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覚醒
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人を殺す覚悟を持つ。
普通に暮らしていたのなら、迷う必要のないことだった。
この天使はアーティファクト。
つまり、元は普通の人間だ。だいたい、俺たちも普通の人間。ちょっと特殊な力に目覚めてしまっただけの……
こいつだって、なんの因果でこんなことをやっているのか知らないが、だからって殺していいってわけじゃないだろう。俺がここでこいつのことを殺す権利なんて、あるのか。
……やめろ。
迷うな。殺すか、殺されるかなんだ。
ミーの命を取るか、自分が「人殺し」を逃れるか。
迷う必要なんて、ないんだ。
「何度も言わせるな。お前はもう逃げられない」
「なんで? どうして、あたしなん?」
ピュン、と音が鳴る。
「うっ……あっ」
短い悲鳴が被弾を知らせる。天使の放った凶弾は、ミーのふくらはぎを撃ち抜いていた。
震えながら、傷口を押さえた後、目を閉じる。ミーの視界映像は、暗くなってしまった。
そして天使は一言、
「諦めろ」
この野郎────!
子供部屋に立つ光の化身のようなアバターから、幾つもの波動が広がった。
光に形を変えてゼウスへと届けられた命令は、天空からまるで雷のように天使へと落とされる。
神の力の発動を知らせる雷撃のような閃光とともに、天使は苦痛に顔を歪めた。天使の頭部の周囲にはアークが煌めき、奴の意識を蹂躙しようと暴れ回った。
「ぐっ……あああっ」
全知全能の感覚で満たされる。
天使の身体に流れる電気信号が、奴の支配を外れて俺の命令を受け入れた。
サブマシンガンは奴の意思に反して動き、銃口が頭部に向けられると同時に指はトリガーに掛けられ──
「死ねぇえええええっっっ!!!」
ガガガガガガっ、と鳴る連射音。
放たれた全ての弾丸は、マンションの壁に埋め込まれた。
しかしその弾は、本来の標的を貫くことなく壁のみを破壊する。
弾丸は、天使の頬を抉ったものの、奴の頭部を砕くことはなかった。
「くっ……。くっくっく……。はぁーっはっはっは!!!」
ミーを見下しながら笑う天使は、勝ち誇った顔をする。
「やはりいたな、首謀者よ……面白い。お前は本当に面白いな。だが、無駄だ。お前の支配を二度も外せたのは偶然ではなく必然よ。私とお前では胆力が違うのだ。私は絶対に負けられぬ。貴様などとは、背負っているものが違うのだ!!!」
天使は、目の前のミーではなく、ミーの瞳を通したその奥にいる人物──おそらく俺の存在に気付いて話しかけていた。
ヒュプノスがもたらす睡眠の効果が薄れていく。
これで、俺は眠りから目覚めてしまうだろう。しかし、完全に目覚めるまでには今しばらく時間がかかるのだ。
その間に、ミーは殺されてしまう。
また、俺のせい。
ここで奴にとどめを刺せなかったのは、俺のせい。
約束したんだ。中原と。ミーを、絶対に護るって……
「……あたし、もう、だめなんかな」
ゼウスを通じて、俺に通信してくるミー。
その視界には、美しい天使が銃口を向け、見下している姿が映っていた。
「俺……」
「でも、どうせ、あたし、ここで助かっても……。わかってるんよ。あたしは、選ばれへん」
呟くミーの視界の中で、天使が表情を曇らせる。
それで俺はハッと気付く。
ミーは、ゼウスを使って頭の中だけで言っているつもりかもしれないが……同時に、声にも出してしまってる!
