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1.夢喰らいと羊、旅立つ朝
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「夢の匂い……ここだね」
夕暮れの森にぽつりと建つ古びた屋敷。
その屋根の上に、ふたつの影が伏せていた。
一人は、白い巻き毛を風に揺らす小柄な羊族の少女・メリィ。
背には自分の胴ほどもある大鉈が担がれている。
「ったく……作戦立てる間もなし、か」
隣で身を屈めていた黒髪の獏族の青年・ネロが、軽くため息をついた。
そのとき──
「よいしょっと!」
メリィが勢いよく大鉈を構え、屋根の一角をぶち破る。
瓦が砕け飛び、室内に夕陽の光が差し込んだ。
「こんにちは! 夢を返してもらいに来たよ。だから……抵抗しないでくれると嬉しいな!」
驚き振り返る屋敷内の密輸犯たち。
その隙に、天井から羊族の少女が軽やかに舞い降りる。
「な、何だ貴様──ッ!」
「名乗るほどの者じゃない、よっ!」
大鉈が床に突き刺さり、床板がびしりと割れた。
慌てて後退する密輸犯たちの背後──そこに、いつの間にかネロが立っていた。
「おとなしくしとけ。暴れたら、痛い目見るだけだ」
振り向いた男に、ネロの足払い。
ひとりが床に沈み、ざわめきが走る。
──戦闘というには、あまりに一方的だった。
全員を拘束した後、地下室を捜索。
棚の奥に隠されていた木箱を開けると、小瓶がいくつか並んでいた。中には青色に淡く揺らめく光の結晶。
「見つけた……夢の結晶だね」
メリィがそっと小瓶を抱き上げる。耳を澄ませると、かすかな震えが伝わってきた。
「ふるえてる。持ち主から引き剥がされたまま……」
ネロが背後から瓶をのぞき込む。
「このまま悪夢になれば、持ち主の心が歪む。……取り込んだ奴も、怪物に変わる」
彼の言葉に、メリィの表情が曇る。
「だから……早く返してあげなきゃ」
巻き毛がふわりと揺れ、小瓶の光をそっと包み込んだ。
近年、夢は高額で取引されるようになっていた。
ある美食家の獏が「至上の味」と口にしたことで、その噂は広がり、夢を盗む輩が現れ始めたのだ。
密売者たちを捕らえたふたりは、羊族の街・ウールネストへ戻ってきた。
赤い瓦屋根が並ぶ丘の街。石畳の道、尖塔の建物が陽に染まる。
街の中心──夢守り本部の塔。
ふたりは長い階段を上がり、執務室へ。
待っていたのは、茶色の長い巻き毛と四本角を持つ羊族の女性・マンクス。
切れ長の瞳が、冷静な光をたたえていた。
「……報告を」
「夢の結晶を四件回収、密輸犯は全員拘束済み」
「全員無事だし、怪我も……ちょっと擦り傷くらいかな!」
笑顔のメリィ。その隣で、マンクスの視線がネロへと移る。
「ネロ。前にも言ったが……お前の存在をよく思わぬ者は少なくない。
その行動ひとつで、彼女の足を引っ張ることにもなりかねない事を忘れるな」
羊族の街で、獏族は彼一人。
近年夢を食べ、暴走する獏族が増えた為警戒と嫌悪の目を向けられていた。
「……わかってる。心配してくれるのは、ありがたいけどな」
ネロの声には、皮肉と敬意がほんの少し混じっていた。
「次の任務だ。各地で悪夢による異常が起きている。
ふたりで調査と可能な限りの対処を。困難なら戻って報告を」
メリィとネロが頷くと、マンクスは一通の手紙と地図、街のリストを差し出した。
「最初の目的地は鉱山都市グラウスだ」
「チェビオがいるところだね。さっそく準備しなきゃ」
「ああ、行こう」
「良い報告を待っている」
軽く頭を下げ、ふたりは執務室を後にした。
***
夜。宿舎の部屋。
無造作に置かれた荷物と書物の山。
その隅にある一つのベッドで、ふたりは静かに横になっていた。
「……ネロ。大丈夫? 疲れてない?」
「……大丈夫だ。心配すんな」
ネロの手が、そっと隣に伸びる。
メリィの巻き毛が指に柔らかく絡んだ。
この温もりがあれば、彼女は悪夢に囚われない。
──そうなるよう、ネロが夜ごと“悪夢を喰っている”ことを、彼女は知らない。
静かに目を閉じたメリィの寝息。
その横でネロは天井を見つめ、ひとつ、長い息を吐いた。
……メリィの夢を食べたのは、自分の弟。
この事実を、彼女は覚えていない。
***
翌朝。街の門前。
小さなリュックを背負うメリィと、軽装のネロ。
「グラウスって雪多いんでしょ?」
「……今の季節なら、もう溶けかけてるかもな」
メリィが毛先をふるりと揺らす。
「私の毛も、雪みたいって言われるんだよ」
「……似合ってる」
