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とりあえずノアの故郷まで
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**アリー
ノアは私を抱き上げ川まで運び、そのまま、靴も脱がずにじゃぶじゃぶと水に入った。
「ふぇ・・? ノア、濡れちゃう・・」
「この方が早いから。」
川の中腹くらいまで進んでいくと、抱き上げられている私のお尻がじわじわと水に浸かっていった。
「立てる?」
頷くと、ゆっくり下ろされて、足が水底石を踏んだ。
「痛・・」
いつの間にか私は靴を履いていなくて、傷が出来ていたらしい。足の裏が、ズクンと痛んだ。
「あっ、ごめんっ、」
ノアは慌てて再び抱き上げようとしてきた。
私は胸を少し押して大丈夫だと言おうとして、目を見張った。ノアの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていたのだ。
「わぁっ、ごごごめんっ、見ないでっっ」
「ノア・・・」
「お、俺っ、向こう向いてるから、ゆっくり洗い流してっ。」
「・・・ありがとう。」
私の為に泣いてくれる人がいる。それが、どんなに心を支えてくれることか・・。恐怖で冷たく強張っていた心に、熱いものを感じた。
これ以上泣いて心配を掛けたくなくて、ぐっと食いしばって身体を清めた。口をゆすぎ、顔と手足を洗って、衣服の中はしゃがんで水中でヒラヒラとさせ、出来るだけ土を落とした。完璧ではないけれど、随分、気持ち悪さはなくなった。最後に髪だけは1人では難しくて、ノアにも手伝ってもらった。だけど男の人に髪を洗われるのは、酷く後ろめたい。ノアは大丈夫だと言ってくれたけれど、とても破廉恥なことをお願いしたのではないかと不安になった。・・恥ずかしい。
「ねぇ、ノア。そんなに丁寧にしなくっても大丈夫だわ。後で、宿に着いてから洗えばいいのだから。」
「・・これぐらいはさせて欲しい。それに、こんなに土だらけでは入れてもらえないかもしれないから。」
表情は見えないけれど声はかなり沈んでいる。ノアには助けてもらってばかりなのに、申し訳ない気持ちになった。
「ノア、あの、あのね、私は本当に感謝しているの。だから、」
「アリー、ごめん。俺、こんな思いをさせる為に連れ出したんじゃないんだ。ただ・・・」
「え? ちょっと待って、連れ出したって何の事かしら? さっきは私が勝手にアムを追い掛けてしまったから私がいけなかったのよ。」
「あ、いや、今日の事じゃなくて・・」
「今日の事じゃなくて?」
「その・・アリーは、後悔していない?」
「後悔?」
「あっ、いやっ、後悔して欲しい訳じゃなくて、後悔させていたらどうしようと思ってっ。もももちろん、俺は」
「ねぇ、何の話か分からないわ。何を後悔するっていうの?」
ノアに助けてもらってからの後悔なんて、思い当たる事はない。そもそも後悔も何も、記憶がないのだもの。
「その、・・王宮を・・・」
「王宮・・・って、何のこと?ノア、あなたは私の事を何か知っているの?」
ノアは髪を洗う手を止めてくるりと私を回した。私を見つめるその目は、大きく見開らかれている。
「アリー? アリーだよね? アリーは、自分事を知らないの?」
「・・・だって、私は記憶喪失だもの。だからあなたに助けてもらったのでしょ。」
「・・・」
「ノア?」
「・・・っ、ああ、ごめんっ。ちょっと考え事をしてしまって。ええと、アリーは、ええと・・・、その、もしかして本当に、忘れてしまった・・?」
ノアは妙におどおどと、顔色を窺うように聞いてくる。
「ねぇ、さっきからおかしいわよ?忘れるってなに?いったい何の話をしてるの?」
「いや、いや・・、ごめん、何でもないんだ。」
