5 / 140
5.星の道をゆくものたち
しおりを挟む焚き火の赤い光が、夜の草木をゆっくりと揺らしていた。
葉の隙間から覗く星々が、旅人たちに光を注ぐ。
静寂の中、メリィがふと思い出したように声を上げた。
「そういえば、今日の昼間道の向こうから馬車が通ったよね?あの荷台の上に、綺麗な花の飾りがついてたの、見た?」
膝を抱えたまま空を見上げ、くるりと巻いた前髪が風に揺れる。焚き火の火花がその端を照らした。
「ああ……派手だったな」
ネロが薪をひとつ火にくべ、ぱちりと音を立てる。
「花嫁道中か何かじゃないか? ずいぶん晴れやかだったし」
「うん……綺麗だったなあ。馬も立派で、荷車の布も真っ白で……。あんな旅もしてみたいな」
メリィの言葉に、ワノツキがふっと短く息をついた。
手にしていた木の枝を削るナイフの動きが、静かに止まる。
「……荷車の上の晴れ姿か」
ぽつり、と低い声。
「悪くねぇさ。道の向こうで誰かが夢を叶えてるってのは、良い光景だ。けど――そういうのを見ると、思い出しちまう」
焚き火の明かりが、彼の影をゆらりと映す。
「昔の自分を、な」
メリィが首を傾げる。
「昔の、ワノツキ?」
彼は枝とナイフを置き、焚き火に目を落とした。
「……夢ってやつはな、追いすぎるとロクなことにならねぇ場合もある。手に入れるために、大事なモンを見失う……そういうこともあるんだ」
メリィの目が静かに伏せられる。
けれどワノツキは、すぐに目を上げた。
「でもな。だからって……最初から諦める必要はねぇ。お前さんはらは間違っちゃいねぇよ。今のところ、な」
「……ワノツキ」
「……俺は頭悪ぃからよ、うまく言えねぇけど……」
そう呟いて頬をかく彼の表情には、確かな優しさがにじんでいた。
「――お前が何かを大事に思って、まっすぐ進もうとするなら。その分、俺も……そいつを守る側にいる」
静かに言い切ったその言葉に、メリィの瞳が焚き火の灯を映し、ふわりと笑った。
「……ありがとう」
ネロがくつくつと笑う。
「メリィはな、何を言っても止まらないんだ。思考も行動も一直線。だからこそ、短所にもなるけど――いいところでもある」
「だから、おまえの前を遮る雑草を払うくらいは、オレがやる。お前は信じた道をまっすぐ行けばいい」
「ふふ……頼りにしてる」
焚き火の火花が、夜空へと舞い上がっていった。
――ちりんちりん。
風が草を揺らし、鈴の音がどこからか聞こえてきた。
次いで、控えめな馬の蹄音。
その気配にネロが眉をひそめる。ワノツキも手を止め、そっと立ち上がった。
やがて、茂みを分けて現れたのは、鳥族の家族連れだった。
翼を背にたたんだ、穏やかそうな父親。花飾りを髪に編み込んだ母親。
その後ろから、無邪気な声で話す姉弟が顔を覗かせる。
「おや、旅の方ですか? こんな森の中で焚き火とは……風流ですねぇ」
父親がにこやかに声をかけてくる。
母親も礼儀正しく頭を下げた。
「よろしければ、ご一緒しても?」
その問いにネロが軽く頷き、焚き火のそばの鍋に目をやる。
「……スープがまだ少し残ってる。よかったらどうだ」
「まぁ!冷えた体に沁みそうだわ。ありがとうございます」
母親が微笑むと、姉弟が「いい匂いだ!」とぱたぱた羽を広げかける。
ワノツキが薪をくべ直し、低く呟く。
「火なら、いくらでも。夜道は冷えるからな」
その気遣いに、父親が深く頷いた。
「実は……フェザリアへ帰る途中なんです」
鳥族の母親がそっと打ち明ける。
「毎年この時期、“仮面祭り”がありまして……皆で向かうところなんです」
「仮面祭り……?」
メリィが身を乗り出し、目を輝かせる。
「ええ。年に一度の大きなお祭り。街中が仮面と花で飾られて……身分も種族も関係なく、皆で踊るんですよ」
「わあ……行ってみたいなぁ……!」
その言葉に、母親がふっと目を細める。
「よろしければ、私たちの馬車でご一緒に。荷台にはまだ余裕がありますから」
ネロがちらりとメリィを見る。彼女の嬉しそうな表情に、口元が自然と緩む。
「……それなら、甘えさせてもらおうか。ちょうどオレたちもその街を目指してた」
「ありがとう!」
ワノツキも小さく頷いた。
「いい旅になりますよう。そう願いましょう」
母親がそっと胸の羽飾りに触れる。
その仕草は、旅人の無事を祈る鳥族の習わしだった。
0
あなたにおすすめの小説
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる