眠神/ネムガミ 〜 特殊能力の発動要件は「眠ること」。ひたすら睡眠薬をあおって敵を撃破し、大好きな女の子たちを護り抜け!

翔龍LOVER

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いつもの二人で

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 少しだけ照度を落としたような、病院内の廊下。
 ミーの視界は、その廊下のど真ん中を、気後れすることなく、ズンズンと進んだ。

 俺が取得している院内の監視カメラ映像は、ミーと中原に同期していた。ミーは、敵がいないことをちゃんと目視しながら歩いているはずだから、まあ当たり前といえば当たり前なのだが、俺はなんとなく心配になってくる。

 ミーの視界には、手に持った棒状の袋が映っている。きっと剣を包んでいるのだろうが、ミーはいつの間にかこんな袋まで調達していたのだ。

 嫌な予感の通り、敵がいるはずの一〇階に到達してからもズンズン進むミー。敵がヒョイっと顔を出す、とか想定していないのだろうか?

「おい、もうちょっと用心しろ……」
「はあ? 何ビビってんの。任せときって」
「あのな。わかってんの? 敵の目を見たら、石化すんだよ?」
「わかってるって、うっさいな」

 用心してそうな気配が見られない。やはりこいつのことは、ちゃんと見ていてあげないといけない気分になってくる。
 そう。強くなってしまって錯覚していたが、こいつのことも、絶対に護ってやらないといけないのだ。ついでに、中原も。
 
「ネム。言ってた病室、もうやで」
「おまっ、ちょっと待っ……」

 ミーは、病室の引き戸を、まあまあの勢いでガラッ! と開けた。
 ミーの視覚映像は、一瞬だけミーの真紅の瞳を映した後、暗い部屋の中へ向けられた。……ただし、鏡を通して。

 ミーは、手鏡だけを入口から出して、室内の様子を確認していたのだ。
 鏡の中に映る、照明の落とされた暗い個室の中で、二つの青い光がボヤッと輝く。 

「あ──……どうも。あんたが、人質おらんとなーんもでけん、クソ野郎か。さやはどうした?」

「キキキ……」

 音か声か判断しずらい、気持ちの悪い笑い声。 
 
「ミーちゃん!」

 今度はさやの声。まだ無事でいてくれたことに、一気に身体の力が抜ける。

「よう……元気そうやなぁ、さや。散々偉そうに言うて、そのザマか」
「な……んだってぇ? このメンヘラ女! あんたなんかに、誰が助けてって──」
「元気やったらええわ。ちょっと黙っとれ」
「…………」
「なあ。優男サヤオトコさん。降参せえへんか? 今やったらタダで許したるで」
「へえ。どういう待遇で迎えてくれるのかな」
「警察に突き出すだけで勘弁したるわ」
「キキキ……降参しなかったら、どうするの?」

 無言の時間が、冗談を帯びた空気感を急速に排除していく。
 手鏡とミーとの間に流れる赤い空気の濃度が増して、敵の姿がかすんでいく。
 殺意は、そのまま声色に転化された。

「コンマ一秒あれば、あたしはオマエの首を落とせる」
「やってみれば? 後悔したいなら、今すぐにでも」
 
 鏡を通して睨み合う、赤い瞳と、青い瞳。
 交錯した視線を外して、ぼそっと声を出すリョウマ。
 
「さやがねえ……目を開けてくれないんだ」
「はん、嫌われとるんやろ。男前度が低い証拠やな」
「でもね、無理やりまぶたを開けるなんて満足度の低いやり方、僕はしたくないんだ。そんなことより、もっと、ゾクゾクすることがあってさ」
「……カスが」
「みーちゃん?」
「ああ? 慣れ慣れしいんじゃボケっ」
「僕が今から、さやかに何を命令するか、君、わかるかい?」 

 まずい。
 挑発して、奴をおびき出したかった。が、
 奴は乗らない。むしろ……

「さやか。君が目を開けなければ、今すぐ雪人くんを殺す」

 リョウマのセリフを聞いた直後に、ミーは飛び出した。同時に、ミーの視界は暗くなる。

 目をつむる前に確認した敵の身体の位置を頼りに斬りかかったのだろう。確かに、常人ではミーの速度を感知すること自体ができないから、普通に考えれば突入は有効なのかもしれない。
 
 ミーは迷いなく剣を振ったようだ。キャイン! という甲高い金属音があたりに響いたタイミングは、ミーが目を閉じてからまさしくコンマ何秒か、というものだったから。

「くそっ」

 という、毒付いたミーのセリフ。直後、

「あぐっ……!」

 ミーの呻き声。
 俺は、すぐさま通信する。

「ミー! どうした! 返事しろ! ミーっ!」
「…………っっっ」
「キキキ……君みたいな小さくてか弱い女の子が、こんな超人的な能力を持ってるなんて、すごいよね人間ってほんと」
「ぐ……」
「動けば、雪人を殺す」
「…………」

 くそ……
 だからといって、このまま無策で中原を突っ込ませるわけにはいかない。二の舞になる……

「みーちゃん。君の太もも、すごくキレイだね」
「あ……?」
「僕はね、君のこともすごく好きだよ。芸術的だ。女性としての魅力に溢れる美しいラインを残したまま、超人的な能力を生み出すことに微塵も妥協していない形状。もう、たまらないよ」
「んっ……! 何すっ……」
「動くな……って言ったよね。ご主人様の命令が聞けないのかな。悪い子だ」
「あっ…………」

 ネム……ネム!