俺は止めようと思ったが、ミーは止まらない。
「ほんとは、さやが好きなんや。絶対に、そうや。あたし、どうせ……あたし、選ばれへん」
「そんな……いや、ちょっと待って」
「二人で旅行行って、あたしだけ留守番して。二人が何をしてるか心配で、仕事なんか全然集中できへん。きっとあかんねん。あたしなんか、あかんねん」
「だって、社員旅行は上が決めて……」
「なによ。じゃあ、あたしのこと、選ぶつもり?」
「えっ……。ちょっ、今そんな場合……」
「ほら。どうせ、あたしなんて、死んだってネムは悲しんでくれへん。ほんなら、ここで死んだって一緒やし。選ばれへんのやったら、一緒やしっ」
溢れる涙でミーの視界は揺らいではっきり見えなくなっていく。
夢中で次々と漏らす言葉は、俺が全く考えていなかった、想定外の方向へと話を走らせた。
天使は、黙って聞いていたが、やがて口元を緩め、ミーへ辛辣な言葉を浴びせる。
「ふん。私はな、貴様のような奴が一番嫌いよ」
「…………」
「通信しているな。男の気を引くためにゴネているのか? 死ぬやら何やら威勢の良いことを言っておきながら、どうせ出来もせんクズが。貴様のようなゴミが一人前に自己主張するなど、この上なく癇に障るわ。この世は能力のある者が支配する。クズは黙って我々に従え。死ねと言われれば、直ちに死ね」
ミーはうつむく。
「……どうせ、クズなんや。選ばれもせん、クズ……」
「はっはっは! そうだ、所詮貴様はクズ。ようやくわかったか? なら、大人しく首謀者の名を言え」
「……何を言うとるんや」
「さっきからお前が話している奴なのだろう? そいつの名を言えと言っている」
「…………」
ミーの視線は天使に固定され、無言のまま動かない。
天使は無表情のままミーへ近付き、きらりと光る剣先で、何の予告もなく銃弾で抉られたミーのふくらはぎを再び上から突き刺す。
俺は、目の前で、ミーの視線で、一部始終を目撃した。
「あああああっ!!」
刺されたところを押さえてのたうち回る。
痛みに耐えて喘ぐような吐息が、耳を塞ぐこともできない俺の意識に響き続けた。
「首謀者よ。聞いているか? お前が出てこないとこいつはここで死ぬことになる。さあ、この女にお前の名前を言わせるのだ」
最後の力──身体中に散らばった僅かなエネルギーをすべて集めて振り絞る。
俺が操る、残る一人のスーツ男が天使の背後に辿りついた。男の視界が天使の姿を視認した瞬間に発砲してやろうと俺は命令を飛ばしたが、
ピュン
男は、天使の姿を視認できる位置へ到達することもないまま、階段で崩れ落ちた。ミーの視界を通じて俺が観察する限り、やはり天使の姿は消えたり現れたりしている。
「操っているな。これほどの力、このクズ女がやっているようには到底見えない」
「…………」
「吐け」
「……知らん」
ざくっ
「ああああああああっっ」
剣が、ミーの前腕を貫通する。
マンション中に響く、ミーの絶叫。
上階のほうで、ざわめきが聞こえ始めた。どうやら住人がこの騒ぎに気付いたようだ。天使は、声のする上のほうを向いてから、ゆっくりとミーへ視線を戻す。
「もう時間がないな。これが最後だ」
「…………」
「首謀者の、名前を言え」
ミー、俺の名前を言え!
ミーは、揺らいでぼやける視界を天使に向ける。真正面から、天使の冷徹な瞳と向かい合う。
願うように伝えた俺に、吐き捨てるように言った天使に、ミーは、ゼウスと口で、こう返した。
いやや。
胸の中に、今まで感じたことのない感情が広がる。
それは怒りではなく。
殺意でもない。
誰か。
助けて。ミーを……
お願いだ。
ただ、祈った。
神。俺は、神のはず。
……そんな訳ないだろ。
ただの人間だ。大事な女一人、助けることもできない、ただの無力な人間……。
「最後の言葉だけは、褒めてやる」
サブマシンガンの銃口が光る。
敬意を称えた黄金色の瞳は、この天使にとって、手にかける命への最後の手向けのような気がした。
「ダメだ。死ぬな。死んじゃだめだ!」
「…………」
「いやだ。いやだいやだいやだっ! お前がいなくなるなんて、いやだっ!」
「…………」
「大事なんだ、お前が。絶対に、戻って来い! 生きて、俺のところへ、戻って来い!」
「…………」
「命令だ! 生きろ! 抱きしめてやる。俺が、お前を、抱きしめるまで、」
絶対に……生きろ────!