何でもないという様子ではないのに、ノアはそれきり無言になり、再び髪を洗い始めた。だけど、時折首筋に触れる指先が、その度に物言いたげに躊躇っているように感じた。
**
それから幾日か過ぎて、とうとう私達は旅の目的地、ノアの故郷へとたどり着いた。日没後の、まだうっすらと明るさが残る時間だ。
「わぁ・・・、とても・・長閑な雰囲気なところね・・」
「はは、何もないよね?」
広い広い畑の向こうに、ぽつりと明かりの灯った家が見えた。その向こうはまた、畑だろうか。
「もう少し行くと、もっと家も見えてくるから。」
ノアの言った通り、細いあぜ道を進んでいくとまばらに明かりが見えてきた。どの家も広い畑と対になっている。暗くなりかけているせいか人は誰もいなくて、とても静かで、私達を乗せた馬の足音だけがポコポコと聞こえた。
「急に訪ねて、大丈夫かしら?」
「大丈夫、知らせてあるから。少し遅くなったから、今頃待ってるんじゃないかな。」
後ろにいるから顔は見えないけれど、ノアの声は少し高揚しているように聞こえた。自ら家を出たとはいえ、やはり故郷は故郷なのだ。私に無いものを持つノアがほんの少し羨ましく思え、また私の存在が水を差してしまわないだろうかと不安になった。
「え・・?何?どうしたの?」
後ろから支えてくれるノアの腕に、ぎゅ、と力が込められて、思わず問い掛けた。
「うん、大丈夫だから、って思って。一緒に、ここから始めよう。」
「・・・ありがとう。ノアは優しいのね。」
じんわりと温もりが広がった。
***ノア
遠くに自分の家を見つけ、アリーを支える手に力を込めた。そばにいるだけで、なんて到底無理な話だったのだ。
「え?何?どうしたの?」
戸惑う声が聞こえ、愛しさに堪らず更に力を込めた。
「うん、大丈夫だから、って思って。一緒に、ここから始めよう。」
大丈夫だ、きっと上手くいく。
「優しいのね」というアリーの言葉に、そうじゃないのだと、心の中で答えた。
離したくない。もう、離せない。
ノアは私を抱き上げ川まで運び、そのまま、靴も脱がずにじゃぶじゃぶと水に入った。
「ふぇ・・? ノア、濡れちゃう・・」
「この方が早いから。」
川の中腹くらいまで進んでいくと、抱き上げられている私のお尻がじわじわと水に浸かっていった。
「立てる?」
頷くと、ゆっくり下ろされて、足が水底石を踏んだ。
「痛・・」
いつの間にか私は靴を履いていなくて、傷が出来ていたらしい。足の裏が、ズクンと痛んだ。
「あっ、ごめんっ、」
ノアは慌てて再び抱き上げようとしてきた。
私は胸を少し押して大丈夫だと言おうとして、目を見張った。ノアの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていたのだ。
「わぁっ、ごごごめんっ、見ないでっっ」
「ノア・・・」
「お、俺っ、向こう向いてるから、ゆっくり洗い流してっ。」
「・・・ありがとう。」
私の為に泣いてくれる人がいる。それが、どんなに心を支えてくれることか・・。恐怖で冷たく強張っていた心に、熱いものを感じた。
これ以上泣いて心配を掛けたくなくて、ぐっと食いしばって身体を清めた。口をゆすぎ、顔と手足を洗って、衣服の中はしゃがんで水中でヒラヒラとさせ、出来るだけ土を落とした。完璧ではないけれど、随分、気持ち悪さはなくなった。最後に髪だけは1人では難しくて、ノアにも手伝ってもらった。だけど男の人に髪を洗われるのは、酷く後ろめたい。ノアは大丈夫だと言ってくれたけれど、とても破廉恥なことをお願いしたのではないかと不安になった。・・恥ずかしい。
「ねぇ、ノア。そんなに丁寧にしなくっても大丈夫だわ。後で、宿に着いてから洗えばいいのだから。」
「・・これぐらいはさせて欲しい。それに、こんなに土だらけでは入れてもらえないかもしれないから。」
