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***マイク視点***
見上げると、先程廊下を歩いていた女の人が俺を見下ろしながら立っていた。
つい少し前、俺は廊下で引き摺り込まれた後、訳が分からないまま細い通路を歩かされ、階段を登らされ、廊下に出され、また壁の中の通路を歩かされ、気付けば立派な部屋の中に押し込まれたのだった。押された拍子に前につんのめって床に膝をついた。部屋中に甘い香りが漂っていた。
「、、、ええっと、、? 」
おずおずと声を出してみた。
「マイク、だったわね?」
「え、ええ、そうですが、、あなたは一体」
「このお方は王妃殿下でいらっしゃいます。」
背後から声がした。俺を連れて来た女の人だったのだけど、それを聞いて一気に青ざめた。
最初の時点でどうして気付かなかったのか今思えば不思議で堪らない。この王宮でこのような姿の人と言えば、王妃殿下以外にいないのに。
「す、すすすみませんっ」
俺はただただひれ伏した。
「あなた、陛下に呼ばれたのでしょう?」
「は、はいっ」
「何の話をしていたか、教えなさい。」
たらり、と こめかみの辺りを冷たい汗がすべって行った。
***ジュリ視点***
お嬢様がたくさん泣いたあの日から、陛下は部屋に戻って来ていない。私が最後に見た陛下は今にも泣きそうな顔で立ち竦んでいた。
翌朝、シーツを替えようと寝室に入った時、ベッドを使った痕跡がなかったので陛下は部屋でお休みにならなかったのだと気が付いた。つまり、陛下はあの悲しい顔のまま部屋を出て行ったということだ。ますます自分の言った言葉を悔やんだ。
お嬢様はただでさえ落ち込んでいたのに、空っぽの寝室を見て自分が部屋に閉じ籠ったから陛下が怒ってしまったのではと、やっと乾いた頬をまた濡らしていた。
昨晩の陛下の悲しんだ様子を伝えて怒っているのではない、と教えてあげたかったけど、私が陛下に伝えた内容といえば ジェミューの剥製の存在をお嬢様が知ってしまった、という話だったので、言い出す事が出来なかった。
**
「メリッサっ、どうしようっ、」
ずっと探していたメリッサをようやく見つけて、私は急いで駆け寄った。メリッサは洗濯場の小陰で座り込んでいるところだった。時間をもて余しているのかしら? ふとそう思ったけど、すぐに掻き消された。
「あらジュリ、私ずっと気になっていたのよ。お嬢様はあれからどう?」
「それが、、実は陛下がずっと部屋に戻ってこないの。私、どうしたらいいのか、、。メリッサは陛下が何をしているか知ってる? お忙しいだけならいいのだけど。」
立ち上がりながら聞いてきたメリッサに、私は早口で答えた。気持ちばかりが焦る。
言いながら、メリッサが手に手紙のような物を持っているのが見えた。手紙にしてはくしゃくしゃで、どうしたのかしらとつい目線がそこに止まった。メリッサはそれに気付いたのか、すぐに さっ、とポケットに押し込んだ。
「陛下が? それはおかしいわね、だって忙しくてもアリア様と会う時間はあるみたいだもの。」
「え!? アリア様と、、、 そ、それって、、あの、もちろんお仕事でって事よね?」
思いもよらない事を言われて背中が冷えた。
「さぁ、何とも言えないわ。仕事の内容なら少しは教えてくれる筈だけど、最近は何も教えてはもらえないの。頻繁に執務室へ行っているみたいなのだけど、、。もしかしたらまだ言えない事なのかもしれないわね。」
「い、言えない事って?」
「ほら、もうすぐ陛下の誕生祭だし、、、。その時には国民に向けてアリア様の御披露目もされるでしょう? だから同時にいい報告も出来るように、とかね。あ、これは例えばの話よ。ただ、ご結婚して少し経つからそろそろ、そういう時期かな、と思って、、、。」
「え、、、 そんな、、それってつまり、、」
「嫌だジュリったら、本当に例えばの話よ。ええと、お嬢様は落ち込んでいるの?」
