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全世界の支配者
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戦いを見守っていた俺のアバターは、今度こそ、二人の勝利にガッツポーズをする。
まゆのポッドの明かりに後ろから照らされ影のように見える本田は、一言も言葉を発することなく立ち尽くしている。命の残り時間を知らせるカウントダウンは、六分を切っていた。
「本田。もう諦めろ」
俺は奴に、こう声をかけた。
説得の効果を見込んだわけではないが、選択のチャンスは与えておくべきだと思ったのだ。
まあ、想像通りの回答がなされるのは間違いないだろう。
「リオ」
本田は、俺の予想していた回答をせず、娘に向かって話しかけた。
ここへ来てからリオの視覚映像を取得していなかった俺は、現状把握のために、承認されていないリオの視界を見ようとする。
防御措置が取られているかもしれない、という考えがふと過ぎった。
なぜなら、俺はリオの通信保護をゼウスに命じていなかったし、リオはグリムリーパーの副隊長で、かつ、ギガント・アーマーの艦長である本田清十郎の娘なのだから。リョウマたちと同じように、システム管理者の命令で通信などとっくに保護されているはずだ。俺は、ダメもとでゼウスに命じる。
リオの視覚情報は、保護されてはいなかった。
「思いの強さ」で無理やりこじ開けたのではない。グリムリーパーの副隊長であるにもかかわらず、いとも簡単に、俺はリオの見ている映像を、見ることができるようになったのだ。その視界の中には、ホテルの部屋でリオに膝枕された俺自身が映っていた。
「答えなさい……」
本田の声は、逆らうことを許さない気配を帯びていく。
コアアア、という、まゆが生み出す命の炎の音だけが、ミッドナイトブルーの生ける金属「ネオ・ライム」で作られた部屋を満たし続ける。
「……はい」
「寝咲ネムを、殺しなさい」
眠る俺の顔に固定された視線は、そこからあちこちに飛んでいく。
手は震え、忙しく移動していた視線は、もはや不必要なものとしてベッドの上に投げ出されていたはずのナイフを映し出す。
はあ、はあ、と乱れる息遣い。
リオは、膝の上で眠る俺の顔に手をやり、目にかかっていた髪をそっとよけた。
「あたし、……できません」
「リオ。私をがっかりさせるな」
芯に響くような低い声。
ビクッと震える身体。
喉まで上がってくる何かが、俺の体温を上げていく。
「娘に、何を言ってんだ」
俺は、本田とリオが交わす話に割り込んでいた。
本田の目の前にいる俺のアバターから星屑のような光が放散し、キラキラと輝いて浮き上がっていく。
「思いの強さ」が作り出す神の力は、目に見える形で俺にその発動を知らせた。
「……なに?」
「娘だろ。リオは」
「だから何だ」
「親が、子供に『人を殺せ』なんて命令するんじゃねえ」
「我々のいる世界は、お前に理解できるレベルにはない」
「何が違うんだ! あいつは、人なんて殺したくないんだ! 普通の女の子なんだ!」
俺の言葉で、本田の顔にシワが刻まれていく。
これまで余裕を浮かべていた表情。それが、みるみるうちに崩れていった。
「貴様……リオを手懐けていたのか?」
「そんな問題じゃない、……」
「リオ。よく聞きなさい」
本田は、目線をまっすぐ俺に向けたまま、リオに向かって言葉を向ける。
「我々は国家のために働く公僕だ。全国民の未来を等しく背負っている。人一人の命に縛られてはならんことと同じく、個人的な感情にも、信念にも、自らの命にも縛られてはならん」
「お父さん」
「今、ここで我々の国家事業を武力によって妨害する、寝咲ネムを首謀者とするテロ集団を壊滅させることに抵抗──いや、こいつらの要求を叶えることに加担するなら、それは国家に対する反逆に他ならない。残念だが、お前といえど、私は特別扱いすることはできない」
ボヤける視界の中で、リオは両手をギュッと握りしめた。
「どうして? どうして一人の人を大切にしちゃいけないの?」
「自分の立場を弁えなさい。お前はこれから、グリムリーパーを率いる統領となるのだから」
