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**レイラ

「レイラ、今日は祭りを覗いてみようか。」

朝、ベッドの上で、寝ぼけた私を抱き締めながら陛下が囁いた。

「ふぁ、、んん、、ひゃんっ」

ぺろりと耳を舐められて目が覚めた。

「レイラ、一緒に町に行ってみよう。」

「、、、ウィレム陛下、ん、ちょ、ちょっと待って、わ、分かりましたって、んっ、、っひゃっっ、、いっっ!」

陛下の生暖かい舌が耳を堪能して首筋を這っていき、離れようともがいたら思い切り噛みつかれた。すぐに離してくれたけど本当に痛かった。

「酷いです。」

「俺の物だという印だ。」

陛下は噛みついたところを指でなぞって微笑んでいる。

「ウィレム陛下は噛みつく方だからいいでしょうけど、私は本当に痛いです。」

私は少し怒っていた。首を噛まれるのはこれで2回目だ。痛くて目に涙も浮かんだ。

「怒っても可愛いな。やられてばかりが嫌ならレイラもやってみるといい。」

「や、や、やりませんっっ!」

陛下はにやにやと笑っていた。


**

朝食を済ませてから、出掛ける準備を始めた。
私はジェミューだとばれたくなくてフードの付いたコートを借りて羽織ることにしたのだけれど、陛下も同じくフードで顔を隠している。

「見付かるといけないのですか?」

「ああ、悪い訳ではないのだが、面倒だろう。せっかくお前と出掛けるのだ、邪魔はされたくない。」

そういうけれど、2人並ぶとどうも怪しい人達に見える。せめて陛下だけでもどうにかしたいと思った。背が高いから余計目立つのだ。

「あの、ウィレム陛下、腕の鎖を取って頂けますか?」

「鎖を? どうするつもりだ?」

「ふふ。こう見えて私は結構魔力を持っているのですよ。変装は不得意ではありますけど、陛下だけでも今よりましにしようと思います。」

ふふん、と笑って見せた。
ところが、感心してもらおうと思っていたのに陛下は神妙な顔をした。少し悩んで私の腕の鎖に触れたか思うと、動きが止まる。

「レイラの魔力量が多い事は知っている。この前、俺の前でシンに使っただろう。だから、俺はこれを外すのが怖いのだ。俺が目を離した隙にいなくなるのではないかと、、怖いのだ。」

「、、、私はどこにも行きませんよ。」

「それだけじゃない。お前は、ジェミューだから、外は恐いと言った。外が恐い所でなくなったら、、、どうなる?」

「それは、どういう意味ですか?」


「  、、いや、、いいんだ、何でもない。」

陛下は最近よく悲しい顔をする。

「私はウィレム陛下が好きです。だから、、」

私は爪先立ちになりながら陛下の胸ぐらを掴んでぐいっと引っ張った。

「あ、あれ?」

よろけて陛下の胸に飛び込んだ私は、思っていたのと違って間抜けな声が出た。陛下は驚いている。

「なんだ? どうした?」

意を決して自分から陛下に口付けをしようと思ったのだけれど、陛下はびくともしなかった。それに私の背も足りなかったのだった。恥ずかしくて顔を上げられない。どうにか誤魔化したかったのだけれど何も思いつかなくて、顔を陛下に埋めながら打ち明けた。

「、、、キ、キスしようと思って、失敗しました。」

「、、、」

陛下の両手が私の頬を包んで上を向かせようとする。抵抗して俯くと、陛下は屈んで下から見上げてきた。

「レイラ、こっちを見ろ。」

「や、、恥ずかし過ぎて無理です。」

「こっちを見なさい。」

「いやです、、」

「可愛い。」

「うぅ、、見ないで下さい。」

「無理だ、可愛い。やはり閉じ込めておこうか。」

「え、えっ、そんな、」

咄嗟に上げた顔はしっかり固定された。

「こっちを見ろ、ましにしてくれるのだろう?」

「、、、はい。」

「よし」

しゃら、と音を鳴らして腕から鎖が外された。

「少し跡が付いたな。」

細い鎖だけれど、時々擦れて傷が出来てしまうのだ。その傷を陛下がそっと触れてきた。

「ふふ、すぐに治せるので大丈夫ですよ。」

「そうか、、、。だが痛そうだ。」

「ウィレム陛下に噛まれたところの方が痛いです。」

「それは残しておけ。消えたらまた付けよう。」

「う、、」

「で、どうするつもりだ?」

陛下が両手を広げて見せた。
私はシンの様に別人になることは出来ないのだけれど、見た目を若くしたり、老けさせることなら出来るのだ。
陛下を老けさせても陛下のままな気がするので、私は若くする事にした。

「目を瞑っていてもらえますか?」

言いながら、近くの椅子をガタガタと動かして陛下の前に持ってきた。

「ああ」

椅子の上に立って目を瞑った陛下の頭に手を乗せた。椅子がないと届かない。
そうして少しずつ魔力を送って若くしていった。
陛下だと分からなくなるまで、、、あれ? もう少し? もうちょっと?
子供の頃から大人びていた様でいつまで経っても陛下っぽさが残る。さすがにこれくらい子供だったら大丈夫だろうと思うところまで若くした。
それでも陛下っぽい。いや、陛下だから当たり前なのだけど、、、7歳くらいだと思う。
着ていた服はぶかぶかになってしまい、慌てて身長に合わせて縮めた。背は私の胸の下くらいだ。

「目を、、開けてみます?」

こんな筈ではなかったので、戸惑いながら聞いてみた。

「、、、」

「えへへ、、ウィレム陛下は小さくても素敵ですね。」

「、、、」

「あのっ、これくらい子供だったら、誰も陛下だとは思いませんよ。ですよね?」

「、、、レイラは、俺にこの姿で出歩けと?」

「か、可愛くてとってもいいですよ。」

「、、、少し見たらすぐに帰るぞ。」

「 っっはい。」

どうにか許された様でほっとした。

「手を。」

「ふふ、可愛い。」

「ん?、、待て。何故レイラは姿を変えないのだ?」

手をとって踏み出すと陛下が私を見て言った。

「大きくなっても小さくなってもジェミューはジェミューですからね。意味がないのです。」

言いながらフードを深く被った。

「、、そうか。」


***マイク視点***

店の従業員に勅令の件を知らせたのは、マルクスさんの首が落とされた後だった。旦那様は、混乱を避ける為だと言っていた。
話を聞いたリサはしばらく放心状態で過ごしていたが、数日経った頃にサイラスに支えられ、泣きながら俺に詰めよってきた。

「どうしてっ? どういう事なのっ? ねぇ、マイクは何か知っているんでしょっ!?」

「いや、俺は、、ただ、、陛下の命令で、としか、、すみません。」

「だっておかしいでしょう!? マイクだって一緒に狩りをしてたじゃないっ! どうして、、どうして、マルクスさんなのよっ!!」

「すみません、、、。」

「だからっっ、どうして彼なのよっっ!」

「リサ、とにかく落ち着こう。外に声が聞こえるといけない。それに、ほらこいつも知らないみたいだ。な、落ち着こう。  マイク、もういいいから行けよ。」

「、、、悪い。」

泣き崩れるリサをサイラスに任せて逃げるようにその場を去った。俺だって辛い、、、。

サイラスさんのリサへの思い、この事態を避けられなかった理由、俺の、言えないままだった愚かな行動。罪悪感に押し潰されそうだ。
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