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過去

シェリアク

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幼い頃、不思議な夢を見ていた。
知らない国の知らない場所へ行き、思いきり散策する夢。
そういう夢を見たあとは、きまって泥まみれだった。
夢で見た素晴らしい花を母にあげたらきっと笑顔になってくれるだろう。
知らない国の歌を聞かせたら父は驚くだろう。
そう思って花を摘み、音楽を聴く。
目覚めると手には花があり、音楽も覚えている。
使用人達が部屋にやってきて手早く花と泥にまみれた服を処分した。


そこそこ大きい商家に産まれたオレは、待望の子供でとても大切に育てられた。
花の好きな母と演奏好きの父、優しい使用人達。
愛される事が当たり前だと思うほどに愛されていた。
両親の仕事が忙しくなり、1人で寝るようになると奇妙な夢を見始める。
初めの頃は夜中にこっそり抜け出して庭で遊ぶやんちゃ坊主として愛された。
庭にはない異国の花を持ち帰り、居眠りを頻繁にくりかえすようになると、
両親の様子は変わっていく。
出かけ先で怪しげな占い師の女がオレを魔物憑きと指差し砂を振りかけた。
父はオレを庇ったし母も心配してくれた。
けれど酷く怯えた目をして、早々に家に帰ると医師が訪れ夢遊病と病名をつけられた。


薬を飲んでも一向に治らないオレはやはり魔物憑きだったようで
責任感の強い母を苦しめ、穏やかな父を疲弊させた。
「やっぱりこの子は呪われているんだわ…私がこの魔物を産んだ…。
私は、私が…この家を守らなければ」
「奥様!お気を確かに…!シェリアク様は夢遊病を患っているだけです。
呪いなどではありません、どうか…!誰か、奥様から刃をとりあげてくれ!」


夢を見なければ良いのだと眠ることを拒絶してみても
数日も経たないうちに瞼は落ちた。
母はもう俺に会いにこないけれど、父は仕事の合間を見つけては部屋へ様子を見に来てくれた。
「お前は病気なのだから、しっかり眠らないと」
「おとうさん……ねるまでそばにいてくれる?」
「ああ。ちゃんといるよ」
優しい言葉をかけてくれる父を苦しめたくはないから、とりあえず眠るフリをする。
1度目を瞑り、うっすらと開ければ、もうその場にはいない。
父を必要としているのはオレだけでは無い。仕方のないことだ。
ぼうっと暗闇を見つめていると部屋の外から話し声が聞こえた。
「旦那様……。今からでもリリ教に入信なさってはいかがですか。
シェリアク様の症状は祝福として処理される可能性もあります」
「皆の生活が立ち行かなくなってしまう」
「ですが」
「迂闊に近づき公にされてしまえば、庇ったものを含めて焼き討ちだ。
……すまないが、頼んだよ」
「……御心のままに」
眠っていることになっているオレを、使用人は抱えて外へと出た。
嗅いだことのない匂いに満ちた場所。どこか尋ねる前に使用人はフッと姿を消した。
そのまま、それきり。




「文字が読めます~!書けます~!」
道端にいる大人達を観察して、見よう見まねで声をあげる。
手紙を読み、小銭を得るとすぐに食べ物を買ってみんなでわけて食べる。
盗みは絶対にしない。気分が悪くなるからだ。
下層街に来てから気分と切り替えの重要性を知った。
「今日のお手紙はどんなお話だった?」
「今日は舞踏会への招待状!王様が下層街の可愛い女の子達を集めて
パーティを開くんだって。歌って踊って、疲れたらお菓子を食べて舞踏会の間、
ずーっとそれが続くってさ」
本当の手紙は借金の催促状だ。あまり面白いとは言えない。
お客の手紙の内容を話すのは良くない事だしバレたら利用者が減ってしまう。
それでもみんな聞いてくるから話を作った。
ゴミを燃やした焚き火の前で毎晩、話を披露するのが日課になった。
みんなもそれがウソだと知っていて聞く。