「そんなことしたくない! あたしだって護りたい。大好きな人を護って──」
「愛したとしても、人などいつか去っていく。愛とは一時のものなのだ。一時の感情で大局を見誤るな」
「お父さんは、お母さんのことが大切じゃなかったもんね! 病気で死んじゃう時だって、病院にも来なかったっ! だから、お父さんにはわからないんだよ!!」
「咲夜の死に目には、立ち会ったさ」
「……え?」
ウロウロと彷徨う視線。
握りしめた拳を解き、視界を拭ったのちに俺の頬へと優しく当てられる手。
「本当? ……じゃあ、」
「ああ。だからこそ、」
言葉を止めた本田の瞳が昏く沈んでいく。
ゼウスにログインしていない本田の瞳は、一切の光を反射していなかった。
「誰にもやらせなかった」
リオを護るためには────
ギガント・アーマーの心臓部、まゆのいるこの部屋は一箇所たりとも外界に接していないが、神の力を発動した俺が読み取ったこの部屋の名称は「艦橋」。よく見れば、電源の入っていない無数の大型モニターが、全方位に渡って設置されている。
この時、昇格「エレメンタル」が発生させたエネルギー音は雷鳴の如く轟き艦橋内部を暴れ回った。
肉体とは異なるエネルギー体。
その移動速度はミーのそれに限りなく近く、まるで空間を縮めたかのような加速を乗せて、俺の拳は本田の腹部に深く突き刺さる。
しかし吹っ飛ぶことはなかった。足と床との摩擦力が限界を超えて僅かにズレただけの本田は、体勢を変えることなく俺の攻撃を耐え切った。
辛うじて生物だと判断できる弾性を残して、本田の身体は飛躍的に強度を増していたのだ。
さっきまでとは異なる状態へと変化していく身体。
暗黒に染まり切った瞳は黄金色に灯り、それに触発されたかのように、身体全体が金色に変化していく。
無風であるはずのブリッジに上昇気流を渦巻かせ、中原のように伸びた金色の髪はキラキラと輝き宙にフワッと浮き上がる。
俺の意識の中にいるノアとルナは、瞳を赤く光らせ、互いに手を握り合って、俺に向かって伝達した。
「ネム、これが最後だ。この現象は金剛力の昇格、ゼウスのシステム管理者である奴の真の力は『金剛神/ヘラクレス』。このまま放っておけば全世界を支配し、本物の神となる男さ」
まゆのポッドの明かりに後ろから照らされ影のように見える本田は、一言も言葉を発することなく立ち尽くしている。命の残り時間を知らせるカウントダウンは、六分を切っていた。
「本田。もう諦めろ」
俺は奴に、こう声をかけた。
説得の効果を見込んだわけではないが、選択のチャンスは与えておくべきだと思ったのだ。
まあ、想像通りの回答がなされるのは間違いないだろう。
「リオ」
本田は、俺の予想していた回答をせず、娘に向かって話しかけた。
ここへ来てからリオの視覚映像を取得していなかった俺は、現状把握のために、承認されていないリオの視界を見ようとする。
防御措置が取られているかもしれない、という考えがふと過ぎった。
なぜなら、俺はリオの通信保護をゼウスに命じていなかったし、リオはグリムリーパーの副隊長で、かつ、ギガント・アーマーの艦長である本田清十郎の娘なのだから。リョウマたちと同じように、システム管理者の命令で通信などとっくに保護されているはずだ。俺は、ダメもとでゼウスに命じる。
リオの視覚情報は、保護されてはいなかった。
「思いの強さ」で無理やりこじ開けたのではない。グリムリーパーの副隊長であるにもかかわらず、いとも簡単に、俺はリオの見ている映像を、見ることができるようになったのだ。その視界の中には、ホテルの部屋でリオに膝枕された俺自身が映っていた。
「答えなさい……」
本田の声は、逆らうことを許さない気配を帯びていく。
コアアア、という、まゆが生み出す命の炎の音だけが、ミッドナイトブルーの生ける金属「ネオ・ライム」で作られた部屋を満たし続ける。
「……はい」
「寝咲ネムを、殺しなさい」
眠る俺の顔に固定された視線は、そこからあちこちに飛んでいく。
手は震え、忙しく移動していた視線は、もはや不必要なものとしてベッドの上に投げ出されていたはずのナイフを映し出す。
はあ、はあ、と乱れる息遣い。
リオは、膝の上で眠る俺の顔に手をやり、目にかかっていた髪をそっとよけた。
