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家畜小屋
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**アリー
無理だろ。と決めつけられてつい意地になってしまった。私って気が強い人間なのかしら。でも、距離を保てるのはかえって良かったのかもしれない。
家畜小屋へと向かいながら、ふい、と振り返ると、灯りのついた家が、まるでそこだけを守っているかのように見えた。
皆が私を見ていた。その顔つきは、ノアを見るときのものとは違う。
私はこういう顔を知っていたのだ。直感で分かる、私はこの場にいないほうがいい。このままじろじろと見てくる無礼を許していると舐められてしまう。だからといって忠告出来るような雰囲気でもないから、あのように夕食を辞退するのは精一杯の誠意でもあった。一応はノアの家族だから、だ。
家畜小屋を薦めた張本人は薄暗い足元をランタンで照らしながら、罰が悪そうに私の隣を静かに歩いていた。クレアとか呼ばれていた気がする。言った後で、しまった、という顔をしたのは、言うつもりのない本心がうっかり出てしまったからだろう。つまり、心の中ではよかったと思っている訳ね。どんな場所なのか、楽しみになった。この娘の好意が、どの程度のものか。
「あの、悪く思わないで下さいね。その、本当に、なんとなくここが思い浮かんだだけで、まさか本当に使うことになるなんて。」
家畜小屋の外壁に取り付けられた細い階段を上った先に、壊れそうなドアが1つ付いていた。彼女は申し訳無さそうに取っ手を回すけれど、カチャカチャと空回るような音しかしない。無言で横に立って思い切りドアの下の方を蹴ってやるとガコッ、と大きな音がして無事に開いた。
「ふっ。ええ、分かっているわ、私が望んだことよ。」
それにしても・・・、埃っぽい。舞い上がる埃にランタンの光が反射した。
「あぁっ、まさかこんなに酷いとは、ごめんなさい、やっぱり止めた方がいいと思うわっ。」
ある程度は想定していたでしょうに、白々しい。この状況で今さらあの場所に戻るなんて、恥を晒すようなものだわ。
「結構よ、ここを使わせて頂くわ。その為にあなたが付いてきてくれたのでしょう?」
確かにクレアは言った、「使えるように私が片付けます」と。
「それはそうなのだけど・・」
「よろしくね。私は少し、外の空気を吸ってくるわ。」
そう言い残しドアの外に出ると、肌寒い風が吹き抜け、ふっと我に返った。
あぁ、私としたことが。少し冷静さを欠いていたのかもしれない。どうしてだか意地悪な気持ちになってしまっていたのだ。頭を冷やしながら、手摺を頼りに階段を下りた。灯りがないと階段を下りるのも、苦労する。ヨタヨタと地面に着いた時、家の方から駆けて来る影がうっすらと見えた。誰かしら。ノア?
影はすぐに目の前までやってきた。
「いったいどうしたの?」
「あ、いや、荷物・・もだし、気になって。」
「あら、荷物を持って来てくれたのね、ありがとう。うっかりしていたわ。・・食事は?していなくてよかったの?」
ノアの為に用意された食事だと思ったから、置いてきたのに。
「あ、ええと、直ぐに戻るよ。だけど、少しだけ、話をしてもいいかな?」
「私は構わないけど。部屋の準備もまだかかりそうだし。」
ノアがハッとした顔で、階段の上を見上げた。
「部屋、大丈夫だったかな?使えそう?」
「ええ。思っていたより綺麗だったみたいよ。」
にっこり微笑んだ。
**
少し、歩こうか。とノアは言い、私の手を取った。
「あのさ、聞いておこうと思って。アリーは、これからどう生きていきたい?」
ドキリとした。私は何も考えていない。
「・・・漠然としすぎているわ。今は何も考えられないけど、・・あぁ、でもそうね、考えなくちゃよね。」
私には、何が出来るのかしら・・。だけど確かに、いつまでもお世話になるわけにはいかないわよね。
「あっ、ええと、ゆっくりでいいんだ。ゆっくりでいいのだけど、何て言うか、どこで暮らしていくにしてもさ、1人じゃ生きていけない訳でさ。」
「?・・ええ。そうね。1人じゃ生きていけないわ。」
「だから、その、・・もう少し、歩み寄った方がいい。」
「歩み寄る?」
そんなことを言われるだなんて、思いもしなかった。
「ああ。ほら、今もさ、アリーは気を使ってくれたのかもしれないけど、夕食くらいは一緒に食べたって・・」
