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もう、わからない
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まずは遊園地のどこへ行くかについて、四人で話をしながら歩く。
本来なら心の底から楽しいはずのデートだが、さやが「遊園地」と言い出した時、実は、俺は多少嫌な予感がしていたのだ。
「ねえ、ネム! あのジェットコースター、最近できたやつらしいよ!」
ほらきた。
「でもぉ、わたし怖いの苦手だしぃ……ネムが一緒にいてくれるならぁ、乗れるかも……」
俺の腕に抱きつくさやが、うるんだ瞳で俺を見つめる。
可愛い。可愛すぎる。
もう、気が狂っちゃううっ!
というわけで、さやの視線は、大の苦手であるジェットコースターへの挑戦を俺に決意させた。
「ネムは、ジェットコースター得意なの?」
「あ、うん。怖くはないよ」
「…………」
「い、いや! 大丈夫! 上から落ちるのが怖いとかじゃないんだ。ただ、乗客があんなふうにむき出しの状態で、あんなにも高いところでもし故障でもして停止してしまったらと思うと……ね」
「へぇー。じゃあ、フリーフォールならいいんだ」
「……それに俺は、車みたいに自分で操縦できるやつは得意なんだけど、無理やり乗せられて、誰かの意思で動き回られるのが苦手でさ!」
「…………そうなんだ」
ごちゃごちゃ言う俺を無視して、さりげなく列に並ばそうとするさや。
それについてくるミーと中原。
ふと、ミーがなにやら静かになってしまったような気がして、俺は振り向いた。
「ミー。お前は絶叫系、得意なのかよ」
「…………」
……おい。顔が真っ青じゃねえか。
「なあ。ミー、無理すんな。やめとけよ」
「そうそう! ミーちゃんはねぇ、休んでてよ」
さやが、ミーに、「引き下がれ」と宣告する。
「な、なに言うてんねん。こんな最初っから……! 大丈夫に、決まってるやろ」
ミーは冷や汗をかきながらニヤリとする。
俺が言うのもなんだが、これは勝負なのだ。ここで乗らないという選択は、ミーにとって初戦敗退と同じこと。
勝気なこいつのことだ。意地でも乗ろうとするだろうな……。
でも。
「休んどけって。おい、中原、ミーと一緒にいてやれ」
「わかりました!」
「あっ、あかん、そんなん……」
「命令だ! 大人しくしとけ!」
「あっ、はいっ……」
ビクッとして、真っ青だった顔が今度は真っ赤に移り変わるミー。
結局、ミーのことは俺が強制的に乗車させないことにして、俺とさやは二人でジェットコースターに乗ることにした。屋外まで伸びた列の最後尾に並ぶと、真夏ではないとはいえ照り返す日光でジワッと汗ばむほどに暑かった。
ミーと中原が戻って行く後ろ姿を確認してから、俺とさやが再び列に並ぶと、さやが横から意味深な表情で俺の顔を覗き見る。
「なんで戻らせたの?」
「これで、さやと二人っきりになれたし」
と、一応、本心でもあることを俺は回答する。
「…………ふーん」
あいつが俺より青ざめた顔をするから戻らせたものの、俺だって全くもって得意ではない。
順番が近付くにつれ、なんだか手が痺れるようになって、胃が痛くなってきて。生きた心地がしなくなってくる。
「ああ、こわっ! 見て見てネム、ほらぁ、あんなに回転してるよ! きゃあっ」
俺の腕に抱きつき、怖い怖いと言いながらもキャピキャピする楽しそうなさや。
「ねっ、面白そうだね!」
ついに本心を自白する。やっぱ怖くないんじゃん……。
でも、天使のような笑顔で心底楽しそうにするさやは、苦手なジェットコースターの順番待ちでさえも俺を幸せな気持ちにしてくれた。
彼女の声を聞くだけで自然と笑顔になれて、どんな嫌なことがあっても大丈夫、と思わせられる。
だからこそ、俺は、どうしても一つだけ、さやに教えてほしいことがあった。
女の子の気持ちや空気を読めず、変なことを尋ねてフラれてしまうのは俺の常。
こんな状況で、いつものように余計なことを言って、台無しにしたくなかった。
聞かないほうがいい。そんなこと、嫌になるほど思い知ってる。でも……。
「ねえ。こんなこと聞くの、どうなのかわからないけど」
「んー?」
「どうして、俺なの?」
俺の問いでこちらを向いたさやは、ふと真剣な顔になる。
笑顔が消えたわけではなかったが、冗談で受け流そうという顔でもないように見えた。
やっぱ、やめときゃよかった。こんなことを聞いて、楽しい時間も、これからのさやとの可能性も潰すことになったら……。
しばし無言の時間。
さやは空を見上げた。
「……ずっと、かっこいいヒトが好きだったの」
ガーン! という音が聞こえたかのよう。
だって、俺は別にそういうヒトじゃないし!
