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しおりを挟む苛立ちを含ませた威厳のある、凛とした声が響き渡った。
「せっかくシンデレラの大規模ライブを楽しみにしていたのに、これはどうことですか? 僕の推しであるルーリィだけでなく、メンバー全員の心が怒りと悲しみに満ちているなんて」
今日ここに集まっていた者たちは様々な思惑があった。シンデレラのライブで使われる魔道具や物販のグッズ。それらは今まで見たことないような物が多く、その価値に目を付けていた王族や自分の身内や元婚約者が有名になったことでその価値を見出し利用したいと思った者。
それだけではなく王族や貴族、教会などに阿りたかった者など多種多様で、それでいてシンデレラ達を利用したいと考えた者たちばかりだ。
音楽神が冷えた目で周囲の人間を見渡せば、その視線に自然と体が震え始め、ただの人間であることを身を以て知らしめられる驕り高ぶっていた権力者達。
薄汚い思惑まで見透かされているようで心まで冷えて恐怖で顔を強張らせてしまう。
誰もがどうするべきか分からず、顔を上げることも声を発することもできない中、ただ一人、リコリだけが音楽神の言葉にハッとし、何かを思い出したようにキュッと口を強く結ぶと立ち上がり顔を上げた。
「皆々様、大変申し訳ございません。本日のライブは中止となりました」
申し訳なさそうな表情の中に悲しさを滲ませ、深々と頭を下げるリコリ。その姿に他のメンバーも顔を上げ、咄嗟に「そこっ!?」と声を上げる。
「リコリ、さすがに違うって」
「そうですわ、リコリ」
「リコリさんらしいと言えばらしいですが」
「そうだよねえ、リコリだし」
リコリに続き神々の前だというのに畏怖することもなく平然と話し出すアイドルグループ、シンデレラ達。
神自身に直答したリコリだって言葉遣いは丁寧であるがそれは業務的と言え、畏れやその神々しさに強張った姿ではなかった。その姿に言葉もなく呆気にとられる他の人々。
けれど神々はそんなシンデレラ達を気にした様子もなく、何なら受け止め、先ほどまでと違った優しい目をシンデレラ達に向ける。
「さすがにわかっておる。楽しみで皆で見ておったからのう」
「我の愛しきラナの大舞台、穢した者を許すことなどできぬ」
「そうよの。わたくし達は其方達に文句などない。ただその心を穢し、苦しめた者に用があるのじゃ」
神々が口々にシンデレラ達が感じた怒りに共感し、その悲しむ姿が辛いと言う。
シンデレラ達を苦しめた者、その全てが憎々しく忌々しいと言わんがばかりにシンデレラの周囲に恐ろしいほどの威圧的な視線を向ける。
けれどそれを止めるのはやっぱりリコリだった。
「ダメですっ! ファンがアンチを攻撃することは私達は認めません!!」
「しかし僕のルーリィやリコリたんを追い込んだのは……」
「それでもです! ファンの行動はアイドルへ返る。シンデレラのファンがシンデレラの名を汚すことを私は、マネージャーとしてもシンデレラの仲間としても許せません!!」
音楽神の言葉は他の神々も同じだったようで、リコリの言葉に神々が納得するような、それでいて納得したくないような、何か言いたいけど言えないような、そんな姿でシュンとしてしまう。
そう、リコリははっきりと神々をファンと言った。神々もシンデレラのライブを楽しみにしていたと言った。
リコリだけでなくシンデレラのメンバー皆、リコリと神々の会話にどこか仕方なさそうな表情で、どこか気安さのある雰囲気を漂わせている。
それもそのはず、シンデレラ達はこれが初めての神との出会いではなかった。
それはまだ村々をドサ周りしていた時、なかなか観客も増えずファンと呼べるような人も多くなかった頃。それでも皆必死に一生懸命努力し続けていた。
何度も打ちひしがれ、悔しいことも悲しいこともあった。それでも立ち上がり歌い笑顔を見せる姿に音楽神は興味を持ち、シンデレラ達の前に降臨し姿を見せた。
さすがにメンバー達、ルーリィ、ラナ、パル、メロルは驚きその姿に畏怖を感じた。
神々しさに自然と体が震え、どうするべきか考えることすらできない。
けれどその時からリコリは何も変わらない。
「大丈夫!」とメンバーの手を握り、いつもの笑顔を見せ音楽神に向き合った。
「リコリと申します。どうぞ私達アイドルグループ『シンデレラ』の歌と踊りを一緒に楽しんで下さい!! 何ならファンになって推してくれませんか? 今なら古参ファンですよ♪」
