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茶色の木の実

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***アリー

私達が向かおうとしている村、ノアの故郷は、アリドゥラムの端にあるタリェンという小さな村で、ノアの家を含めほとんどの家が農業で生計を立てているらしい。

「ノアは何故 村を出ようなんて思ったの?」

ふと、興味本位で尋ねてみた。自分の設定が無事に決まり心に余裕が出来たのだ。

「ん? そりゃあさ、憧れるよね。国を守る騎士ってやつに。」

「そういうもの? 私にはよく分からないわ。故郷を離れるのは嫌じゃなかった?」

「アリーは嫌だったんだね。俺は逆でさ、どうしても出たかったんだ。・・・おれ、幼い頃からずっと跡継ぎだって言われててさ、でもそれって お前はこの上には行けないって決め付けられてる気がして、腹が立って15になった日に家から逃げ出したんだ。」

「え!? じゃあ、今まで連絡とかは・・?」

「あ、それは大丈夫。入団してからはちゃんと連絡とってるから。今じゃ近所に自慢してるみたいだし。」

「・・・そう。今回戻ったら喜ぶでしょうね。あ、でももう辞めてしまったのよね。私のせいでごめんなさい。」

「ん? ・・・あぁ。仕事は大丈夫。すぐ近くの町に軍事基地があって話はついているから。それにアリーを連れて来たのは俺だよ。アリーが謝ることじゃない。まぁ、びっくりはするだろうけどね。」

軍事基地・・・。それって国の施設じゃないのかしら? 逃亡した騎士が働けるのかしら?ぼんやりとした疑問が浮かんだけれど、なんとなく聞けなかった。

「私、本当に付いて行ってもいいのかしら?」

「アリーがいないと俺がここにいる意味もないのだけど? 」

「でも・・・」

「タリェンは田舎だからさ、王宮で起こった事なんて耳に入って来ないし役人なんかも滅多に出入りしないんだ。だからほとぼりが冷めるまで滞在するには丁度いいと思う。」

「そうなのね・・・。」

「アリーがいないと俺がここにいる意味もない」とは、どういう意味なのだろう。ノアが私を助けてくれる目的が分からなくて、ほんの少し不安が過る。




すっかり冷えてしまったスープを飲み干し、ノアは自分の部屋へと戻って行った。出ていく時に何度も、1人で大丈夫かと聞かれ、そのまま私の部屋に泊まる勢いだったけれど、小猿ちゃんがいるから大丈夫だと断った。他人同士の男女が同じ部屋にだなんて信じられない。

小猿ちゃんはというと、さっき私を見つめた後、飽きたのか、小さな手を伸ばして皿からパンを1つ取り、大事そうに抱えながら部屋の隅に行ってしまった。

「パンは食べたのね。」

背を向けていた小猿ちゃんにそっと近づいて上から覗いて言うと、「キキッ」と、膨らんだお腹を見せてくれた。

「ふふ、可愛いわ。ねぇ、あなたはどこから来たの?」

小猿ちゃんは目をぱちくりさせた。

「私はね、・・・どこから来たと思う?」

なんて・・・、会話が出来る訳ないのに。変な夢を見たせいで弱気になっているのだ、きっと。心配そうな顔の小猿ちゃんの頭を指でぽんぽん、と撫でてから寝支度を整える事にした。ここで出来るのは汗を洗い流す事くらいだけど。

そうして私は小猿ちゃんと共にベッドに潜り込んだのだけど、一向に寝付けない。というのも、目を瞑るとさっきの夢が目蓋をちらつき、ずっと瞑っていられないのだ。

「はぁ、忘れてしまえたらいいのに。」

ぽつりと独り言を言ったらもぞもぞ、と小猿ちゃんが布団から顔を出した。

「あら、起こしちゃった? ごめんね。あんまり眠れないものだから、つい・・・」・・・



・・・気が付いたら朝になっていて、とてもすっきりしていた。


**


朝食を済ませ、宿を出る前にノアがちらりと私を見た。

「なあにノア?」

「あのさアリー、何事もなければミアも王宮を出て追いかけて来る予定になっているんだよね。それで、ここに手紙を置いていきたのだけど・・いいかな?」

「ミア? ミアに会えるのね! 嬉しいわ。」

馴染みの名前につい、心が弾んだ。そういえば私が王宮を出る時に「後から追いかける」と、確かに言っていた。

「あ、会えるとは思うけど、いつになるかは分からないからね。」

「ええ。分かっただけで十分だわ。」

会って状況が変わるわけではないけれど、心が和む。

あら?そういえばミアはこの計画をいつから知っていて、どれくらい関わっているのかしら?少なくとも私よりは事情を知っている風だった。喉のすぐそこまで言葉が出かかったけれど、寸での所でノアに聞くのは止めておいた。ノアを本当に信用しきっていいのか、躊躇われたからだ。それにミアは間違いなく私の味方だから。

ノアは安心したように、ほっ、と息をついて「良かった。」と言った。私に向かってではなく、自分自身に・・・。その安堵の顔が、何かを隠しているように思われた。気のせいだといいのだけど・・・受付に手紙を託す後ろ姿を見ながら、胸がザワザワと音を立てた。

その時、服が引っ張られる感覚があって見下ろすと、小猿ちゃんがよじ登って来ていた。

「あら、どこに行っていたの?」

朝から見当たらなくて、てっきり何処かへ行ってしまったのかと思っていた。よく見るとお腹が膨れていて、朝食を済ませてきたのだと分かる。片手には茶色くて小さな丸い物を持っていて、肩まで来るとそれを嬉しそうに差し出した。

「木の実かしら、くれるの?」

「キキッ」

何だか誇らしげに見えて可愛い。

「ふふ、ありがとう。私もあなたにパンを準備しておいたのよ。でも、お腹が一杯みたいだから後であげるわね。」

小猿ちゃんは分かったのか分からないのか、可愛い目をぱちくりさせた。
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