「でも、うまくいかないんだよね。なんでだろ。わたしが良い女じゃないのかな」
へへ、とさやは笑う。
「そっ、そんなことないっ! すっげぇいい女だよ! もう、ヤバいくらい……」
「あっ……、わ、わかった、わかったからっ!」
大声で言う俺に、列に並ぶ周りの人たちから聞こえるヒューっ、という声援。
さやは、顔を赤くしながら恥ずかしそうに小さく手を振って、周りをキョロキョロ見回しつつ、俺をなだめた。
周りの興味が引いていき、俺たちの周囲が二人だけの空間に戻ってから、さやは、うつむきながら話を続ける。
「……ネム、純粋だな、と思って」
「うーん……そうなのかな」
「まあ、嘘もつくけど」
「えっ!」
さやは、あたふたと焦る俺に視線を向け、フワッと微笑んで、また空を見上げた。
「今までの男は、みんな気が利いて、わたしの望む言葉を知ってて、わたしの望むことをしてくれて。みんな、なんでか良く気付いてくれるの。そんなところが、かっこいいなあ、って思っててさ」
うーん。いつまで聞いても、俺を好きになった理由がわからんな。
だいたい、そういう男になりたいと、俺自身がずっと願ってきたんだ。
だけど、絶対に俺は、今現在、そうじゃない。
俺は、だんだん凹んできた。
「……スマートなところに惹かれ続けた。かっこいい人が好きだった。つい最近までね、そうだったの。でも、あの人たちにとってはただのハントで、狙った獲物を落とせるか試して遊んでるだけなんだよね」
さやは、俺をまっすぐに見つめる。
「ハンターは、女の子を落とせるチャンスがあったら、見逃したりしない。わたしを助けておいて、『自分じゃない』なんて、言ったりしないよ」
どういう表情だろう?
