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魅惑と殺気
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天国の始まりの朝。
向こう側からの光で輝くカーテンをサアッと開けると、雲一つない、目が覚めるような晴天が目に飛び込んでくる。この歳になって俺は、テルテル坊主を作ってカーテンレールに引っ掛けていたのだが、その甲斐もあったというものだ。
そんな中、俺は、起きた直後から緊張していた。
そのプレッシャーの元となっているのはいつものこと……つまり服の選択だった。
とはいえ、俺だっていつまでもボケッとしたまま弱点を放置していたわけではない。
自らを知る俺は、ファッション雑誌で普段からキチンと勉強していたのだ!
その成果として、この一大イベントに万全を期すため、これまでに培ったセンスをフルに発揮して、なんとか服を買いたかった。
が、今回のことは、さやが突然言い出したことなのだ。通常、まともな時間に仕事が終わることなどない俺は、服を買いに行くヒマがなかったのである。
というわけで、手持ちのカラフルな服から今日の戦闘服を選ぶわけだが……
本来、これから夏を迎える今の季節は、俺にとって追い風が吹き始める時期だ。
だって、Tシャツでいいのだから。白Tさえ着ていればなんとかなるのである。だから、俺は夏が好きだ。白Tと黒Tだけは山ほど持っている。
ただ問題は、その命綱であるはずの所有Tシャツに、柄物が多かったりすることである。そのせいで、二十代にふさわしい、ちょっとだけオトナなものを選ぶのに昨日から苦心していたのだ。
なんでこんなにキャラクター物が多いのか。中には裸の女性がデカデカと描かれたものまである。絵柄単体に惹かれて購入しても、実際に着た時にどう見えるかはまた別の話なのに。
最終的にセレクトした二枚の白Tシャツのうち、一方は胸の中央位置に黄色で「please!」と描かれたもの、もう一方は左胸に小さめのワンポイントで赤い炎が描かれたもの。うーん、と唸りながら二つのシャツを吊るして見比べる。
散々悩んだ結果、俺は、「黄色が綺麗」という理由で「please!」を選択した。
◾️ ◾️ ◾️
今日の集合は現地の予定だ。だが、比較的家が近い俺と中原とミーは、家から直近の駅で待ち合わせをしていた。
駅に着き、二人がどこかで待っていないかと辺りを見渡すものの、どうやらまだ誰も来ていない様子。なので俺は、暇つぶしのため、駅の入口で壁にもたれかかって、ゼウスを使って頭の中でネットを見ようとする。
すると、ウェブブラウザのメイン画面すら開いていない段階で俺に声が掛けられた。
「こら。なに無視してんの」
「??」
声のするほうに顔を上げると、そこにはめちゃくちゃ可愛い一人の女の子が。
……え?
「どうしたん? なんか顔についてる?」
いつもの聞き慣れた方言がなければ、それが誰であるか理解するのにもう数秒は要しただろう。
ポケッとした顔で俺を見るミーは、いつものポニーテールじゃなくセミロング。
メイクも職場で見るのとは違い……とはいえ、詳しいことなんてわからない俺でも説明できる部分と言えばまつ毛がピン! と上向いて、目の縁取りがいつもより濃いことか。
マーメイドスカートに、トップスは何やらシースルーになった服で、その下にはインナーが透けて見えている。いつものミーの印象が、一ミリも見られない。
普段とあまりにも異なる姿に、俺はしばし見惚れてしまった。
目をそらすことでしか、思考を取り戻せそうにない。だから、「いや、なにも」とだけ言って、俺はなんとか笑顔を作って顔ごとそらした。
ミーの横で壁にもたれかかる。
頭の中にブラウザの画面が既に現れていることにも気付かず、こいつのことをチラチラと見ながら、俺は、まるで初対面の可愛い女の子と話すために必死で話題を探す男のようになっていた。
「まーたカラフルなの着てんな、って思ったろ?」
俺の選んだパンツは七分丈の鮮やかな青。その上、Tシャツは例の黄色のワンポイント。だから、ちょっと自虐的だが言われる前に先に言ってやったのだ。すると、
「んーん。カッコいいよ」
と、柔らかく微笑んで言うミー。
俺より頭ひとつ背が低いこいつは、下から見上げて俺へ笑顔を向けた。
まるで想定外の反応。無防備だった俺の心は「とくん」と鼓動を高鳴らせ、途端に身体の自由が奪われる。
いったい、どうなんの? 今日……。
最後に到着した中原は、「美しいです、この世の女神様です」と大袈裟にミーを褒めたたえたが、いつもと違うのは、俺もあながちその意見に反対ではなかったということだろう。
その中原は、襟付きのプルオーバーシャツにパリッとした短パン。筋肉質な上にロン毛も映えて、男らしさが半端ない。ヒョロっとした体型の俺は、昔からこういうのが羨ましかった。
◾️ ◾️ ◾️
さやとの待ち合わせは遊園地の入口だった。
土曜日ということもあって、人が多く賑わっている遊園地の正面入口では、スマホを使って連絡を取り合わない限り、互いを見つけるのは困難だろう。
