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大蛇との戦いで澱んでしまった沼は、騎士団総員での清掃が功を成し、
澄んだ水を湛えた本来の美しい姿へと回復した。
得体の知れない病、大蛇、重なった困難に苦悩させられていた村人たちの表情に
笑顔が戻り始めた。
蛇への対処法をしっかりと学び、ただ殺処理するのではなく、
活かそうとするたくましい姿は心打つ物がある。
打ちすぎて、なんだか俺は胃が痛い。


奇怪な酒盛りが行われた次の日、団長と俺は村長の邸宅へと招かれた。
村に来たばかりの時は気にする余裕がなかったが
竹があちらこちらに編み込まれた住居は、素朴でありながらも荘厳だ。
「ご存知の通り何もないところですが、お越しくださりありがとうございます」
ニコニコと笑顔で出迎えてくれた村長の後ろに色白の少年がぽつりと立っていた。
ジリジリと焼けるような日差しの下、多くの者が漁を生業にしているレル村。
こんがりと健康的に日焼けした者が大半を占める中
少年は病弱とも言える色白であった。引き攣った顔でコチラに睨みをきかせている。
なんだ?俺だけが見えてしまっているのか……?

村長が少年を紹介するようにこちら側へと連れ出した。
「蛇毒で伏せていた為、ご挨拶遅れました。倅のネオンです」
「……。その節は大変お世話になりましたどうぞお掛けになってください」
ネオンという少年は、感謝の言葉を早口で投げ捨てた。
村長と少年の寒暖差に戸惑いながら、団長の後に続き着席する。
竹で作られた背もたれ付きの長椅子は硬そうな見た目に反し
しなりが効いて座り心地が良い。
だが、居心地は最高に悪かった。
『持っていてくれ』と団長に道中渡された中身のわからない重箱を膝に置く。
美味しそうな香りが時折溢れる重箱は手土産か何かだろう。
表情ひとつ変えない団長は、隣に座っているというのに相変わらず何を考えているのだかわからない。
ニコニコと笑顔をたやさない村長も、何を考えているのだかわからない。

「早速で申し訳ないのですが、昨晩の出来事についてお聞かせ願いますでしょうか」
不機嫌を保ったままネオン少年は問うてきた。
焚き火の許可は取っていたと聞いたが、まさか。
「と、言いますと…」
俺の些細なしらばっくれが、ネオン少年にとっては油であった。
「先祖代々、蛇を穢れとしているのは、無闇に触れず、毒を持ち込まないための教え。
あなた方はこの村で蛇がどのような存在であるのか知りながら
これ見よがしに村中で……蛇を、蛇を……。ちょ、調理しましたね!けがらわしいっ。
複数の村人が目撃し、恐ろしいことに蛇食に興味を抱いてしまっています。
ことの大きさを、理解していますか?」
ネオン少年は竹製の応接机に両手を置き、文字通り前のめりに訴えてくる。
ギシリと音を立ててしなる応接机に思わず肩が跳ねる。
怒りを抑えきれない少年を他所に、向かい合って座る村長と団長の様子は相変わらずであった。
落ち着き払った姿に、嫌な予感が過ぎった。

「存じております。その上で村長は我々に試作を任せてくださったのです。副団長殿。重箱を」
淡々と喋る団長の指示に従い、2段の重箱を机に置き、蓋を開ける。
中にはタレの照った焼き鳥のようなものがはいっていた。
「調理専門の方が同行しているとは聞きましたが。何を頼んだというんです」
訝しげな表情を浮かべ少年は村長に尋ねた。
「蛇料理だ」
「へ?……先程申し上げましたよね。蛇は穢れとして……!」
ネオン少年を他所に、村長が重箱に入った串を一本取り出し、徐に食した。
「と、父さん!?あ、あなた方は確かに村を救ってくださいました。
ですが、これは、一体何が目的なんですか!?父さん……!」
目の前にいる父親が、禁忌とされている動物の肉を食べている。
ネオン少年は痛ましいほどに酷く動揺していた。
声をかけようにも心を乱した原因は、こちら側にあるわけで……。
慌てふためく様子を団長は対岸の火事と言わんばかりに凪いだ目で淡々と眺めている。
図太い神経というけれど、神経そのものの場合でも適用するのだろうか。
村長は蛇の串焼きを重箱から新たに一本取り出すと、ネオン少年に差し出した。
「えっ…これを……どうしろと?」
「お前も今回の事態で分かっただろう。我々は沼に依存しながら、蔑ろにした。
崇めながらも、忌と呼ぶものを投棄し続けた。
伝統を重んじるばかりで思考を止めた我々が、大蛇を呼び寄せたのだ。
生活に組み込まなければ、同じ過ちを繰り返すだろう。
蛇は薮に多くいる。新たな蛋白源であり、恵みだ」
父親をよっぽど慕っているのか、震える指先で串を受け取った。
憎々しさをもはや隠すことのないネオン少年の眼差しが
串に、俺たちに、注がれる。