語尾に音符が付きそうなほどの軽やかな言い方をしたと思ったら、ちらりと他のメンバーを見て笑顔でウィンクの合図をしてくる。それに自然とスイッチが入るメンバー達。
「可愛くても」
「あざとくても」
「下手でも」
「精一杯!」
「「「「「大好きな歌と踊りを一緒に楽しんで推してください☆」」」」」
弾むように重なる5人の声。
皆の必死な練習成果で畏怖する感情すら押しのけ、『アイドル』として完璧なファンサービスと目線でポーズもしっかり決めた。
リコリ以外のメンバーはやってしまった瞬間「しまった……」と思ったが、やってしまったものは仕方がない。
けれど音楽神は不敬を気にすることもなく、アイドルとはなんだ? と説明を求めた。
元々音楽神と言うぐらいだ。音楽に対して興味のあるこの神は、アイドルグループ『シンデレラ』のどこか奇抜でいてそれでも切ないバラードやポップな歌や踊り、持ち歌たちに魅せられていく。
さすがに神が見に来るとなって、準備で忙しくしているリコリ以外のメンバーは真っ白になった。
「ちょっと待とうよ!! だって神様だよ!?」
「さすがに私も神様の前で披露することなど考えたことがありませんわ」
「元聖女ではありますが、神にお会いしたのは初めてです……」
「ほんっとうにやるの、リコリ?」
不安がるメンバー。その姿に初めてリコリは少し怒った表情になり、両手で包むようにとは言え小さく音が鳴るように皆の頬を叩いた。
そんなことをされたのは初めてで、そんなリコリの表情も初めてで、神の登場以上に皆が驚いているとリコリは口を開く。
「バカ! 今までと一緒で世界で一番大切なお客様、ファンがシンデレラのステージを目の前で待ってくれてるんだよ!?」
しっかりと皆の目を見つめるリコリは強い瞳で笑顔を向ける。いつものように「することは1つ!」とはっきりと言い切ると。
「さあ皆、いつも通り120%の力で一生懸命頑張って見せよう!!」
そうして皆も自分達アイドルとして、覚悟は決まった。見せるべきはアイドルグループ『シンデレラ』。その歌と踊り、ステージを楽しみに来ているファンのため、自分たちはただやり切るだけだと。
その結果、音楽神はすっかりシンデレラに魅せられハマり、アイドルと言う考えを知る中で、聞き手であるファンもメンバーの1人、仲間だという言葉に涙を流した。
そしてアイドル『シンデレラ』のライブに通い詰め、リコリ曰く沼っていき、他の神々に布教活動まで始めてしまった。
今となっては様々な神、天上のファンも増え、ただしあまり目立たないように小数人でライブなどには参戦してもらうようにお願いした。
神々の力で天上から地上を覗くことも可能だったが、どうしても生でライブを見たい、参戦したいという神々が多すぎた。
そうなってくると神々にも推しができ、グループ推しから担当推しまで様々だ。
それが今回の王宮に神々降臨の真相。
推しの怒りと悲しむ姿が辛く、どうにかしてやりたいと思った神々だが、リコリの言葉で押し止められどうにかできないか悩んでいると緊張が走る。
そして人間、神々関係なく、頭に直接声が響く。
「やっと私も皆と楽しめるようだな」
これまでの神々より神々しい光を纏い、降り立つのはこの世界の創造神、主神と呼ばれる神であった。
神々の頂点である創造神は優しい笑みをシンデレラ達に向ける。
「お主達の噂は聞いていた」
「「「「「!?」」」」」
まさかさすがに創造神にまで知られているとは思ってもおらず、その降臨と言葉に驚きが隠せないシンデレラ達。
けれども続く創造神の言葉に更に驚くこととなる。
「リコリよ、真のセンターとして、私に本当のアイドル『シンデレラ』を見せてはくれまいか?」
「えっ!?」
リコリだけでなくメンバー皆も驚いたが、その言葉に4人は待ってましたと笑顔を浮かべる。
幾度もドサ周りを続け、何度もアクシデントに見舞われてきたシンデレラ達は強いのである。
「リコリはいつだって歌も踊りも一番に覚えて教えてくれるし、どの歌だってセンターで出来るもんね♪」
嬉しそうに笑いながらリコリの肩を叩くルーリィ。
「ちゃんと貴女がセンターになったときようのフォーメーションも練習済みですわ。リーダーとして、しっかり貴女をフォローしますわよ」
自信に溢れ、何も心配せずに歌いなさい、と叱咤するメロル。
「皆でセンターを支えるのは当然ですよ」