が、俺は、さやに連絡などすることもなく、一撃でさやを見つけた。
これだけの人混みの中、まるで暗闇にあって燦々と輝く月の光のようだった。俺は特に「探す」というほどの作業をすることもなく、その方向さえ向けば壁際に立っているさやを余裕で見つけることができた。
さやは、フレアスカートにノースリーブのシンプルなファッション。スタイルの良さと、飛び抜けた可愛さと、明るい栗色の髪が、ふわふわとした柔らかい印象を醸し出し、今すぐにでも抱きしめたくなってしまう。
「おはよ、待った?」
声をかけた俺を認識した瞬間に、パッと明るく移り変わった表情。
幸せそうな笑顔は俺の心を天まで昇らせた。今日で全ての幸運を使い果たして人生終了になってもおかしくはない、と思えるほどだ。
俺は、いつものようにチラチラとさやの大きな胸を見る。
もうこれは意識してなんとかできるレベルの現象ではないのだ。話しながらも俺の視線はさやの顔と胸をひたすら往復してしまうのだった。
不可避の罠にハマる俺が、見続けることを避けるためになんとか視線をそらせると、そこには、中原に捕まったまま俺をじっと睨むミーが。
「さっ、いこっか!」
さやが俺の腕に抱きついて、ミーに対して攻撃的な視線を向ける。
それに負けないくらいの威力がこもった眼光でミーが反撃し、交錯した紅蓮の視線が俺の目の前で見えない火花を散らす。
豊満な胸が俺の腕にギュッと。
香水の匂いがフワッと。
トドメに、ありえないほどに可愛い顔が、すぐそこに。
そんな感じでフワフワする俺をチクチクと刺してくる殺気。
魅惑と殺気の混ざった空気に包まれたせいで、俺は、スタート時点ですでに頭が真っ白に。
その様子を見ていた中原が、
「いいなあ……ミミさん、あの、僕らもせっかくだから、腕でも組……んで……いえ、なんでもありませんっ」
ミーから向けられる荒ぶった視線に、野生味あふれるロン毛の男はキュッ! とちぢこまった。その視線は、刺す対象をただちに変更して後ろから俺の背中にザクザクと突き刺さってくる。
ゼウスにログインしているために、つねに真っ赤に光り続けている俺たちの瞳は、こういう時、まるで殺気をそのまま表現しているかのような迫力を与えてくるのだ。
そんな様子を眺めながら俺の意識の中にある子供部屋で呆れた顔をするノアとルナの会話に気を取られながらも、こういうのもまた楽しくていいな、と心のどこかで思いながら、俺は自然と笑顔になっていた。
向こう側からの光で輝くカーテンをサアッと開けると、雲一つない、目が覚めるような晴天が目に飛び込んでくる。この歳になって俺は、テルテル坊主を作ってカーテンレールに引っ掛けていたのだが、その甲斐もあったというものだ。
そんな中、俺は、起きた直後から緊張していた。
そのプレッシャーの元となっているのはいつものこと……つまり服の選択だった。
とはいえ、俺だっていつまでもボケッとしたまま弱点を放置していたわけではない。
自らを知る俺は、ファッション雑誌で普段からキチンと勉強していたのだ!
その成果として、この一大イベントに万全を期すため、これまでに培ったセンスをフルに発揮して、なんとか服を買いたかった。
が、今回のことは、さやが突然言い出したことなのだ。通常、まともな時間に仕事が終わることなどない俺は、服を買いに行くヒマがなかったのである。
というわけで、手持ちのカラフルな服から今日の戦闘服を選ぶわけだが……
本来、これから夏を迎える今の季節は、俺にとって追い風が吹き始める時期だ。
だって、Tシャツでいいのだから。白Tさえ着ていればなんとかなるのである。だから、俺は夏が好きだ。白Tと黒Tだけは山ほど持っている。
ただ問題は、その命綱であるはずの所有Tシャツに、柄物が多かったりすることである。そのせいで、二十代にふさわしい、ちょっとだけオトナなものを選ぶのに昨日から苦心していたのだ。
なんでこんなにキャラクター物が多いのか。中には裸の女性がデカデカと描かれたものまである。絵柄単体に惹かれて購入しても、実際に着た時にどう見えるかはまた別の話なのに。
最終的にセレクトした二枚の白Tシャツのうち、一方は胸の中央位置に黄色で「please!」と描かれたもの、もう一方は左胸に小さめのワンポイントで赤い炎が描かれたもの。うーん、と唸りながら二つのシャツを吊るして見比べる。
散々悩んだ結果、俺は、「黄色が綺麗」という理由で「please!」を選択した。
◾️ ◾️ ◾️
今日の集合は現地の予定だ。だが、比較的家が近い俺と中原とミーは、家から直近の駅で待ち合わせをしていた。
駅に着き、二人がどこかで待っていないかと辺りを見渡すものの、どうやらまだ誰も来ていない様子。なので俺は、暇つぶしのため、駅の入口で壁にもたれかかって、ゼウスを使って頭の中でネットを見ようとする。
すると、ウェブブラウザのメイン画面すら開いていない段階で俺に声が掛けられた。
「こら。なに無視してんの」
「??」
声のするほうに顔を上げると、そこにはめちゃくちゃ可愛い一人の女の子が。
……え?