「……父さんをよくも、よくも……拐かしましたね。
この身を持ってして、騎士団の思惑……正体を明かしてやります」
はわ、はわわ、なんとも言えない情けのない声をあげ
パクッと口に入れた。
不味い、毒だ!とかそういう非難しようと表情を強ばらせていただろうに。
香りだけでもご飯が食べれてしまいそうな串焼きを
もぐもぐと口を動かしては悔しそうに飲み込む。
「蛇肉、お気に召しましたか?」
団長の余計な一言でネオン少年の顔色は見る見るうちに青ざめていく。
「あ、へ、へび。食べちゃった……うっ、ぇ……と、とりにく…鶏肉だから…」
吐きかけて、でも飲み込もうと自らに暗示をかけるネオンに
「もういいんですよ……!もういっそ!ぺって出しちゃってくださいよ!」
そう声をかけようと立ち上がる俺に村長は視線を合わせ首を横に振った。
止めるなということだ。
「食べて頂けて光栄です。蛇の下処理はコツがいるようで。
調理した者の苦労が報われました」
追い討ちをかける団長の悪趣味を非難する者は誰もいない。
ここで俺が文句を言えば、ネオン少年の頑張りは無に帰すのだ。
ゴクリ。と大きな音をたて、飲み込んだ。
「……ちょっと、隣の部屋で…横になっていいですか…」
「私共は構いません」
団長の言葉を聞きネオン少年は口を押さえながら、足早に扉へと向かう。
「若いお前が受け入れることで新たな一歩が踏み出せる」
「……う……」
「わかっているな」
「……中座…失礼します…」
物凄い実力行使の教育を見せられ、引いてしまった俺を他所に村長は話を続ける。
「お騒がせしてすみません。……倅は祖父母に、育てられましてね。
誰よりも伝承を聞き、育ちました。
村の者たちは飢餓から学びを得て食に対して柔軟に対応できます。
次の世代を担う者が、周囲と意見が合わないとなっては今後に響きます故……」
「重要な機会にお招き頂き嬉しい限りです」
一瞬の沈黙の後、はっはっは。と笑い合う空間に、俺だけがついていけない。
蛇を肴に談笑をする団長と村長。
隣部屋で倒れていたであろうネオン少年は
邸宅を去る頃にはどうにか起き上がり門口まで見送ってくれた。


最高指導者が受け入れてくれたおかげで、騎士団は矢面に立たされずに済んだが……。
団員達の元へ向かう道すがら、やり場のない思いが込み上げてくる。
「団長……何か悪い事をした気がするんですが……」
「資源の可能性を提示し、彼らはそれを受け入れた。
依頼書にも食料問題について記載があっただろう。
けして伝統を弄んだ訳ではない」
「もっと、穏やかに事は進めたはずです。あれじゃ、ネオン君があまりにも」
「副団長殿。君は過程を気にしすぎるきらいがあるな?」
「目的を果たすことは大切です。ですが、過程を軽んじる理由にはなりません」
「ほう……」
出過ぎたか?
いつもの無言にヒヤヒヤしながらも、特にお咎めもなく
何事もなかったかのように団員と合流した。
荷物の整理や、次の遠征先のルート確認等をこなしていく。
過程を気にしなさすぎると、どうなるのか。
言ってやりたいがあまりにも突飛すぎる上に、そもそも説明したくない内容だ。
ただ闇雲に半殺しにされていた蛇が減り
村が住み良くなるならば、それは、きっと良いことだ。
……腑に落ちないが、そういう事にしておこう。

村を出る前日の夕方。村の再出発と慰労を込め、祝宴が広場で開かれた。
セイリオスの周囲には村人達が集まり、懸命に話を聞いている。
「薬にもなるなんてねえ。今まで知ろうともしなかったものね」
「何事も用途、量を見極める事が大切なのですよ」
「あの、質問しても」
「蛇の皮は売れると聞いたのですが」
「おやおや。順番にお答えしますので、挙手をお願いします」
フードを深く被った男……もといセイリオスの周囲に
メモを片手に学びを得ようと群がる人々…
真面目な風景なのに夕日に赤く照らされた集団はどこか怪しげだ。
(こういうのに近づいちゃダメって、ユリウスに言われたなぁ…)


伝統的な忌むべき存在である蛇は、たったの数日で食卓に並ぶまでになった。
飢餓や物資不足を経験した村人達は想像以上に柔軟だ。
沼の清掃作業に従事していた団員たちは
つい先日まで忌み嫌っていた蛇を平然と受け入れ活用する村人達に困惑していた。
清掃時の惨状や半死で滑った姿をみてるせいか誰も食べたがらない。
勧められて断るという行為をしないため、広場から少し離れた場所に陣取り、
村人達と絶妙な距離を保っていた。
団長は村長と気が合うようで、広場に設けられた席で2人して酒を飲み続けている。
側近の少年は団員たちに混ざり談笑するまでに回復しているようで安心した。
食事を振る舞う気さくな村長夫人とユーノが会話する姿を見かけて、
邪魔をしないようにそっと見守る。