にこにこと微笑み、勇気を与えようとするラナ。
「センターで頭が真っ白になっちゃったら、あたしが代わりに歌っちゃうんだから」
そんなことは起こらないと茶化しながら、ウィンクしてセンターになれと言うパル。
皆の表情はどれも本気で、そして今までセンターとしてプライドを持ち続けていたはずのルーリィが、いつかのようにリコリの頬を両手で包むみじっと目を見つめてくる。
「この日が来るのを、待ってたよ?」
いつも以上の笑顔で、他の皆も同じように笑って、リコリの答えを待っている。
「でも……」
「でも?」
視線を下げ迷う素振りを見せるリコリにルーリィは気づいた。
ルーリィは知っていた。分かっていた。
誰よりもアイドルが好きで、誰よりもアイドルになりたがっていたリコリに気づいていた。
誰よりも努力し、誰よりも練習を重ね、誰よりも魅せてくれるその姿。
ルーリィにとって真のセンターとは、リコリのことだった。
センターとして活動し、センターというものを考え続けたルーリィだからこそリコリの今の迷いに、その気持ちに、敏感に気づけたのかもしれない。
創造神と言う今まで以上の大物。その存在を見ることすら本当は畏れ多い。
けれどもルーリィは覚悟を決め、その微かな手の震えさえも隠さずに堂々と創造神を見据える。
「創造神様。リコリのチャームポイントの長い銀髪って素敵ですよね?」
「気にするのはそこなのか?」
呆気にとられる創造神だが、ルーリィはメッ! と可愛くポーズを決めて口を開く。
「アイドルだって女の子ですよ? それにアイドルたるもの、可愛くって素敵な姿じゃなきゃステージに立てません!」
一瞬ぽかんとした後、大地がまた揺れたかと思うと創造神が大笑いした。
「確かに私が野暮じゃったな」
創造神が指をパチンと鳴らせば、一瞬でリコリの髪が元の長さへと戻っていく。それはキラキラと輝き、リコリを彩る。
それに目を見開き驚き、暫く唖然としていたリコリはハッとなり口を開いた。
「……申し訳ありません。私はやっぱりステージに立てません」
深々と頭を下げ、創造神だけじゃなく望んでくれた仲間達にも謝るリコリ。
「どうして!?」
「リコリ、貴女がセンターですわ」
「リコリさんの場所ですよ?」
「リコリ以外誰がやるのよ」
「そうじゃリコリ。私に見せてくれ」
「でも、私……。これから王族や姉に断罪されるので」
一瞬シーンと静かな空気が漂う。その中で声も出せずに驚き内心で慌てふためくのは名指しされた王族とノボラ。
そして聞こえてきたのは創造神と神々の大爆笑。それはもう止められないと言った感じで大笑いしている。
「き、気にするのはそこなのか?」
「アイドルって言っても人間ですよ? だから人間のルールで生きなきゃ皆も楽しく活動できないじゃないですか」
「ふむ、確かに一理ある」
リコリが落ち込むようにシュンッと小さくなると、創造神が王族とノボラを強く睨みつける。その力は凄まじく人間に耐えることなどできず、ノボラは早々に失禁し王族に連なる者は震えあがって泡を吹いた。
その姿に少しばかり納得した表情を見せた創造神は、その強い目を優しい笑みに変えリコリに戻す。
「リコリ様はやはり皆のリコリ様じゃなあ」
「は? リコリ様?」
創造神の呟いた言葉にリコリはつい顔を上げ聞き返してしまった。けれど創造神の表情はやってしまったと言わんばかりで、どこか落ち着かない様子を見せるが、何か覚悟したように手を握り締める。
「わ、私の推しは、……様じゃ」
「え?」
小さくなってしまった創造神の言葉が聞き取れず、リコリは空気も読まず聞き返す。
すでに他の神々は空気である。
「その、のう……」
「なんでしょうか?」
「だから、その、リコリ様が私の推しで、神なのじゃ!!」
すでに天上ではシンデレラの噂は大きくなっており、その噂を聞いて創造神も聞いたことのないアイドルと言うものに興味を持ち、じつわこっそりと見に行っていた。
本音を言えば脆弱な人間と侮っていた。けれどそれは大きく覆される。
何度も何度も練習したであろう歌と踊り。皆の息を合わせ変わり続けるフォーメーション。辛いことも悲しいこともあっただろうに、それをおくびにも出さずステージ上で輝く姿。
弱く儚いはずの彼女たちの強さに、負けない生き方に、どの神よりも感動し愛が募った。
それからは人間の姿にまでなって会報誌を集めたり、推し活、完全なる沼にずぶずぶとハマっていった。
