7月は男子校の探偵少女

金時るるの

文字の大きさ
140 / 145
その後のあれこれ

画家と7月のみる夢 ※

しおりを挟む
 胸のあたりを引っ張られるような感覚に、俺は浅い眠りから覚めた。
 暗闇に目を凝らすと、ユーリがそこにしがみついていた。寒いのかと思い抱き寄せようとしたところで


「……アウグステ、置いていかないで」


 微かな囁きが聞こえた。
 まただ。またあの寝言だ。
 そっとユーリの瞼の辺りに触れると、睫毛が濡れているのがわかった。泣いているのだ。眠ったままで。

 こんなことは以前から時々あった。けれど、ユーリ自身は泣いた事自体に気づいてはいないようで、翌朝になればいつもと変わらない態度で接してくるのだ。
 それでも、目の前で何度も泣かれて心穏やかでいられるはずもない。ある時、思い切って本人に尋ねた事がある。どうして泣くのかと。


「え? わたし泣いてましたか? 寝ている間に? うわあ、恥ずかしい……」


 彼女は気まずそうに頬を指で掻きながら続けた。


「実は、時々怖い夢を見て……たぶんそのせいです。ごめんなさい、起こしてしまって」

「それなら、アウグステというのは……」

「そ、そんな寝言まで言ってました? 参ったなあ……」
 

 彼女は溜息をひとつつく。


「……アウグステっていうのは、孤児院で一番仲の良かった子の名前なんです」


 彼女の生い立ちについては以前に聞いたことがある。教会のそばの孤児院で育った事。今から四年ほど前、彼女がそこを離れた後で、その孤児院が不幸な事故に見舞われて、全てが失われてしまった事。


「それ以来ときどき夢に見るんです。教会の庭でみんなが遊んでいて、それ自体におかしな事は無いんですけど、何故かみんなわたしを見てくれなくて……どんなに声を上げても、まるでわたしなんて最初からいないみたいに扱われて。そして最後にはわたしひとりを置いてみんなどこかへ行ってしまうんです。アウグステも。たぶん、それでわたし、そんな寝言を……」


 沈んだ声でそう答える彼女の表情はわからなかったが、その姿にどこか痛ましいものを感じた事を覚えている。
 きっと、孤児院と仲間とを失ったことが心の傷となっていて、今になってもこうして彼女を苦しめているのだろう。 
 俺に何かできる事があれば良いのに……
 今も目の前で微かに肩を震わせる彼女の心が少しでも鎮まるようにと、その髪をゆっくりと撫でた。





「……君がよく遊んでいたという教会の庭について教えてくれないか? 建物の色や形、それに周りの景色だとか。なんでも良い。覚えている限りで」


 そう切り出すと、ユーリは首を傾げた。


「そんなこと聞いてどうするんですか?」

「……絵にしてみたいんだ。君が育った風景を。勿論、君が構わなければの話だが」

「わあ、描いてくれるんですか? 嬉しい」


 彼女が喜んだ様子を見せたので、早速真っ白いカンバスをイーゼルに立て掛けて、その前に腰掛ける。
 隣でユーリは口元に手をあてると、何事か思案するように「ううん」と唸る。


「ええと、教会の外観は石を積んで作られていて、年月も経っていたので、黒っぽい灰色をしてました。あと、窓は縦長のアーチ状で大きくて……」


 彼女の意見を聞きながら、俺は小さなカンバスに下書きしていく。


「そうそう、そういう感じで。あ、やっぱり窓はもう少し上の位置にあったかも。あと、地面は柔らかい草で覆われていて……それから……ええと……」


 言いかけた彼女は言葉に詰まった様子で首を捻る。


「ごめんなさい。改めて思い出すとなるとなかなか上手くいかないです。おかしいな。10年以上もあそこで暮らしてたはずなのに……」

「気にすることはない。それだけ思い出せれば十分だ」


 あとは俺の腕でどこまで再現できるのかが問題なのだが。
 多少の緊張感を抱えながら、ユーリの記憶を元にカンバスに色を置いていく。光の溢れる明るい庭。地面には緑の絨毯。


「そうそう、まさにこんな感じです。懐かしいなあ……」


 隣で見ていたユーリが歓声をあげる。どうやら彼女の記憶の中の風景に近いものが描けたようだ。
 必要な背景をあらかた描き終えると、俺は彼女に向き直る。


「これで完成じゃないんだ」


 彼女は「え?」と声を上げた。


「まだ何かあるんですか?」

「今度は、孤児院で一緒だった子どもたちについて聞かせてもらえないか?  まずはそうだな……君と仲が良かったというアウグステという子どもについて」

「アウグステですか?  ええと、あの子はわたしによく似ていて、肩より少し長いくらいの髪はわたしと同じ色で……」


 戸惑った様子ながらも彼女は答える。
 その証言を元に、今度はカンバスに一人の子供の姿を描き加えていく。この程度の大きさなら表情を書き込まなくとも不自然では無いだろう。


