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小心なわたしにだって少しだけ大きなところあるんですから
しおりを挟む「だから、桜坂さんは私のことを友達だって言ってくれたんですよ。やっと私にも女の子の友達ができたんですよ!」
部室で私がテンション高く喋っていると、頬杖をついた日比木先輩がどこか冷めたような口調で話し出す。
「ふうん、それじゃあなんでお前は未だに俺らと登校して、昼メシも一緒に食ってるんだ?」
「え?」
どういう意味だろう。
「友達なら、自然と一緒に登校したり昼メシ食ったりするもんだろ? なのになんでお前はその桜坂ってやつと一緒に行動しないんだ? 別に俺らに遠慮しなくてもいいんだぜ。女同士の方が何かと話も合うだろうからな」
「そ、それは、桜坂さんに誘われてないから……」
「そりゃおかしいな。友達なのに誘われないのかよ。お前、そいつにいいように利用されてるんじゃねえの? ていうか、そいつの行動もあからさますぎるだろ。お前も気づけよ。鈍い奴だな」
利用されてる? 私が?
信じられない思いで、いつもはそういう場面で仲裁してくれるはずの小田桐先輩を見るも、無言でなんとなく気まずそうに目をそらされる。
私は今までの桜坂さんの行動を思い返す。
確かに彼女は私を友達だとは言ってくれたが、休み時間に話したりすることも、お昼に一緒にお弁当を食べることもない。登下校しようと誘われたことだって。ネイルアートが終われば、雑談する事もなくそそくさと帰ってしまう。
それって本当に友達なのかな。先輩の言う通り、利用されてるのかな……もしかして、朝の挨拶も無視されてた……?
私の中に微かな疑念が生まれるが、それを慌てて打ち消す。そんな事ない。桜坂さんは友達なんだ。だって、そう言ってくれたもん!
私は迷いを振り払うようにして勢いよく立ち上がった。
「わかりました。友達であるという証明に、私は明日桜坂さん達と一緒にお弁当を食べます。そして一緒に下校します。だから明日はここには来ません!」
拳を握りしめて宣言した。
翌日、お昼休みになるとともに、私はお弁当を持って桜坂さんのいるグループへと思い切って近づく。すでに向かい合わせに設置された机が三組。合計六個の机で小さな島が形成されている。
「あの、桜坂さん」
「なーに? どうしたの森夜さん」
「私も一緒にお弁当食べてもいいかな?」
その言葉に、桜坂さんと彼女の友人達は顔を見合わせた。
「えーと、でも、机が足りないし」
「それなら椅子だけどこかから持ってくるよ。私はお誕生日席でいいから」
彼女らは再び顔を見合わせると、桜坂さんが言いづらそうに口を開いた。
「えっとね……実はリサが深刻な相談があって、他の人に聞かれたくないっていうんだよね。いつ解決するかわからないし、暫くお昼は私たちだけで過ごしたいんだ。ほんとごめんね」
その言葉に、私は微かに地面が揺れたように錯覚した。
「ほら、俺の言った通りだったろ。やっぱりお前は利用されてたんだよ」
「そ、そんな事ないです。桜坂さんの話によると、聞かれたくない相談事があったらしいってことだし、まだ友達になって日が浅い私は、ちょっと輪に入れ辛かったんですよ」
勝ち誇ったような日比木先輩に、私は必死で反論する。
結局私はいつも通り化学室で先輩達と一緒にお弁当を食べている。何故だか今日のお弁当はいつもより味が薄いような気がする。
「まだ放課後が残ってますから! 絶対に一緒に下校してみせます。あわよくばおしゃれなカフェにも寄ってみせます」
「そうなれば、今日は日比木ひとりで部活動する事になるかな」
「あ、そうか。小田桐先輩、今日は塾があるんでしたっけ」
「うん。だから僕は確認できないけど、明日には良い結果を聞けることを期待してるよ」
「もちろんです! 期待しててください!」
そう宣言した放課後、桜坂さんがまた私の前の席に座った。下校するのに誘うには絶好のチャンスだ。
「森夜さんごめーん、今日もネイルアートお願いできないかな。これからみんなでカラオケに行く予定なんだよね。他の学校の男子も来るし、どうしても可愛いネイルで行きたいんだ。ハートの模様がいいな。なるべく急いで」
カラオケ……! まさかの想定外の出来事だ。私なんてカラオケに行ったことすらないのに。一緒に下校するよりハードルが高い。
しかし先輩達に宣言した手前、今更撤回できない。ここでまた部室に逃げ込めば、どうせ日比木先輩に勝ち誇ったような顔をされるに決まっている。
勇気を出しておそるおそる切り出す。
「ねえ、桜坂さん。あの……私も一緒に行ってもいいかな?」
