7月は男子校の探偵少女

金時るるの

文字の大きさ
104 / 145
7月と円舞曲

7月と円舞曲 14

しおりを挟む
「ひっ!?」


 思わず驚きの声を上げるわたしをなだめるように、アレクシスさんは耳元で穏やかに囁く。


「突然の無礼をお許しください。ですが、暫くの間、このままでいてはもらえませんか? 情けないことに、こうして誰かに縋っていないと不安で仕方が無いんです」


 う、うそだ。こんな……こんなの予想外だ。
 だ、だって、わたしは――

 動けずに固まったままのわたしに対し、アレクシスさんは静かな調子で続ける。


「ユーリさん、もうひとつ告白させてください。実はあのとき、身を挺して妹を炎から救おうとしてくれたあなたを見て、畏敬の念を抱くと同時に、いじらしいとも思いました。こんな華奢な身体で、自身も危険にさらされながら、誰かのために必死になる姿に、私は心を打たれたんです。同時に、二度とあなたをあんな危ない目に合わせたくない。できることなら私があなたを守りたい。そう思いました……ユーリさん、こんな私が言っても説得力が無いとは思いますが、その願い、叶えさせてはもらえませんか?」

「え、ええと、それってどういう……」


 混乱しながらも尋ねると、穏やかな声が返ってくる。


「これから先も、こうして私の傍にいてもらえませんか。勿論、こんな時に言うべき事ではないとはわかっています。でも、今を逃したら、何故だかあなたにはもう逢えないような気がして……お願いです。私にはあなたが必要なんです」

「……わたしが?」


 必要?
 その言葉に思わず顔を上げると、二人の視線がかち合った。


「ええ。それとも、頼りない私の言葉は信用できませんか?」

「いえ……その……」


 何故だかうまく答えられない。言葉に迷っていると、アレクシスさんは指の背でわたしの頬を優しく撫でる。


「では、誓いましょう。あなたのその、花びらのようなくちびるにかけて」

「え?」


 次の瞬間、顎を指で軽く持ち上げられると、戸惑うまもなく、彼のとび色の瞳がゆっくりと近づいてくる。そのまま互いの吐息が触れ合うような距離にまで迫り――


「ちょ、ちょっと、ま、待って! 待ってください!」


 すんでのところで、片手でアレクシスさんの胸を力を込めて押し返し、わたしは慌てて距離を取るように後ずさるが、すぐに背中が手すりにぶつかってしまう。
 気がつけば胸の鼓動が早くなっている。


「ああ、申しわけありません。その、驚かせるつもりではなかったのに……どうかそんなに怖がらないでください。あなたの嫌がることはもうしませんから」


 アレクシスさんは狼狽えるわたしを安心させるように両手を広げ、後ろに一歩下がる。


「いえ、その、思いもよらないことだったので動転してしまって……だ、だってその……」


 わたしは手すりにもたれかかりながら、左目の下の辺りを指で触れる。
 混乱する心を落ち着けるように深く呼吸すると、気を取り直して口を開く。


「……すみません。わたし、少し酔っ払っていて、頭が追いついていないみたいです。実はさっき、気つけ薬の代わりにワインを飲んだもので」

「……大丈夫ですか? どこかに座って休んだ方が――」

「い、いえ、それは平気です。大丈夫です。けれど、その代わり、どうでも良いような些細な事が、何よりも気になって気になって仕方が無いんです。自分でもおかしな話だとは思うんですけど、それを確認しないと他のことを考えられないんです」


 見上げると、不審そうな顔のアレクシスさんが目に入る。


「教えてもらえませんか? あの事故の直前、アレクシスさんは、一体何を落としたのか」


 突然の質問が予想外だったのか、アレクシスさんはしばし沈黙したが、やがてゆっくり首を振る。


「それはお教えできません。あれはなんと言いますか――我が家の家宝のようなものでして、おいそれと身内以外の人間に見せるわけにはいかないんです」

「……そうですか。だからあの時も、何を落としたのかをわたしに聞こえないようリコリスさんに耳打ちしたんですね」

「そういう事ですね。ご期待に添えず申し訳ありません」

「いえ、そういうことなら仕方ありませんよね……ところで、わたし、さっきここでこんな物を拾いました」


 わたしは話題を変えるように、今まで後ろ手に隠していたものを取り出した。小さな赤い蝋燭の破片だ。芯の部分を指で摘んだ状態で目の前にぶら下げる。


「……それは?」

「リコリスさんが燭台を落とした時に砕けた蝋燭の破片です。わたしが彼女の火を消そうとした時に、偶然近くに落ちていたものを手の中に握り込んでしまったみたいです。この蝋燭、外側が赤いですよね。わたし、最初にこれを見た時、赤い塗料が塗ってあるんだと思いました。てっきり、今夜のパーティのために用意した特別製なのかと。でも、その後で不思議に思ったんです」

