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来訪者
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わたしはお庭の雑草を力任せに引き抜く。
と、勢い余って地面に尻餅をついてしまった。自分の手の中を見ると、少しの草きれが残っているだけで、雑草にはさほどダメージを与えられなかったらしい。
お屋敷の仕事に慣れたところで、荒れ放題のお庭をなんとかしようと、まずは草取りから始めたものの、思いのほか雑草の量が多くて苦戦している最中なのだ。
でも、頑張ってここを綺麗にするんだ。そしたらテーブルを置いて、お茶会ができる……かもしれない。
外の爽やかな空気の中で食べるアップルパイもさぞかし美味しいだろう。その時は香りのいい紅茶なんかを添えて。あ、あと、周りにお花も植えたい。うーん、夢が膨らむ。
「ねえ、きみ、そこで何してるの?」
不意に声をかけられどきりとする。
振り向けば、そこには一人の若い男性が立っていた。興味深そうな顔でこちらを見ている。いつの間にお庭に入ってきたんだろう。ていうか、だれ? 近所の人?
前髪が目に掛かるような長めの赤毛はあちらこちらに跳ねていて、少々垂れ気味の瞳は優しげに細められている。
悪い人には見えないけれど……。
男性は、わたしの手の中の草きれに目を向ける。
「もしかして、ここの雑草、なんとかしたいの?」
「え、はい。ええと、その……失礼ですが、どなたですか?」
わたしの問いに、男の人は一瞬きょとんとした後、声を上げて笑った。
「あはは、そうか。きみ、僕の事知らないのか。なるほどなるほど。何も聞いてないんだな」
その後で、男の人は笑顔を崩さないまま胸を手にあて、おどけたように深々とお辞儀してみせる。
「はじめまして。僕はアルベリヒの弟です」
「え?」
アルベリヒさんの弟? 弟さんなんていたの?
咄嗟に言葉がでてこないわたしに対し、
「とりあえず、雑草をなんとかしたいんでしょ? それなら僕に任せてよ。上手くやるからさ。さあ、危ないからこっちに来て」
そう言って、わたしの腕を掴んだかと思うと、強引に引き寄せる。
そうして彼は庭に向けて手をかざす。
その時、ふわりと風が吹いた。わたしのエプロンが翻る。と、次の瞬間いくつものつむじ風が発生した。
半透明の緑色をしたつむじ風は生き物のようにそこら中を這い回り、庭の雑草を根こそぎ吹き飛ばしていく。
わたしはそれをあっけにとられたまま見つめていた。
あれだけ邪魔だった雑草は、風に巻き上げられ、次々に庭の片隅へと追いやられていく。やがて地面が一掃され、土だけがむき出しになると、つむじ風はふっと掻き消えた。
「ほら、上手く行った」
男の人はわたしに向かって片目を瞑ってみせると、片手を挙げて、その指先を揺らす。と、頭上から木の揺れるがさりという音がした。
目を向けると、先ほどまで木に咲いていたらしい一輪の白い花がゆっくりと、風に運ばれるように落ちてくる。
男性は片手でその花を受け止めると
「はい、おまけ」
そう言って、わたしの髪にその白い花を飾ってくれた。
今のって、魔法だよね? この人が風を起こして雑草を吹き散らして……。
「すごい。あなたも魔法使いなんですか? あの……」
名前を訪ねようとしたその時
「魔法の気配がしたと思ったらお前か。フユト」
アルベリヒさんが庭に繋がるドアから顔を覗かせ、何故だか呆れたような目を男の人に目を向けている。
「あー、バレちゃった? 相変わらず魔法の気配に敏感だなあ。 こっそり訪ねて驚かすつもりだったんだけど」
フユトと呼ばれた男の人は頭を掻く。悪戯がばれた子どものように。
「またかと思って呆れてる。事前に連絡くらいよこせっていつも言ってるだろ」
「あの、アルベリヒさん、この人は……?」
疑問を含んだわたしの言葉に、アルベリヒさんは男の人を顎で示す。
「ああ。俺の……弟のフユトだ」
「弟」という言葉の前に変な間が入った。なんだろう。
しかし本当に兄弟だったんだ。うーん、こう言ったらなんだけど、あんまり似てない……あ、でも、アルベリヒさんは養子だったって言ってたっけ。それじゃあこの人とも血の繋がりが無いのかな……?
