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罠
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**アリー
「お姉さん、ごめんなさい。」
「え・・・」
散々走ってようやく見つけたアムは、今、私を見下ろしている。そして、土だらけの私は訳が分からないまま、明るい空を見上げていた。ここは穴の中だ。まだ掘って間もないのか、湿った土の匂いが漂っていた。どうして・・・?
その時、アムの後ろから、知らない男が顔を出した。肩にポン、と手を乗せられると、アムはパッと顔を輝かせた。
「あ!見てよ。僕、ちゃんと出来たよ。」
アム?
「ああ。」
言いながら、私が落ちた穴の前でしゃがみ込んだ。冷たい汗が、こめかみから伝っていく。
「歳は?」
「ぶ、無礼だわっ」
「は? 無礼だと・・?」
咄嗟に出た言葉に、男が顔をしかめた。言ってしまってから、あっ、と思ったけれど、口から出てしまったものは仕方がない。覚悟を決めて精一杯睨み付けた。内心、というか手も足もガクガク震えていて、自分の中のどこにこんな度胸があったのかと、驚いているのだけれど。
「あっ、このお姉さん、記憶喪失なんだって。だからきっと、歳も分からないんだ。」
アムが思い出したように言うと、男の表情がより険しくなった。
「ぁあ? 本当か?」
「うん、聞いたもん。あと、たぶん結婚はしてないって言ってた。結婚してなかったら、キレイで、いいんだよね?」
ハッとした。結婚のことを聞いてきたのは、つまりそういうこと? 私、売られるの?ジロリと見られて全身の毛がよだった。
「おい、手を見せろ。」
「え・・・手?」
「早く。」
「え、ええ。」
手を見せろ・・・? 目的が分からなくて戸惑ってしまい、言われるまま手を見せると、じっと凝視してきた。
「平の方もだ。」
「ねぇどうして? 駄目だったの?」
アムがそう言った。駄目って何・・? その時、男が立ち上がってアムの方を向いた。
「おい、どこで見つけた。こいつはどっかのお嬢様か何かだぞ。」
「えっ、そんな。だって、山の中だし、格好だってこんなのだし。」
「手が綺麗過ぎる。ありゃあ世話をされる側の人間だ。それに記憶喪失っつってたな。誰かが探してる可能性もあるぞ。」
何? 何? どういうこと?
「じゃ、じゃあ・・」
「お前は厄介を持ってきただけだ。顔も見られたし、殺すしかない。」
え? え? わ、私の話よね? こ、殺されるの? 後ずさると手が、ひやりとした土の壁に触れ、ひゅ、と喉がなった。穴の中では、どこにも逃げ場がないのだ。汗が全身から吹き出してくる。心臓は極限まで縮んでいた。
「お、お姉さん殺しちゃうのっ?」
アムが泣きそうな顔を向けてきた。そんな顔で見られると、余計に恐い。冗談でしょ・・私は必死にふるふると首を横に振った。
「そんな事・・許されないわ。」
掠れて、男には届かなかったのかもしれない。私の言葉には少しの反応も示さず男はアムにだけに話を続けた。
「下手に触って痕跡が残ると困る。手っ取り早く埋めるぞ。」
「埋めっ・・・!?」
四方を見上げると、右側に土の山があるのが飛び込んできた。穴を掘った時に出来たと思われるそれは、とても大きな山で・・その土を、全部・・落とすつもり・・? ゾクリと背筋が冷えた。どうしよう、どうしよう・・どうにかしたいのに何も考えられない。
「きゃっ」
後ろからばさっと、土を掛けられた。後ろにも人が? 振り返ろうとしたけど、土は容赦なく落ちてきて、受け止めるのがやっとだ。あっ、足で落ちてくる土を踏み固めていったら埋まらずに・・。必死で足を動かして土を固めようと頑張ったけれど、容赦なく降ってくる冷たい不快な土は、髪に絡み付き、服の中にまで入りながら、とうとう私を膝まで埋めてしまった。嗚咽が漏れた。・・・私、ここで死ぬの? 夢だと思いたいのに、汗で身体中に張り付く土の気持ち悪い異物感が、現実だと示してくる。
「こ、殺さなくっても、きっと大丈夫だよっ、ねっ、ねっ? だからっ・・・」
アムの必死な声が聞こえて、一瞬だけ僅かな希望を持ったけれど、希望の声は途中から消えていった。もう、土は腰まで迫っている。目や口や鼻にも入って、痛くて苦しくて、足を上げる事も出来なくて・・・とうとうプツン、と糸が切れてしまった。頭の中を支配するのは絶望だけ・・・。くらっ、と意識が遠のいていくのを感じた。埋まる前に気を失えるのは、かえってよかったかもしれない。苦しまなくていいかもしれないから・・・。
**
「・リ・・・っ、・・・・」
ん・・・
「・・・っ、アリ・・っ・・」
呼ばれてる? 私、死んだのかしら?