「あ! この絵の子、アウグステですね?  すごい。雰囲気出てます」


 背後からカンバスを覗き込みながら、ユーリは嬉しそうな声を漏らす。


「他に仲の良かった子ども達は?」

「そうですね……ええと、まずはリオンおにいちゃん。背が高いけど少し猫背気味で……それから、四月生まれのアプリル。この子は癖のある栗色の髪をいつも黄色いリボンで結んでいて……」


 口頭で伝えられる特徴を頼りに、カンバスに子どもたちの絵を描き加えていくと、その度にユーリは感嘆の声を上げたり、「そっくり」と言いながら楽しそうに笑ったりする。それに釣られて俺も思わず笑みを零す。
 朗らかに笑う彼女が生み出す空気はとても居心地が良い。いつまでもそこに浸っていたいと思わせる。

 やがて子どもたちの姿を描き終えると、最後にカンバスの中央、まだ何も描かれていないスペースに着手する。
 最初に描き入れたアウグステという少女の隣だ。俺はそこにもう一人金色の髪の少女の姿を描き加える。


「あれ?  アウグステがもうひとり?」


 不思議そうな声を上げたユーリだったが、直後にはっとしたようにこちらに顔を向けた。


「もしかして、この女の子って、わたし?」

「ああ。そのつもりだ」


 答えながら筆を進める。隣り合ったふたりの少女は顔を寄せ合い、お互いの腕を絡ませる。


「そうだ。折角だから君も少し描いてみないか?」


 絵を指し示すと、ユーリは慌てたように両手を胸の前で振る。


「そ、そんな、わたしなんかが描いたら絵が台無しになっちゃう。フェルディオだって、わたしの絵の腕前がどんなものか知ってるでしょう?」

「そんなに深刻に考えなくても良い。君の髪の毛の部分に明るい色を少し乗せるだけで良いんだ。簡単だろう?」


 その言葉にユーリは少しの間考え込んでいたが、やがて恐る恐る絵筆をとると、俺と入れ替わりにイーゼルの前に腰掛ける。そのまま慎重にカンバスに筆を近づけてゆっくりと動かしてゆく。


「あっ、や、やっぱり駄目です……! 線がはみ出て、なんだか寝癖みたいになってしまいました……」

「逆に実物に近づいたんじゃないか?」
「ちょっと、それどういう意味ですか?  まるでわたしにいつも寝癖があるみたいな言い方!」

「いや、冗談だ」


 俺が笑うと、彼女は拗ねたように筆を付き返してきた。

 そうして更に若干の加筆を経て、絵が完成した。
 教会の庭に子どもたちが集まっている。何の相談か顔を寄せ合ったり、お互いの肩に手を回したりと親しげな雰囲気を漂わせている。一見すると仲の良い子どもたちの絵だ。その中にはユーリの姿もある。
 ユーリはその絵をじっとみつめる。

 おそらく彼女は夢の中でひとり取り残される事を恐れている。可能ならば自分もその夢の中で子ども達の輪の中に加わりたいと願っているのではないか。その願望を絵画という媒体を使って可視化すれば、彼女の憂いも多少は取り除けるのでは。そう思いこの絵を描いた。
 それが実際に彼女にどんな影響を与えたのかは想像できない。俺には今の彼女がどんな顔をしているのかわからないのだから。ただ、彼女に寄り添うだけだった。
 やがてユーリはぽつりと口を開く。


「またこんな光景が見られるなんて思ってもみませんでした。夢の中では、みんなはわたしを置いてどこかへ行っちゃうし、こんなふうに仲良く遊ぶ姿を見るなんてもうできないんだって思ってました。でも、この絵の中では、わたしはみんなと一緒に楽しそうにしていて……アウグステもわたしのことを見ていて……」


 ユーリは言葉に詰まったように黙り込む。
 暫くそうしていたが、やがて彼女は目元をぐいっと擦ったかと思うとくるりとこちらを向く。


「ありがとうフェルディオ。こんな素敵な絵を描いてもらえるなんて、わたし、すごーく幸せです」


 彼女は俺の背中に腕を回すと、猫が甘えるように肩口に何度も頬を擦り寄せた。
 結局のところ、俺の描いた絵は彼女の陰りをいくらか取り除くことができたんだろうか? 今はまだわからない。けれど、嬉しそうにしている彼女の様子にとりあえずは安堵して、俺はその髪を撫でた。





 胸元を引っ張られるあの感覚に、俺は目を開ける。
 見れば、またユーリがそこにしがみついていた。
 けれど、今までのように泣いているわけではない。
 穏やかな寝息を立てながら、俺の胸に頬をすり寄せる。


「……ねえアウグステ、やっぱりカブトムシの幼虫にしようよ……」


 いったいどんな夢を見ているのやら。
 平和的な寝言に思わず笑みが漏れる。
 あの絵を描いてから、彼女が以前のように眠りながら涙を流す事は無くなっていた。どこかで気持ちの折り合いをつけることができたのかもしれない。なんにせよ俺の心も穏やかでいられるというものだ。
 俺は彼女の身体を抱き寄せると、額に口付け、再び心地良いまどろみに身を任せた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...