ちらりとフユトさんの様子を窺うと、彼はにっと人なつっこい笑顔をこちらに向ける。
なんだかアルベリヒさんとは対照的な人だなあ。
「よろしくね。いやあ、うちにこんな可愛いメイドがいるなんて知らなかったよ。一瞬家を間違えたのかと思った。いつの間に雇ったの?」
「別にどうでもいいだろそんな事。おい、それよりもお前、コーデリアに何してるんだ。離れろ」
「ふうん。コーデリアちゃんっていうんだ。いい名前だね。メイド服も似合ってる」
「え、そうですか? ありがとうございます」
褒められた。お世辞でも嬉しい。
にやにやしていると、アルベリヒさんが割り込むようにわたしの前に立ってフユトさんを引き剥がす。その広い背中に遮られ、フユトさんの姿が見えなくなってしまった。
どうもフユトさんがわたしに危害を加えるんじゃないかと誤解されているみたいだ。わたしは慌ててアルベリヒさんの袖を引っ張る。
「ち、違うんですアルベリヒさん。フユトさんは、魔法でお庭の雑草駆除を手伝ってくれたんです」
「雑草駆除?」
「そう。お庭でもお茶を飲めるようになったら素敵だなーと思って、綺麗にしてる途中だったんですよ……そうだ。お庭もきれいになった事だし、お茶にしましょう。お庭で……と言いたいところですが、これから用意するのも大変だし、今日のところは家の中で。ほら、せっかく弟さんも訪ねてきてくれたんですから、おもてなししないと」
フユトさんはアルベリヒさんの陰からこちらに顔を覗かせる。
「わあ、コーデリアちゃん優しい。ほら、そういう事だから、兄さんも機嫌直してよ。あ、そうそう、今回もいつも通り何日か滞在させてもらう予定だからよろしく」
え? 滞在って、家に泊まるの? お客様用のリネンは確か……大丈夫、あったはずだ。あ、夕ごはんの材料、足りるかな……。
突然のことに密かに焦るわたしを見て、アルベリヒさんが唇を微かに引き上げた。
「おもてなしするんだろ? 頑張れよ」
もしかして、焦るわたしを見て面白がってる……?
と、勢い余って地面に尻餅をついてしまった。自分の手の中を見ると、少しの草きれが残っているだけで、雑草にはさほどダメージを与えられなかったらしい。
お屋敷の仕事に慣れたところで、荒れ放題のお庭をなんとかしようと、まずは草取りから始めたものの、思いのほか雑草の量が多くて苦戦している最中なのだ。
でも、頑張ってここを綺麗にするんだ。そしたらテーブルを置いて、お茶会ができる……かもしれない。
外の爽やかな空気の中で食べるアップルパイもさぞかし美味しいだろう。その時は香りのいい紅茶なんかを添えて。あ、あと、周りにお花も植えたい。うーん、夢が膨らむ。
「ねえ、きみ、そこで何してるの?」
不意に声をかけられどきりとする。
振り向けば、そこには一人の若い男性が立っていた。興味深そうな顔でこちらを見ている。いつの間にお庭に入ってきたんだろう。ていうか、だれ? 近所の人?
前髪が目に掛かるような長めの赤毛はあちらこちらに跳ねていて、少々垂れ気味の瞳は優しげに細められている。
悪い人には見えないけれど……。
男性は、わたしの手の中の草きれに目を向ける。
「もしかして、ここの雑草、なんとかしたいの?」
「え、はい。ええと、その……失礼ですが、どなたですか?」
わたしの問いに、男の人は一瞬きょとんとした後、声を上げて笑った。
「あはは、そうか。きみ、僕の事知らないのか。なるほどなるほど。何も聞いてないんだな」
その後で、男の人は笑顔を崩さないまま胸を手にあて、おどけたように深々とお辞儀してみせる。
「はじめまして。僕はアルベリヒの弟です」
「え?」
アルベリヒさんの弟? 弟さんなんていたの?