朝日に照らされ、巻き毛がほのかに金色の光を帯びる。
ふたりは振り返らず、羊族の街を静かに後にした。
夕暮れの森にぽつりと建つ古びた屋敷。
その屋根の上に、ふたつの影が伏せていた。
一人は、白い巻き毛を風に揺らす小柄な羊族の少女・メリィ。
背には自分の胴ほどもある大鉈が担がれている。
「ったく……作戦立てる間もなし、か」
隣で身を屈めていた黒髪の獏族の青年・ネロが、軽くため息をついた。
そのとき──
「よいしょっと!」
メリィが勢いよく大鉈を構え、屋根の一角をぶち破る。
瓦が砕け飛び、室内に夕陽の光が差し込んだ。
「こんにちは! 夢を返してもらいに来たよ。だから……抵抗しないでくれると嬉しいな!」
驚き振り返る屋敷内の密輸犯たち。
その隙に、天井から羊族の少女が軽やかに舞い降りる。
「な、何だ貴様──ッ!」
「名乗るほどの者じゃない、よっ!」
大鉈が床に突き刺さり、床板がびしりと割れた。
慌てて後退する密輸犯たちの背後──そこに、いつの間にかネロが立っていた。
「おとなしくしとけ。暴れたら、痛い目見るだけだ」
振り向いた男に、ネロの足払い。
ひとりが床に沈み、ざわめきが走る。
──戦闘というには、あまりに一方的だった。
全員を拘束した後、地下室を捜索。
棚の奥に隠されていた木箱を開けると、小瓶がいくつか並んでいた。中には青色に淡く揺らめく光の結晶。
「見つけた……夢の結晶だね」
メリィがそっと小瓶を抱き上げる。耳を澄ませると、かすかな震えが伝わってきた。
「ふるえてる。持ち主から引き剥がされたまま……」
ネロが背後から瓶をのぞき込む。
「このまま悪夢になれば、持ち主の心が歪む。……取り込んだ奴も、怪物に変わる」
彼の言葉に、メリィの表情が曇る。
「だから……早く返してあげなきゃ」
巻き毛がふわりと揺れ、小瓶の光をそっと包み込んだ。
近年、夢は高額で取引されるようになっていた。
ある美食家の獏が「至上の味」と口にしたことで、その噂は広がり、夢を盗む輩が現れ始めたのだ。
密売者たちを捕らえたふたりは、羊族の街・ウールネストへ戻ってきた。
赤い瓦屋根が並ぶ丘の街。石畳の道、尖塔の建物が陽に染まる。
街の中心──夢守り本部の塔。
ふたりは長い階段を上がり、執務室へ。
待っていたのは、茶色の長い巻き毛と四本角を持つ羊族の女性・マンクス。
切れ長の瞳が、冷静な光をたたえていた。
「……報告を」
「夢の結晶を四件回収、密輸犯は全員拘束済み」
「全員無事だし、怪我も……ちょっと擦り傷くらいかな!」
笑顔のメリィ。その隣で、マンクスの視線がネロへと移る。
「ネロ。前にも言ったが……お前の存在をよく思わぬ者は少なくない。
その行動ひとつで、彼女の足を引っ張ることにもなりかねない事を忘れるな」
羊族の街で、獏族は彼一人。
近年夢を食べ、暴走する獏族が増えた為警戒と嫌悪の目を向けられていた。
「……わかってる。心配してくれるのは、ありがたいけどな」
ネロの声には、皮肉と敬意がほんの少し混じっていた。
「次の任務だ。各地で悪夢による異常が起きている。
ふたりで調査と可能な限りの対処を。困難なら戻って報告を」
メリィとネロが頷くと、マンクスは一通の手紙と地図、街のリストを差し出した。
「最初の目的地は鉱山都市グラウスだ」
「チェビオがいるところだね。さっそく準備しなきゃ」
「ああ、行こう」
「良い報告を待っている」
軽く頭を下げ、ふたりは執務室を後にした。
***
夜。宿舎の部屋。
無造作に置かれた荷物と書物の山。
その隅にある一つのベッドで、ふたりは静かに横になっていた。
「……ネロ。大丈夫? 疲れてない?」
「……大丈夫だ。心配すんな」
ネロの手が、そっと隣に伸びる。
メリィの巻き毛が指に柔らかく絡んだ。
この温もりがあれば、彼女は悪夢に囚われない。
──そうなるよう、ネロが夜ごと“悪夢を喰っている”ことを、彼女は知らない。
静かに目を閉じたメリィの寝息。
その横でネロは天井を見つめ、ひとつ、長い息を吐いた。
……メリィの夢を食べたのは、自分の弟。
この事実を、彼女は覚えていない。
***
翌朝。街の門前。
小さなリュックを背負うメリィと、軽装のネロ。
「グラウスって雪多いんでしょ?」
「……今の季節なら、もう溶けかけてるかもな」
メリィが毛先をふるりと揺らす。
「私の毛も、雪みたいって言われるんだよ」
「……似合ってる」
朝日に照らされ、巻き毛がほのかに金色の光を帯びる。
ふたりは振り返らず、羊族の街を静かに後にした。
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