うせもの探しの魔女

金時るるの

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失われた黄金

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 その女性は、上半身を覆い隠すような分厚いケープを纏っていた。
 目深に被ったフードから覗く青い瞳は、怯える小動物のように不安定にあちらこちらを彷徨っている。

「あの……」

 アルベリヒさんが控えめに声を掛けると、それにもびくりと反応し、まるで何かを恐れているようだ。

「ご、ごめんなさい……私はアンジェリカと言います。あの、お願いします、私を助けてください……!」
「助ける……?」

 戸惑いながらもわたしが尋ねると、アンジェリカさんは躊躇うようにゆっくりとローブを脱ぐ。
 それを見てわたしは息を呑む。
 不揃いに乱れた髪は、所々刈り上げられたように短く、また蜂蜜色の金髪の間には、アンジェリカさんの若さに見合わない白く艶のない髪が混ざっている。
 アンジェリカさん自身は、大人しそうながらも整ったきれいな顔立ちをしている。それが余計に髪の毛とのアンバランスさを際立たせた。
 その見るからに痛々しい様に言葉を失うよりなかった。一体なにがどうしてこんな事になってしまったんだろう。

 その疑問に答えるように、アンジェリカさんは蚊の鳴くような声で続ける。

「醜いでしょう? こんな姿。まるで老婆みたい」

 わたしは慌てて首を横に振る。

「い、いえ、そんな……」
「気を使わなくても大丈夫です。自分でもわかっているの。これは、とある男性にしつこくされていて……その人に逆恨みされて頭に危険な薬品を掛けられてしまったんです。幸いにも治癒魔法のお陰で傷跡は残らなかったんだけれど、髪の毛までは元に戻らなくて……更ににその時のショックで一部の髪の毛が白くなってしまって……」

 言いながら、アンジェリカさんは目に涙を浮べた。

「おまけに、その件以来、お付き合いしていた方とも連絡が取れなくなってしまって……」
「な、なにそれ、ひどい……!」
「お願いします。私の失われた髪の毛を元に戻してもらえませんか……!? ここでならそれが可能だって聞いたんです!」
「わたしにできる事なら是非、お手伝いさせていただきます!」

 わたしは一も二もなく頷いた。
 そんな酷い目にあった上に、お付き合いしていた男性にも距離を置かれるなんて、気の毒すぎる! 彼女のまだらに残る金髪を見るに、元は美しい髪をしていたんだろう。
 実際に魔法を使ってみない事にはわからないが、ロロのしっぽを治した時のように、彼女の髪の毛も元に戻す事もおそらく可能なんじゃないかと思う。それが成功すれば、アンジェリカさんも少しは笑顔を見せてくれるかもしれない。その時は、連絡も付かないような薄情な男性の事なんて忘れて、新しい人生を歩んで欲しい。
 なんて、危ない。思考が先走ってしまった。アンジェリカさんの人生はアンジェリカさん自身が決めることなのに。
 ともあれ、わたしはアンジェリカさんの失われた髪の毛を取り戻す手助けをするために、彼女の手を取った。


◆ ◆ ◆ ◆


 いつものように白い色彩が収まると、目の前には男性がひとり。口元に髭を蓄えた渋い男性だ。
 その男性と二人で、カフェのようなところでテーブルに向かい合っている。
 男性は微笑みながら、小さな箱を取り出すと、蓋を開けてみせる。そこには大きな青い宝石の嵌まった指輪が鎮座していた。

「アンジェリカ。これを君に。君の美しい髪によく合う色だ」
「まあ、とっても素敵。ありがとうユベール」

 綺麗な指輪……。こんな高価そうな物をプレゼントしてくれるなんて、この人がアンジェリカさんとお付き合いしていたという男性なのかな。しかし今は連絡も取れないという。なんて酷い男なんだ。