「いいなぁ、私もお菓子たくさんたべてみたい」
「ぶとうかい、って、キラキラなの?」
集まって、話して、思い思いの感想を言い合う。
「こないだの戦うやつは楽しかったけど、今日のはビミョー!」
「シェリの話ー、かわいい女の子率高くないー?」
「可愛い子いいじゃんっ。だって可愛いしっ」
「なにそれー。オレは、酒場のお姉さんとかが、好みなんだよねぇ。
ごはんくれるしー」
「私は可愛い子のお話が良い!キラキラしてるもん!
ノーラはおっぱいが大きい人が好きなだけじゃん!」
「違いますー。大人のお姉さんが好きなんですぅ」
「よし、それじゃ可愛くておっぱいが大きいお姉さんの話、考えるか~!」
「こないだのドレスの話は?」
「戦いのやつのほうが良いよ!」

寝る時は狭い場所で、子供同士ぎゅうぎゅうになって寝る。
防犯と防寒ってやつだ。
城壁や屋敷の影になってるせいか下層街の夜は一年中寒い。
地面に紙を敷いただけで寝るから冷たいし痛いけど、
大きいベッドで1人寝るより全然楽しくて良く寝れた。
こういう生活の方がオレにはあっているのかも知れない。

「バラバラに逃げなきゃ、捕まっちゃうよ!」
しばらくすると路上者狩り始まった。
下層街を生まれ変わらせる計画を偉い人が考えたようだ。
路上で生活する子供は特に邪魔らしい。
「オレはみんなといたい…!1人になりたくない…!」
「シェリー。切り替え、切り替え~」
「そーそ、切り替え~!だよっ」
捕まるのも怖いけど、1人になるのはもっと怖い。
足がすくんでうずくまる。そんなオレをみんなは見捨てない。
「こっちは任せて、先に行ってて良いよー」
「わかった!ノラ、頼んだよ!」
ノラがいつもごはんを貰う酒場の前までオレの手を引っ張って走る。
「ここなら1人くらいは子供の面倒みてくれるよぉ。
シェリは、文字も書けるし読めるし絶対大丈夫ー」
「ノラは…?みんなはどうなっちゃうの!?」
「シェリほど甘ったれじゃないから……へーき」
間伸びした喋り方が、いつだって怖い気持ちを無くしてくれた。
だけど、いまは違う。震えている。
ノラも必死なんだ……。

「みんなと話してたんだ。シェリはお話してくれるから、
お菓子をみんなの分まで買ってくれるから……絶対に助かってほしいねーって」
ふわふわの髪を揺らしながら、ノラはニコニコ笑う。
泣くと惨めになる。
喉が渇くし、疲れるし、隙もできて変なやつが寄ってくる。
顔も汚れるし良いことはない。
形だけでも笑っていたら、そのうち辛くなくなる。
泣かずにすむ。
路上でひとりぼっちになって泣いていたオレに、ノラはそう教えてくれた。
だからオレも笑っていようと、いつも思っているけど。
悲しくなると、目からぼたぼた、涙が溢れてとめられない。
「いやだよ……ノラもいっしょじゃなきゃやだよっ」
ノラは店のドアにつけられたベルを思い切りならして
「シェリ、元気でね」
そのままオレを地面に突き倒した。

起き上がるとノラはそこにはおらず、かわりに酒場のお姉さんがいた。
「あら、ノラのお友達?」
「助けて……みんないなくなっちゃう」
「……もうここまで来てたのね。早く中に入って」
店に入ると厳ついおじさんが暗い顔で俯いていた。
せっかくみんながオレをここに連れて来てくれたのに
いらないと言われたら無駄骨に終わる。
みんなが言っていたことを頭の中で復唱する。
キリカエ、キリカエ……。
「も、文字が読めます……書けます」
「………店のメニュー、書いてくれるか?」
「っ……はいっ」
路上の子供を匿うと大人も捕まって酷いことをされる。
酒場のおじさんとお姉さんはそれを知った上でオレを雇ってくれた。
おじさんもお姉さんも文字が読めて書けるから、酒場の手伝いをするようになる。
酒場は色んな人が来て凄く楽しい。
休みの日はみんなを探したが、どこにもいない。
オレなんかより足が速いし、頭も良い。だから、きっと、大丈夫だろう。