そして最たる神推しは……。
「リコリ様!!」
で、ある。
神の神推しってなんだ? と突っ込んではいけない。
誰も知らなかった事実に神々も含め皆が一同に驚く。けれどすでに告白、ご本人にカミングアウトした創造神は何か吹っ切れたらしい。
少し恥ずかしそうではあるが、それでも意気揚々とリコリの素敵なところ、可愛いところ、好きなところを1人つらつらと告げていく。
そして本人に告げることに満足したのか、デレッと相好を崩していたのを引き締め、そこにいた全ての者を見渡す。
「私のリコリ様を虐めるのはどこの誰じゃ! 天地天界、全ての神から地上の人間、権力や地位など関係なく、真のセンターであるリコリ様を虐める者は蛙か虫に変えてやる!」
神の強い言葉には力が宿る。滲む怒りがそれを後押しし、シンデレラを除く人々に心臓を掴まれるような恐怖が植え付けられる。
神の愛、主神である創造神の愛はかなり重めだった。
けれども人間だって負けてない。創造神の言葉にリコリ以外の4人のメンバーがにっこりと笑う。
「神が許さずとも、私だって許しません」
勇気を出していつもより強気な言葉を告げるラナ。
「パルは虐め返しちゃうからね!」
パチンとウィンクをしながらあざと可愛く見せつけるパル。
次は自分の番だとメロルが一歩前に出て、自分の元婚約者やその関係者、王族から始まり高位貴族などを睨みつけていく。
「リコリを虐めるのなら、私のお仕置きを覚悟なさい」
強気な瞳に弧を描く唇。さすがお姉様(女王様)枠。見事なリーダーの迫力である。
そして最後はやっぱり。
「皆がリコリを断罪するなら、神様にだってもうライブやらないんだから!」
ルーリィが神々に視線を送り、プイッと可愛く怒る姿に萌える神々。
それでいいのか神々。この世界大丈夫か? とっ突っ込む人がいてもいいところだが、その場にいる人々全て、自分たちがしてしまったこと、しようとしていたこと、蛙や虫けらになるかもしれない事実に怯えそれどころではない。
すぐに謝り始める人は現れ、それに続くように次々とリコリやメンバー達に謝罪していく人々。
意識の残っていた末端王族でさえ威厳も何もなく、断罪を即刻翻すと平伏し謝罪を繰り返す。蛙は本当に無理なんです! 虫もほんと、蕁麻疹出るぐらい無理なんです、なんて言葉は聞いていない。聞こえない。
そうやって気が付けば謝罪を繰り返し平伏すこの国の貴族や有力者たち。プライドも驕りも全て投げ捨て必死な形相。その姿が余りにも余り過ぎて、ついて行けないリコリはポカーンとしながら聞いてしまう。
「え、っと。じゃあ、私ってどうなるの……?」
「「「センターで!!」」」
「「「「皆で120%一生懸命歌って踊ろ!!」」」」
神々が声を揃えて求め、仲間たちが嬉しそうに手を差し伸べてくる。その現実が徐々にリコリに浸透し、現実だとわかれば涙が勝手にぼろぼろと落ちていく。
『努力は報われる!』
どんな言葉より綺麗事だけど、アイドルが救ってくれたリコリは誰よりも信じていた。そして信じていたかった言葉。
「本当に、なった……」
泣き笑いを浮かべるリコリを残りのメンバー4人で抱き締め、その姿に創造神はキュンキュン身悶え、音楽神はアイドルグループ『シンデレラ』の曲を響かすように奏で始め、妖精王が5人を宙へと浮かべ、豊穣の神が各自の下に一人分の歩くたびに動くステージとなる足場を作り、月の女神が5人に光を当てる。
神々が持てる全てを使って作られた特別ステージ。これに勝る大舞台など有り得ないだろう。
そしてルーリィが、いつもと違う立ち位置で大きく声を張り上げる。
「では、皆が待ってた真のセンタ―リコリ! 一言よろしくね」
輝かんばかりの笑顔、煌めくステージ。
知ってる。前世でも今世でも、アイドルは素敵だけど弱くて強くて。
ステージに立ってるメンバーだけじゃなく、裏方だってファンだって仲間。
だって裏方もファンもいなくちゃ、アイドルは輝けない。
仲間がいて、こうして応援してもらって、支えてもらって、輝きを増すのがアイドルだ。
だから私は自分が出せる120%の大声で叫ぶ。
そう、真のアイドル、真のセンターは、みんなーーーーー!!
「大好き!」
満面の笑顔でセンターが言い放てば、そこからは地上の人々も天上の神々も、アイドルグループ『シンデレラ』の歌と踊りに酔いしれた。
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