夢守りのメリィ

どら。

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8.仮面の祝祭と翡翠の約束 (後編)

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これ以上ないほどの惨劇を目の当たりにしたばかりだというのに、街の西にある劇場の方角から、重い崩落音と共に、乾いた悲鳴が突如として響き渡った。

「今の……劇場か!?」

「うそだろ……怪物はもう全部消えたんじゃなかったのか……!?」

「ママ……こわいよぉ……!」

ざわめき、怯え、身を寄せ合う人々。
だがメリィは迷わなかった。すぐさま駆け出す。
ネロも舌打ち混じりに後を追った。

「……どうしてこう、面倒ごとばかり起きやがる!」

胸騒ぎは的中していた。
劇場に辿り着くと、そこはすでに荒れ果てていた。観客席の一部が潰れ、瓦礫が散乱し、かすかに血の匂いが立ちこめている。

そして――ステージの上。

そこには一人の少女。
ドレス姿のまま、異形と化して、緩やかに、狂ったように踊り続けていた。

膨れ上がった獣のような両腕。
背には翼の代わりに黒い茨が無数に生え、獲物を探すかの様に蠢いている。
焦点の合わない虚ろな赤い目が、ギョロギョロと不気味に動き、胸元の結晶は淡く、弱々しい紫色の光を放っていた。

少女の足元には黒い霧――濁った悪夢の気配が広がり、場内に残っていた観客たちの心へと入り込んでいるようだった。怯え、逃げ惑う人々の目は虚ろに曇り、混乱と恐怖だけが増幅していく。

「…あの結晶の色……もしかしたら、完全に悪夢に飲まれていない…?」

「メリィ、ワノツキ。少しの間隙を作れるか?もしかしたら……間に合うかもしれない」

ネロの声に頷いたメリィは、即座に動いた。

「わかった!絶対に止めてみせる!」

少女が咆哮し、巨大な茨と化した腕が観客席へとうねり伸びる。
次々に引き裂かれる座席、飛び散る木屑――。

「やらせるもんかぁっ!!」

メリィが叫び、大鉈を構えて一直線に突っ込む。
大鉈の峰で茨の根元を打ち据え、バランスを崩す。
その隙にワノツキが駆け出し、後ろから少女の腕を強引に押さえ込んだ。

「ネロ!!今だ!!」

ネロは結晶へと手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。

「……っ……クソ……思ったより……深ぇな……!」

沈みかけた少女の心。
黒く、重く、暗い淵。
それでも、ネロは引き剝がすために力を込める。

「悪いな……お前の全部を喰うわけじゃねえ。沈む前に――引き剝がしてやる!!!!」

暴れる茨がメリィを大鉈ごと弾き飛ばし、ネロの手に巻きつく。
血がにじみ、滴る。
苦痛に顔を歪める――が、彼は構わず悪夢を喰らい続けた。

――心の底、濁った願い、腐った夢。

ネロの瞳が赤く染まり、息が震える。
次の瞬間、パン!と乾いた破裂音と共に、結晶の光は消えてゆく。

「……やれるだけは、やった……なんとか、引き離せた……」

少女の体が崩れるように倒れ、異形化していた肉体もゆっくりと人間の姿に戻っていく――だが、その目は開かない。


「リリィ!!」


舞台袖から少年が駆け出してきた。翡翠色の小さな翼――少女の弟だろうか。
少年はぐったりとした少女の体を抱きしめた。

「姉さん……目を開けてよ!お願いだよ……!!」

ネロは静かに彼を見る。

「生きてる……けど、夢と体の繋がりを断ち切った。意識が戻るかどうかまでは……悪いが、保証できない」

「なんで……なんでだよ!!」

少年は泣きながらネロに詰め寄る。
拳が何度もネロの胸を打つ――だが、ネロはそのまま受け止めた。

「ほかに、方法はなかった。
放っとけば、そのまま怪物化して……身体も残さず塵になってた」
ワノツキは、自分の妹の事を思い出し、苦い顔をする。
淡々と、だが苦しそうに、ネロは言う。
それでも少年の怒りは収まらず、拳を震わせる。

そんな彼の肩に、ワノツキがそっと手を置いた。

「……怒っていい。苦しい時は、怒れ。
だけどな――ネロは、お前の姉ちゃんを助けたかった。それだけは、本当だ」

少年の瞳が揺れる。震える唇が何か言いかけて、止まった。



やがて少女を病院まで運び終えた後――少年はネロたちの前に立った。
その瞳には、迷いのない決意が宿っていた。

「なぁ……あんたら“夢守り”だろ?
姉さんを目覚めさせる方法がほかの街にあるかもしれないなら――僕も探したい。見つけるまで……一緒に行く!」

そのまま、そばにいたメリィの腕にしがみつく。まるで「連れて行くまでここを離さない」と言わんばかりに。

「ね、ネロ……」

困ったようにメリィがネロを見つめる。
ネロは深々とため息をついた。

「……好きにしろ。
一人増えるのも、二人増えんのも変わらない」

「よかったねぇ」と、メリィが少年の頭をそっと撫でた。
少年は、少し涙を浮かべたまま微笑んだ。

「お前、名前は?聞いてない」

ネロが問いかける。

「……フィズ。鳥族だよ。姉さんと二人で……ずっとここに住んでたんだ」

「フィズか。なら……フィズ、覚悟しろ。お前が考えている程、旅は簡単じゃない」

「うん、分かってる。……姉さんを目覚めさせる方法、絶対見つけるんだ!」

こうして、鳥族の少年・フィズは“旅の同行者”として加わることになった。

心に決意の火を灯し――その小さな背中は、もう恐れに震えてはいなかった。
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