うせもの探しの魔女

金時るるの

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氷上の記憶 1

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「エルザー! どうしようー!! わたし、アルベリヒさんの事好きになっちゃったよう! どうしたらいいの!? 教えてエルザぁ!」

 そんなわたしの叫びにもエルザは人形の姿で澄ましたまま答えてはくれない。
 初めて彼女がこの家を訪れた日のように、人間の姿をとってくれるのならば、おなじ女の子として何かしらの助言を貰えるのでは、と思ったのだけれど、それも難しいみたいだ……。
 寝巻き姿のままベッドの上で枕に顔を埋めて足をばたばたさせていると

「にゃあ」

 という声とともに腕をふにふにと押される感触がした。
 わたしは枕からぱっと顔を上げて、鳴き声の主である黒い毛玉を抱きしめる。

「ロロー! 慰めてー! 行き場のない想いを抱えたわたしをちやほやしてー! 接待してー!」

 ロロを胸に抱いたままベッドの上でごろごろする。
 実際のところ、わたしはどうしたらいいのかわからなかった。アルベリヒさんの事は好きだけど……好きだけど、だからと言って想いを打ち明けるなんてそんな大それたことできない……!
 それにもしも、もしも万が一告白したとして、アルベリヒさんがわたしの事をなんとも思っていなかったとしたら……うう、そんなのいやだ……。
 そのとき、ロロが腕の中でもがき出したので、慌てて手を離す。

「ご、ごめんねロロ」

 謝ると、ロロはこちらを見上げてにゃあと鳴く。
 そしていつも眠る時の定位置ではなく、何故かわたしの胸の横あたりに丸めた身体を落ち着けた。
 もしかして元気付けてくれてるのかな。優しいなあ。さすがわたしの使い魔。飼い主に似たのかな。
 おかげで少しだけ冷静さを取り戻した。

「そろそろ寝る時間だね。休もうかロロ」

 とりあえず悩み事は後回しにすることにして、その日はロロの柔らかな毛並みを抱きながら眠りについた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 昼下がり。
 居間のドアを開けて部屋の中を見回す。そこには誰の姿もない。
 うーん、それじゃあ二階かな?
 そう思って二階の書斎のドアの前に立つ。少し躊躇ったのち、ゆっくりノックすると、中から応じる声がした。
 そっとドアを開けると、椅子に座って読書するアルベリヒさんの姿が目に入る。

「あの、アルベリヒさん、わたし今から買い物に行こうと思うんですが……」

 おずおずと切り出すと、アルベリヒさんは読んでいた本をぱたんと閉じて立ち上がる。

「わかった。俺も行く」

 その答えに、わたしは密かに心の中で拳を力強く握りしめた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 二人連れだって外へと出る。しばらく歩くと人通りの多い商店街へと出るはずた。
 その道中、わたしは落ち着かない気持ちで足を進めていた。なんだか胸がどきどきする。
 気がつけば緊張のせいか、手が微かに湿っているような気もする。慌ててエプロンでてのひらを拭う。
 わたしがひとりそわそわしているうちに、徐々に人通りが多くなって来た。
 きっともうそろそろ……この角の雑貨屋を通り過ぎればきっと……。
 そう思った途端、わたしの考えを読んだかのようにアルベリヒさんがこちらを振り返った。

「ほら、手を貸せ」

 その言葉に頬が緩みそうになるのを我慢しながら、言われた通り手を差し出す。
 すると、アルベリヒさんは手袋をしていない手でわたしの手をしっかりと握ってくれるのだ。
 勿論これには理由はある。以前にわたしが拐かされた件。あれ以来、また同じ事が起こらないようにと、アルベリヒさんはわたしの外出について来てくれるようになり、こうして人通りのある場所でははぐれたりするのを防ぐため、なるべくお互い手を繋ぎながら行動するようになったのだ。
 でも、理由はどうあれ好きな人と手を繋げるというのは、それだけで嬉しい。

「はあ……しあわせ」
「何か言ったか?」

 しまった。聞かれてた? 小さい声で言ったつもりなのに。
 わたしは慌てて首を横に振る。

「い、いえ、なんでも……ところで今日のお夕食、何か食べたいものありますか?」
「……魚」
「魚かあ……それじゃあ、白身魚のムニエルなんてどうでしょう。それともフリッターとか?」
「ああ、ムニエルがいい」
「それならまずは魚屋ですね。サリバン鮮魚店に行きましょう」
「ちょっと待て。確か魚屋なら、その店よりも近くにもう何軒かあったはず……」
「サリバン鮮魚店が一番鮮度がいいんですよ! ……なんとなくですけど。いつも買い物してるわたしの事、信じてください」
「……そうか。わかった」

