夢守りのメリィ

どら。

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9.ちょっとした寄り道

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夜の森の奥。
静けさの中、焚き火の代わりに灯した魔石の光がふわりふわりと揺れる。
青白く淡いその輝きは、まるで月の欠片を封じ込めたかのようだった。

メリィが荷物を整えていると、近くの茂みからガサガサと低い音が響いた。
即座に大鉈を抜き、身構える。

「……!?」

だが、飛び出しかけた瞬間、ワノツキの大きな腕が伸びて彼女を制止する。

「落ち着けって。獣じゃねぇ。……怪我してる……猪にでもやられたか?」

草むらからよろよろと現れたのは、中年の男だった。肩を抑え、足を引きずりながら、呻くように倒れ込む。

──森の中で助けたその男性は、近くの山宿の主人だった。
どうやら食材を探しに森へ入った際、不意に猪と鉢合わせてしまったらしい。

「助かったよ……命拾いした……」

礼を述べる男の案内で、一行は予定外のかたちでその宿に泊まれることになったのだった。



山の宿は、外観こそ年季の入った古びた木造だが、
中に入れば、温かな暖炉のぬくもりとふんわり香ばしいシチューの匂いに包まれていた。

「うわぁ~……すごく落ち着く匂い~……」

メリィはくるりと身をひねって、テーブルに置かれた鍋の方へ鼻を近づける。
すんすんと香りを吸い込むと、頬が自然にゆるみ、ほっこりと目を細めた。
まるでこの宿全体が、夢の世界にでも迷い込んだかのようだ――そんな表情を浮かべる。

「……飯がうまそうな宿で良かったな。魔物に追われるよりは、よっぽどマシだ」

ネロもどこかほっとしたように呟く。

フィズは荷物をおろしながら首をかしげた。

「で? 部屋ってどう分けるの? 男女で分けた方が普通だよね?」

その言葉に、メリィがぽんっと手を打った。

「ん~、じゃあ、わたしとネロはいつも通り一緒の部屋だね~!」

あまりにも当然のような口調だった。

「…………え?」

思わず手を止めたフィズが、目をぱちくりさせてネロとメリィを交互に見つめる。
何か重大な事実を聞き逃したかのように真顔で尋ねた。

「……二人は……番(つがい)なのか?」

「ふぇっ!? つ、番じゃ、ないよ!? いっつも一緒に寝てるだけで……えっと……」

自分で何と言ったか理解して、余計に慌てるメリィ。
目を泳がせ、顔を赤く染め、もごもごと口の中で言葉を探す。

「ち、違うんだよ? えへ……へへへ……そ、そういうんじゃなくて……その、ね……その……」

頬を押さえ、うつむき、何とか誤解を解こうとするが――説明になっていない。
むしろ余計に怪しまれる始末。

「……それ、余計に誤解を招いてるぞ」

ネロがぼそりと呟いたが、メリィの耳には届いていない。

「はっはっはっ、まぁ、若いってこったな!」

ワノツキが豪快に笑い飛ばす。
肩を揺らして笑うその様子に、フィズも気まずそうに苦笑いした。

一方ネロは――途中でわざとらしく咳払いを一つすると黙り込み、フードを深く被っていた。
その仕草にワノツキがじっと目を細めると、ネロはそっぽを向いたまま何も言わない。
けれど、フードの隙間から覗いた耳元がほんのり赤らんでいるのを、彼の目は見逃さなかった。

(……ほお、こいつも案外分かりやすい)

結局、フィズとワノツキが同室、メリィとネロが「いつも通り」同室ということで落ち着いた。
新入りのフィズは何か言いたげだったが、ワノツキに「ほら、いくぞ」と軽く肩を叩かれ、「まぁいいか」と小さく息を吐いた。



夜。

宿の中はしんと静まり返っていた。
灯りを落とした部屋には、カーテン越しに月明かりが差し込み、淡く白銀の光がベッドを照らしている。

「おやすみ、ネロ。今日もありがとね」

布団にもぐりながら、メリィがふにゃっとした笑顔で声をかけた。

「……ああ。おやすみ、メリィ」

ネロは短く返す。
彼の掌が、一瞬迷うように空をさまよい――そっと、メリィの頭を撫でた。
さらさらとした羊毛の髪が指先をくすぐる。

しばらくすると、メリィの寝息が静かに響き始めた。
安らかな、子供のような呼吸。

ネロはそれを聞きながら、小さく目を細めた。
黒曜石のような深い瞳が、ほんの少しだけ揺れている。

心の奥底で――微かな安堵と、確かな恐れが交じり合う。

(……この平穏が、いつまで続くか……)

誰にも気づかれないほど、ほんのわずかに。
その視線が月の光に溶けていった。
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