「アリーっ、アリーっ」
今度ははっきりと聞こえた。
「アリーっ!」
「・てん・・ごく?」
喋ろうとした途端にむせた。口の中はザラザラしていて気持ちが悪い。胸の奥から急激に突き上げるものがあって、思わず嘔吐した。
「アリー、よかった。手を伸ばせる?」
え? ノア? 懸命に見上げるけれど、目に入った土のせいで、よく見えない。
「手を。とにかく手を伸ばして。」
言われたままに伸ばすと、差し伸べられた温かな手が、ぎゅっ、と掴んでくれた。あ・・・私・・生きてる。それだけで涙が溢れ出た。
ノア私を穴から引っ張り出した後、子供みたいに声を上げて泣きじゃくる私を、きつく抱き締めてくれた。
「ごめん、すまないアリー、本当にすまない。俺が忠告したことなのに、置いて行って悪かった。ごめんよ。本当にごめんよ。」
何度も同じ言葉を繰り返すノアの声は震えていたけれど、今の私にはそんな事はどうでもよくて、ただただ必死にすがり付いた。「みっともない」なんて、考える余裕もなかった。
「お姉さん、ごめんなさい。」
「え・・・」
散々走ってようやく見つけたアムは、今、私を見下ろしている。そして、土だらけの私は訳が分からないまま、明るい空を見上げていた。ここは穴の中だ。まだ掘って間もないのか、湿った土の匂いが漂っていた。どうして・・・?
その時、アムの後ろから、知らない男が顔を出した。肩にポン、と手を乗せられると、アムはパッと顔を輝かせた。
「あ!見てよ。僕、ちゃんと出来たよ。」
アム?
「ああ。」
言いながら、私が落ちた穴の前でしゃがみ込んだ。冷たい汗が、こめかみから伝っていく。
「歳は?」
「ぶ、無礼だわっ」
「は? 無礼だと・・?」
咄嗟に出た言葉に、男が顔をしかめた。言ってしまってから、あっ、と思ったけれど、口から出てしまったものは仕方がない。覚悟を決めて精一杯睨み付けた。内心、というか手も足もガクガク震えていて、自分の中のどこにこんな度胸があったのかと、驚いているのだけれど。
「あっ、このお姉さん、記憶喪失なんだって。だからきっと、歳も分からないんだ。」
アムが思い出したように言うと、男の表情がより険しくなった。
「ぁあ? 本当か?」
「うん、聞いたもん。あと、たぶん結婚はしてないって言ってた。結婚してなかったら、キレイで、いいんだよね?」
ハッとした。結婚のことを聞いてきたのは、つまりそういうこと? 私、売られるの?ジロリと見られて全身の毛がよだった。
「おい、手を見せろ。」
「え・・・手?」
「早く。」
「え、ええ。」
手を見せろ・・・? 目的が分からなくて戸惑ってしまい、言われるまま手を見せると、じっと凝視してきた。
「平の方もだ。」
「ねぇどうして? 駄目だったの?」
アムがそう言った。駄目って何・・? その時、男が立ち上がってアムの方を向いた。
「おい、どこで見つけた。こいつはどっかのお嬢様か何かだぞ。」
「えっ、そんな。だって、山の中だし、格好だってこんなのだし。」
「手が綺麗過ぎる。ありゃあ世話をされる側の人間だ。それに記憶喪失っつってたな。誰かが探してる可能性もあるぞ。」
何? 何? どういうこと?