「え、ええ、私には元気そうに振る舞うのだけど、食事もほとんど食べないし、、、。あぁ、どうしよう、陛下が本当にアリア様とそんな風になっていたら、、。私、メリッサの言う通りにした筈なのに。」
「あらジュリ、アリア様は王妃なのよ。本当にそんな風になっていたら喜ぶべきだわ。それに陛下がお嬢様を慰めなかったのは、ジュリのせいじゃなくて陛下がお決めになった事よ。お嬢様には悪いけどご機嫌を取るのが面倒になっただけじゃない?」
「そんな、、 違うわ。だってあんなに悲しい顔をしていたのに。」
「陛下が?」
「ええ、とても辛そうだったの。」
「ふぅん、じゃあ、、、 誤解を解いてあげたら?」
「誤解を、解く?」
「ええ。お嬢様はまだあの剥製を陛下の恋人だと思っているんでしょう? 誤解を解いてお嬢様から陛下に歩み寄ってもらったらどう?」
「あ、、そうか、、。そうね、そうだわ。でも、今さら信じて貰えるかしら?」
「実はね、記録があったの。私もついこの前知ったのだけどね、あのジェミューの剥製は10年くらい前にオリバー商会から贈られた物だったらしいわ。」
「え、、? 本当に、、? あ、、でも、お嬢様がジェミューの剥製って知ったら、、、」
「う~ん、分からないけど、お嬢様は今すごく落ち込んでいるのでしょう?試してみてもいいんじゃない?」
「、、、でも、、」
「ジュリ、そんなに考え込まないで。あなたが思い詰めてしまわないか心配だわ。あ、そうだ。誕生祭には陛下にたくさん贈り物が届くでしょ、それに合わせて宝物庫も整理をするわ。
中の物を一度外に出して風に当てたりもするから、こっそり実物も見れる筈なの。もし本当の話を信じてくれなくても実物を見たらジェミューって気付くでしょう? そしてさすがに10年くらい前の恋人が子持ちのジェミューなんて思わないわよ。陛下を愛しているなら、ほっとする筈だわ、ね。」
「、、、お嬢様は、ほっとするかしら?」
「陛下を愛してる、ならね。」
メリッサが自信たっぷりに言うものだから、私も頷いた。
見上げると、先程廊下を歩いていた女の人が俺を見下ろしながら立っていた。
つい少し前、俺は廊下で引き摺り込まれた後、訳が分からないまま細い通路を歩かされ、階段を登らされ、廊下に出され、また壁の中の通路を歩かされ、気付けば立派な部屋の中に押し込まれたのだった。押された拍子に前につんのめって床に膝をついた。部屋中に甘い香りが漂っていた。
「、、、ええっと、、? 」
おずおずと声を出してみた。
「マイク、だったわね?」
「え、ええ、そうですが、、あなたは一体」
「このお方は王妃殿下でいらっしゃいます。」
背後から声がした。俺を連れて来た女の人だったのだけど、それを聞いて一気に青ざめた。
最初の時点でどうして気付かなかったのか今思えば不思議で堪らない。この王宮でこのような姿の人と言えば、王妃殿下以外にいないのに。
「す、すすすみませんっ」
俺はただただひれ伏した。
「あなた、陛下に呼ばれたのでしょう?」
「は、はいっ」
「何の話をしていたか、教えなさい。」
たらり、と こめかみの辺りを冷たい汗がすべって行った。
***ジュリ視点***
お嬢様がたくさん泣いたあの日から、陛下は部屋に戻って来ていない。私が最後に見た陛下は今にも泣きそうな顔で立ち竦んでいた。
翌朝、シーツを替えようと寝室に入った時、ベッドを使った痕跡がなかったので陛下は部屋でお休みにならなかったのだと気が付いた。つまり、陛下はあの悲しい顔のまま部屋を出て行ったということだ。ますます自分の言った言葉を悔やんだ。
お嬢様はただでさえ落ち込んでいたのに、空っぽの寝室を見て自分が部屋に閉じ籠ったから陛下が怒ってしまったのではと、やっと乾いた頬をまた濡らしていた。
昨晩の陛下の悲しんだ様子を伝えて怒っているのではない、と教えてあげたかったけど、私が陛下に伝えた内容といえば ジェミューの剥製の存在をお嬢様が知ってしまった、という話だったので、言い出す事が出来なかった。
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「メリッサっ、どうしようっ、」
