眠神/ネムガミ 〜 特殊能力の発動要件は「眠ること」。ひたすら睡眠薬をあおって敵を撃破し、大好きな女の子たちを護り抜け!

翔龍LOVER

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死の空間

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「あああああっ!」

 俺は、両の拳に力を込めて、叫びながらフックを左右から叩きつける。
 まともに入った左拳で、本田の顔は弾かれた。
 返す右フックが奴の側腹部を捉える。拳は奴の身体に当たった瞬間、グッと沈んでいく感触があった。
 続けて連撃を開始する。俺は、一発一発に思いを乗せて打った。
 
 リオのお父さんを殺してしまわないように、機をうかがっていたのは失敗だったのだろうか。

 あの時は仕方がないと思った。攻撃を開始しつつも殺さないように手加減していたら、ヒュプノスの効果が切れてしまうから。

 しかし、「エレメンタル」のエネルギーを全開にして攻撃を開始したにもかかわらず、今、奴に攻撃が効いている様子はない。奴は次の殴打を繰り出そうとした俺に、カウンターで拳を合わせる余裕すらあった。

 体重移動を使わず、手の力だけで行われたはずのカウンターブローはエレメンタルを構成するエネルギーをこそぎ取り、俺のアバターは吹っ飛ばされて、壁の高いところに設置されていた大型モニターにぶち当たる。モニターは派手な音を立てて割れ落ちた。
 
「この状態の私に、僅かではあっても有効打を入れられるとはな。本当に惜しいな、寝咲」

 本田は歩いて俺に近づき、首を片手で絞めて持ち上げる。
 奴はそのまま俺を壁に叩きつけた。背後にあったネオ・ライム製の壁はガアン、と音を立てて蜘蛛くもの巣のようにヒビが入り、俺の身体は壁の中に半分くらい埋め込まれる。

「こうなった以上、もう終わりだ。巻き返しは不可能だろう」

 本田は黄金色になった瞳でまゆのカウントへ目をやる。
 残り時間はもうすぐ四分を切りそうだ。

「終わりにしよう。君の仲間もよくやった」

 本田は、俺の首を掴んでいるのとは反対側の手を、空中に携えた。
 すると奴の手のあたりに、宙に浮かぶ3D映像で作られたインターフェイスが現れる。
 奴は指でそれを操り、何やら操作を行った。

 直後、ガウン、と遠くのほうで大きな音が響く。
 続いて、ブウウン、という低い音が身体をビリビリさせる。
 まゆが鳴らす業火が奏でる放射音のほか、新たに加わった低音がブリッジを包む。

「居住ブロックの酸素供給を停止した。新堂ミミ君と、愛原さやか君、だったかな。同時に、強制排気を全開作動させたから……酸素濃度の安全限界はおよそ一分間ほどで切るだろう」

 身体が、燃えるように熱くなった。
 叫びながら、俺は身体をよじって抵抗しようとした。

 俺の意思に反して本田の腕を掴むアバターの手に力が入らない。

 エネルギーが足りていない。
 その原因はわかっていた。

 睡眠が、中断されそうなのだ。
 ヒュプノスの効果が薄まっている。本田の攻撃でエネルギーを吹っ飛ばされたことが影響したのだろう。
「思いの強さ」によって発動していた神の力はすでにその効力を消し去っていた。力の入らない両手で、俺の首を固定する本田の前腕を全力で掴んでいた。

「なんや、この音」
「ブウウン、って言ってるね。ねえネム、これ何の音か分かるぅ?」

 ミーとさやの声がゼウスを通じて伝わってくる。
 時間は、無常なまでに過ぎていく。

「なんか、頭痛くない?」
「うん……なんか……」

「くくく」

 本田は俺の首を壁に押し付けたまま、笑みを浮かべながら、同情するような顔をする。

「能力を授かった者は、それを使って国民を導かなければならない。私にはその使命があるのだ」
「ふ……ん。なに、人を、憐れむように、見てやがる。大事な、ものが、何かも、わかって……」

 本田は握力を強め、俺の喉を絞めた。

「もういい。クズはクズなりに生きていけばいいものを、大義を成す責務を負った私に向かって楯突いたことがそもそも間違いなのだ。酸素濃度は間もなく一七パーセントを切る。せめて仲間が死ぬところを見届けさせてやる」

「う……なんか気持ち悪い」
「なに……これ。あったま、痛った」

 ミーとさやは頭に手をやりながら膝をつく。

 ノアとルナが、酸素濃度の低下に伴う症状を俺に知らせる。
 安全限界は一八パーセント、概ね一四パーセント程度になれば耳鳴りや嘔吐が発生し、一〇パーセントを切れば幻覚・意識喪失、死の危険が高くなる。
 強制排気装置はなおも低音を発して全開で動き続け、一見すると何も変わらない大都会は人間の生存できない空間へと急速に変貌していった。

「ミ──っ!! さやぁ──っ!!」

 歯を噛み締めた。
 拳を握りしめた。
  

 その時────。


 ドゴン、と音がして、祈る俺の視界の中で、本田の身体が消える。
 俺はそのまま床に落ち、顔だけを上げた。

 風になびく銀色の髪が、俺の目には光っているように見えた。さっきまで本田がいたところに、銀色に輝く体毛に覆われた狼男がいたのだ。

「な……かはら?」

 右目と左目で瞳の色が異なるオッドアイ。
 左目はゼウスにログインしたことを象徴する真紅の瞳だったが、右目は本田と同じ黄金色に灯っていた。  
 紺色だった身体中の毛はシルバーに輝き、プラチナに光る気体が中原の周囲を渦巻き立ち昇る。

 ノアとルナは、唖然としながら呟くように言った。

「『昇格プロモーション』…………『狼帝/カイザーウルフ』」

 愛する者の危機を前にして、ウェアウルフは自分自身を進化させたのだ。
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