真夏の氷

ねむnm

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朝の業務が終わると早速かき氷の作り方を教えてもらう事になった。
勤務中、調理場に入れるのは一段階認めてもらえた感じがして嬉しい。
何より今日から業務用かき氷機に触れられるのだ。
家で使っていたものは得体の知れないキャラクターが模されたプラスチック製のかき氷機。
故郷の祭りで使用されていた、かき氷機は生意気にも小洒落た電動式であった。
今、目の前に鎮座するかき氷機は夢にまで見た業務用かき氷機。
どっしりとした外観、丸い大きなハンドル、厳つい釘の氷押さえ。
手入れが行き届いた鋳物が放つ鈍い光。レトロだけどかっこいい。
このかき氷機には理想がぎゅっと詰まっている…。
「真夏くん、どうしたの?」
不安げなギョクセツさんの声色に、ハッと現実に引き返される。
感極まって無言で立ち尽くしてしまっていたようだ。
「強そうなかき氷機を前に緊張しちゃって……」
「うん……?緊張する必要はないよ。まずはお手本を見せるからね」
そう言うとギョクセツさんは飴色をした木製の冷蔵庫の上部から氷を取り出した。
この木製の冷蔵庫を初めて見た時は、調理場に立派な仏壇が安置されていると勘違いして肝を冷やしたものだ。
博物館に置かれているような品が現役活動中というのも十分驚きではあるが……。
真四角の透き通った氷がスルリとかき氷機にセットされる。
ガリガリと小気味の良い音を立てながら、くるくる回り
透明の器にキラキラと雪のように降り積もっていく。
規則正しくハンドルを回していた手がピタリと、唐突に止まった。

「蜜、何がいいか聞いた事なかったね。開店前の今ならイチゴも金時も選び放題だよ」
「甘葛多めという選択肢も……?」
「ふふ、はいはい」
黄金色の蜜が少し多めにかかった器をそっと手渡される。
いそいそと受け取り、その場で立ったまま食べる。
甘葛は和菓子とか普段食べない俺には縁遠い。なんというか……上品な味だ。
けれど逃してしまうような甘さや、ふとした瞬間に過ぎる香ばしさを探っているうちに
いつの間にやらクセになっていた。
果肉が少し残った甘酸っぱくて華やかなイチゴも
ちょっと苦い抹茶と艶々で甘い小豆がたっぷり乗った金時も、もちろん美味しい。
お客さんにも大人気で閉店する頃にはスッカリ売り切れてしまう程だ。
今日も閉店後に、かき氷を食べれるとしたら。
どちらかを選んでおけば1日に2種類食べれたんじゃ……?
少し惜しい気持ちになりながら、食べ進める。
蜜が多めなんて滅多に食べれないのだから、この選択は間違っていないな。
冷たいモノを食べた時にやってくる特有の頭痛も一切なく
最後の一口まで、ふわりと解ける。
どうすればこんな風になるんだろう。回す速さ?角度?
目前で作ってもらったというのにウキウキワクワク氷が削れていくのを見ていただけで
何も汲み取れなかった。

「また難しい顔。今度はどうしたの」
「……企業秘密が何か気づけませんでした……」
「企業、秘密?」
「ギョクセツさんが言ったんじゃないですかっ。
このお店のかき氷の美味しさは企業秘密だって、それを教えてくれるって……」
不信の視線をおくるとギョクセツさんは何事もなかったかのように話し始めた。
「結晶の大きな削りやすい、不純物のない氷を地下で作っているんだよ。
色々試したけど結局、無味無臭の氷が一番扱いやすくて美味しいからね。
朝起きてから今日使う分を切り出して冷蔵庫に入れて表面が整った氷を用意する。
削る時は氷に対して刃はなるべく水平に…。器や蜜を必ず冷えたものを使う。
一つ一つ、丁寧にやることが、企業秘密」
「作る前からかき氷は始まっていたんですねっ」
ああ、そうそう。と流すように頷きながらギョクセツさんは

かき氷機から氷をスッと取り出し、木のトレーに乗せる。
「兎にも角にも。初めからやってみようか」
促されるまま、かき氷機の前に立つと心臓がドクリと波打ち始めた。
今更ながら気づいてしまった。
このかき氷作りは、家で友達とワイワイ作るのとモノとは訳が違う。
働き先の店主に振る舞うかき氷………。
師匠から弟子に対する技の伝授……と言っても過言ではないだろう。
横に立っているギョクセツさんの楽しげな微笑みが
『お手なみ拝見と行こうかな』と語りかけているような気すらしてきた…。
手順があやふやになっていく前に、とにかく、やるしかない。

