夢守りのメリィ

どら。

文字の大きさ
10 / 140

10.美食の街・ジュガリエン(前編)

しおりを挟む
「うわぁ~!においがもう美味しそう~!」

メリィは鼻先をひくひくと動かしながら、石畳を跳ねるように歩いていた。
街の入口をくぐると、甘い香り、香ばしい香り、香辛料の香りが入り混じって鼻をくすぐる。

兎族の街、ジュガリエン──
通りには屋台がひしめき、色とりどりの料理が所狭しと並べられていた。
人々の声も軽やかで、どの角を曲がっても「おすすめだよ!」「味見していきな!」「こっちは半額だよ!」「おまけするよ!」と声が飛んでくる。

「すげぇ活気だな……ただ、普通の屋台街ってだけじゃなさそうだな」

ワノツキが腕を組み、周囲をじろりと見渡す。
その傍らで、フィズは何かに苛立つように翼を震わせていた。

「なんか、変な匂いも混じってる」

「美味しければなにが入っていてもいいじゃないかって人が、この街には多いのかな…?」

思案するメリィに、フィズは眉をひそめた。

「……本気でそうだとしたら、この街の人たちは狂ってるよ」


街を一通り見て回った頃、ふと立ち止まったのは、古びた看板を掲げた一軒の料理屋。
そこだけ周囲の喧騒から一歩引いたように、落ち着いた空気を漂わせていた。

「ここの匂い……ちょっとだけ違う」

フィズが呟いた通り、他とは違う、丁寧に仕込まれた香りが漂っている。
すると、その店の裏口から一人の兎族の女性が顔を覗かせた。

「……ん?お客さんかい?」

淡い桃色の髪を後ろでひとつに束ね、白いコックコートに黒いエプロンを巻いた兎族の女性が赤くおおきな目でこちらを見る。目元には、わずかにクマが残っている。少し疲れているようだった。

「こんにちは。えっと、美味しそうな匂いに誘われてきたら…ここに」

メリィがほ微笑むと、女性の表情も少しだけ和らいだ。

「旅の人かい。まあ、そんな顔してるね。あたしはロップ。見ての通り、この店で料理してんだ。よろしくね!」

「ロップさんだね!よろしく!」

「わたし達、夢を守る為の旅をしているんだ。あ、わたしはメリィ」

「ネロだ。よろしく」

「俺はワノツキ。で、こっちがフィズ。よろしく頼むぜ」

フィズは軽く会釈だけで応じたが、ロップはこそばゆいから呼び捨てにしてくれと、手を拭きながら言った。

「へぇ、夢守りね。なら……少し、気をつけた方がいいかもよ」

ロップの目が一瞬、ほんのわずかに沈んだ。

「──ここ最近、ちょっと変なことが続いててさ」

「変なこと?」

フィズが一歩前に出る。
ロップはちらと店の奥を振り返ってから、声を落として言った。

「うちの店で働いてた子……幼馴染だったんだけど、ある日、突然いなくなっちまったんだ。
残された包丁には、夢の結晶が粉になってこびりついてた」

「まさか……夢を…料理に?」

ワノツキの低い声が空気を震わせる。

「信じられないって思うかもしれないけど……。でも、あの子、ぼんやりして生気がない顔しててさ。
なのに、誰も気にしないんだよ。そん時から不思議と店はやけに繁盛してて」

「夢の味……か」

ネロが小さく呟いた。
それは、夢守りの世界において最大の禁忌。
夢は希望であり、魂の一部。人の心そのものを調理するなど、本来あってはならない。

「──悪い、話しすぎたね。こんなこと言っても、何も変わらないのにさ」

「そんな事ないよ!ロップ、話してくれてありがとう!わたし達も調べてみるよ!!」

メリィはにこにこと言いながら、その手をぎゅっと握る。
温かさに、ロップの目がふと潤んだ。

「……あんた、変な子だね」


その晩、街に再び人を誘うような香りが立ちこめ始める。
静かに潜む何かが、メリィたちを試すように、蠢き始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
ファンタジー
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...