色気を使うわけじゃない。
微笑んでも、怒ってもない。
真剣……
そうだ。そう表現するのが適切な気がした。
「君だと思うんだ。きっと」
さやは、汗ばんだ俺の手を握る。さやの手も、汗ばんでいた。
俺が何かをする隙を与えず、
だからといって素早い動きでもなく、
むしろ、ゆっくりと、だからこそかえって、
俺は、何もできず、固まり、
受け入れるに至る。
ずっと憧れていた柔らかな唇は、現実の、俺の唇と触れていた。
場所が場所だけに、ということだろうが、彼女はすぐに顔を離す。
「……へへ、恥ずかしっ」
ほんのり赤いさやの顔には、さっきまでは見られなかった強い意志が現れていた。
「だからね……譲れない。絶対に、誰にも、渡したくないよ」
俺の手を握る力が強くなる。
照れくさそうに目をそらし、さやは手を離した。
◾️ ◾️ ◾️
ジェットコースターを終えた俺たちがアトラクションの建物を出ると、ミーと中原は、ショップの前のベンチで、おソロのチュロスをかじっていた。
だが、やはりミーは浮かない顔をしている。
別に俺は自惚れるわけじゃないが、今日、ミーは間違いなく、俺を獲得するための戦いに来ているのだ。その対戦相手であるさやに、初っ端からコテンパンにやられたわけだから、浮かない顔をするのも当然である。
「なあ。もう大丈夫かよ?」
「当たり前や。もとから大丈夫やって言うてるやん」
俺はミーの顔色を観察する。
今はかなり血行が良くなっているし、威勢も……まあそれは最初から弱まってないか。
でも、さっきはかなり顔が青ざめていたんだ。
そうまでするのは、この戦いに勝つため。さやと同じ、譲れないから頑張るんだ。
俺は、ミーにも、尋ねたいことがあった。
別に、こいつともあわよくばキスを……と思っていたわけじゃない。
さやの、きっと心からの言葉と思える話を聞いた。
俺もまた、心から真剣に考えなければならないと思った。
そのために、俺には、知らなければならないことがあるのだ。
先へ進むため。
自分で自分の道を選び、先に進むために、知らなければならないことがある。
「ネム。ちょっといいか」
真剣に考える俺の頭の中で、ノアが俺へ話しかける。
が、今この瞬間は、自分の人生の中で、かつてないくらいに大事な場面なのだ。だから俺は、ゼウスを使った通信でノアへこう返す。
「ちょっと待って、後にしてくれ。今、大事なところなんだ」
「…………ああ」
俺は、ノアを待たせて、再びミーへ意識を向けた。
「ジェットコースター苦手なら、別のやつ乗るか?」
「え? ……えーと。それは、みんなで?」
俺は、ちょっとさやを見てから、
「あの、さや。ミーと二人でもいい?」
「ちょっ! 待って、そんなのズル……」
「そうや! ズルい! だって、勝負の場を遊園地にしたの、さややし! あたしは遊園地って条件飲んだんやし!」
「そう! 黙って条件飲んだじゃん! ズルくないもん。わたしだって、二人で乗りたいもん」
向かい合って歯をギリギリさせる二人。
ん? という顔の中原。
「あ、あの。次のやつだけだから。ね!」
俺は納得いかなさそうなさやをなだめる。
ミーは、ぱあっと顔を明るくした。
そのミーが選んだのは、観覧車だった。どうやらミーは、別に高所恐怖症とかではないらしい。ジェットコースターが落ちる時の、あのフワッとした感覚が苦手なだけのようだった。
二人っきりの密室。
それを聞いたさやは目を見開いたが、諦め顔でため息をつく。さやは、ぶりぶり怒りながら中原と一緒に乗ることに。
ゆっくりと回る観覧車のゴンドラへと乗り込んだ後も、ミーは、さやみたいに腕を組んできたりはしなかった。
もちろん横に座るとかはしない。俺たちは向かい合って座り……。
二人、もじもじとするだけで、特に何も話さないままゴンドラはどんどん上がっていく。
こういう時、俺は、無言が苦しくて、なんとかしたくて、しょうもないことを口走る。
そしていつも、女の子のほうから離れていく。
もう、幾度となく経験してきたことだった。
でも、ミーは違う。
こいつは、いつも俺に近寄ってきてくれて、俺が気兼ねなく話せる女の子は、こいつ一人。
ずっと俺のことを、からかってばかりいて。
だから、ミーがこんなふうになるなんて、想像もしていなかったんだ。
いったい、どうして?