「あたし、……できません」
「リオ。私をがっかりさせるな」
芯に響くような低い声。
ビクッと震える身体。
喉まで上がってくる何かが、俺の体温を上げていく。
「娘に、何を言ってんだ」
俺は、本田とリオが交わす話に割り込んでいた。
本田の目の前にいる俺のアバターから星屑のような光が放散し、キラキラと輝いて浮き上がっていく。
「思いの強さ」が作り出す神の力は、目に見える形で俺にその発動を知らせた。
「……なに?」
「娘だろ。リオは」
「だから何だ」
「親が、子供に『人を殺せ』なんて命令するんじゃねえ」
「我々のいる世界は、お前に理解できるレベルにはない」
「何が違うんだ! あいつは、人なんて殺したくないんだ! 普通の女の子なんだ!」
俺の言葉で、本田の顔にシワが刻まれていく。
これまで余裕を浮かべていた表情。それが、みるみるうちに崩れていった。
「貴様……リオを手懐けていたのか?」
「そんな問題じゃない、……」
「リオ。よく聞きなさい」
本田は、目線をまっすぐ俺に向けたまま、リオに向かって言葉を向ける。
「我々は国家のために働く公僕だ。全国民の未来を等しく背負っている。人一人の命に縛られてはならんことと同じく、個人的な感情にも、信念にも、自らの命にも縛られてはならん」
「お父さん」
「今、ここで我々の国家事業を武力によって妨害する、寝咲ネムを首謀者とするテロ集団を壊滅させることに抵抗──いや、こいつらの要求を叶えることに加担するなら、それは国家に対する反逆に他ならない。残念だが、お前といえど、私は特別扱いすることはできない」
ボヤける視界の中で、リオは両手をギュッと握りしめた。
「どうして? どうして一人の人を大切にしちゃいけないの?」
「自分の立場を弁えなさい。お前はこれから、グリムリーパーを率いる統領となるのだから」
「そんなことしたくない! あたしだって護りたい。大好きな人を護って──」
「愛したとしても、人などいつか去っていく。愛とは一時のものなのだ。一時の感情で大局を見誤るな」
「お父さんは、お母さんのことが大切じゃなかったもんね! 病気で死んじゃう時だって、病院にも来なかったっ! だから、お父さんにはわからないんだよ!!」
「咲夜の死に目には、立ち会ったさ」
「……え?」
ウロウロと彷徨う視線。
握りしめた拳を解き、視界を拭ったのちに俺の頬へと優しく当てられる手。
「本当? ……じゃあ、」
「ああ。だからこそ、」
言葉を止めた本田の瞳が昏く沈んでいく。
ゼウスにログインしていない本田の瞳は、一切の光を反射していなかった。
「誰にもやらせなかった」
リオを護るためには────
ギガント・アーマーの心臓部、まゆのいるこの部屋は一箇所たりとも外界に接していないが、神の力を発動した俺が読み取ったこの部屋の名称は「艦橋」。よく見れば、電源の入っていない無数の大型モニターが、全方位に渡って設置されている。
この時、昇格「エレメンタル」が発生させたエネルギー音は雷鳴の如く轟き艦橋内部を暴れ回った。
肉体とは異なるエネルギー体。
その移動速度はミーのそれに限りなく近く、まるで空間を縮めたかのような加速を乗せて、俺の拳は本田の腹部に深く突き刺さる。
しかし吹っ飛ぶことはなかった。足と床との摩擦力が限界を超えて僅かにズレただけの本田は、体勢を変えることなく俺の攻撃を耐え切った。
辛うじて生物だと判断できる弾性を残して、本田の身体は飛躍的に強度を増していたのだ。
さっきまでとは異なる状態へと変化していく身体。
暗黒に染まり切った瞳は黄金色に灯り、それに触発されたかのように、身体全体が金色に変化していく。
無風であるはずのブリッジに上昇気流を渦巻かせ、中原のように伸びた金色の髪はキラキラと輝き宙にフワッと浮き上がる。
俺の意識の中にいるノアとルナは、瞳を赤く光らせ、互いに手を握り合って、俺に向かって伝達した。
「ネム、これが最後だ。この現象は金剛力の昇格、ゼウスのシステム管理者である奴の真の力は『金剛神/ヘラクレス』。このまま放っておけば全世界を支配し、本物の神となる男さ」
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