ホールの掃除をしていると、おじさんがたまたま鼻歌を歌っていた。
「ねえ!?おじさん!!それ知ってるの!?」
「お!?お、おう。恥ずかしいなぁ聞かれちゃったか。
故郷のな、南の領土の曲だ。……シェリも知ってるのか」
「うん!セーハがすっごい難しくって、でもそれが弾きたくってさぁ!」
おじさんがホコリを被った楽器を倉庫から取り出してきた。
「昔、ちょっとやってたんだ。弾いてみるか?」
弦はかろうじて錆びておらず、調弦をするとなかなか良い音が響いた。
父が好きだった曲を弾く。案外覚えているもので最後まで弾けた。
「音楽があるっていいわねぇ。この人ったらカッコつけて買ったくせに3日でやめたのよ」
「う、うるせ!シェリにやるために買ったんだよ!」
それから即興で作った話と覚えてる曲を酒場のお客に聴いてもらうようになる。

「シェリ、もっと色んな人に聴いてもらえ。ここだけじゃ勿体無い。
色んな酒場をまわってさ。吟遊詩人ってんだっけ?」
「え~下層街めっちゃ広いよ~。
おじさんオレがいなくって寂しくないの?
酒場の愛されオレがいなくなっちゃうんだよっ。
お姉さん、オレいないとやだよね?」
カウンターに両手を広げ突っ伏して上目遣いでおじさんとお姉さんにそう訴えると
おじさんにため息を吐かれる。
「かーっ!ばかでっけぇ野郎がなにしてんだよ」
「シェリはいつまでも私をお姉さんって呼ぶのねー。
まったく良い子に育ってくれちゃって」
羽箒を片手に持ったお姉さんが、カウンター越しに頭を撫でてくれる。
「んふふ。そうでしょー。じゃっ、居ていいよねっ」
「それとコレとは話が違うわよ。シェリ。
ここは連れ込み宿じゃないの。酒場!
毎晩、違う女の子と関係をもつんじゃありません!」
きた時は、一応こっそり裏口から回ってもらっていたし、
女の子のところにも行く時も、ひっそり行っていた。
特にお咎めも無かったから、知らないと思ってたんだけどな。
「避妊はちゃんとしてるし……」
パシッ、と軽く頭を叩かれる。痛くはないが反射的に、いてっ、と呟く。
「むこうのお嬢さんも、あんたも、どうなるか、わからないんだよ?
もう、誰に似たんだか……」
「俺にきまってらっ。あたっ」
「2人してバカ言ってんじゃないよ!まったく!ほらっ開店準備!」
「はーい」

雇ってもらったばかりの頃は2人が一緒に寝てくれた。
大きくなってから屋根裏部屋を貰い、1人で寝るようになる。
毎日寝付けず外の空気を浴びていると、同じような女の子たちに会って、
一緒に楽しく寝るようになった。
オレにとって楽しいことでも、酒場には、おじさんやお姉さんには迷惑はかけたくない。
外からチチチ、と騒がしい鳴き声が聞こえた。
窓の方を見ると雛鳥が親鳥にいつものように餌を催促していた。
親鳥は餌を咥えながら、けれど頑なに巣には近づかない。
餌が欲しくて、おずおずと飛び出す雛鳥。
巣立ちの促しってやつだなあ……。


開店の看板を出すと、早速がやがや店内が賑わいだした。
カウンターには常連のお客が並んで、談笑を交わす。
「俺さ、こないだ途中で子供欲しい!っていわれて……もう、やってらんねえよ」
「うっわ。おつかれさま」
「ニナちゃんに愛されてんじゃんっ。羨ましいよっ。このこの!」
青年は、しんみりと、酒で満たされた大きなジョッキを両手で覆う。
「愛………あいつ……一緒に住むようになってから、重い……」
「それだけマジなんだよっ」
「シェリー。おまえ、能天気だな。気をつけろよ?
毎晩違う子と遊んでるだろ。そのうちやっべーのヒクぞー」
「遊びじゃないってー。毎回マジだしっ」
「俺も………」
手に持った大きなジョッキを持ち上げ、勢いよく酒を飲み干すと
「おれも、マジだけど……!親父になるのがこわいんだよ……!
ニナにゃんと赤ちゃんのために……ちゃんとしないとって思うとっ……。
ダメになっちゃうんだよおおっ」
咽び泣いた。
どこからともなく、パチパチ、と小さな拍手がまき起こる。
「よく言ったなぁ。よしよし。おまえは十分ちゃんとしてるよ」
「懐かしいね。ウチの人も、いざってとき途中で、クタっ。ときたもんよ」
「あらっ、あっははっ!うちもよっ」
「連中ときたら用事のある時つかいもんに」
「おっと奥様方!それ以上はダメだ!」
「うぐっ……うう……ニナにゃん……ごめんね……いくじのないおとこで………」
カウンターに一枚、硬貨が置かれる。
「シェリ!一曲、景気いいの頼む!」
「まいどーっ」
すぐ側に置いた楽器を手に取り演奏する。
店内のお客たちも合わせて楽しげに歌って、満足した分、
追加でチップを置いてくれる。