「ユーノちゃん、育ち盛りなんだから食べないと」
「あ、ありがとうございます。あの、ここの料理は薬草を使うんですね」
「蒸し暑さにへたらないようにねっ」
「加熱処理を何故……するのですか?生でも食べれる品種なのに……」
「詳しいのね!って、ユーノちゃんが解毒薬を作ってくれたんだっけね。
料理にしちゃえば美味しく食べれちゃうからね」
「薬に……美味しさが必要なのですか」
「不味いと気持ちが落ち込んじゃうでしょ?」
「……?」
「口にはいるなら美味しいに越した事ないってことっ、ですよねー!」
「そうそう、ってあら、お兄さんもどうぞ」
突然現れたシェリアクに村長夫人は動じず笑いながら料理を差し出した。
「どもっ。ん……!?この煮込みマジ美味しいですね!マジ染み渡るー……」
「あら嬉しいこと言ってくれるじゃない」
今来たばかりなのに、もうすでに打ち解けている。
「ユーにゃんのゲキマズ薬も美味しかったら最高だよねーっ」
流れるようなコミュニケーションに唐突の毒。
(ゲキマズ……なんて残酷な事実を言うんだ!)

ユーノは真剣な表情で、シェリアクに話しかけた。
「味覚が精神衛生にあたえる影響……いや……。僕の作った薬……。
シェリアクさんにとって、どのように耐え難い味だったのでしょうか。
改善……したくて……。教えてくれませんか」
「向上心~!ユーにゃんが使った薬草のメモかなんかない?
お兄さん、見たら説明できるかも~!」
「え?えーっと。えっと……これ、ですけど」
本当にわかるのか?という不安げなユーノを他所に、シェリアクはふんふんと呟きメモを読む。
人混みから少し離れた場所に移動すると、ユーノと視線を合わせるためしゃがみ込み
指を差しながら伝えていく。
「一行目のここね。根から葉に変更すれば全体の匂いが、かなり抑えられるよっ。
葉の方が安く取引されてるけど、乾燥させれば効能はむしろ根よりもあるよ」
「でも、遠征中は、乾燥できません……」
「バッグに逆さにくくりつけて移動すれば、一日でカッピカピになるよっ」
「移動中に…考えたことなかった」
「ん……?うーん……ここは打ち消してて、それを補うために…?」
読み進めていくうちに何かを感じ取ったのか、へらりとした笑みに、焦りが見える。

「ユーにゃん、どういう状況で考えたの?」
「あ、あんまり………寝てない時……とにかく効能を高めたくて…」
「そっかそっか。男の子だもんね。オレの考えた最強、一度は目指しちゃうよね。
効果があるわけだ。なんとこちら、コップ一杯で団員の給料1ヶ月分!
味も原価も、えぐい!」
立ち聞きしていた俺は、あまりにも突拍子のない発言に膝がカクリと曲がり、転びかける。
倒れてから数日、薬を何杯も飲んでいた。
ひとつきぶんの…。事実ならば恐ろし過ぎる。
「セイちゃんが笑いとまんね~って言ってたのコレのことかな?
わかってるならとめればいいのに」
「セ、セイリオスさんは、僕がやったこと否定しないように……思ってくれて…」
「うわ優しっ。とりあえず、そうだな。どれだけ出したか今から一緒に計算しよっか。
で、これからの回し方を考えてみよう」
「……はい」
泣きそうなユーノの肩をぽんぽんと撫で、落ち着かせる。
「大丈夫。今、気づけたんだからさっ。
あ、副団長くん~!立ち聞きしてるのわかってるからね!こっちおいでよ!」
呼ばれて咄嗟に後ろを向いたが遅かった。
「べ……別に、立ち聞きしてない」
「まあまあ一緒に話そっ」
手招きされるがままにシェリアクとユーノの元へ向かう。
「うーん。メモをあれこれしたいし机とか借りたいよねー」
机を借りようにも村人たちは忙しなく働いていた。
話しかけるタイミングがなかなか掴めない……。
「そこの綺麗な方!」
シェリアクが働く人々に向かって唐突に妙な言葉を投げかけた。
「突然何言って……」
忙しなく動いていた手が止まり、一様にこちらを振り返る。
「おっ。綺麗な方ばっかりだっ」
えっ?やだあ、もう~。ちょっとお。
振り返った人々はお互いの顔を見合い、困ったような口振りで嬉しそうに
きゃっきゃとはしゃぐ。
一体、何が起きているのか。
把握しきれずに呆然と立つ俺とユーノを他所に、シェリアクはどんどんコトを進めていく。
「ここの机と灯り、ちょっと借りて良いですかっ」
「ええ。どうぞ、使ってください」


快く借りた机を、広場のはじのほうへと移動させる。
段々と日が落ち暗くなる中、祝賀会の明かりと机のランタンを頼りに
酒盛りの香が漂う広場の隅で、薬草と薬品の出費と今後についての突発会議が開かれた。
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