表情は見えないけれど声はかなり沈んでいる。ノアには助けてもらってばかりなのに、申し訳ない気持ちになった。
「ノア、あの、あのね、私は本当に感謝しているの。だから、」
「アリー、ごめん。俺、こんな思いをさせる為に連れ出したんじゃないんだ。ただ・・・」
「え? ちょっと待って、連れ出したって何の事かしら? さっきは私が勝手にアムを追い掛けてしまったから私がいけなかったのよ。」
「あ、いや、今日の事じゃなくて・・」
「今日の事じゃなくて?」
「その・・アリーは、後悔していない?」
「後悔?」
「あっ、いやっ、後悔して欲しい訳じゃなくて、後悔させていたらどうしようと思ってっ。もももちろん、俺は」
「ねぇ、何の話か分からないわ。何を後悔するっていうの?」
ノアに助けてもらってからの後悔なんて、思い当たる事はない。そもそも後悔も何も、記憶がないのだもの。
「その、・・王宮を・・・」
「王宮・・・って、何のこと?ノア、あなたは私の事を何か知っているの?」
ノアは髪を洗う手を止めてくるりと私を回した。私を見つめるその目は、大きく見開らかれている。
「アリー? アリーだよね? アリーは、自分事を知らないの?」
「・・・だって、私は記憶喪失だもの。だからあなたに助けてもらったのでしょ。」
「・・・」
「ノア?」
「・・・っ、ああ、ごめんっ。ちょっと考え事をしてしまって。ええと、アリーは、ええと・・・、その、もしかして本当に、忘れてしまった・・?」
ノアは妙におどおどと、顔色を窺うように聞いてくる。
「ねぇ、さっきからおかしいわよ?忘れるってなに?いったい何の話をしてるの?」
「いや、いや・・、ごめん、何でもないんだ。」
何でもないという様子ではないのに、ノアはそれきり無言になり、再び髪を洗い始めた。だけど、時折首筋に触れる指先が、その度に物言いたげに躊躇っているように感じた。
**
それから幾日か過ぎて、とうとう私達は旅の目的地、ノアの故郷へとたどり着いた。日没後の、まだうっすらと明るさが残る時間だ。
「わぁ・・・、とても・・長閑な雰囲気なところね・・」
「はは、何もないよね?」
広い広い畑の向こうに、ぽつりと明かりの灯った家が見えた。その向こうはまた、畑だろうか。
「もう少し行くと、もっと家も見えてくるから。」
ノアの言った通り、細いあぜ道を進んでいくとまばらに明かりが見えてきた。どの家も広い畑と対になっている。暗くなりかけているせいか人は誰もいなくて、とても静かで、私達を乗せた馬の足音だけがポコポコと聞こえた。
「急に訪ねて、大丈夫かしら?」
「大丈夫、知らせてあるから。少し遅くなったから、今頃待ってるんじゃないかな。」
後ろにいるから顔は見えないけれど、ノアの声は少し高揚しているように聞こえた。自ら家を出たとはいえ、やはり故郷は故郷なのだ。私に無いものを持つノアがほんの少し羨ましく思え、また私の存在が水を差してしまわないだろうかと不安になった。
「え・・?何?どうしたの?」
後ろから支えてくれるノアの腕に、ぎゅ、と力が込められて、思わず問い掛けた。
「うん、大丈夫だから、って思って。一緒に、ここから始めよう。」
「・・・ありがとう。ノアは優しいのね。」
じんわりと温もりが広がった。
***ノア
遠くに自分の家を見つけ、アリーを支える手に力を込めた。そばにいるだけで、なんて到底無理な話だったのだ。
「え?何?どうしたの?」
戸惑う声が聞こえ、愛しさに堪らず更に力を込めた。
「うん、大丈夫だから、って思って。一緒に、ここから始めよう。」
大丈夫だ、きっと上手くいく。
「優しいのね」というアリーの言葉に、そうじゃないのだと、心の中で答えた。
離したくない。もう、離せない。
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