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反撃

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 黒スーツの男たちは、我先にと天使の前へ出て、乱暴にミーの腕を掴む。

「やっ……やめろ! いたっ……はなっ、離してよっ……」
「へっ、大人しくしろや。言ったろ、逃げられないってよ」
 
 ミーの叫びと、いたぶることに快感を得ているかのような男の表情が、俺の理性を薄れさせていく。
 思考を飛び越え、意思が先に作動した。
 

 神の名において、命ずる……ゼウスよ。こいつらの、意識を乗っ取れ!!!


 強く願いを込められた命令は光へと形を変え、アバターから放出されて子供部屋の天井へと向かって飛んでいく。
 光はパーン、と音を立てて天井に衝突して溶け、命令は、なおもゼウス・システムへと伝わるべく飛んでいく。

 ゼウスにログインする人間は、俺にとっては電気的に「接続されている」。すなわち俺は今、大きな負荷なしに、こいつらを操れるはずなのだ。
 
 が、よくわからない抵抗感を感じる。

 パイプに何かが詰まっているかのような感覚。
 光が、命令が、願いが、進んでいかない。
 
 俺は、イラついた。 

 噴出する怒りは、次から次へと天井へ放出され、俺が下した命令を後ろから押し続ける。

 んだよ…… 
 早くしろ。ミーが、危ないんだ。
 このヤロウ……早く行け! 早く、俺のミーを、


 助けねえかっっ!!!


 カーン、という甲高い音とともに、何かがヒビ割れる。
 割れた隙間から溢れた光は、まるで激流のごとく荒くれながら流れていった。
 次の瞬間、
 

 バリバリッ!


 電気の流れるような音がマンションの廊下に鳴り響く。チカチカと瞬き、二人の男と闇天使の頭の周りに、アークが飛び散った。
 

「グアああアあっっっっっ!」

 
 頭を両手で押さえ、悶え苦しむ三人の敵。
 輝く光の濁流は、天使たちの脳を直撃する。
 俺の発した命令は、意識を乗っ取るべく、次から次へと敵の頭に流れ込んだ。


 ところが────


 床に転がってバタつく二人の男とは違い、天使は、すぐにピタッと動きを止める。
 ひざまずきながらゆっくりと顔を上げた天使の瞳は赤い光を消し、いつの間にか黄金色へと変化していた。

「はあ、はあ……なんなんだ? オマエ……」

 滝のように汗を流すその顔に、余裕は一ミリも残されてはいない。
 片手をひたいにやりながら、吹き出た汗をぬぐうこともなく、苦しそうに顔をしかめてミーを睨みつける。
 その表情は、明らかに怒っていた。噛みしめた歯からはギリギリという音が聞こえてきそうだ。

 しかし、天使の表情からは、別の感情も見てとれた。

 明らかに、畏怖の念を抱いているのだ。
 意味不明な力の発現。端的に言えば「用心した」。そんな感じだったのだ。


 全てと繋がる全知全能の感覚が、俺の身体を駆け巡る。
 俺は、自分の発した命令が、ゼウスを通じて叶えられたことを知る。次の瞬間には、二人の男はフラッと立ち上がり、俺の意思を宿した銃を天使に向けた。

 すぐさま連射される、軽めの発砲音。それらはすべて、天使の眉間みけんや心臓にえぐり込まれるはずだった。

 超至近距離で放ったはずの、回避困難なはずの銃弾の群れ。
 そのとき起こったことを目の当たりにして、俺は呆然とした。

 翼を消した天使は、パッ、パッと身体ごと消えたり現れたりしながら、廊下の幅をいっぱいに使って左右に移動しつつ銃弾を回避し、俺たちから遠ざかる。最後の弾を回避したあと、階段室の影にスッと隠れるのが見えた。
 
 残像か? 中原みたいに、超高速で動いたのか? 
 なんなんだ? もう訳がわからない。理解の範疇を超えている。
 しかし……今は迷っている暇はない。何が最も大事なのか、見失ってはならない!
 