あたりが光に包まれた。
俺が心の底から抱いた願いは光の柱となり、子供部屋の天井を突き破る勢いで上空へ──絶対神・ゼウスへと向かって放出された。
願いを入力されたゼウスは、あらゆる手段を使ってそれを叶える。天地を揺るがすような極大のカミナリを出力し、それが、あたりを照らしたのだ。
ミーだけが、そのカミナリの直撃を受けて──
次の瞬間、
「はい」と。
確かに聞こえた、従順で悦びに溢れた返答。
天使の剣が、真っ直ぐに、ミーの心臓に向けて動きだす。
外れることはないと思われる正確なその軌道は、確かに、奴が目標としたはずの地点を最後まで外すことはなかった。
しかしミーに突き刺さることはない。剣は空を切り、限りなく空虚であっただろうその反動が天使の表情を急速に曇らせる。
俺の意識に映るミーの視覚映像には、今、天使の後ろ姿が映っている。
さっきまでミーの正面にいたはずの天使の……だ。
背後にいるミーに気付いた天使の顔に、驚愕の色が浮かび上がった。
紅蓮に光る子供部屋で、瞳を同じ色に光らせたAIは揃って立って俺を見つめる。
不可思議な現象の答えはいつも、口角をあげる二人の子供によって、呆然とする俺にもたらされた。
二人はいつものように、交互にセリフを口走る。
「お前の『思い』は受け取った。能力名を伝えるよ」
「『神速の護法神/イダテン』だ。バスケやってるミーちゃんならでは、だね」
ノアは少し焦った様子で、早口になって続けた。
「それとな。お前の『思い』が高まって、システム管理者の拘束を打ち破った。時間が無いかもだから、よく聞け!」
目まぐるしく変わる状況の変化にうろたえつつも、ノアから聞いた情報を俺はそのままミーに伝える。
「あーあ──……。偉っそうに命令しよってからに。いつの間にお前、あたしに命令するようになったんかな」
トーン、トーンと跳ねる、ミーの視界映像。
足に目をやると、ミーの太ももは、異常なほどに太く発達していた。ダボついていたはずのスウェットがその太さに耐えられずにビリビリに破れ、派手なダメージジーンズのようになっている。
「うわあ……こんなん、女の子として許せんな」
「貴様……ゴミの分際で、」
ミーは天使をキッと睨む。
「お前の正体は、もうわかっとる」
「なんだと?」
「能力名は『神の代行者』。通称『エージェント』、って言うんやな。お前は、グリムリーパー隊長『エージェント・リリス』」
「!!! …………おのれ」
声を絞り出した闇天使・リリスは、今までとはまるで異なる憎しみに満ちた表情を見せた。
もはや余裕に溢れたミーは、少しだけ顎を上げて目を細める。
「あたしはなあ……ウジウジしとんは好きな男の前だけや。それからな、」
「黙れ。このクズめ、今ここで、私が────」
「ご主人様が、生きろと言うとるわ。だから、もう死ねん」
「ならどうするというのだ? 貴様がどう思おうが、ここで貴様は……! っっ」
「決まっとるやろ」
ここで天使が言葉を止めたのは、もちろん、ミーが原因だ。
目を見開き、警戒心をあらわにしたその表情の理由は、すぐに俺も理解した。
ミーの放つオーラのようなものが見えるのだ。
瞳と同じ紅蓮に光る、まるで空気に色がついたような気体がミーの周りにまとわりつく。
そして一言────。
「私が生きるんやから……お前が死ね」
普通に暮らしていたのなら、迷う必要のないことだった。
この天使はアーティファクト。
つまり、元は普通の人間だ。だいたい、俺たちも普通の人間。ちょっと特殊な力に目覚めてしまっただけの……
こいつだって、なんの因果でこんなことをやっているのか知らないが、だからって殺していいってわけじゃないだろう。俺がここでこいつのことを殺す権利なんて、あるのか。
……やめろ。
迷うな。殺すか、殺されるかなんだ。
ミーの命を取るか、自分が「人殺し」を逃れるか。
迷う必要なんて、ないんだ。
「何度も言わせるな。お前はもう逃げられない」
「なんで? どうして、あたしなん?」
ピュン、と音が鳴る。
「うっ……あっ」
短い悲鳴が被弾を知らせる。天使の放った凶弾は、ミーのふくらはぎを撃ち抜いていた。
震えながら、傷口を押さえた後、目を閉じる。ミーの視界映像は、暗くなってしまった。
そして天使は一言、
「諦めろ」
この野郎────!