「え? 一緒って、カラオケに?」
戸惑ったように私を見る桜坂さんに続ける。
「だって、私達……その、友達でしょ? それなら構わないよね?」
直後に桜坂さんは正気を取り戻したように瞬きすると、残念そうに顔を伏せる。
「ごめんね。できれば一緒に行きたいんだけど、今日のカラオケは女子5人と男子5人ずつって人数が決まってて――」
言いかけた桜坂さんに、ひとりの女子が近づいてきた。なんだか焦っているように早口で桜坂さんに話しかける。
「ことみ、どうしよう。リサが急用でカラオケ行けなくなっちゃったって。あと一人、どっかから調達してこないと」
その言葉にはっとしたことみこと桜坂さんと私の視線が合った。
「一人足りないなら私が――」
言いかけるも、桜坂さんはすぐに視線を逸らすと先ほど状況を報告してきた女子に何やら小声で耳打ちする。すると女子はまるで素晴らしい事でも聞いたようにぱっと顔を輝かせると、小走りで教室から出て行った。
「カラオケの件は森夜さんが心配しなくても大丈夫だよ。こっちでなんとかできそうだから」
その言葉に頭から冷たい水を浴びせられたような気がした。今までのぼせていた頭がすっと冷えてゆく感覚。
心配? 心配ってなに? 私はカラオケに一緒に行きたいって言ったのに。一人足りないっていうのなら、目の前にちょうど友達の私がいるじゃない。それなのにわざわざ他の子を誘うの? 桜坂さんだって、できれば一緒に行きたいとか言ってたのに?
私のショックになど気づかないように、桜坂さんは両手を机に広げて置く。
「それよりもさ、早くネイルアートしてくれないかな。このままじゃ待ち合わせの時間に遅れちゃう」
「……やだ」
「え?」
「……桜坂さんにはネイルアートしない」
「なんで? 私達友達でしょ?」
「……そう言って、私のことを都合よく利用してたんでしょ!?」
私が立ち上がって少し大きな声を上げたからか、教室に残っていた生徒達の視線が集中する。
「友達友達っていいながら、私にネイルアートさせて、そのくせ除け者にして。さすがに私だってわかるよ。そんなのほんとの友達じゃないって。馬鹿にするのもいい加減にして!」
その瞬間、桜坂さんの顔が能面のように無表情になった気がした。
彼女はゆっくり立ち上がると腕組みして私と視線を合わせる。その小柄な体躯から発せられる不気味な迫力に怯みそうになるのを必死に堪えて対峙する。
「なにそれ、こっちが下手に出てればその態度。当たり前じゃん。あんたみたいな地味な奴なんか友達でもなんでもないよ。調子に乗らないで。話してるだけで恥ずかしいんだから。ネイルアートができるから利用してただけ。ちょっと褒めたらあっさり言うこと聞くから笑えたわ」
その言葉に目の前が真っ白になってゆくような気がした。
日比木先輩の言ってた通り、私は利用されてただけなんだ。友達という甘い響きの言葉に騙されて。
ネイルアートに興味があるといいながら、その最中にスマホに集中していたのも、私の作ったネイルチップの写真に興味を示さなかったのも、それなら納得できる。
「ていうかさ、あんたこそ、いつも男二人侍らせていい気になってるつもり? あんたみたいなのがあの二人に相手にされると思ってるの? 暗くてウザいクラウザーのくせに。あんた見てるとイライラすんの。いつもおどおどして、人の顔色伺ってるみたいにびくびくして、マジでウザいんですけど?」
その言葉に自分の顔が強張るのがわかった。
クラウザー。いつか男子が話しているのを聞いたことがある。女子の一部が私のことをそう呼んでるって。それが桜坂さん達だったんだ。
「いくら男侍らせても所詮は地味子だよね。シュシュなんて頭に付けてきた時は思わず笑っちゃった。いまどきシュシュなんて時代遅れ。ダサすぎ」
ふと、私の脳裏に、いつか髪にシュシュをつけて行った日のことが鮮明に蘇った。あの時の私を見て嘲笑していたのは確か……そう、桜坂さん達。
私はずっと陰で彼女達に笑い者にされていたんだ。
「あんたなんかカラオケに連れてったら恥かいちゃう。レベル低いにもほどがあるっていうか」
「……そんな、ひどいよ」
桜坂さんは鼻で笑う。
「ひどい? ほんとの事じゃん。だいたい低レベルのあんたが私に勝てるところなんかあるわけ? 言ってみなよ」
「……きさ」
「は?」
聞き取れなかった様子の桜坂さんに、今度ははっきりと告げる。
「胸の大きさ」
桜坂さんの顔がみるみるうちに真っ赤になった。
その様子を最後まで見届けずに、私は自分の鞄を引っ掴むと教室を飛び出した。
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