 アンジェリカさんは指輪を指に嵌めながらうっとりと囁く。

「私、いま、とっても幸せよ」
「僕もだよ。なあ、アンジェリカ、今日こそ言おうと思っていたんだが、僕とけっこ――」
「アンジェリカ!!」

 不意に男性の大声が響く。見れば、若い男性が二人から少し離れた場所に立っていた。男性は怒りを堪え切れないというように恐ろしい形相でこちらを睨みつける。

「アンジェリカ。誰なんだその男は?」

 若い男性の登場に、ユベールと呼ばれた髭の男性はこちらに怪訝な目を向ける。

「アンジェリカ。彼は? 知り合いかい?」

 その言葉に、アンジェリカさんは首を振ると、髭の男性の陰に隠れるように身を寄せる。

「知らない。知らないわ。なんなのかしらあの人。怖い」

 なるほど。おそらくあの若い男性が、アンジェリカさんにしつこくしていたという相手なのだろう。

 若い男性は、アンジェリカさんの手に光る指輪に目を留める。

「信じたくは無かったけれど、俺を裏切っていたというのは本当だったんだね……俺たち、あんなに愛し合っていたのに」
「何のこと? わからないわ。ユベール、助けて」

 若い男性はそれを見て鼻で笑う。

「そうやってその男にも取り入ったのか? まったく、とんでもない女だな、君は。何人もの男を手玉に取って」
「アンジェリカを侮辱するのはやめたまえ。なんなんだ君は」

 アンジェリカさんの懇願を受けて、髭の男性は立ち上がり若い男性のほうへと歩を進める。若い男性はそれを一瞥すると唇の端を吊り上げる。

「あんたもあの女に騙されてるんだよ。あの女の言う事を信じるのか?」
「彼女はそんな女性じゃない」
「俺もそう思っていたさ。けれど、こうして目の前で他の男と仲良くしてるところを見せつけられたらな。あんた、俺が嘘を言ってると思ってる? それならアンジェリカの胸元を見てみなよ。あのペンダント、俺が贈った物さ。裏に俺と彼女の名前が入ってる。歯の浮くような愛の言葉と一緒にな」

 え……?
 若い男性はアンジェリカさんにつきまとっていると聞いたし、アンジェリカさんだって男性の事を「知らない」と言ったばかりだ。けれど、それならそんな人からの贈り物なんて受け取るものなんだろうか? 勿論、男性が嘘を言っているという可能性もあるが、それなら、ペンダントの裏にあるという名前とは一体……。 
 髭の男性もそう考えたのか、アンジェリカさんを振り返る。

「な、なによ。知らない! 私は何も知らないわ! 早くその男を追い払って!」
「この期に及んでまだそんな嘘をつくんだな。失望したよ、アンジェリカ。嘘つきには罰を与えないといけないな」

 若い男性はそう言うと、冷たい眼差しをこちらに向けたまま上着のポケットに手を入れる。
 その異様な雰囲気を感じ取ったのか、アンジェリカさんは椅子から立ち上がり、その場から離れようとする。
 しかし、それよりも早く男性の手が動いた。その手には瓶が握られており、手を勢いよく突き出すと、開いた蓋から漏れ出た液体がアンジェリカさんに降りかかり――


 ◆ ◆ ◆ ◆


 我に返ったわたしは、思わず自分の胸を押さえる。先ほどの光景の刺激が強かったせいかもしれない。誰かから憎悪の感情を向けられるというのはあんなに恐ろしいものなのか。
 深く息をついていると、アンジェリカさんが声を上げた。
 その声に、顔を上げたわたしは瞬きする。
 目の前には、綺麗な女の人がいた。流れるような美しい蜂蜜色の髪の毛が背中まで伸びている。
 アンジェリカさんの髪の毛が本来の姿を取り戻したのだ。

「私の髪の毛……戻ったの? 本当に?」

 自身の髪を撫でながらも信じられないといった様子の彼女の為に、手鏡を持ってきて差し出す。
 アンジェリカさんはそれをまじまじと覗き込み、更には色々な角度から眺める。

 その様子を見ながら、わたしは先ほどの光景を思い出していた。
 アンジェリカさんからは男性の逆恨みで酷い事になったと聞いたけれど……あの若い男性の言っていたことが本当なら、こう言ってはなんだけれど、アンジェリカさんの自業自得の面もあるのでは……? いや、でもあの男性がでたらめを言っている可能性もあるし。ペンダントだって何かの間違いかも……。
 そんな事を考えていると、アンジェリカさんが鏡をテーブルに置く。

「本当に髪の毛を元に戻してくださるなんて信じられない……ありがとうございました。アルベリヒ様」
「は?」
「え?」

 わたしとアルベリヒさんは同時に声を上げる。

「さすが最高ランクの魔法使いですね。私、感動しました。アルベリヒ様って凄いんですね」
「いや、魔法を使ったのは俺じゃなくて、そっちのコーデリアで……」

 そう。そうですよ。アルベリヒさんの言うとおり。別にどうしてもお礼を言ってほしいというわけじゃないけれど、それでもわたしを無視してアルベリヒさんにお礼を言うのは筋違いだと思うんですけれど……。

