしを部屋の中に入れてくれないのは、それを見られたくないからじゃありませんか?」

「僕が君を部屋に入れたくない理由は、さっきも言った通り、散らかってるからだよ。それに、たとえ自室に調味料を置いていたとして、それがそんなにおかしい? 塩や胡椒なんて珍しくも無い。どこにでもありふれてるよ」


 わたしは瓶を顔のあたりに持ち上げてイザークに見せる。中にはあのひどい味のジャムが入っている。


「このジャム、塩や胡椒だけではなく、何かの香辛料の味もしました。わたしにはそれが何かわかりませんが、調理場の人に聞けば正体が判明するかもしれませんね。もしも、それと同じ香辛料があなたの部屋にもあったとしたら? それなら、あなたが細工したという可能性は高くなると思いますけど。なにしろ、わたし以外にこの瓶に触れたのは、あなたとアルベルトだけなんですから」

「あのさ、もしも君の言うとおりだったとして、普通に考えれば、そんな人目に触れる場所に証拠を置くはずがないじゃない。僕だったら、誰にも見つからないところに隠しておくけどね」

「そうですね。今までは、一見わからないような場所に隠していたのかもしれません」


 それを聞いて、イザークの眉がぴくりと動いたような気がした。


「最近、部屋の立ち入り検査があったそうですね。どの部屋もかなり念入りに調べられたと聞きました。あなたの部屋も例外じゃなかったはずです。その時、隠してあった調味料がみつかってしまったんじゃありませんか? そこであなたはあらぬ疑いを掛けられそうになったのかも。たとえば、調味料に見せかけた何かの薬品じゃないかと問い詰められたとか。普通、ただの調味料を厳重に隠しておくなんて思いませんからね。結局、何の変哲も無い調味料だったわけですが……その後、あなたは不自然に思われない場所に調味料を移したんじゃありませんか? また誤解される事がないようにと」

「そんなの、あくまで君の想像でしょ?」

「ええ、その通りです。でも、部屋を検査した教師の誰かが覚えているかもしれません。あなたの部屋に塩や香辛料が置いてあったことに。さすがに生徒の個人事情に関わるような事は簡単には教えてはくれないでしょうけれど、たかが調味料が部屋に置いてあったかどうかくらいなら、案外あっさり話してくれるかもしれませんね。それなら部屋に入らなくとも確かめることができます」


 わたしの言葉を聞き終えたイザークは、暫く黙り込んでこちらを睨みつけていたが、やがて不機嫌そうに口を開いた。


「君って、余計なところで勘がいいね。本当に生意気。それに、騒がしいうえに、鬱陶しい。おまけにその鈴の音、耳ざわりなんだよ」


 その言葉で、彼が自分のした事を認めたのだと理解した。 


「あーあ、つまんない。今度はもう少し長く楽しめると思ったんだけどなあ」


 自分のした事がばれても謝るつもりも無いらしい。しかも、ばれなければこれからも同じ事をしようと考えていたのだ。
 意外と悪い人じゃないのかもだなんて思ったのは間違いだった。やっぱりこの人、性格悪い。


「いい加減、ジャムを返してください」

「さっきからそればっかりだね。そんなにジャムが食べたいの? 意地汚い」

「どうとでも言ってください。渡してくれるまで帰りませんから」


 返してもらえないのなら、なんのためにここに来たというのか。
 張り詰めたような沈黙の中、お互い睨みあう。
 暫くそうしていたが、やがて諦めたのか、イザークがすっとドアから離れると、赤いジャムの入った瓶を手に戻ってきた。


「これが欲しいわけ?」


 差し出された瓶を受け取ろうとした寸前で、イザークが頭上へと瓶を持ち上げたので、わたしの手は宙を掻く。


「望み通り、返してあげるよ」


 そう言うと、イザークは勢いよく腕を振り下ろし、瓶を床に叩き付けた。
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