 アルベリヒさんは納得したように大人しくなった。
 本当は鮮度がどうかなんてよくわからない。でも、遠くのお店に行くのなら、その分手を繋ぐ時間も長くなる。これはわたしがなるべく長時間アルベリヒさんと手を繋ぐにはどうしたらいいのかと考えた末に編み出したテクニックなのだ。
 不純だと言われても構わない。身勝手だと罵られようとも。幸せならばそれでいいのだ。
 しかしこうやってお互い意見を出し合って夕食のメニューを決めたり、買い物をするのも、なんだか心が浮き立つ。だってそれってまるで――まるで――恋び
 だ、だめだ! 無垢な乙女の繊細な心臓はその先の妄想に耐えられそうにない。わたしの顔、赤くなってないよね……。

 密かに浮かれて歩きながら、こっそりアルベリヒさんの様子を伺う。
 アルベリヒさんは、わたしのことどう思ってるんだろう。やっぱり魔法の使える使用人程度の認識なのかな。
 けれど、だとしたらこんなふうに外出にまでついて来てくれるものなんだろうか。もしかして、わたしの保護者的存在のつもりでいたりして……。
 でも、どうであれ、こうして近くにいられて、しかも手まで繋げるなんて、わたしにとっては十分すぎるほど幸せなのだ。
 告白するべきか否か昨日あんなに悩んだけれど、そんな事今はどうでもいいとさえ思える。
 王都を守護する聖霊様、お願いします。この幸せがいつまでも続きますように。



 買い物を終えて、空にうっすらと朱が差す頃に家に帰り着くと、ドアの前に誰かが立っていた。
 女性のようだ。こちらに背を向けたままドアを見上げてきょろきょろしているので顔は見えないが、落ち着いた色のドレスを纏い、手には大きなトランクを下げている。
 誰だろう? お客様かな?

「あの……」

 声をかけると、女性はびくりとしたようにこちらを振り向く。
 と、その瞳が驚いたように見開かれると、手にしていたトランクを取り落としてしまった。金具が敷石にぶつかって、がちゃんと音を立てる。

「わあ! だ、大丈夫ですか!?」

 咄嗟にアルベリヒさんに買い物籠を押し付けると、慌てて駆け寄りトランクを起こすのを手伝う。

「ごめんなさいね。私ったら、驚いてしまって……」
「い、いえ、こちらこそ、急に声をかけたりしてすみません……!」

 謝りながら、女性の様子を窺う。上品そうな白髪の老婦人だ。大きな帽子をかぶっている。
 老婦人は優しげな、けれどどこか戸惑ったような眼差しをこちらに向ける。

「あの、お約束はしていないのですけれど……こちらでどんな失せ物も探してくださるって聞いて、私、いてもたってもいられなくて……やっぱりご迷惑だったかしら?」

 わたしはアルベリヒさんと顔を見合わせる。どうしたら……と目で問いかけると、頷きが返ってきた。好きにしろという事だろう。
 夕食の支度をするまでにはまだ時間がある。それに、目の前の女性はなんだか困っているみたいだし。居ても立っても居られないだなんて相当だ。できることなら力になりたい。
 わたしはアルベリヒさんに頷くと、女性を家の中へと案内した。


 わたしがお茶の用意をして客間に持っていくと、二人は雑談でもしていたのか、女性の控えめな笑い声が聞こえてきた。
 老婦人はソフィアさんという名で、ここからそう遠くない場所にある一軒家にひとりで住んでいるそうだ。

「それで、今日はどういったご用件でしょうか?」

 尋ねると、ソフィアさんは両手で口元を押さえた。

「あら、私ったら、ここに来た目的を忘れるところだったわ」

 言いながら、アルベリヒさんに顔を向ける。

「あなたが私の夫に少し似ていたものだったから、お話するのが楽しくて、つい。ごめんなさいね。ああ、でも、私の夫の方が素敵だったわよ。申し訳ないけれど」

 アルベリヒさんはなんだか困ったような曖昧な表情を浮かべていた。
 いえいえ、アルベリヒさんも素敵ですよ。
 心の中でフォローしておいた。
 ソフィアさんは改まったように姿勢を正す。

