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10.美食の街・ジュガリエン(前編)
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「うわぁ~!においがもう美味しそう~!」
メリィは鼻先をひくひくと動かしながら、石畳を跳ねるように歩いていた。
街の入口をくぐると、甘い香り、香ばしい香り、香辛料の香りが入り混じって鼻をくすぐる。
兎族の街、ジュガリエン──
通りには屋台がひしめき、色とりどりの料理が所狭しと並べられていた。
人々の声も軽やかで、どの角を曲がっても「おすすめだよ!」「味見していきな!」「こっちは半額だよ!」「おまけするよ!」と声が飛んでくる。
「すげぇ活気だな……ただ、普通の屋台街ってだけじゃなさそうだな」
ワノツキが腕を組み、周囲をじろりと見渡す。
その傍らで、フィズは何かに苛立つように翼を震わせていた。
「なんか、変な匂いも混じってる」
「美味しければなにが入っていてもいいじゃないかって人が、この街には多いのかな…?」
思案するメリィに、フィズは眉をひそめた。
「……本気でそうだとしたら、この街の人たちは狂ってるよ」
街を一通り見て回った頃、ふと立ち止まったのは、古びた看板を掲げた一軒の料理屋。
そこだけ周囲の喧騒から一歩引いたように、落ち着いた空気を漂わせていた。
「ここの匂い……ちょっとだけ違う」
フィズが呟いた通り、他とは違う、丁寧に仕込まれた香りが漂っている。
すると、その店の裏口から一人の兎族の女性が顔を覗かせた。
「……ん?お客さんかい?」
淡い桃色の髪を後ろでひとつに束ね、白いコックコートに黒いエプロンを巻いた兎族の女性が赤くおおきな目でこちらを見る。目元には、わずかにクマが残っている。少し疲れているようだった。
「こんにちは。えっと、美味しそうな匂いに誘われてきたら…ここに」
メリィがほ微笑むと、女性の表情も少しだけ和らいだ。
「旅の人かい。まあ、そんな顔してるね。あたしはロップ。見ての通り、この店で料理してんだ。よろしくね!」
「ロップさんだね!よろしく!」
「わたし達、夢を守る為の旅をしているんだ。あ、わたしはメリィ」
「ネロだ。よろしく」
「俺はワノツキ。で、こっちがフィズ。よろしく頼むぜ」
フィズは軽く会釈だけで応じたが、ロップはこそばゆいから呼び捨てにしてくれと、手を拭きながら言った。
「へぇ、夢守りね。なら……少し、気をつけた方がいいかもよ」
ロップの目が一瞬、ほんのわずかに沈んだ。
「──ここ最近、ちょっと変なことが続いててさ」
「変なこと?」
フィズが一歩前に出る。
ロップはちらと店の奥を振り返ってから、声を落として言った。
「うちの店で働いてた子……幼馴染だったんだけど、ある日、突然いなくなっちまったんだ。
残された包丁には、夢の結晶が粉になってこびりついてた」
「まさか……夢を…料理に?」
ワノツキの低い声が空気を震わせる。
「信じられないって思うかもしれないけど……。でも、あの子、ぼんやりして生気がない顔しててさ。
なのに、誰も気にしないんだよ。そん時から不思議と店はやけに繁盛してて」
「夢の味……か」
ネロが小さく呟いた。
それは、夢守りの世界において最大の禁忌。
夢は希望であり、魂の一部。人の心そのものを調理するなど、本来あってはならない。
「──悪い、話しすぎたね。こんなこと言っても、何も変わらないのにさ」
「そんな事ないよ!ロップ、話してくれてありがとう!わたし達も調べてみるよ!!」
メリィはにこにこと言いながら、その手をぎゅっと握る。
温かさに、ロップの目がふと潤んだ。
「……あんた、変な子だね」