「じろじろ見られたわ。」
胸がひゅ、と冷たくなった。
「え? そりゃ、珍しいからで。」
「あのねノア、私はとても不快に感じたの。我慢することが歩み寄るっていうことなら、それは違うと思うわ。」
「・・・」
ノアが、言葉に詰まった。言い過ぎたかしら?チラリと覗くけど、表情は分からない。
・・・・・・・・・・
「・・でも、ノアの家族だから、きっと皆いい人達なのよね。」
不快、は酷かったかもしれない。少し反省して呟いてみた。
「いい人達だ、それは保証する。・・・だけど、そうか・・、アリーには酷なのかな・・・。」
「え?何て?聞こえなかったわ。」
「っいや、悪かった。アリーの気持ちも考えずに。家族にはきちんと言っておくから、だから、どうか明日は一緒に食事を」
「・・・ぷっ、そんなに一緒に食事を取ることが大事なの?」
あまりに必死そうな声で言ってくるから、つい吹き出した。
「ああ、大事な事なんだ。」
ぎゅ、と手を握る手に力が込められた。そういえば、ずっと手を繋いだままだったのだわ。振りほどこうかと悩んだけれど、今さら不自然な気がして、そのままにしておいた。嫌じゃなかったから。
「アリー、ゆっくり、慣れていこう。」
ノアの顔が、上を向いていることに気が付いて、私も空を見上げた。
「わぁっ・・・」
1面に広がる星空に、感嘆がもれる。山のない、開けた視界いっぱいに、たくさん散りばめられた、数え切れない程の星。
「ここも負けないくらい、星が綺麗なんだ。」
ここも負けないくらい・・・。ノアが何処と比べているのか分からなくて、ただ、吸い込まれそうな星空を見上げ続けた。
ノアの手がゴツゴツしていて、ふと私の手が、「綺麗過ぎる」と言われた事を思いだしていた。
無理だろ。と決めつけられてつい意地になってしまった。私って気が強い人間なのかしら。でも、距離を保てるのはかえって良かったのかもしれない。
家畜小屋へと向かいながら、ふい、と振り返ると、灯りのついた家が、まるでそこだけを守っているかのように見えた。
皆が私を見ていた。その顔つきは、ノアを見るときのものとは違う。
私はこういう顔を知っていたのだ。直感で分かる、私はこの場にいないほうがいい。このままじろじろと見てくる無礼を許していると舐められてしまう。だからといって忠告出来るような雰囲気でもないから、あのように夕食を辞退するのは精一杯の誠意でもあった。一応はノアの家族だから、だ。
家畜小屋を薦めた張本人は薄暗い足元をランタンで照らしながら、罰が悪そうに私の隣を静かに歩いていた。クレアとか呼ばれていた気がする。言った後で、しまった、という顔をしたのは、言うつもりのない本心がうっかり出てしまったからだろう。つまり、心の中ではよかったと思っている訳ね。どんな場所なのか、楽しみになった。この娘の好意が、どの程度のものか。
「あの、悪く思わないで下さいね。その、本当に、なんとなくここが思い浮かんだだけで、まさか本当に使うことになるなんて。」
家畜小屋の外壁に取り付けられた細い階段を上った先に、壊れそうなドアが1つ付いていた。彼女は申し訳無さそうに取っ手を回すけれど、カチャカチャと空回るような音しかしない。無言で横に立って思い切りドアの下の方を蹴ってやるとガコッ、と大きな音がして無事に開いた。
「ふっ。ええ、分かっているわ、私が望んだことよ。」
それにしても・・・、埃っぽい。舞い上がる埃にランタンの光が反射した。
「あぁっ、まさかこんなに酷いとは、ごめんなさい、やっぱり止めた方がいいと思うわっ。」
ある程度は想定していたでしょうに、白々しい。この状況で今さらあの場所に戻るなんて、恥を晒すようなものだわ。
「結構よ、ここを使わせて頂くわ。その為にあなたが付いてきてくれたのでしょう?」
確かにクレアは言った、「使えるように私が片付けます」と。
「それはそうなのだけど・・」
「よろしくね。私は少し、外の空気を吸ってくるわ。」
そう言い残しドアの外に出ると、肌寒い風が吹き抜け、ふっと我に返った。
あぁ、私としたことが。少し冷静さを欠いていたのかもしれない。どうしてだか意地悪な気持ちになってしまっていたのだ。頭を冷やしながら、手摺を頼りに階段を下りた。灯りがないと階段を下りるのも、苦労する。ヨタヨタと地面に着いた時、家の方から駆けて来る影がうっすらと見えた。誰かしら。ノア?