「探して欲しいものというのは、私の昔の思い出なの。亡くなった夫との」
「思い出……」
「もうこの年になると物忘れも酷くて……あ、勿論夫の事は忘れていないわよ? その思い出の事も。でもね、どうしても、もう一度はっきりと思い出したいの。あの人と初めて出会った日の事を。思い出して、鮮明なまま記憶に焼き付けておきたいの」

 確かにわたしのうせものさがしの魔法には記憶にも作用する。でも、ソフィアさんの話を聞く限りでは、彼女自身その記憶について完全に忘れているわけではないらしい。その場合でもわたしの魔法は効力を発揮するんだろうか?

「ソフィアさんのご希望に添えるかどうかは実際に試してみなければわからないんですが……あと、もしも成功したとしても、その場合、わたしはソフィアさんと記憶を共有する事になるんです。つまり、その、言い方は悪いですが、記憶を覗き見するようなもので……」

 そういう事を嫌がる人もいるのではと思って口にしたのだが、意外にもソフィアさんは笑って首を振る。

「あら、大丈夫よ。別に恥ずかしい記憶じゃないから。あの人……アルベールとの事をもう一度はっきりと思い出せるのなら、何をされても構わないわ」

 何をされても……か。そこまで言い切れるって凄いなあ。それもやっぱり旦那さんに対する愛なのかな。
 わたしは思わずアルベリヒさんの顔をちらりと伺う。
 そこまで想っている人の事を、もう一度思い出す手助けができるのなら……そう考えると、わたしの思いは決まった。

「わかりました。それなら、協力して頂けますか?」

 ソフィアさんが頷いたので、彼女と共に部屋の中央に進み出て、その手を取る。
 そして、いつものあの歌を口ずさむ。
 はたして魔法が上手く作用するか心配だったが、暫くすると、いつものように周囲がふわりと白く染まりはじめた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 あたりには灯りがいくつも浮かんでいる。時刻は夜のようだがその灯りのおかげで周囲は明るい。
 そこより一段低くなった場所を、大勢の人が踊るように行き交う。人々の吐き出す息は白く、その足元には金属製の細長い板がきらりと光る。
 どうやら大きな池を利用した天然のスケート場のようだ。浮かぶ灯りは、周囲を取り囲む多数の屋台のもの。
 そのさらに向こう側には葉の落ちた木々がちらほらと生えている。その隙間から時計台が見えた。
 ぼんやりとした橙色の灯りに囲まれたスケート場は幻想的な雰囲気を醸し出している。

 これがソフィアさんの記憶……。
 誰かと記憶を共有する事は初めてではないけれど、なんだか心の深いところを覗き見ているようで罪悪感を覚える。
 でも、でもこれはお仕事だから。ソフィアさんだって同意してくれたじゃないか。
 半ば無理矢理追い払うように、後ろめたさを頭の中から打ち消す。

 再び記憶の中、ふと視線を落とすと、暖かそうな外套と厚手のドレス。その裾から伸びる足には真新しいスケート靴。
 おそらくソフィアさんのものだろう。わたしはソフィアさんとして彼女の記憶を追体験しているのだ。
 池のほとりまで歩を進めると、恐る恐る氷の上に足を降ろす。と、その途端靴底が滑り、バランスを崩して尻餅をついてしまった。
 慌てて立ち上がろうとするも、湖面が滑って上手く行かない。何度も何度も立ち上がろうとして、その度にしくじって……と、繰り返すうちに、とうとう氷の上に座り込んでしまった。
 どうしたものかと途方に暮れていたその時、氷の上を滑走する音が近づいてきた。黒い影が目の前で止まる。
 視線を上げると、黒い外套を着た若い男性が立っていた。

「あの……もしもお困りでしたらお手伝いしましょうか?」
「まあ、すみません……! 私、スケートって初めてなもので、どうしたら良いのかわからなくて」

 差し出された男性の手に縋ってなんとか立ち上がる。 
 改めて男性の顔を見ると、黒い髪に焦げ茶の瞳。ソフィアさんが無事に立ち上がれた事に安心したのか、端正な顔に笑顔が浮かんだ。
 確かに少しアルベリヒさんに似てるかも……。でも、アルベリヒさんはこんな笑顔滅多に見せないなあ……。
 男性は笑顔のまま、自身の胸に手をあてると、もう片方の手をソフィアさんに差し出す。ダンスにでも誘うように。