ピリリと冷たい氷を持ち上げ、どうにか、かき氷機に乗せる。
氷は当たり前だけれど冷たいし滑る。
透き通った見た目からは想像つかない程にずしりと重い。
ギョクセツさんはコレを難なく乗せていた。着物の袖から除く白い腕は意外にも力持ちである。
かき氷機の横についた刃を調整するための丸いダイヤルをよく見ると
数字が書かれていないことに気付いた。
何回捻っていたのだろうか。
……どっちまわりだっけ。
右?左?奥か手前か…?俺から見て右……?
数字がなかろうと削るための刃さえ出てれば良いのだ。
混乱する気持ちをどうにか落ち着かせダイヤルを回し、氷を削るための刃を出した。
このハンドルは、さっきまでギョクセツさんが握っていた。
そう思うと何故だか余計緊張してくる。
ゆっくりハンドルを回し、丁寧に氷を削っていく。
ギョリ……ギョリギョリギョリ。
先程まで軽快な音を立てていたはずの氷から、怪音が発せられている。

透明な器に溜まるのは、ささくれだった薄氷と小さな氷塊。
持ち手の長い銀色のレードルで瓶に入った甘葛を掬う。
とぽん。
甘葛の瓶にレードルを落としてしまった。
慌てて取り出しすでに溶け出し始めている氷に、満遍なく甘葛をかける。
「ビッシャビシャ」
感慨深そうな眼差しと、言い得て妙な擬音が刺さる。
「……食べてもらう以前の問題ですよね……」
作った直後だというのに何故か大半が溶けた、かき氷。
否、冷たい水。
蜜がたっぷりかかっていると思えば美味しそうではある。
勿体無いし、洗う前に飲もう……。
下げかけた所をひんやりとした手に遮られた。

「いただきます」
透明な器を茶器を扱うようにスッ、と持ち上げ静かに飲み干した。
ギョクセツさんは目を伏せ、無言で氷を噛み締めている。
美味しいかき氷を振る舞うとか偉そうに宣言しておいて
美味しい味の氷水を飲ませてる。
俺は、かき氷をまともに作れなかったんだ……。
実家で調子に乗って作っていたかき氷は俺の技術の賜物なんかではなく
作れないやつでも作れるように工夫してくれていた
かき氷機メーカーの努力の賜物……。
「……うちの店では少し前までかき氷を、氷水、って名前で出していたんだよ。
砕いた氷に糖蜜をかけて水分量も多め、だったような」
「じゃあ真・氷水としてお店に出せちゃいますかね。なんて」
「うーん。お客さんには出せないね」
調子に乗った矢先ピシャリと冷水を浴びせられた。
前回は本当の冷水だったが、今回は言葉の冷水だ。
「何回かやればコツは絶対に掴めるよ。だから、居るうちは……。作って欲しいな」
「……いいんですか…?氷も甘葛も、無駄にしちゃったのに」
「無駄になったモノなんて一つもないよ。
私は氷水…?が食べれて。真夏くんは練習できたじゃない」
ギョクセツさんの達観すら感じる優しさは、心地が良い。
昨晩の重く恐ろしい様子は、やはり俺の見間違いだったのではないのか?
まあ約束覚えてくれてたからソレはないんだろうけど…。
「お店、開けるから。風鈴、表に下げてきてくれるかな」
「はいっ」

開店と同時に、相変わらずの大繁盛だ。
チリンチリンとお客さんを出迎えるように鳴り響く風鈴の音と
チャリンチャリンと器にお金を入れる音を除けば、店内は至って静か。
電波は異様に悪いし、スマホの電源も何故かよく落ちるからか
かき氷が運ばれるまで、お客さんたちは、ただ、じっと静かに待っている。
おしゃべりすることも居座ることもなく
食べ終えたら文字通り消えるように去っていく。
お客さんたちは、かき氷を食べるためだけに、この店に来ているのだ。
チャリン、とあちらこちらから器に小銭を入れる音が響く。
きれいに食べ終えているとはいえ、食後の器に、小銭をIN……。
これだけは永遠に慣れる気がしない…。
器を回収したら、すぐに次の注文を受けて出来上がったかき氷を運ぶ。
閉店間際までそれの繰り返し。目まぐるしかろうとお客さんたちは黙々続々とやってくる。
俺が働き始める以前は、忙しい時期になるとサイノメちゃんや知り合いの人が
気まぐれに店を手伝いに来てくれていた、らしい。
それ以外は1人で切り盛りしているということだ
すっかり空っぽになった器や、かき氷を黙々と作るギョクセツさんの横顔を見ていると
この店のために、少しでも役に立ててたら良いな。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
お高い給料と賄い有りに釣られてやって来た数週間目のアルバイト風情が
心の底から、願うのであった。
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