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何もないという不安
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***アリー(アリア)
ついさっきまで王妃だったというのに 今、私は何も持っていない。
唯一そこに存在するのは、足となる馬と、私を連れ出した男、ノアだけだ。
駆けていたその馬は速度を弱め、早朝の静かな道の上でポクポク、と蹄の音を響かせていた。
きっとノアが王宮から十分離れたと判断したのだろう。フードを少し持ち上げると辺りはすっかり明るくなっていた。
「お腹すいた? とりあえずパンでも食べる?」
私が動いたからか、ノアが話しかけてきた。
馬を歩かせながら横座りの私を支えつつ、器用に荷物の中から包みを引っ張り出す。お腹なんて、と思ったけれど手渡された包みを掴むと柔らかいパンの感触が伝わってきて、思わずゴクリと唾を飲んだ。
「自分で開けられる?」
「包みを開くくらい出来るわよ。」
速度が弱まっているので、ノアに寄り掛かれば両手だって使える。いそいそと包みを開けると、私が一番大好きな白い柔らかいパンが2つ入っていた。片方にはジャムが、もう片方にはチーズとハムが挟んである。
「わぁ、ミアね、美味しそう。」
食欲が無くて食事を残した時等に、ミアがよく厨房で具材を貰ってきて作ってくれていたのだ。元々は、今は亡きエミリがしてくれていた事だった。
「さすがアリーは食べ物に弱い。」
ノアに鼻で笑われたけれど心外に思ったのでそれは無視して、一応聞いた。
「あなたも、食べる?」
「意外だな。そんなに慈悲深いとは思わなかった。」
「・・・要らないってことね。」
やたらに突っ掛かってくるのが癪に触る。
「いやいやっ、ありがたく頂戴するよ。出来れば口まで運んで欲しいな。」
「ねぇ、あなたって、それ、わざとなの?」
「え? 何が?」
「その言い方よ。どうにかしてくれない?」
「あ・・・ごめん。つい・・・嬉しくて。」
「え? 何? 聞こえないわ。」
ごにょごにょと言うから聞きとれなかった。
私は両方の味を楽しみたかったので、それぞれを半分に分けた。綺麗に半分にはならなかったので、ジャムを挟んだパンの大きい方は自分に、ハムとチーズを挟んだパンの大きい方はノアに、という配分にした。膝・・・というかお腹の上に、分けたパンを並べる。
フードのおかげでノアの顔は視界に入ってこない。だけれど、視線がパンに向いている気がして先にノアの分を摘まんで持ち上げた。フードを持ち上げて見上げると、目が ぱちり、と合った。途端に、ノアは目をそらす。
「あ、ご、ごめん。」
「何なのよ。 要るのでしょう?」
「え、あ・・・。うん、ありがとう··」
もぞもぞ と動こうとしたけれど、私の両手が自由だということはつまり、ノアは私を抱き抱えながら手綱を引いている状態で・・・
咳払いをしてパンを彼の口に押し付けた。
「むっ・・・んぐ··」
慌てて口を開いて噛みつき、目を白黒させた。たちまち頬はリスの様に膨れ上がった。
「ぷっ··」
思わず吹き出した私に、顔を真っ赤にさせて何か言いたそうにしているけれど、口はモゴモゴと動かすので忙しい。さっきまでの傲慢な態度からは想像も出来ない有り様で、胸がすっきりとした。いい気味だわ。
さあ、私も食べよう。先にハムとチーズのパンを頬張った。噛み締めて、空腹だったのだと実感した。 美味しい・・・。
**
「ところで、私、どうなるの?」
残りのパンも食べ終え、食べさせてから改めて尋ねてみた。両手が空いたので、とりあえずノアに掴まりながら。私が掴まった方がノアも力を抜けるはず。
実のところ不安で堪らない。お腹を満たして落ち着いたからこそ、込み上げてくるものがある。そういえばどこに向かっているのかさえ聞いていなかった。
「んっと、とりあえずは、俺の故郷に行って、落ち着くまではそこで過ごしたい。それでいいかな?」
「私には意見する権利があって?」
「・・・ごめん。これについては、ない。」
「でしょうね。分かったわ、あなたの故郷ね。ところで、そこにはどれくらいで着くの?」
今の私には、自分が歩く道すら見えていないのだ。何もわからないのにわざわざ訊ねてくるノアが恨めしく思える。せめて、不安そうに見られないように精一杯虚勢を張った。
「んぁ? あぁ、ええと・・・、10日?くらい?」
「嘘でしょ?」
「・・・ごめん。馬はこいつだけだからさ、無理はさせられないんだ。」
「・・・気が遠くなるわ。」
「その代わり宿はちゃんとした所にするから。」
「・・それは、まぁ、ありがたいわ。
っひぅっ!」
そっとため息をつこうと息を吸った次の瞬間、馬が大きく揺れた。ノアが手綱を引いたのだ。
「っとと、んん?」
「何よ?」
少しむせてノアを見上げると、きょとん とした顔で前方を見ている。
「いや、あ、ごめん。あれ? 何かいた気がしたんだけど・・・」
「少し疲れているのではない?」
「そうかな? でも確かに何か・・・」
「ひゃっっ!」
「どうした?」
今度は私が何かに驚いた。
「ス、スカートの中に・・ひゃ」
何かいる。慌てて足をバタつかせると、ぴょん、と小さな生き物が飛び出して来て、私の腕にしがみついた。
「「猿!?」」