「僕はアルベールといいます。あの、お嬢さん。こんな事を急にお願いするのは不躾だとは思いますが……もしよろしければ、僕と一緒に滑っていただけませんか?」
「ええと、はい、よろこんで」

 そうして二人は手を取り、夜のスケート場へと滑り出した。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「はあ、わたしもあんな事言われてみたいです。『もしよろしければ、僕と一緒に滑っていただけませんか?』だって。素敵!」

 わたしが身振り付きで記憶の中の台詞を真似ると、ソフィアさんも

「そうでしょう? あの時のアルベールは素敵だったわ」

 と頷いている。
 女性二人で盛り上がる中、ふと視線を感じて目を向けると、アルベリヒさんが呆れたような顔をしていた。ひどい。

「あら、いつのまにかすっかり日が傾いてしまったわね……そろそろおいとまさせて頂こうかしら。最後に素晴らしいものも思い出させてもらったし」

 窓から外の様子を窺いながらソフィアさんが口を開く。

「最後って、どういう意味ですか?」

 尋ねるわたしにソフィアさんは微笑む。

「私ね、この後遠くに旅に出ようかと思っていたの。だから、ここでの最後の思い出にしようと思って」

 そうか。だからトランクを持っているのか。旅行に必要な道具が詰まっているのかな。

「ああ、そういえば、お礼はどうしたら良いのかしら。私、そういう事を何も調べずにここに来てしまって……」

 お礼って、魔法を使った対価の事……? そういえば決めてなかった。どうしよう……。だって、今までの依頼は成功しなかったからお金を貰ってなかったし……。
 助けを求めるように思わずアルベリヒさんを見ると、アルベリヒさんも察してくれたようだ。ソフィアさんに顔を向ける。

「彼女の魔法に対しての対価はお客様にお任せしています。特に、今回のように記憶だとかの失せものの価値は、お客様本人にしかわかりませんからね」

 おお、なんだかそれっぽいこと言ってくれた。

「あら、そうなの。それなら……これくらいでいかがかしら」

 ソフィアさんはバッグを探ると、何かを取り出し、わたしに向けて差し出す。
 慌てて受け取った手の中を確認して、わたしは思わず声を上げた。予想よりも遥かに多い金額だったから。

「こ、こんなに……!?」

 驚くわたしに、ソフィアさんは微笑む。

「私にとってはかけがえのない思い出ですもの。どれだけ感謝しても足りないわ。これからも、その素晴らしい魔法で多くの人を助けてあげてくださいね」
「は、はい、あの、ありがとうございます……!」

 わたしは精一杯頷いた。

 帰り際、ソフィアさんが何かを思い出したように振り返ると、持っていたトランクをわたしに差し出す。

「そうだわ。良かったらこれも受け取って貰えないかしら」
「え? でも……」
「良いの。私にはもう必要のないものだから。きっとあなたのほうが上手に活用してくれるわ。お願い、受け取って」

 ソフィアさんはトランクを押し付けるように、半ば強引にわたしに取っ手を握らせる。

「中身は空けてからのお楽しみよ」

 そう言って片目を瞑った。

 ソフィアさんが去った後、隣で同じように彼女を見送っていたアルベリヒさんに顔を向ける。

「アルベリヒさん、さっきはありがとうございました。対価の事……」
「俺だって焦った。まさかお前が今になっても何も考えて無かったなんて思いもしなかったし。今後の為にもちゃんと考えておけよ」
「すみません……」 

 うーん、そんな事言われてもなあ……。正直、自分の魔法にどれほどの対価が相応しいのか想像もつかない。今日だって予想以上に貰ってしまった気がする。
 と、そこで先ほど受け取ったトランクの存在を思い出した。これ、旅行用のトランクじゃないのかな?
 お金だけでなく、中身のわからないものまで貰ってしまったのだ。貰いすぎだ。
 トランクは重い、一体何が入っているんだろう。
 気になって、その場にトランクを下ろすと、留め金を外し、ゆっくりと蓋を開ける。

「な、なにこれ……」

 わたしは思わず声を上げる。
 トランクの中には大量の紙幣が詰まっていたのだ。
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