意識したことなんて、なかったのに。
もう、わからないんだ……
「なあ。なんでなんだ」
こういう言い方しかできなかった。
さやが俺に積極的アプローチを敢行しても、ミーは一歩も引かなかった。それで最終的にはこんな状況になるまで頑張って……。ミーも相当、勇気が要っただろう。
「……わからん」
いつもと違う表情。いつもと違う目。
「どうしたらええんか、……もう、わからん」
うつむきながら、床に目線を落とす。
服をキュッと掴んで、赤くなった弱気な顔で、ミーらしくない小さな声で言う。
観覧車は、外野から見たら何の進展もないように見える状況のまま、再び真下へ到着し、俺たちを下ろした。
本来なら心の底から楽しいはずのデートだが、さやが「遊園地」と言い出した時、実は、俺は多少嫌な予感がしていたのだ。
「ねえ、ネム! あのジェットコースター、最近できたやつらしいよ!」
ほらきた。
「でもぉ、わたし怖いの苦手だしぃ……ネムが一緒にいてくれるならぁ、乗れるかも……」
俺の腕に抱きつくさやが、うるんだ瞳で俺を見つめる。
可愛い。可愛すぎる。
もう、気が狂っちゃううっ!
というわけで、さやの視線は、大の苦手であるジェットコースターへの挑戦を俺に決意させた。
「ネムは、ジェットコースター得意なの?」
「あ、うん。怖くはないよ」
「…………」
「い、いや! 大丈夫! 上から落ちるのが怖いとかじゃないんだ。ただ、乗客があんなふうにむき出しの状態で、あんなにも高いところでもし故障でもして停止してしまったらと思うと……ね」
「へぇー。じゃあ、フリーフォールならいいんだ」
「……それに俺は、車みたいに自分で操縦できるやつは得意なんだけど、無理やり乗せられて、誰かの意思で動き回られるのが苦手でさ!」
「…………そうなんだ」
ごちゃごちゃ言う俺を無視して、さりげなく列に並ばそうとするさや。
それについてくるミーと中原。
ふと、ミーがなにやら静かになってしまったような気がして、俺は振り向いた。
「ミー。お前は絶叫系、得意なのかよ」
「…………」
……おい。顔が真っ青じゃねえか。
「なあ。ミー、無理すんな。やめとけよ」
「そうそう! ミーちゃんはねぇ、休んでてよ」
さやが、ミーに、「引き下がれ」と宣告する。
「な、なに言うてんねん。こんな最初っから……! 大丈夫に、決まってるやろ」
ミーは冷や汗をかきながらニヤリとする。
俺が言うのもなんだが、これは勝負なのだ。ここで乗らないという選択は、ミーにとって初戦敗退と同じこと。
勝気なこいつのことだ。意地でも乗ろうとするだろうな……。
でも。
「休んどけって。おい、中原、ミーと一緒にいてやれ」
「わかりました!」
「あっ、あかん、そんなん……」
「命令だ! 大人しくしとけ!」
「あっ、はいっ……」
ビクッとして、真っ青だった顔が今度は真っ赤に移り変わるミー。
結局、ミーのことは俺が強制的に乗車させないことにして、俺とさやは二人でジェットコースターに乗ることにした。屋外まで伸びた列の最後尾に並ぶと、真夏ではないとはいえ照り返す日光でジワッと汗ばむほどに暑かった。
ミーと中原が戻って行く後ろ姿を確認してから、俺とさやが再び列に並ぶと、さやが横から意味深な表情で俺の顔を覗き見る。
「なんで戻らせたの?」
「これで、さやと二人っきりになれたし」
と、一応、本心でもあることを俺は回答する。
「…………ふーん」
あいつが俺より青ざめた顔をするから戻らせたものの、俺だって全くもって得意ではない。
順番が近付くにつれ、なんだか手が痺れるようになって、胃が痛くなってきて。生きた心地がしなくなってくる。
「ああ、こわっ! 見て見てネム、ほらぁ、あんなに回転してるよ! きゃあっ」
俺の腕に抱きつき、怖い怖いと言いながらもキャピキャピする楽しそうなさや。
「ねっ、面白そうだね!」
ついに本心を自白する。やっぱ怖くないんじゃん……。
でも、天使のような笑顔で心底楽しそうにするさやは、苦手なジェットコースターの順番待ちでさえも俺を幸せな気持ちにしてくれた。
彼女の声を聞くだけで自然と笑顔になれて、どんな嫌なことがあっても大丈夫、と思わせられる。
だからこそ、俺は、どうしても一つだけ、さやに教えてほしいことがあった。
女の子の気持ちや空気を読めず、変なことを尋ねてフラれてしまうのは俺の常。
こんな状況で、いつものように余計なことを言って、台無しにしたくなかった。
聞かないほうがいい。そんなこと、嫌になるほど思い知ってる。でも……。
「ねえ。こんなこと聞くの、どうなのかわからないけど」
「んー?」
「どうして、俺なの?」
俺の問いでこちらを向いたさやは、ふと真剣な顔になる。
笑顔が消えたわけではなかったが、冗談で受け流そうという顔でもないように見えた。
やっぱ、やめときゃよかった。こんなことを聞いて、楽しい時間も、これからのさやとの可能性も潰すことになったら……。
しばし無言の時間。
さやは空を見上げた。
「……ずっと、かっこいいヒトが好きだったの」
ガーン! という音が聞こえたかのよう。
だって、俺は別にそういうヒトじゃないし!