お客はみんな、仕事や日常に疲れて酒場にやってきた。
疲れを家に持ち込みたくないんだろうな。
旦那さんの愚痴、奥さんの愚痴、恋人の愚痴、子供の愚痴。
ため息混じりに溢していく。
実際はちょっとした自慢だ。
不安、不満、好き、色々な感情がごちゃ混ぜの自慢。
文句を言いながら、でも、家に帰る。
オレはそんな話を聞くのが好きだ。
家族ってよくわからないけど。わかる気がしたから。

子供ができたら……。オレでも結婚できて、家族が作れる?
一緒に寝てくれる女の子達は、子供が欲しいとは一回も言わない。
みんな、徹底的に避妊をしていた。
言われないから、なんとなく、聞いてみた。
「ふふっ、もー。おかしいこと言っちゃって。
シェリは、そういうんじゃないでしょー」
そういうのって、どういうの?
なんだろう。わかんない。なにそれー。
適当言って、笑い合う。
オレの子供は欲しくないんだなー。そっか。


「たまには帰ってこいよ」
「追い出すくせにっ。色んな曲、覚えてくるから!いってきまーす」
酒場を渡り歩いてお客から色々な話や歌を教えてもらう。
色んな女の子の家に泊めてもらって、色んな国の言葉を教えてもらう。
オレはもらってばかりだ。
異国の曲を弾けるおかげで上層街に招待されることも増えた。
「シェリアク」
上層街の屋敷で自分の名前を呼ぶ声がした。演奏中なのに思わず声の主人を探す。
「この曲は私のお気に入りなんだ」
父だ。
ちょっと老けてるが穏やかな雰囲気は相変わらず。
タレた目はオレに似てる。女の子からよく褒められる目だ。
あ、オレが似たのか。
「うー……。お父様……ぼく、もっと楽しいのがいい……」
シェリアクは隣でぐずる小さな男の子の名前のようだ。
「吟遊詩人さん。すまないが、子供も喜ぶような曲はないかな」
「……もちろん、ありますよ!坊ちゃん、どんな動物が好き?」
昔のオレは、それはまあ小さくて可愛い子供だった。
大きくなって、声も姿も変わった。
気づく訳がない。
「えっと、鳥さんっ」
目の前のシェリアクは元気に答えた。
同じ名前つけちゃうぐらい、愛されてたんだな。昔のオレ。

「お兄ちゃん、お歌ありがとー!」
「はい。これはさっきの分。とても良かったよ。ありがとう」
「こんなに、良いんですか?」
「知り合いにも君のこと話しておくからね」
「どうも!」
父さん。覚えてる?
どうして、すてたの?

そんなこと聞ける訳もなく下層街に帰る。
真夜中の路上は誰もいない。
どっかの国に奴隷として売られるなんて噂が流れてみんな怯えて、
どうにか日銭を見繕いみんな屋内に避難するようになった。
奴隷は嫌だけど外国に行くのはいいな。
下層街の市民権じゃ外に出れないけど。
上層街で見えてた星は、モヤのかかった下層街ではあまりみえない。
父の中でシェリアクは、きっともうあの男の子だけだ。
髪の色は母に似て暗かった。2人の子供なんだろう。
魔物憑きの呪われたシェリアクはどこにもいない。
下層街に来てから一回も妙な夢はみないし、これでいいんだ。これで。
喉の奥が握りつぶされたようになり、頭が痛くなった。
泣くと惨めになるから絶対に泣かない。