子供部屋に立つ光の化身のようなアバターから、幾つもの波動が広がった。
光に形を変えてゼウスへと届けられた命令は、天空からまるで雷のように天使へと落とされる。
神の力の発動を知らせる雷撃のような閃光とともに、天使は苦痛に顔を歪めた。天使の頭部の周囲にはアークが煌めき、奴の意識を蹂躙しようと暴れ回った。
「ぐっ……あああっ」
全知全能の感覚で満たされる。
天使の身体に流れる電気信号が、奴の支配を外れて俺の命令を受け入れた。
サブマシンガンは奴の意思に反して動き、銃口が頭部に向けられると同時に指はトリガーに掛けられ──
「死ねぇえええええっっっ!!!」
ガガガガガガっ、と鳴る連射音。
放たれた全ての弾丸は、マンションの壁に埋め込まれた。
しかしその弾は、本来の標的を貫くことなく壁のみを破壊する。
弾丸は、天使の頬を抉ったものの、奴の頭部を砕くことはなかった。
「くっ……。くっくっく……。はぁーっはっはっは!!!」
ミーを見下しながら笑う天使は、勝ち誇った顔をする。
「やはりいたな、首謀者よ……面白い。お前は本当に面白いな。だが、無駄だ。お前の支配を二度も外せたのは偶然ではなく必然よ。私とお前では胆力が違うのだ。私は絶対に負けられぬ。貴様などとは、背負っているものが違うのだ!!!」
天使は、目の前のミーではなく、ミーの瞳を通したその奥にいる人物──おそらく俺の存在に気付いて話しかけていた。
ヒュプノスがもたらす睡眠の効果が薄れていく。
これで、俺は眠りから目覚めてしまうだろう。しかし、完全に目覚めるまでには今しばらく時間がかかるのだ。
その間に、ミーは殺されてしまう。
また、俺のせい。
ここで奴にとどめを刺せなかったのは、俺のせい。
約束したんだ。中原と。ミーを、絶対に護るって……
「……あたし、もう、だめなんかな」
ゼウスを通じて、俺に通信してくるミー。
その視界には、美しい天使が銃口を向け、見下している姿が映っていた。
「俺……」
「でも、どうせ、あたし、ここで助かっても……。わかってるんよ。あたしは、選ばれへん」
呟くミーの視界の中で、天使が表情を曇らせる。
それで俺はハッと気付く。
ミーは、ゼウスを使って頭の中だけで言っているつもりかもしれないが……同時に、声にも出してしまってる!