「でも、うまくいかないんだよね。なんでだろ。わたしが良い女じゃないのかな」
へへ、とさやは笑う。
「そっ、そんなことないっ! すっげぇいい女だよ! もう、ヤバいくらい……」
「あっ……、わ、わかった、わかったからっ!」
大声で言う俺に、列に並ぶ周りの人たちから聞こえるヒューっ、という声援。
さやは、顔を赤くしながら恥ずかしそうに小さく手を振って、周りをキョロキョロ見回しつつ、俺をなだめた。
周りの興味が引いていき、俺たちの周囲が二人だけの空間に戻ってから、さやは、うつむきながら話を続ける。
「……ネム、純粋だな、と思って」
「うーん……そうなのかな」
「まあ、嘘もつくけど」
「えっ!」
さやは、あたふたと焦る俺に視線を向け、フワッと微笑んで、また空を見上げた。
「今までの男は、みんな気が利いて、わたしの望む言葉を知ってて、わたしの望むことをしてくれて。みんな、なんでか良く気付いてくれるの。そんなところが、かっこいいなあ、って思っててさ」
うーん。いつまで聞いても、俺を好きになった理由がわからんな。
だいたい、そういう男になりたいと、俺自身がずっと願ってきたんだ。
だけど、絶対に俺は、今現在、そうじゃない。
俺は、だんだん凹んできた。
「……スマートなところに惹かれ続けた。かっこいい人が好きだった。つい最近までね、そうだったの。でも、あの人たちにとってはただのハントで、狙った獲物を落とせるか試して遊んでるだけなんだよね」
さやは、俺をまっすぐに見つめる。
「ハンターは、女の子を落とせるチャンスがあったら、見逃したりしない。わたしを助けておいて、『自分じゃない』なんて、言ったりしないよ」
どういう表情だろう?