「じゃ、じゃあ・・」
「お前は厄介を持ってきただけだ。顔も見られたし、殺すしかない。」
え? え? わ、私の話よね? こ、殺されるの? 後ずさると手が、ひやりとした土の壁に触れ、ひゅ、と喉がなった。穴の中では、どこにも逃げ場がないのだ。汗が全身から吹き出してくる。心臓は極限まで縮んでいた。
「お、お姉さん殺しちゃうのっ?」
アムが泣きそうな顔を向けてきた。そんな顔で見られると、余計に恐い。冗談でしょ・・私は必死にふるふると首を横に振った。
「そんな事・・許されないわ。」
掠れて、男には届かなかったのかもしれない。私の言葉には少しの反応も示さず男はアムにだけに話を続けた。
「下手に触って痕跡が残ると困る。手っ取り早く埋めるぞ。」
「埋めっ・・・!?」
四方を見上げると、右側に土の山があるのが飛び込んできた。穴を掘った時に出来たと思われるそれは、とても大きな山で・・その土を、全部・・落とすつもり・・? ゾクリと背筋が冷えた。どうしよう、どうしよう・・どうにかしたいのに何も考えられない。
「きゃっ」
後ろからばさっと、土を掛けられた。後ろにも人が? 振り返ろうとしたけど、土は容赦なく落ちてきて、受け止めるのがやっとだ。あっ、足で落ちてくる土を踏み固めていったら埋まらずに・・。必死で足を動かして土を固めようと頑張ったけれど、容赦なく降ってくる冷たい不快な土は、髪に絡み付き、服の中にまで入りながら、とうとう私を膝まで埋めてしまった。嗚咽が漏れた。・・・私、ここで死ぬの? 夢だと思いたいのに、汗で身体中に張り付く土の気持ち悪い異物感が、現実だと示してくる。
「こ、殺さなくっても、きっと大丈夫だよっ、ねっ、ねっ? だからっ・・・」
アムの必死な声が聞こえて、一瞬だけ僅かな希望を持ったけれど、希望の声は途中から消えていった。もう、土は腰まで迫っている。目や口や鼻にも入って、痛くて苦しくて、足を上げる事も出来なくて・・・とうとうプツン、と糸が切れてしまった。頭の中を支配するのは絶望だけ・・・。くらっ、と意識が遠のいていくのを感じた。埋まる前に気を失えるのは、かえってよかったかもしれない。苦しまなくていいかもしれないから・・・。
**
「・リ・・・っ、・・・・」
ん・・・
「・・・っ、アリ・・っ・・」
呼ばれてる? 私、死んだのかしら?
「アリーっ、アリーっ」
今度ははっきりと聞こえた。
「アリーっ!」
「・てん・・ごく?」
喋ろうとした途端にむせた。口の中はザラザラしていて気持ちが悪い。胸の奥から急激に突き上げるものがあって、思わず嘔吐した。
「アリー、よかった。手を伸ばせる?」
え? ノア? 懸命に見上げるけれど、目に入った土のせいで、よく見えない。
「手を。とにかく手を伸ばして。」
言われたままに伸ばすと、差し伸べられた温かな手が、ぎゅっ、と掴んでくれた。あ・・・私・・生きてる。それだけで涙が溢れ出た。
ノア私を穴から引っ張り出した後、子供みたいに声を上げて泣きじゃくる私を、きつく抱き締めてくれた。
「ごめん、すまないアリー、本当にすまない。俺が忠告したことなのに、置いて行って悪かった。ごめんよ。本当にごめんよ。」
何度も同じ言葉を繰り返すノアの声は震えていたけれど、今の私にはそんな事はどうでもよくて、ただただ必死にすがり付いた。「みっともない」なんて、考える余裕もなかった。
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