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***アリア視点***

いろいろありすぎて、緊張の糸がぷっつりと切れてしまった気がする。あれから私は、丸1日眠り続けていた。
寝室のドアを開けるときは緊張したけれど お兄様はもう運び出された後で、ほっ、と息を吐いた。いくらお兄様でもあの腕を愛しいとは思えない。そして、嘆き悲しむべき私の心は、不思議と軽くなっていた。 薄情者だわ 、と自分を蔑んだ。
ソファーに腰を下ろすと直ぐにミアがお茶を準備し始めた。そしてそのお茶が運ばれてくるのをぼんやり眺めながら腰を後ろにずらし、だらしなく背もたれに身を任せた。たくさん眠っていたのに とても疲れている。
ぞうぞ と、お茶がテーブルに乗せられた。

「陛下のご様子は?」

身をのりだして、お茶を一口飲んでから尋ねた。

「今は落ち着かれた様子です。ピリピリはしているそうですが、通常通りお仕事をなさっているそうです。」

「、、そう、安心したわ。」

「はい、ただ、、」

「ただ?」

「門番1人と、女中2人の死亡が確認されています。」

「、、、それは陛下が?」

「恐らく、と言うのは、門番は目撃者がいるのですが女中の方はいません。でも陛下が通った後に倒れていたそうです。」

「混乱は?」

「特には、静か過ぎるくらいです。」

「そう。」

残りのお茶をゆっくりと口へ運んだ。今さら驚くような事でもない。他人事のように思えた。
さて、これからどうしたものかしら、、、。

「あの、アリア様、オリバー商会からの問い合わせが1件ありますが。」

「教えて頂戴。」

「はい、あの、停止している荷物の扱いに困っているそうです。せめて期限を教えて頂きたい、と申しております。」

「あぁ、確かにね。でも私じゃ分からないわね。はぁ、、、」

全てが面倒くさい。

「陛下の方へ回しましょうか?」

「、、、オーウェン経由でお願いするわ。」

「畏まりました。」


**

暫くすると、ミアが手紙を3通持って戻って来た。

「私宛て? どなたから?」

「はい。 あ、いえ、一通はアリア様で後は違います。写しなので持っていて構わないそうです。」

そう言いながら手紙を差し出した。一通は私宛て、と言う割にはしっかり封を切られている。

送り主はお父様だ。お父様の手紙は2通あり、それぞれ陛下と私に一通ずつ、それからもう一通は陛下からお父様への返事だった。

まず最初にお父様から陛下への手紙を開けた。
読んでいくと、何故私に読ませたのかが理解出来た。それはオリバー商会からの問い合わせの答えに繋がるものだったのだ。それと私への当て付けも、、
きっと陛下は、私達親子の事を邪知深いとでも思っていらっしゃるのだ。

今回 取引が停止していたのはジェミュー迫害の嫌疑が掛けられている事が知れ渡っていたから、だったらしい。迫害の上に成り立つような取引はしたくない と、相手国は潔白が証明されるまで停止にした、とのことだ。
お父様は陛下がジェミューの細工に目をお付けになっていたことをご存知だったのだ。お兄様が自分から報告したとも思えないから、きっと常に探られていたのだと思う。

そして、結果はどうあれお兄様が連合国を作って攻撃を仕掛けた今、疑いは確証へと変わった。つまり、黒だと。

そこでお父様は、お兄様の誤りを認め、正式に謝罪する事を陛下に提案なさっているのだ。

というのも、たとえ本当は潔白だとしても過去に行われていた事や、国のあちこちに広まっている良くない噂、そして噂通りとも勘違いしかねない状況が、証明を難しくしているのだと。

お父様はさぞやご満悦なさっている事だろう。私の気も知らないで、、

そして陛下はお父様の提案を受け入れるおつもりだ。
ただ、謝罪するからには、騒動が原因で起こった諸々について充分な損害賠償を、との要求をなさっていた。

結局お父様は、お兄様こそ失われたけれど、アリドゥラムとの仲を無理やりにでも深めることに成功したのだ。ついでに言うなら、アリドゥラムが今後取引しようとしている国とも繋がりを持てた。

最後に、お父様から私への手紙開けた。そこにはたった一言だけ書かれてあった。
労いも、心配も、、挨拶もない、、

ただ、子供を早く作りなさい、とだけ、、。


***ジュリ時点***

私がお嬢様に接触できるのは、陛下に呼ばれた時だけで、呼ばれたら身体を清潔にして乱れた衣服を整える。
お嬢様の身体の所々には、陛下がつけた紅い点が散っていた。ぐったりと動かないお嬢様とその紅い点は、とても痛々しく見えた。それから、必ず鎮静薬をテーブルに置いていった。薬が切れる頃を見計らって陛下が仕事を抜け出して投与しにくるのだ。
なので陛下はいつも見張っているわけではない。のだけど、私はお世話が終わったら直ぐに部屋を出ないといけない。しっかりと施錠して、鍵を陛下に手渡さなければいけなかった。
その鍵は2つあって、1つは部屋、、というか牢獄の鍵で、もう1つは階段と階段の間の分厚い扉の鍵だ。

そんな私がお嬢様をどうにかしたい、と思っても、正直 目を覚まさせる他にはなにも思いつかなかった。そして目を覚まさせる ということは、陛下の命に背くことになる。陛下を騙すのだから、、。
心臓は ばくばくと跳ねて、口から出てくるかと思った。だけど、私がしないとお嬢様は目を覚まさないままだ。ずっと眠っているから もう手遅れなんじゃないかと、不安で押し潰されそうだった。

準備した薬は2つ。薄めた物と、鎮静成分の入っていない物。まずは薄めた物をテーブルに置いてきた。丁度良い時間帯に目覚めてくれたらいいのだけど、、、。
緊張しながら陛下に呼ばれるのを待った。

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