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診療所から出ると、あちらこちらから食欲を誘う匂いが漂っていた。
通りにある作業場や小さな家々の庭先で、村の女性たちが
忙しそうに大きな鍋で沢山のカニを茹でては作業場へと運んでいる。
…沼は酷い状態だと聞いたのに、もう漁が再開されてるのか。

彼女達のテキパキとした仕事ぶりを眺めていると
重そうな木箱を運ぶ村長がビックリした様子でこちらへと駆け寄ってきた。
「副団長さん。もう、お加減はよろしいんですか?
団員の方々から大蛇を身を挺して退治してくださったと聞きましたよ」
実際に倒したのは団長で、大蛇が村に行かないように牽制していたのはレウス。
俺は血を浴びて倒れただけだ。
どう伝えられたのか分からないが倒した一員になっている。
恥ずかしくて顔が熱くなった。
「大袈裟ですよ……」
「あっはっは!そうしてると、うちの子と大して変わりませんな。
あなたがレル村のために身を挺してくださったことに変わりはない。
おかげさまで漁に出られるようになりましたよ。心から感謝しております」
豪快に笑う村長さんの声は優しくて、どこか懐かしい。
「……こちらこそ診療所を使わせて頂いたおかげで出歩けています。
あの、元々いた患者さんたちは…」
患者たちはユーノとセイリオスの作った薬のおかげで家に帰れる程回復しており、
漁に出た者までいるようだ。
大蛇を倒した沼以外は、霧が晴れ漁ができる状態になり
清掃作業は倒した箇所でのみ行われている聞く。
早速沼へ向かうと、驚くことに団員達が心配をしてくれた。

もうどうしようもなくなってしまった時の惨状ばかりを気にして忘れていたが
基本的に彼らは良い青年たちだ。
アレは健康で元気な若者を、規則で縛り付けて、息苦しくした末に起きた
最悪の結果だ。
団長に惹かれていることは、どうしようもないが……。
息苦しさだけでもどうにか取り除かなければ。
彼らをあんな目に合わせたくない。
「思った以上に酷いなあ」
「この気温と湿度ですからね。
奥地からは蛇の死骸が大量に見つかって、もうなにがなにやらですよ。
……えっ。あの、副団長、病み上がりですよね?作業とか………その」
「みんなが仕事してるのに、ひとりで寝ている訳にもいかないだろ?」
作業用に用意されていた長靴に履き替え撥水加工をされたツナギを服の上から着る。
王都で言われた雑務係の騎士団長とその部下たちという揶揄は
こういった作業もこなしていたからだろう。
人員を限り、業務内容はごちゃ混ぜ、分けようとすると難癖をつけて
その案すら無かった事にしてくる王族や貴族にも何か言ってやってほしい。
血や毒を中和させる薬の入った袋を持ちながら、団長に挨拶をしに行くと
いつもと変わらない表情で、一度目をつむり大きなため息をついた。

「副団長殿、目が覚めたようだな。君の今の仕事は体調を万全にする事だ。
作業への参加は許可できない。
回復力が並ではない事は理解しているが、今後の団員達のためにも休んでくれ」
息苦しさがどうとか考えた矢先にこの様だ。
副団長という立場の人間が、昏睡からすぐに働くという事の意味を深く考えず……。
休めと言われたものの、目の前に仕事や作業があるとそちらに目が行き落ち着かず
結局、当初の予定通り散歩をする他なかった。

ジメジメとした暑さは歩いているだけでも体力が奪われていく。
この状態でどれだけ力が使えるのだろうか……。
ためしに周囲を見渡す。
目眩に襲われ足元がぐらつき、すぐさま中断した。
あのまま作業をしていたら、また倒れていたかもしれない。
どうにか村の中心部にある広場まで辿り着くとアルテルフがいた。
木陰のベンチに座りながら緊急呼び出しの小さな鐘を無表情で鳴らし、
目前の地面には円が書かれていて……。側から見るとかなり怪しげだ。
「無礼な眼差しも啓示の力に加えてみたら宜しいのでは。副団長」
こちらを見ずに不機嫌そうな顔で鐘を一定の動きで鳴らし続けている。
鐘は、上部を捻って音の波長を合わせれば、遠く離れていても
お互い振動して音を出すという不思議なものだ。
丸みを帯びた鐘は、チリンと控えめで愛らしい音を出す。
ついつい鳴らしたくなる形状と音色。
王都や近郊で当たり前に使用されているものを、渡されるまで知らなかった。
目新しさからチリチリ鳴らしてしまい、当日、団長に没収された。
俺の能力を鑑みれば無用の物だから回収すると言われたが……苦い記憶だ。

「すまない、シェリアクを呼び出してるんだよな」
シェリアクは空間を巻き込んで瞬時に転移する力があった。
何か目標になる大きな物や音のような目印が無いと、とんでもない場所に出たり
集中力が切れると周囲や対称の物体をどこかへ消し去ってしまったり
振れ幅があまりに大きいため、安全で開けた場所以外では滅多に使われる事はない。
「近くの村まで物資調達に向かっています。ここ、何もありませんから。
ところで徘徊してて良いのですか。今まで倒れていたようですけど」
「倒れてたけど呆けちゃいない。しっかり処置してもらったおかげで動ける。
啓示を受けてから妙に回復が早いんだ。……こういう時は本当にありがたい力だよ」

アルテルフは眉間に皺を寄せ、地面を睨みつけながら吐き捨てるように呟く。
「過信してると死にますよ」
「……そう……だな。気をつけるよ」
彼は俺といる時、大体機嫌が悪い。
他の団員といる時はもう少し表情も言う事もやわらかだ。
あの日、もっと話そうと持ちかけられた時。
掴まされた妙な情報よりも、もっと話そうと言ってきた事が不気味でしかたがなかった。
機嫌が悪くなる相手に何故?
こいつなら権力者に目をつけられても良いと思ったから?
…それに彼が申告した再生という力に関しても不明な箇所が多い。
再生という割に団員たちと、……常人たちと治る速度はほぼ同じ。
王都にいた頃から怪我も普通にしていた。
考えれば考えるほど、アルテルフの事が分からない。
重く気まづい雰囲気の中、チリンと小さな鐘の音だけが響く。
しばらくたって円の書かれた空間が歪み、土埃や葉っぱを撒き散らしながら
大量の荷物と共にシェリアクが現れた。
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