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***アリア視点***

夜、建物の上から空を見上げた。
視界いっぱいに空が広がって、その空を埋め尽くす程の星の数。より多く密集している所は、赤い光の帯を作っていた。
夜なのに星の光で空が明るい。細い月は華奢な身体を眩しいくらいに光らせていた。

息をするのも忘れてしまいそう。
、、、凄い  、、、綺麗
その言葉しか出てこなくて、感嘆の溜め息をつきながらずっと魅入っていた。

「首、痛くならない?」

「ひっ!」

突然、背後から声がして飛び上がった。

「ははっ、驚きすぎだよ。」

シンだ、胸を撫で下ろした。

「驚いたわ。どうしてここに?」

「広場から見えた。1人で出歩くと危ないよ。」

「そう? ここは安全だと思っていたわ。」

「あまり人を信用し過ぎない方がいい。」

そういえばシンは、村の人を信用していなかった事を思い出した。レイラを見捨てたから、、

「ねぇ、目印になる星の見方を教えて。いつか役に立つかもしれないから。」

気持ちが暗くなりそうで、それは嫌だと思って話題を変えた。

「いいけど、砂漠で試さないでよ? 危険過ぎる。」

「例え昼間でも1人で砂漠を歩く勇気はないわ。ただ、知識を増やしたいだけよ。」

「ん。それじゃあ、ええと、、、あ、あそこにひしゃくみたいな形の星があるだろ?」

「点にしか見えないわ。」

「ああ、その、、点を線で繋ぐんだ。明るいのが7つあるから、繋いでみて。」

「え、、? よく分からないわ。」

「ああ、ええと、俺も人に教えるのは得意じゃなくてね、、、あ、そうだ、」

「えっ」

頭を掻きむしっていたシンが、ぱっと顔をあげ、私に後ろに密着した。ななな何これ。
シンの顔が私の肩に乗った。頬に、シンの体温が空気越しに伝わってくる。心臓が早鐘を鳴らした。顔が熱い。

「シ、シン、、?」

「ほら、見て。あれ分かる?ひしゃくの形。」

密着しているシンが、手を延ばして空を指差した。後ろから抱き締められているような格好で、正直星どころじゃない。
よく分かりもしないのに、カクカクと頷いた。

「良かった。じゃあ、あのひしゃくの先端の部分を延ばすんだ。分かる?」

またカクカクと頷いた。説明は耳から耳へ通り抜けていく。

「延ばしていくと、明るい星にぶつかるんだ。ほらあった。」

「あっ! 本当! 見つけた。」

説明は聞いていなかったけれど、シンの指先に、明るく光る星を見付けた。嬉しくなって、うっかりシンを見てしまい、息を止めた。
鼻がシンにぶつかるかと思った。

「   っ、ひゃあっっ!」

咄嗟にシンの腕の中から飛び出した。刺激が強すぎる。

「ああ、ごめん。さすがに無礼だったね。」

「ち、違うのよっ、ただ驚いて、、。教えてくれてありがとう。」

ふっ、とシンが笑った。シンは、何とも思わないのかしら、、、。 私はこんなにどきどきしているのに。

「どういたしまして。さあ、もう遅いから部屋まで送るよ。」

「あ、ありがとう。」

「明日はアリアも交えて少し具体的な話をしよう。」

「話? 何の?」

シンが呆れた顔で見てくる。私の頭は、シンと星でいっぱいになっていた。

「アリアは、何の為に付いてきたの?」

はっとした。夕食の時にもはっとして、自分を戒めたばかりだというのに。王宮を離れて王妃だという自覚が薄らいできている。
情けない自分を責めつつも、心の隅の方では、責任も意地もプライドも、全部捨てれば楽になれるのだろうかという、浅ましい考えが芽を吹いていた。



***レイラ

この庭に来れるのも最後だと思うと名残惜しくなる。少し寂しい気持ちで椅子に腰掛けた。相変わらずガゼボの中は暖かい。ウィレムの魔力に包まれて昨夜の事を思い出した。こんなに暖かな魔力で私を包んでくれる人を、私は傷付けてしまった。噛まれた痕がひりひりと痛んで、ウィレムはあの時どんな顔をしていただろうと思った。

「あら、あなた泣いているの?」

はっとした。顔をあげると、あの女の人が立っていた。

「え、ええと、、夢、、?」

「そうね、夢でいいわ。」

女の人は くすり、と笑った。

「それで、どうして泣いているの?」

「あっ、ええと、、あの、ウィ、ウィレムを、傷付けてしまったと思って、、」

女の人の手が延びてきて、私の涙を拭った。

「ありがとう。あの子の事を想ってくれているのね。」

「でもっ、な、なにも、出来なくて、、」

「もう出来ているわ。こんなに暖かな場所を作らせたんだもの。」

「私がしたのではなくて、作ったのは、ウィレムです。」

「それでいいのよ。どうかあの子を守って頂戴な。あの子は奪う事ばかり教わって育ったから、心が半分壊れているの。」

「心が、壊れて、、、?」

ふいに、町で様子がおかしくなったウィレムを思い出した。あの時のウィレムは恐かった。

「私に守る事ができるでしょうか?」

「だってウィレムはあなたの為にこの空間を作ったのでしょう? あなたにしか出来ないわ。だから、よろしくね。」

言いたいことは言った、とばかりに女の人は霧に包まれ消えていこうとする。私は慌てて叫んだ。

「あのっ、あのっ、あなたは誰ですかっっ?」

消えかけた顔で、柔らかく微笑んだ。

「あの子が思い出したら教えてあげて。楽しかった思い出だってあるはずよ、って。私はここで見守っているわ、、、」

「え、、え、? 答えになっていませんっ、そ、それに、、私はどうやって守ったら、待って、、!」

ひっ、、! 椅子から落ちそうになって息を呑んだ。
やっぱり、夢、、、? でも、涙を拭われた感触ははっきりと残っていた。


**

夜、ウィレムは私に触れなかった。
嫌われていたらどうしよう。
今日は疲れているんだ、と自分に言い聞かせたいのに、ちっともそうは思えない。胸がざわざわと音を立てた。それなのに、自分から触れる事はどうしても出来ないのだ。
ウィレムの背中を見ながら、戻ったら早くジュリにあの薬を貰わなければ、と焦っていた。
一線を越えてしまう恐怖や戸惑いは、嫌われたくない、という思いで掻き消されてしまっている。だって嫌われてしまう方がよっぽど恐ろしいから。自分の身体を差し出してでも繋ぎ止めたいと思う私は、間違いなくどうかしてしまっている。

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