俺は止めようと思ったが、ミーは止まらない。
「ほんとは、さやが好きなんや。絶対に、そうや。あたし、どうせ……あたし、選ばれへん」
「そんな……いや、ちょっと待って」
「二人で旅行行って、あたしだけ留守番して。二人が何をしてるか心配で、仕事なんか全然集中できへん。きっとあかんねん。あたしなんか、あかんねん」
「だって、社員旅行は上が決めて……」
「なによ。じゃあ、あたしのこと、選ぶつもり?」
「えっ……。ちょっ、今そんな場合……」
「ほら。どうせ、あたしなんて、死んだってネムは悲しんでくれへん。ほんなら、ここで死んだって一緒やし。選ばれへんのやったら、一緒やしっ」
溢れる涙でミーの視界は揺らいではっきり見えなくなっていく。
夢中で次々と漏らす言葉は、俺が全く考えていなかった、想定外の方向へと話を走らせた。
天使は、黙って聞いていたが、やがて口元を緩め、ミーへ辛辣な言葉を浴びせる。
「ふん。私はな、貴様のような奴が一番嫌いよ」
「…………」
「通信しているな。男の気を引くためにゴネているのか? 死ぬやら何やら威勢の良いことを言っておきながら、どうせ出来もせんクズが。貴様のようなゴミが一人前に自己主張するなど、この上なく癇に障るわ。この世は能力のある者が支配する。クズは黙って我々に従え。死ねと言われれば、直ちに死ね」
ミーはうつむく。
「……どうせ、クズなんや。選ばれもせん、クズ……」
「はっはっは! そうだ、所詮貴様はクズ。ようやくわかったか? なら、大人しく首謀者の名を言え」
「……何を言うとるんや」
「さっきからお前が話している奴なのだろう? そいつの名を言えと言っている」
「…………」
ミーの視線は天使に固定され、無言のまま動かない。
天使は無表情のままミーへ近付き、きらりと光る剣先で、何の予告もなく銃弾で抉られたミーのふくらはぎを再び上から突き刺す。
俺は、目の前で、ミーの視線で、一部始終を目撃した。
「あああああっ!!」
刺されたところを押さえてのたうち回る。
痛みに耐えて喘ぐような吐息が、耳を塞ぐこともできない俺の意識に響き続けた。
「首謀者よ。聞いているか? お前が出てこないとこいつはここで死ぬことになる。さあ、この女にお前の名前を言わせるのだ」
最後の力──身体中に散らばった僅かなエネルギーをすべて集めて振り絞る。
俺が操る、残る一人のスーツ男が天使の背後に辿りついた。男の視界が天使の姿を視認した瞬間に発砲してやろうと俺は命令を飛ばしたが、
ピュン
男は、天使の姿を視認できる位置へ到達することもないまま、階段で崩れ落ちた。ミーの視界を通じて俺が観察する限り、やはり天使の姿は消えたり現れたりしている。
「操っているな。これほどの力、このクズ女がやっているようには到底見えない」
「…………」
「吐け」
「……知らん」
ざくっ
「ああああああああっっ」
剣が、ミーの前腕を貫通する。
マンション中に響く、ミーの絶叫。
上階のほうで、ざわめきが聞こえ始めた。どうやら住人がこの騒ぎに気付いたようだ。天使は、声のする上のほうを向いてから、ゆっくりとミーへ視線を戻す。
「もう時間がないな。これが最後だ」
「…………」
「首謀者の、名前を言え」
ミー、俺の名前を言え!
ミーは、揺らいでぼやける視界を天使に向ける。真正面から、天使の冷徹な瞳と向かい合う。
願うように伝えた俺に、吐き捨てるように言った天使に、ミーは、ゼウスと口で、こう返した。
いやや。
胸の中に、今まで感じたことのない感情が広がる。
それは怒りではなく。
殺意でもない。
誰か。
助けて。ミーを……
お願いだ。
ただ、祈った。
神。俺は、神のはず。
……そんな訳ないだろ。
ただの人間だ。大事な女一人、助けることもできない、ただの無力な人間……。
「最後の言葉だけは、褒めてやる」
サブマシンガンの銃口が光る。
敬意を称えた黄金色の瞳は、この天使にとって、手にかける命への最後の手向けのような気がした。
「ダメだ。死ぬな。死んじゃだめだ!」
「…………」
「いやだ。いやだいやだいやだっ! お前がいなくなるなんて、いやだっ!」
「…………」
「大事なんだ、お前が。絶対に、戻って来い! 生きて、俺のところへ、戻って来い!」
「…………」
「命令だ! 生きろ! 抱きしめてやる。俺が、お前を、抱きしめるまで、」
絶対に……生きろ────!