色気を使うわけじゃない。
微笑んでも、怒ってもない。
真剣……
そうだ。そう表現するのが適切な気がした。
「君だと思うんだ。きっと」
さやは、汗ばんだ俺の手を握る。さやの手も、汗ばんでいた。
俺が何かをする隙を与えず、
だからといって素早い動きでもなく、
むしろ、ゆっくりと、だからこそかえって、
俺は、何もできず、固まり、
受け入れるに至る。
ずっと憧れていた柔らかな唇は、現実の、俺の唇と触れていた。
場所が場所だけに、ということだろうが、彼女はすぐに顔を離す。
「……へへ、恥ずかしっ」
ほんのり赤いさやの顔には、さっきまでは見られなかった強い意志が現れていた。
「だからね……譲れない。絶対に、誰にも、渡したくないよ」
俺の手を握る力が強くなる。
照れくさそうに目をそらし、さやは手を離した。
◾️ ◾️ ◾️
ジェットコースターを終えた俺たちがアトラクションの建物を出ると、ミーと中原は、ショップの前のベンチで、おソロのチュロスをかじっていた。
だが、やはりミーは浮かない顔をしている。
別に俺は自惚れるわけじゃないが、今日、ミーは間違いなく、俺を獲得するための戦いに来ているのだ。その対戦相手であるさやに、初っ端からコテンパンにやられたわけだから、浮かない顔をするのも当然である。
「なあ。もう大丈夫かよ?」
「当たり前や。もとから大丈夫やって言うてるやん」
俺はミーの顔色を観察する。
今はかなり血行が良くなっているし、威勢も……まあそれは最初から弱まってないか。
でも、さっきはかなり顔が青ざめていたんだ。
そうまでするのは、この戦いに勝つため。さやと同じ、譲れないから頑張るんだ。
俺は、ミーにも、尋ねたいことがあった。
別に、こいつともあわよくばキスを……と思っていたわけじゃない。
さやの、きっと心からの言葉と思える話を聞いた。
俺もまた、心から真剣に考えなければならないと思った。
そのために、俺には、知らなければならないことがあるのだ。
先へ進むため。
自分で自分の道を選び、先に進むために、知らなければならないことがある。
「ネム。ちょっといいか」
真剣に考える俺の頭の中で、ノアが俺へ話しかける。
が、今この瞬間は、自分の人生の中で、かつてないくらいに大事な場面なのだ。だから俺は、ゼウスを使った通信でノアへこう返す。
「ちょっと待って、後にしてくれ。今、大事なところなんだ」
「…………ああ」
俺は、ノアを待たせて、再びミーへ意識を向けた。
「ジェットコースター苦手なら、別のやつ乗るか?」
「え? ……えーと。それは、みんなで?」
俺は、ちょっとさやを見てから、
「あの、さや。ミーと二人でもいい?」
「ちょっ! 待って、そんなのズル……」
「そうや! ズルい! だって、勝負の場を遊園地にしたの、さややし! あたしは遊園地って条件飲んだんやし!」
「そう! 黙って条件飲んだじゃん! ズルくないもん。わたしだって、二人で乗りたいもん」
向かい合って歯をギリギリさせる二人。
ん? という顔の中原。
「あ、あの。次のやつだけだから。ね!」
俺は納得いかなさそうなさやをなだめる。
ミーは、ぱあっと顔を明るくした。
そのミーが選んだのは、観覧車だった。どうやらミーは、別に高所恐怖症とかではないらしい。ジェットコースターが落ちる時の、あのフワッとした感覚が苦手なだけのようだった。
二人っきりの密室。
それを聞いたさやは目を見開いたが、諦め顔でため息をつく。さやは、ぶりぶり怒りながら中原と一緒に乗ることに。
ゆっくりと回る観覧車のゴンドラへと乗り込んだ後も、ミーは、さやみたいに腕を組んできたりはしなかった。
もちろん横に座るとかはしない。俺たちは向かい合って座り……。
二人、もじもじとするだけで、特に何も話さないままゴンドラはどんどん上がっていく。
こういう時、俺は、無言が苦しくて、なんとかしたくて、しょうもないことを口走る。
そしていつも、女の子のほうから離れていく。
もう、幾度となく経験してきたことだった。
でも、ミーは違う。
こいつは、いつも俺に近寄ってきてくれて、俺が気兼ねなく話せる女の子は、こいつ一人。
ずっと俺のことを、からかってばかりいて。
だから、ミーがこんなふうになるなんて、想像もしていなかったんだ。
いったい、どうして?
意識したことなんて、なかったのに。
もう、わからないんだ……
「なあ。なんでなんだ」
こういう言い方しかできなかった。
さやが俺に積極的アプローチを敢行しても、ミーは一歩も引かなかった。それで最終的にはこんな状況になるまで頑張って……。ミーも相当、勇気が要っただろう。
「……わからん」
いつもと違う表情。いつもと違う目。
「どうしたらええんか、……もう、わからん」
うつむきながら、床に目線を落とす。
服をキュッと掴んで、赤くなった弱気な顔で、ミーらしくない小さな声で言う。
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