「ミー! 今のうちだ、後ろへ! 後ろ側の階段を使って逃げろっ」 

 すぐさま発した俺の指示へ、ミーは直ちに呼応する。

「くぅ……っ」

 痛そうな声をあげるミーは、片足を引きずりながら歩き始めた。
 俺が操る二人の男の視覚映像に、壁からのぞく黄金色の瞳が見える。

 連射される銃撃を察知し、すんでのところで壁のかげに隠れる天使。俺は、二人の男に継続して銃撃させ、天使が出て来れないように抑え込んだ。

 このまま、ミーの逃げる時間を稼ぐ──。
 そう思いながら、牽制射撃を俺がいったん停止させた、その時。


 ピュン


 一つの軽い音とともに、片方の男の頭から、大量の赤い液体が飛び散った。頭の形を変えた男は膝からその場に崩れ、ほんの数秒その態勢で静止し……

 うつ伏せに倒れる。同時に、ゼウスを通じて俺と男を繋げていた見えざるマリオネットの糸は、プッツリと途切れてしまった。

 理解不能なことが続けざまに起こり、混乱からメンタルを立て直すのに必死にならざるを得ない状況へと再び追い込まれる。

 天使は、壁から姿を現していない。
 どこから撃たれた?
 他にも敵がいたのか?
 
 わからない。
 ゼウス! どういうことか、教えろ!

 俺の頭の中、仮想空間上に存在する子供部屋で立ち尽くすノアが、眉間にシワをよせ、苦渋の表情で俺のアバターを見つめながら言う。

「教えられない」

 すなわち、これが敵の能力──。

 いずれにしても、このままボケッとしていたら、せっかく手駒にしたもう一人の男も確実にやられてしまう……。
 
 俺は、またもや大事なことを見失って思考に夢中になってしまっていたことに気付き、背筋を凍らせる。
 ミーの状況把握を怠ってしまったのだ。俺は、すぐさまミーの視覚映像に意識を戻す。
 
 ミーの視界は、止まっていた。

 片手で銃を構えてもう一方で剣を握り、煌めく両の美しい翼を滑らかに動かす。
 謎に金色へと変化した瞳をこちらへ向けたまま、天使は、ミーの行く手を塞いでいた。


 さっきまで瞳に灯っていた赤い光が消えている──


 その事実は、恐らくとしか言えないが、この翼の生えた闇天使が、ゼウスとの接続を絶ったことを意味しているのだろう。
 そうとしか考えられない。なぜなら、依然として瞳を赤い光に輝かせたスーツ男の意識は、完全に俺が掌握したのだから。
 つまり、俺の洗脳攻撃が途中からこの天使に効かなくなったのは、こいつがゼウスとの接続を自ら遮断したからにほかならない。だとすると──
 
 思い至った推論に、鳥肌が立った。

 さっきの攻撃は、今、考えついたもの。だからこいつは、事前情報が全くない状態で、俺の攻撃をまともに受けたはずだ。
 にもかからわず、一瞬でゼウスが原因だと見抜いて、接続を解除したということになる。

 できるはずがない。あの僅かな時間で、わかるはずがないんだ。
 国に認められた、「グリムリーパー」というバケモノ集団。
 なんだよ。これが、能力の……才能の差、だってのか。

 しかし、俺にもまだ対抗する手段は残されている。俺はノアに確認した。

「『エレクトロ・マスター』でいけば、接続を絶たれても操れるよな」
「ああ……だけど、殺す覚悟は、できているか」

 静かな、重い声で言う。

「エレクトロ・マスターに与えられた時間は短い。確実に敵を倒しミーちゃんを助けるためには、殺すしかないだろう。奴の身体を操り、サブマシンガンの銃口を奴の頭部へと向けて撃てば確実に死亡する。初めて使った時は無意識だったかもしれないが、今は違う。お前は、殺す覚悟ができているか」

 俺は、止まりそうになる思考を必死に動かしながら、目の前に立ち塞がる天使を、ミーの目を通して睨みつけた。
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