 ミーが、俺に通信した。

「もうあかん。こいつ、太もも触ってきよる。どんどん上に……もう当てずっぽうで、振ったろかおもてんねんけど」

 俺は、ためらった。
 当たればこれで終わらせることができるかもしれない。
 でも、外れれば雪人くんは……

 じゃあ、このままミーに、このクソの凌辱に耐えろって指示するのか? 

「…………任せる」

 俺は、そう言うのが精一杯だった。
 通信先のミーも、少しの間、無言だった。

「……やよな。しくったら、雪人くん、死ぬんやもんな」

 ん、と引き続き聞こえるミーの喘ぎ。ミーは、剣を振らなかった。

 奴は、徹底的に人質を使って、そう……女の子をいたぶる気なのだ。
 そしてきっと、最期には、病院の庭にあったやつみたいに……

 俺は頭を振った。
 
 やるしかない。
 殺す覚悟で、いくしかない。
 中原! 

「例のやつっすね! このやろう、俺のミミさんに。ぶっ殺してやるからなっ」
「だが、心臓が止まった瞬間に瞳の青色が消えているかはわからない。だから……」

 俺は、中原と短い言葉をかわす。

「んっ……」
「ミーちゃん!」
「大丈夫やっ……ん……」
「キキキ……」

 ミーの小さい喘ぎが、全く視界のない暗黒の病室に響く。
 その度に、俺は沸点を超えて意識が飛びそうになった。


 いつまでやってやがる……このクソッタレが!


 拳を握りしめて、目を閉じる。
 アバターでは何の効果もないはずの、大きな深呼吸をして……
 意思を固めてまぶたを開けたと同時に願った思いは、子供部屋の天井へ、まるで突き刺さるかのように勢いよく飛んでいった。
 パーンと弾けて飛んだ光。そのまま、俺の願いは成就される。


 神の名において命ずる……
 ゼウスよ! リョウマの心臓を、止めろ!


「っっっっっっ!」


 声にならない悲鳴。
 視界が無い影響で、ほとんど無音に近い病室は、まるで何も起こっていない平常時であるかのように俺へと錯覚させる。

 短い静寂を打ち破る、ガシャン! と、ガラスの割れる音。
 
 中原は、一つ上の階である一一階の窓の外側にぶら下がって機を待っていたのだ。
 スッと手を離して上階から落下し、一〇階の窓を外から叩き割った。満月を背に高層階の窓から突入するオオカミ男は、今日、いつもより本領を発揮したのかもしれない。

「リョウマの目を塞いだ! ミミさん、愛原さん! 早くここから出るんだっ!」

 中原は、その大きな手でリョウマの顔をスッポリと正面から包んでいた。
 ミーとさやは、角度の悪い月光がわずかに入るだけの暗い病室の中、二人一緒に病室の外へと駆けていく。

 俺の意識の中にある、仲間たちからの視界映像を映し出す巨大スクリーンは、この数秒間のうちにただの暗闇からパパッと変化し、次々と映像を表示していった。 
 
 鼓動を止められたリョウマは、両手をだらんとして、中原に掴まれたまま、顔だけでぶら下がるようにしている。

「センパイ。成功です」
「よっしゃ! よくやったっ。ミー! さや! 大丈夫か」
「大丈夫や、ありがと! 二人のコンビはさすがやなっ」

 まあ、結局この手しかないのか、と思わなくもないが、なかなか手強かったし。
 てか、手強くないアーティファクト、今まで一人もいなかったな……。

 ミーの視界に見える、さやの元気な姿。
 さやは無事だった。俺は、ホッとしすぎて風邪を引きそうなくらい身体が疲労していた。
 でも、さやが無事だったことで、俺はさっきのことが頭によぎる。

 あの別れ方は、どういう意味だったんだろう。
 俺には、はっきりとわかっていないのだ。
 少しだけ緊張しながら、再びゼウスへログインしていたさやに声をかける。 

「さや、大丈夫?」
「……追ってこなくていいって、言ったのに」
「…………」

 なんて言おう。

 こういうとき、俺は焦って、いつも女の子の期待と違うことを言う。
 それで、女の子のほうから去っていく。
 そう。もう、定番なんだ。
 
 こんな時に、何を気にしてるのか、って思う。
 自分でも、嫌になる。みんなが無事だったら、それでいいじゃないか、って。

 そんなふうに、どんなに自分に言い訳してみても…… 

 やっぱり、失敗したくないんだ。
 でも、後悔は、もっとしたくない。

 俺は、どうしたい?
 
 人は、決断をする時、絶対に外しちゃならないことが一つだけある……ルナの言葉だ。
 自分の正直な気持ちをしっかり伝えてダメなら仕方がない。
 失敗しても、後悔だけはしないように。……だから、俺は。

「さやに、なんて言われても」
「…………」
「さやが危なくなったら、俺は助けに行く。何度でも、絶対に、助けに行くよ」
「……うん」

 さやの視界がゆらゆらと揺れる。
 ミーや中原の視界で確認しなくても、それがどういう現象かは明白で……こういう視覚映像を、俺はもう何度も見てきた。
 でも、慣れるわけじゃない。毎回、俺は、この映像を見ると、心がギュッ、ってなるんだ。

 俺は、自分の目にも同じ現象が起こっているのかな、と思いがなら、さやの視界をじっと見つめ続けた。
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