あたりが光に包まれた。
俺が心の底から抱いた願いは光の柱となり、子供部屋の天井を突き破る勢いで上空へ──絶対神・ゼウスへと向かって放出された。
願いを入力されたゼウスは、あらゆる手段を使ってそれを叶える。天地を揺るがすような極大のカミナリを出力し、それが、あたりを照らしたのだ。
ミーだけが、そのカミナリの直撃を受けて──
次の瞬間、
「はい」と。
確かに聞こえた、従順で悦びに溢れた返答。
天使の剣が、真っ直ぐに、ミーの心臓に向けて動きだす。
外れることはないと思われる正確なその軌道は、確かに、奴が目標としたはずの地点を最後まで外すことはなかった。
しかしミーに突き刺さることはない。剣は空を切り、限りなく空虚であっただろうその反動が天使の表情を急速に曇らせる。
俺の意識に映るミーの視覚映像には、今、天使の後ろ姿が映っている。
さっきまでミーの正面にいたはずの天使の……だ。
背後にいるミーに気付いた天使の顔に、驚愕の色が浮かび上がった。
紅蓮に光る子供部屋で、瞳を同じ色に光らせたAIは揃って立って俺を見つめる。
不可思議な現象の答えはいつも、口角をあげる二人の子供によって、呆然とする俺にもたらされた。
二人はいつものように、交互にセリフを口走る。
「お前の『思い』は受け取った。能力名を伝えるよ」
「『神速の護法神/イダテン』だ。バスケやってるミーちゃんならでは、だね」
ノアは少し焦った様子で、早口になって続けた。
「それとな。お前の『思い』が高まって、システム管理者の拘束を打ち破った。時間が無いかもだから、よく聞け!」
目まぐるしく変わる状況の変化にうろたえつつも、ノアから聞いた情報を俺はそのままミーに伝える。
「あーあ──……。偉っそうに命令しよってからに。いつの間にお前、あたしに命令するようになったんかな」
トーン、トーンと跳ねる、ミーの視界映像。
足に目をやると、ミーの太ももは、異常なほどに太く発達していた。ダボついていたはずのスウェットがその太さに耐えられずにビリビリに破れ、派手なダメージジーンズのようになっている。
「うわあ……こんなん、女の子として許せんな」
「貴様……ゴミの分際で、」
ミーは天使をキッと睨む。
「お前の正体は、もうわかっとる」
「なんだと?」
「能力名は『神の代行者』。通称『エージェント』、って言うんやな。お前は、グリムリーパー隊長『エージェント・リリス』」
「!!! …………おのれ」
声を絞り出した闇天使・リリスは、今までとはまるで異なる憎しみに満ちた表情を見せた。
もはや余裕に溢れたミーは、少しだけ顎を上げて目を細める。
「あたしはなあ……ウジウジしとんは好きな男の前だけや。それからな、」
「黙れ。このクズめ、今ここで、私が────」
「ご主人様が、生きろと言うとるわ。だから、もう死ねん」
「ならどうするというのだ? 貴様がどう思おうが、ここで貴様は……! っっ」
「決まっとるやろ」
ここで天使が言葉を止めたのは、もちろん、ミーが原因だ。
目を見開き、警戒心をあらわにしたその表情の理由は、すぐに俺も理解した。
ミーの放つオーラのようなものが見えるのだ。
瞳と同じ紅蓮に光る、まるで空気に色がついたような気体がミーの周りにまとわりつく。
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