『あなたは、これで良いのですか?』
適当に弦を触っていると、子供の声がした。
振り返るとやけに身なりの整った女の子がいた。
「………宗教関係?ごめんね。お兄さん、色んなところにお邪魔するから。
特定のは入れないんだ~」
『いえ、別に宗教ではありません』
「あ、そうですか……。だとしても、こんな時間に小さい子がうろついてるのはマズイよ」
オレが路上者狩りを経験した次の年から、年々、
児童に関する犯罪が厳しく取り締まられるようになっていた。
売春なんてもってのほか。見つかったら身内を含めて吊し上げ。
やるだけ損だから商売は減ったけど、趣味が高じた人々が子供を囲うのは変わらない。
上層街を出入りする者に、子供が差し向けられるという噂は度々耳にしていた。
同好の士を求める者からの贈り物、宗教への勧誘、同業者による潰し合いの罠。
父……いや、お客から貰った金貨を取り出す。

「落ち込んでるお兄さんに、話しかけてくれてありがとう。
これもって大通りの宿屋にいきな。樽が看板になってるからすぐわかるよ」
小さな子供が金貨を持って宿屋に現れる。
あそこの娘たちは気も勘も良いから、
この子が上手く説明できなくとも事情は汲んでくれる。
匿ってくれるだろう。
小さな手に金貨を1枚差し出すと、スルリと抜け落ちた。
チャリン。石畳に音が響く。
「す、透けた」
『私にはもう受け取れる身はないのです。
あなたの力はけして呪いではない。
神子の血をひいているために、力が強く出てしまっているに過ぎません』
「やば、マジ奇術っ。すっご」
思わず溢れた言葉に透ける女の子はムッとして、こちらを睨みつける。
『……… 赤い砂漠、翠のオアシス、照った海岸……色彩豊かな市場……。
あなたが夢で見た風景は暖かで賑やかですね』
「え、何で……夢の内容……知ってんの」
『実際に、あなた自身が、その場に移動していたからです。
幸福な記憶を頼りに、人との繋がりを渇望したのですね。
素晴らしい景色が観えると、巫女たちが大変喜んでいました
「みこ、みこ…なんかニュアンス違う感じだけどさ。
本当、オレ、何も知らないから。力とか、そういうの、勘弁してよ」
「今は力を抑え込んでいるようですが。
近いうちに暴走し、取り返しのつかない事になる。
良くてあなた自身が壊れ、悪くて周囲を巻き込み消滅。
シェリアク。啓示者として騎士団に入り、力の使い方を学びなさい』
女の子は奇妙なことを言いながら煌びやかな封を取り出し、渡してきた。

「これは透けないんだ………。マジってこと?」
『遠征を成功させなさい。力のある子供が、親と離れずに暮らせる。
あたたかな世界を作るきっかけになります』
「親がなくとも子は育つし……」
『………皆が、自由に外の世界へいけるきっかけを作るのです』
「いいねーっ。オレも別の国に行きた~い」
女の子は額に手をあて、考えると、呆れたようにこちらを見つめる。
『封を見せれば検問を通れます。今から城へ向かうのです』
「深夜訪問は流石にまずいっしょ。距離あるし」
『あなたは封を無くす。雑にポケットに突っ込んでいるのが何よりの証』
「一旦だから!これ片付けてからちゃんと仕舞おうとしたんだって。
なんかお姉さんみたいなこというね…ってあれ」
楽器をしまっていると女の子は忽然と居なくなっていた。
初めから存在しなかったかのように。

やばい封……。
呪いのなんとかってやつ?
処分してもらうため、上層街の警備兵に渡すと馬車がやってきて、城へと連れていかれる。
幼い頃、読み聞かせてもらった物語ではウキウキ気分で舞踏会にご招待といった感じだが、
どちらかと言えば仔牛気分の方が近い。
連れていかれたその晩。
城の来客室のベッドをどこかへ消してしまい借金を負った。
争いごとは苦手なのに、そのまま言いくるめられ、騎士団に入れられてしまう。

訓練は、ただただ、辛い。
剣、槍、斧、弓……。どれを持ってもまったく馴染まなかった。
運が良ければ生きている。今さえ、よければ良い。
半端なオレに、戦いは向いてない。