思わず2人で声を合わせた。一体何処からやって来たのか、それは目をクリクリさせた小猿で私達を見ると「キキィッ」と嬉しそうに鳴いた。
ついさっきまで王妃だったというのに 今、私は何も持っていない。
唯一そこに存在するのは、足となる馬と、私を連れ出した男、ノアだけだ。
駆けていたその馬は速度を弱め、早朝の静かな道の上でポクポク、と蹄の音を響かせていた。
きっとノアが王宮から十分離れたと判断したのだろう。フードを少し持ち上げると辺りはすっかり明るくなっていた。
「お腹すいた? とりあえずパンでも食べる?」
私が動いたからか、ノアが話しかけてきた。
馬を歩かせながら横座りの私を支えつつ、器用に荷物の中から包みを引っ張り出す。お腹なんて、と思ったけれど手渡された包みを掴むと柔らかいパンの感触が伝わってきて、思わずゴクリと唾を飲んだ。
「自分で開けられる?」
「包みを開くくらい出来るわよ。」
速度が弱まっているので、ノアに寄り掛かれば両手だって使える。いそいそと包みを開けると、私が一番大好きな白い柔らかいパンが2つ入っていた。片方にはジャムが、もう片方にはチーズとハムが挟んである。
「わぁ、ミアね、美味しそう。」
食欲が無くて食事を残した時等に、ミアがよく厨房で具材を貰ってきて作ってくれていたのだ。元々は、今は亡きエミリがしてくれていた事だった。
「さすがアリーは食べ物に弱い。」
ノアに鼻で笑われたけれど心外に思ったのでそれは無視して、一応聞いた。
「あなたも、食べる?」
「意外だな。そんなに慈悲深いとは思わなかった。」
「・・・要らないってことね。」
やたらに突っ掛かってくるのが癪に触る。
「いやいやっ、ありがたく頂戴するよ。出来れば口まで運んで欲しいな。」
「ねぇ、あなたって、それ、わざとなの?」
「え? 何が?」
「その言い方よ。どうにかしてくれない?」
「あ・・・ごめん。つい・・・嬉しくて。」
「え? 何? 聞こえないわ。」
ごにょごにょと言うから聞きとれなかった。
私は両方の味を楽しみたかったので、それぞれを半分に分けた。綺麗に半分にはならなかったので、ジャムを挟んだパンの大きい方は自分に、ハムとチーズを挟んだパンの大きい方はノアに、という配分にした。膝・・・というかお腹の上に、分けたパンを並べる。
フードのおかげでノアの顔は視界に入ってこない。だけれど、視線がパンに向いている気がして先にノアの分を摘まんで持ち上げた。フードを持ち上げて見上げると、目が ぱちり、と合った。途端に、ノアは目をそらす。
「あ、ご、ごめん。」
「何なのよ。 要るのでしょう?」
「え、あ・・・。うん、ありがとう··」
もぞもぞ と動こうとしたけれど、私の両手が自由だということはつまり、ノアは私を抱き抱えながら手綱を引いている状態で・・・
咳払いをしてパンを彼の口に押し付けた。
「むっ・・・んぐ··」
慌てて口を開いて噛みつき、目を白黒させた。たちまち頬はリスの様に膨れ上がった。
「ぷっ··」
思わず吹き出した私に、顔を真っ赤にさせて何か言いたそうにしているけれど、口はモゴモゴと動かすので忙しい。さっきまでの傲慢な態度からは想像も出来ない有り様で、胸がすっきりとした。いい気味だわ。
さあ、私も食べよう。先にハムとチーズのパンを頬張った。噛み締めて、空腹だったのだと実感した。 美味しい・・・。
**
「ところで、私、どうなるの?」
残りのパンも食べ終え、食べさせてから改めて尋ねてみた。両手が空いたので、とりあえずノアに掴まりながら。私が掴まった方がノアも力を抜けるはず。
実のところ不安で堪らない。お腹を満たして落ち着いたからこそ、込み上げてくるものがある。そういえばどこに向かっているのかさえ聞いていなかった。
「んっと、とりあえずは、俺の故郷に行って、落ち着くまではそこで過ごしたい。それでいいかな?」
「私には意見する権利があって?」
「・・・ごめん。これについては、ない。」
「でしょうね。分かったわ、あなたの故郷ね。ところで、そこにはどれくらいで着くの?」
今の私には、自分が歩く道すら見えていないのだ。何もわからないのにわざわざ訊ねてくるノアが恨めしく思える。せめて、不安そうに見られないように精一杯虚勢を張った。
「んぁ? あぁ、ええと・・・、10日?くらい?」
「嘘でしょ?」
「・・・ごめん。馬はこいつだけだからさ、無理はさせられないんだ。」
「・・・気が遠くなるわ。」
「その代わり宿はちゃんとした所にするから。」
「・・それは、まぁ、ありがたいわ。
っひぅっ!」
そっとため息をつこうと息を吸った次の瞬間、馬が大きく揺れた。ノアが手綱を引いたのだ。
「っとと、んん?」
「何よ?」
少しむせてノアを見上げると、きょとん とした顔で前方を見ている。
「いや、あ、ごめん。あれ? 何かいた気がしたんだけど・・・」
「少し疲れているのではない?」
「そうかな? でも確かに何か・・・」
「ひゃっっ!」
「どうした?」
今度は私が何かに驚いた。
「ス、スカートの中に・・ひゃ」
何かいる。慌てて足をバタつかせると、ぴょん、と小さな生き物が飛び出して来て、私の腕にしがみついた。
「「猿!?」」
思わず2人で声を合わせた。一体何処からやって来たのか、それは目をクリクリさせた小猿で私達を見ると「キキィッ」と嬉しそうに鳴いた。
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