咄嗟に言葉がでてこないわたしに対し、
「とりあえず、雑草をなんとかしたいんでしょ? それなら僕に任せてよ。上手くやるからさ。さあ、危ないからこっちに来て」
そう言って、わたしの腕を掴んだかと思うと、強引に引き寄せる。
そうして彼は庭に向けて手をかざす。
その時、ふわりと風が吹いた。わたしのエプロンが翻る。と、次の瞬間いくつものつむじ風が発生した。
半透明の緑色をしたつむじ風は生き物のようにそこら中を這い回り、庭の雑草を根こそぎ吹き飛ばしていく。
わたしはそれをあっけにとられたまま見つめていた。
あれだけ邪魔だった雑草は、風に巻き上げられ、次々に庭の片隅へと追いやられていく。やがて地面が一掃され、土だけがむき出しになると、つむじ風はふっと掻き消えた。
「ほら、上手く行った」
男の人はわたしに向かって片目を瞑ってみせると、片手を挙げて、その指先を揺らす。と、頭上から木の揺れるがさりという音がした。
目を向けると、先ほどまで木に咲いていたらしい一輪の白い花がゆっくりと、風に運ばれるように落ちてくる。
男性は片手でその花を受け止めると
「はい、おまけ」
そう言って、わたしの髪にその白い花を飾ってくれた。
今のって、魔法だよね? この人が風を起こして雑草を吹き散らして……。
「すごい。あなたも魔法使いなんですか? あの……」
名前を訪ねようとしたその時
「魔法の気配がしたと思ったらお前か。フユト」
アルベリヒさんが庭に繋がるドアから顔を覗かせ、何故だか呆れたような目を男の人に目を向けている。
「あー、バレちゃった? 相変わらず魔法の気配に敏感だなあ。 こっそり訪ねて驚かすつもりだったんだけど」
フユトと呼ばれた男の人は頭を掻く。悪戯がばれた子どものように。
「またかと思って呆れてる。事前に連絡くらいよこせっていつも言ってるだろ」
「あの、アルベリヒさん、この人は……?」
疑問を含んだわたしの言葉に、アルベリヒさんは男の人を顎で示す。
「ああ。俺の……弟のフユトだ」
「弟」という言葉の前に変な間が入った。なんだろう。
しかし本当に兄弟だったんだ。うーん、こう言ったらなんだけど、あんまり似てない……あ、でも、アルベリヒさんは養子だったって言ってたっけ。それじゃあこの人とも血の繋がりが無いのかな……?
ちらりとフユトさんの様子を窺うと、彼はにっと人なつっこい笑顔をこちらに向ける。
なんだかアルベリヒさんとは対照的な人だなあ。
「よろしくね。いやあ、うちにこんな可愛いメイドがいるなんて知らなかったよ。一瞬家を間違えたのかと思った。いつの間に雇ったの?」
「別にどうでもいいだろそんな事。おい、それよりもお前、コーデリアに何してるんだ。離れろ」
「ふうん。コーデリアちゃんっていうんだ。いい名前だね。メイド服も似合ってる」
「え、そうですか? ありがとうございます」
褒められた。お世辞でも嬉しい。
にやにやしていると、アルベリヒさんが割り込むようにわたしの前に立ってフユトさんを引き剥がす。その広い背中に遮られ、フユトさんの姿が見えなくなってしまった。
どうもフユトさんがわたしに危害を加えるんじゃないかと誤解されているみたいだ。わたしは慌ててアルベリヒさんの袖を引っ張る。
「ち、違うんですアルベリヒさん。フユトさんは、魔法でお庭の雑草駆除を手伝ってくれたんです」
「雑草駆除?」
「そう。お庭でもお茶を飲めるようになったら素敵だなーと思って、綺麗にしてる途中だったんですよ……そうだ。お庭もきれいになった事だし、お茶にしましょう。お庭で……と言いたいところですが、これから用意するのも大変だし、今日のところは家の中で。ほら、せっかく弟さんも訪ねてきてくれたんですから、おもてなししないと」
フユトさんはアルベリヒさんの陰からこちらに顔を覗かせる。
「わあ、コーデリアちゃん優しい。ほら、そういう事だから、兄さんも機嫌直してよ。あ、そうそう、今回もいつも通り何日か滞在させてもらう予定だからよろしく」
え? 滞在って、家に泊まるの? お客様用のリネンは確か……大丈夫、あったはずだ。あ、夕ごはんの材料、足りるかな……。
突然のことに密かに焦るわたしを見て、アルベリヒさんが唇を微かに引き上げた。
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