啓示の力とやらは、オレ自身もびっくりなもの。
使いこなせば、任意のものを瞬時に別地点へと移動できる、らしい。
今はモノ自体を消してしまう事が殆ど。
使うたびに不気味がられて、やばい二日酔いみたいになって……。
とにかく最悪。
この力があったがために、両親を苦しめた。
使用人たちを不安に陥れた。
今になって啓示者様、騎士様、何だそりゃって感じだ。
他の啓示者に、事情を聞く気にはなれなかった。
前回の遠征を成功させた英雄様の団長。
突如抜擢された複数の能力持ちの副団長。
聖職者という枠組みの訳アリ美少年。
闘技場の孤高の王様。
北の領土の怪しげな司祭様。
由緒正しい武闘派侯爵様。
みんな、何かしら背負ってますって雰囲気をまといまくりだ。
酒場や風俗を中心に回る一般吟遊詩人のオレは、
おいそれと話しかけられやしない。

気晴らしに女の子と遊ぶため抜け出す。
その都度、副団長が、どこまでも追いかけてきた。
オレと同じく戦いは苦手なようだけど、
追いかけることに関しては常軌を逸していた。
屋根の上でも壁伝いでも、追ってくる。
ここなら安心と、娼館に逃げこむ。
髪の色は真っ黒。副団長という地位のわりに、華がない。
休日だろうと制服を着込んで常に仕事。
直感が告げる……。絶対に童貞だ。
頑張って宿とか調べちゃうけど、いざ行ったら入れない。
ウロついて客引きに引っかかって、ぼったくられて泣き寝入り。
そこまで容易く想像できてしまう、田舎者の堅物。

中層街にある娼館通り。
身体を強調した服装の女の子たちが店外にも出歩いている。
下ネタ満載の客引き、サービス内容を刻んだ看板、ごてごてな建築物。
ずらりと並んだ娼館に飲み屋、雑踏。童貞避けにはうってつけだ。
何より、ここの娘たちは愛嬌があって癒される。
2階に上がると、バルコニーに集まった女の子たちが、物珍しそうに外を眺めていた。
「シェリちゃーん。貴方に似た名前。
叫んでまわってるチビちゃんが、通りにいるんだけど」
「すっごい作り込んだ騎士の格好しちゃって。騎士様ごっこかな」
「やだぁ、かわいいー。弟くん?」
「いや……上司くん……」
「シェリアク!いるのはわかっているぞ!」
躊躇いもせず娼館にズカズカ入って来た。
ガチの初心な奴ってこうなの……?
「あっ。突然の訪問、すみません。
騎士団の者なんですけれど。今、巡回してまして。
少しお話よろしいでしょうか」
「え?ええ。なにかありましたか」
普段無口なくせに、店の人たちに事情をツラツラと語り、
すんなりオレを引き取る。

「……不良1人くらい、放っておいてくれても良いじゃん。何人もいるんだし。
啓示者が集まらなければ、各々の力がどうのこうのってさ。
副団長くん、マジで信じてる系?」
「信じてるよ。俺は王都騎士団副団長だから」
即答。常に答えを用意しているのかってくらいの速さだ。
「誰1人として、仲間は放っておかない」
真っ直ぐな目で臆する事なくそんなことを言ってのける。
本当かよ。嘘っぽい。
「……用事があるから。先、戻ってよ」
「印刷機を新しく導入したんだ」
「ふーん。だから、なに」
「手配書がいつでも気軽に発行できる。
この人、知りませんか?見かけたらご一報。を、たくさん刷れる」
「拠点に戻ろっ。ほらほら、置いてっちゃうよっ」
「まずは!服を着ろ!!」
追われて、捕まって、あっけなく戻った。

行くのがダメなら来てもらう。
一度それをしたがために、啓示者用の1人部屋は没収され相部屋になった。
「寮に女の子呼ぶとか……超絶バカ……。
あーあ。昔の可愛いシェリはどこにいったんだかー」
「目の前にいるじゃんっ」
「はぁ……月日、まじ、残酷ぅ」
子供の頃に別れたきりの友達と会えたこと。
それを支えになんとか頑張れている。
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