その晩、街に再び人を誘うような香りが立ちこめ始める。
静かに潜む何かが、メリィたちを試すように、蠢き始めていた。
メリィは鼻先をひくひくと動かしながら、石畳を跳ねるように歩いていた。
街の入口をくぐると、甘い香り、香ばしい香り、香辛料の香りが入り混じって鼻をくすぐる。
兎族の街、ジュガリエン──
通りには屋台がひしめき、色とりどりの料理が所狭しと並べられていた。
人々の声も軽やかで、どの角を曲がっても「おすすめだよ!」「味見していきな!」「こっちは半額だよ!」「おまけするよ!」と声が飛んでくる。
「すげぇ活気だな……ただ、普通の屋台街ってだけじゃなさそうだな」
ワノツキが腕を組み、周囲をじろりと見渡す。
その傍らで、フィズは何かに苛立つように翼を震わせていた。
「なんか、変な匂いも混じってる」
「美味しければなにが入っていてもいいじゃないかって人が、この街には多いのかな…?」
思案するメリィに、フィズは眉をひそめた。
「……本気でそうだとしたら、この街の人たちは狂ってるよ」
街を一通り見て回った頃、ふと立ち止まったのは、古びた看板を掲げた一軒の料理屋。
そこだけ周囲の喧騒から一歩引いたように、落ち着いた空気を漂わせていた。
「ここの匂い……ちょっとだけ違う」
フィズが呟いた通り、他とは違う、丁寧に仕込まれた香りが漂っている。
すると、その店の裏口から一人の兎族の女性が顔を覗かせた。
「……ん?お客さんかい?」
淡い桃色の髪を後ろでひとつに束ね、白いコックコートに黒いエプロンを巻いた兎族の女性が赤くおおきな目でこちらを見る。目元には、わずかにクマが残っている。少し疲れているようだった。
「こんにちは。えっと、美味しそうな匂いに誘われてきたら…ここに」
メリィがほ微笑むと、女性の表情も少しだけ和らいだ。
「旅の人かい。まあ、そんな顔してるね。あたしはロップ。見ての通り、この店で料理してんだ。よろしくね!」
「ロップさんだね!よろしく!」
「わたし達、夢を守る為の旅をしているんだ。あ、わたしはメリィ」
「ネロだ。よろしく」
「俺はワノツキ。で、こっちがフィズ。よろしく頼むぜ」
フィズは軽く会釈だけで応じたが、ロップはこそばゆいから呼び捨てにしてくれと、手を拭きながら言った。
「へぇ、夢守りね。なら……少し、気をつけた方がいいかもよ」
ロップの目が一瞬、ほんのわずかに沈んだ。
「──ここ最近、ちょっと変なことが続いててさ」
「変なこと?」
フィズが一歩前に出る。
ロップはちらと店の奥を振り返ってから、声を落として言った。
「うちの店で働いてた子……幼馴染だったんだけど、ある日、突然いなくなっちまったんだ。
残された包丁には、夢の結晶が粉になってこびりついてた」
「まさか……夢を…料理に?」
ワノツキの低い声が空気を震わせる。
「信じられないって思うかもしれないけど……。でも、あの子、ぼんやりして生気がない顔しててさ。
なのに、誰も気にしないんだよ。そん時から不思議と店はやけに繁盛してて」
「夢の味……か」
ネロが小さく呟いた。
それは、夢守りの世界において最大の禁忌。
夢は希望であり、魂の一部。人の心そのものを調理するなど、本来あってはならない。
「──悪い、話しすぎたね。こんなこと言っても、何も変わらないのにさ」
「そんな事ないよ!ロップ、話してくれてありがとう!わたし達も調べてみるよ!!」
メリィはにこにこと言いながら、その手をぎゅっと握る。
温かさに、ロップの目がふと潤んだ。
「……あんた、変な子だね」
その晩、街に再び人を誘うような香りが立ちこめ始める。
静かに潜む何かが、メリィたちを試すように、蠢き始めていた。
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