ずっと探していたメリッサをようやく見つけて、私は急いで駆け寄った。メリッサは洗濯場の小陰で座り込んでいるところだった。時間をもて余しているのかしら? ふとそう思ったけど、すぐに掻き消された。
「あらジュリ、私ずっと気になっていたのよ。お嬢様はあれからどう?」
「それが、、実は陛下がずっと部屋に戻ってこないの。私、どうしたらいいのか、、。メリッサは陛下が何をしているか知ってる? お忙しいだけならいいのだけど。」
立ち上がりながら聞いてきたメリッサに、私は早口で答えた。気持ちばかりが焦る。
言いながら、メリッサが手に手紙のような物を持っているのが見えた。手紙にしてはくしゃくしゃで、どうしたのかしらとつい目線がそこに止まった。メリッサはそれに気付いたのか、すぐに さっ、とポケットに押し込んだ。
「陛下が? それはおかしいわね、だって忙しくてもアリア様と会う時間はあるみたいだもの。」
「え!? アリア様と、、、 そ、それって、、あの、もちろんお仕事でって事よね?」
思いもよらない事を言われて背中が冷えた。
「さぁ、何とも言えないわ。仕事の内容なら少しは教えてくれる筈だけど、最近は何も教えてはもらえないの。頻繁に執務室へ行っているみたいなのだけど、、。もしかしたらまだ言えない事なのかもしれないわね。」
「い、言えない事って?」
「ほら、もうすぐ陛下の誕生祭だし、、、。その時には国民に向けてアリア様の御披露目もされるでしょう? だから同時にいい報告も出来るように、とかね。あ、これは例えばの話よ。ただ、ご結婚して少し経つからそろそろ、そういう時期かな、と思って、、、。」
「え、、、 そんな、、それってつまり、、」
「嫌だジュリったら、本当に例えばの話よ。ええと、お嬢様は落ち込んでいるの?」
「え、ええ、私には元気そうに振る舞うのだけど、食事もほとんど食べないし、、、。あぁ、どうしよう、陛下が本当にアリア様とそんな風になっていたら、、。私、メリッサの言う通りにした筈なのに。」
「あらジュリ、アリア様は王妃なのよ。本当にそんな風になっていたら喜ぶべきだわ。それに陛下がお嬢様を慰めなかったのは、ジュリのせいじゃなくて陛下がお決めになった事よ。お嬢様には悪いけどご機嫌を取るのが面倒になっただけじゃない?」
「そんな、、 違うわ。だってあんなに悲しい顔をしていたのに。」
「陛下が?」
「ええ、とても辛そうだったの。」
「ふぅん、じゃあ、、、 誤解を解いてあげたら?」
「誤解を、解く?」
「ええ。お嬢様はまだあの剥製を陛下の恋人だと思っているんでしょう? 誤解を解いてお嬢様から陛下に歩み寄ってもらったらどう?」
「あ、、そうか、、。そうね、そうだわ。でも、今さら信じて貰えるかしら?」
「実はね、記録があったの。私もついこの前知ったのだけどね、あのジェミューの剥製は10年くらい前にオリバー商会から贈られた物だったらしいわ。」
「え、、? 本当に、、? あ、、でも、お嬢様がジェミューの剥製って知ったら、、、」
「う~ん、分からないけど、お嬢様は今すごく落ち込んでいるのでしょう?試してみてもいいんじゃない?」
「、、、でも、、」
「ジュリ、そんなに考え込まないで。あなたが思い詰めてしまわないか心配だわ。あ、そうだ。誕生祭には陛下にたくさん贈り物が届くでしょ、それに合わせて宝物庫も整理をするわ。
中の物を一度外に出して風に当てたりもするから、こっそり実物も見れる筈なの。もし本当の話を信じてくれなくても実物を見たらジェミューって気付くでしょう? そしてさすがに10年くらい前の恋人が子持ちのジェミューなんて思わないわよ。陛下を愛しているなら、ほっとする筈だわ、ね。」
「、、、お嬢様は、ほっとするかしら?」
「陛下を愛してる、ならね。」
メリッサが自信たっぷりに言うものだから、私も頷いた。
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