「今日のお礼をしたいので、よろしければ今度二人っきりでお食事でも……」

 まるで話を聞いていないように、アンジェリカさんはアルベリヒさんの肩に手を置く。

「ちょ、ちょっと、アンジェリカさん、何してるんですか!」

 慌てて引き離そうとするも、アンジェリカさんは冷めた視線をこちらに向ける。

「あら、あなた、まだいたの? どうぞご自分のお仕事に戻られて結構よ。メイドさん」

 な、な、なにこの人……さっきまでの殊勝な態度はどこへ行ったんだ。確かにわたしはメイドだけど、メイドだけど……! それでもこんな事言われるのは納得できない!
 アルベリヒさん、何とか言って!
 そう思ってアルベリヒさんを見るも、彼はなんだか恐ろしいものにでも遭遇したように顔を引きつらせている。
 それを意に介した様子もなく、アンジェリカさんはアルベリヒさんに身体を押し付け、その髪につうっと指を滑らせる。
 その途端アルベリヒさんは弾かれたように立ち上がった。そのまま素早く壁を背に後ずさる。

「まあひどい。私の事、嫌いですか?」

 傷ついたように口元に手を当てながらも、アンジェリカさんはじわじわとアルベリヒさんに近づいてゆく。
 や、やめて。アルベリヒさんに触らないで……!
 その時、アルベリヒさんが叫んだ。

「ディ、ディディモス!」

 その声を聞いて、部屋の隅の止まり木に控えていたディディモスが羽ばたき舞い上がる。と、そのままアンジェリカさんの頭の近くを飛び回り始めた。

「きゃっ、な、なに!? なんなのこの鳥!」

 アンジェリカさんは頭を両手で守るようにしてその場に立ち竦む。が、ディディモスは彼女の周りを羽ばたき続ける。

「やめて! どこかに行ってよ!」
「アンジェリカさん、危ない! 早くこっちに……」

 わたしはアンジェリカさんを引っ張るように部屋の外へと連れ出した。

「なんなのよあの鳥!」
「きっとアンジェリカさんの髪の毛が美しすぎて興奮しちゃったんですよ。ほら、鳥は光るものが好きだって言うし」

 勿論そんな事は無いのだが、アンジェリカさんが動揺している隙に玄関まで引っ張ってゆくと、わたしはドアを開け放つ。

「それではお気をつけてお帰りください。あ、今回は報酬は結構ですので」

 そう言い置いてアンジェリカさんを外へ押し出すと、素早くドアを閉めて鍵をかけた。
 これ以上あの人を家の中に置いておくのは危険だ。お金なんていらないから早くアルベリヒさんから離れて欲しかった。

「ちょ、ちょっと、まだ話は済んでないわよ! 入れなさいよ!」

 外からはそんな声と共にドアを叩く音が聞こえたが、暫くすると諦めたのか静かになった。
 それを確かめてから、わたしは客間へと戻る。
 それにしても、アンジェリカさんの変貌ぶりは一体どういうことなのか。わたしはてっきりアンジェリカさんが何の非も無い被害者だと思っていたけれど……彼女の記憶の中であの若い男の人の言っていたこと、本当だったのかな……。あれが噂に聞く魔性の女というやつなのか。
 部屋の中ではアルベリヒさんが隅っこに座りこんでいた。

「なんなんだあの女は……怖すぎるだろ……」

 そんな事を呟きながら、腕に抱いたディディモスを一心不乱に撫でていた。きっとこれがこの人の心の平穏を保つための行動なのだろう。そんなにアンジェリカさんの事が怖かったんだろうか。

「アルベリヒさん、もう大丈夫ですよ。怖い人は家から追い出しましたから」
「本当に……?」
「ええ。だから気を取り直してお茶でも飲みませんか。アップルパイもあるので」
「……わかった」

 わたしはアルベリヒさんの手を取ると引っ張って立ち上がらせる。
 温かいお茶でも飲めば少しはこの人も落ち着くだろう。そうすればさっきの事もすぐに忘れられるはずだ。

 そう思っていたのだが。
 騒動はその日だけで終わらなかった。
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