影はすぐに目の前までやってきた。
「いったいどうしたの?」
「あ、いや、荷物・・もだし、気になって。」
「あら、荷物を持って来てくれたのね、ありがとう。うっかりしていたわ。・・食事は?していなくてよかったの?」
ノアの為に用意された食事だと思ったから、置いてきたのに。
「あ、ええと、直ぐに戻るよ。だけど、少しだけ、話をしてもいいかな?」
「私は構わないけど。部屋の準備もまだかかりそうだし。」
ノアがハッとした顔で、階段の上を見上げた。
「部屋、大丈夫だったかな?使えそう?」
「ええ。思っていたより綺麗だったみたいよ。」
にっこり微笑んだ。
**
少し、歩こうか。とノアは言い、私の手を取った。
「あのさ、聞いておこうと思って。アリーは、これからどう生きていきたい?」
ドキリとした。私は何も考えていない。
「・・・漠然としすぎているわ。今は何も考えられないけど、・・あぁ、でもそうね、考えなくちゃよね。」
私には、何が出来るのかしら・・。だけど確かに、いつまでもお世話になるわけにはいかないわよね。
「あっ、ええと、ゆっくりでいいんだ。ゆっくりでいいのだけど、何て言うか、どこで暮らしていくにしてもさ、1人じゃ生きていけない訳でさ。」
「?・・ええ。そうね。1人じゃ生きていけないわ。」
「だから、その、・・もう少し、歩み寄った方がいい。」
「歩み寄る?」
そんなことを言われるだなんて、思いもしなかった。
「ああ。ほら、今もさ、アリーは気を使ってくれたのかもしれないけど、夕食くらいは一緒に食べたって・・」
「じろじろ見られたわ。」
胸がひゅ、と冷たくなった。
「え? そりゃ、珍しいからで。」
「あのねノア、私はとても不快に感じたの。我慢することが歩み寄るっていうことなら、それは違うと思うわ。」
「・・・」
ノアが、言葉に詰まった。言い過ぎたかしら?チラリと覗くけど、表情は分からない。
・・・・・・・・・・
「・・でも、ノアの家族だから、きっと皆いい人達なのよね。」
不快、は酷かったかもしれない。少し反省して呟いてみた。
「いい人達だ、それは保証する。・・・だけど、そうか・・、アリーには酷なのかな・・・。」
「え?何て?聞こえなかったわ。」
「っいや、悪かった。アリーの気持ちも考えずに。家族にはきちんと言っておくから、だから、どうか明日は一緒に食事を」
「・・・ぷっ、そんなに一緒に食事を取ることが大事なの?」
あまりに必死そうな声で言ってくるから、つい吹き出した。
「ああ、大事な事なんだ。」
ぎゅ、と手を握る手に力が込められた。そういえば、ずっと手を繋いだままだったのだわ。振りほどこうかと悩んだけれど、今さら不自然な気がして、そのままにしておいた。嫌じゃなかったから。
「アリー、ゆっくり、慣れていこう。」
ノアの顔が、上を向いていることに気が付いて、私も空を見上げた。
「わぁっ・・・」
1面に広がる星空に、感嘆がもれる。山のない、開けた視界いっぱいに、たくさん散りばめられた、数え切れない程の星。
「ここも負けないくらい、星が綺麗なんだ。」
ここも負けないくらい・・・。ノアが何処と比べているのか分からなくて、ただ、吸い込まれそうな星空を見上げ続けた。
ノアの手がゴツゴツしていて、ふと私の手が、「綺麗過ぎる」と言われた事を思いだしていた。
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