「どうしたん? なんか顔についてる?」
いつもの聞き慣れた方言がなければ、それが誰であるか理解するのにもう数秒は要しただろう。
ポケッとした顔で俺を見るミーは、いつものポニーテールじゃなくセミロング。
メイクも職場で見るのとは違い……とはいえ、詳しいことなんてわからない俺でも説明できる部分と言えばまつ毛がピン! と上向いて、目の縁取りがいつもより濃いことか。
マーメイドスカートに、トップスは何やらシースルーになった服で、その下にはインナーが透けて見えている。いつものミーの印象が、一ミリも見られない。
普段とあまりにも異なる姿に、俺はしばし見惚れてしまった。
目をそらすことでしか、思考を取り戻せそうにない。だから、「いや、なにも」とだけ言って、俺はなんとか笑顔を作って顔ごとそらした。
ミーの横で壁にもたれかかる。
頭の中にブラウザの画面が既に現れていることにも気付かず、こいつのことをチラチラと見ながら、俺は、まるで初対面の可愛い女の子と話すために必死で話題を探す男のようになっていた。
「まーたカラフルなの着てんな、って思ったろ?」
俺の選んだパンツは七分丈の鮮やかな青。その上、Tシャツは例の黄色のワンポイント。だから、ちょっと自虐的だが言われる前に先に言ってやったのだ。すると、
「んーん。カッコいいよ」
と、柔らかく微笑んで言うミー。
俺より頭ひとつ背が低いこいつは、下から見上げて俺へ笑顔を向けた。
まるで想定外の反応。無防備だった俺の心は「とくん」と鼓動を高鳴らせ、途端に身体の自由が奪われる。
いったい、どうなんの? 今日……。
最後に到着した中原は、「美しいです、この世の女神様です」と大袈裟にミーを褒めたたえたが、いつもと違うのは、俺もあながちその意見に反対ではなかったということだろう。
その中原は、襟付きのプルオーバーシャツにパリッとした短パン。筋肉質な上にロン毛も映えて、男らしさが半端ない。ヒョロっとした体型の俺は、昔からこういうのが羨ましかった。
◾️ ◾️ ◾️
さやとの待ち合わせは遊園地の入口だった。
土曜日ということもあって、人が多く賑わっている遊園地の正面入口では、スマホを使って連絡を取り合わない限り、互いを見つけるのは困難だろう。
が、俺は、さやに連絡などすることもなく、一撃でさやを見つけた。
これだけの人混みの中、まるで暗闇にあって燦々と輝く月の光のようだった。俺は特に「探す」というほどの作業をすることもなく、その方向さえ向けば壁際に立っているさやを余裕で見つけることができた。
さやは、フレアスカートにノースリーブのシンプルなファッション。スタイルの良さと、飛び抜けた可愛さと、明るい栗色の髪が、ふわふわとした柔らかい印象を醸し出し、今すぐにでも抱きしめたくなってしまう。
「おはよ、待った?」
声をかけた俺を認識した瞬間に、パッと明るく移り変わった表情。
幸せそうな笑顔は俺の心を天まで昇らせた。今日で全ての幸運を使い果たして人生終了になってもおかしくはない、と思えるほどだ。
俺は、いつものようにチラチラとさやの大きな胸を見る。
もうこれは意識してなんとかできるレベルの現象ではないのだ。話しながらも俺の視線はさやの顔と胸をひたすら往復してしまうのだった。
不可避の罠にハマる俺が、見続けることを避けるためになんとか視線をそらせると、そこには、中原に捕まったまま俺をじっと睨むミーが。
「さっ、いこっか!」
さやが俺の腕に抱きついて、ミーに対して攻撃的な視線を向ける。
それに負けないくらいの威力がこもった眼光でミーが反撃し、交錯した紅蓮の視線が俺の目の前で見えない火花を散らす。
豊満な胸が俺の腕にギュッと。
香水の匂いがフワッと。
トドメに、ありえないほどに可愛い顔が、すぐそこに。
そんな感じでフワフワする俺をチクチクと刺してくる殺気。
魅惑と殺気の混ざった空気に包まれたせいで、俺は、スタート時点ですでに頭が真っ白に。
その様子を見ていた中原が、
「いいなあ……ミミさん、あの、僕らもせっかくだから、腕でも組……んで……いえ、なんでもありませんっ」
ミーから向けられる荒ぶった視線に、野生味あふれるロン毛の男はキュッ! とちぢこまった。その視線は、刺す対象をただちに変更して後ろから俺の背中にザクザクと突き刺さってくる。
ゼウスにログインしているために、つねに真っ赤に光り続けている俺たちの瞳は、こういう時、まるで殺気をそのまま表現しているかのような迫力を与えてくるのだ。
そんな様子を眺めながら俺の意識の中にある子供部屋で呆れた顔をするノアとルナの会話に気を取られながらも、こういうのもまた楽しくていいな、と心のどこかで思いながら、俺は自然と笑顔になっていた。
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