「何をでしょう?」

「さっき、広間で使われている他の蝋燭を見てみたんですが、全て白い蝋燭だったんですよ。アレクシスさん、あなたの持ってきたこの蝋燭だけが赤かったんです」

「それは気付かなかったな……でも、それに何か問題が?」

「わたしの考えでは、この赤い部分は単なる塗料ではないと思うんです」

「と、言うと?」

「たとえば、リンとか。この蝋燭は、外側をリンで覆われているんです。一見すると赤い模様のように」


 その言葉にアレクシスさんは眉をひそめた。わたしは舌でくちびるを湿らせてから続ける。


「リコリスさんに炎が燃え移る直前、わたしには蝋燭の炎が不自然に激しく燃え上がったように見えました。おそらくあのときリンが蝋燭の熱により発火したんでしょう」

「それじゃあ、リコリスがあんな目に逢ったのは、その蝋燭のせいで……? その破片を私にもよく見せてもらえませんか?」


 その言葉に逆らうように、わたしは蝋燭の破片をさっと後ろ手に隠す。


「あなたは今までこの場所で、これと同じようにバラバラになった蝋燭の破片を探していたんじゃありませんか? 他の人に見つかる前に処分するために」


 アレクシスさんは訝しげに目を細める。


「どういう意味でしょうか? 」

「あなたはあのとき『落し物をした』と言って、リコリスさんに燭台を持たせました。その際、蝋燭の位置を指定して、さらに動かないようにと指示をして。あの時の指示は、この蝋燭を使って、確実にリコリスさんに炎が燃え移るように調整するためのものだったんじゃありませんか?」

「まさか、私を疑っているんですか? それなら、意図的にあの場所に『落し物』を落とさなければならない。そんなに上手くいくわけがないでしょう? 『落し物』が床に跳ね返ってどこかに転がっていく可能性だってあるのに」

「なにも本当に落とす必要はありません」


 それを聞いた彼の目がより一層細まったような気がした。


「落とした”ふり”をしたんです。実際に落としてもすぐにみつかってしまっては意味がありませんから。薄暗いこの場所は、そういう意味でもうってつけだったんでしょう。それに、話を聞いた限りではその『落し物』はとても大切なもののようですからね。それもリコリスさんだけに危害を加えるために必要な理由でもあったようですが。他人には見せられない大切なもの――わたしにはそれが何か想像できませんが――とにかく、それを落としたとなれば一大事です。部外者のわたしを近づけない理由にもなります」


 わたしはアレクシスさんを見つめたまま続ける。


「そうしてあなたは落としてもいないそれを『落とした』と申告して、探すふりをする。その間リコリスさんは動けないまま例の蝋燭を持ち続けることになります。蝋燭の熱でリンが発火するまでの間、あなたはそのまま探すふりを続ければいいんです。もしかして、その『落した』はずのもの自体、本来の保管場所から持ち出してすらいないんじゃありませんか? だって落とす必要のないものを持ち歩く理由はないし、逆に落とすつもりは無いにしろ、持ち歩いて何かの拍子に紛失したらおおごとですから」


 話を聞き終わったアレクシスさんは、少しの間言葉を失っていたようだが、やがて軽く咳払いすると、気を取り直したように口を開く。


「……すごい想像力ですね。でも、残念ながら間違っています。わたしは本当にあの時『落し物』をしたし、今だって無事に見つかったそれを持っています」

「想像だけじゃありません。あなたがそれを持っていないことは既に確かめました」

「一体どうやって――まさか」


 アレクシスさんは何かに気付いたように上着の胸のあたりを押さえる。


「さっき、あなたに密着した時、申し訳ないとは思いましたけど、どさくさに紛れて上着の内ポケットをこっそり調べさせてもらったんです。中には何も入っていない、空っぽの状態でした」

「そんな……ひどい人だな。私のあなたへの気持ちを利用したんですか?」

「すみません。どうしても確かめたくて……自分でも最低だと思います」


 わたしが目を伏せると、暫くの沈黙の後、アレクシスさんが静かに口を開く。


「そんな嘘までついて、私を犯人に仕立て上げたいんですか?」

「え?」

「あなたは嘘を言っている。あのときのあなたに、そんな事をする余裕なんてなかったはずだ。それに、私の上着のポケットは、あなたの言うように空っぽなんかじゃありませんよ」


 そう言うと、上着に手を入れ、内ポケットから何かを取り出した。
 マッチの容器だ。それを見て思い出した。そうだ、蝋燭に火を付けた後、彼はあそこにマッチを仕舞っていたのだ。


「これで、あなたが私の内ポケットを調べていないことは証明されましたね。もちろん、ポケットの中には、このマッチの他に例の『落し物』も入っていますよ。残念ながらお見せすることはできませんが」


 俯くわたしに対し、アレクシスさんはどこか冷たい口調で言い放つ。


「それにしても残念です。あなたが私をそんなふうに疑っていたなんて。思い違いは誰にでもあることとはいえ、さすがに堪えましたよ。それとも、まだ酔っているんですか? だとしても酷い冗談だ。あなたとなら、とても良好な関係を築いていけると思ったのに……申し訳ありませんが、先ほどの告白はなかったことにして頂けますか。もう二度とあなたと関わることもないでしょうから」


 そう言うと、アレクシスさんは踵を返しわたしに背を向け、そして足を止めた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...