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19.嵐の中の洞窟で
しおりを挟む猫族の街へ向かう道中、空模様が急変し、にわかに雨が降り始めた。
濡れた地面を靴が叩く音が響く。
一行は近くに洞窟を見つけ、そこへ駆け込む。
「はぁっ……助かった……」
全身びしょ濡れのメリィが、ぷるぷると雨水を飛ばす。
外は激しい雷雨となり、稲光が夜空を引き裂いた。
「ぴゃっ……!」
雷鳴が響くたびに、小さな悲鳴を上げてメリィが肩をすくめる。彼女はネロの袖を掴み、心細げに言う。
「手……握ってても、いい?」
「……ああ」
ネロはその手を握り返した。
そのやり取りを見ていたタカチホは、にやにやと口角を上げ、手でハートの型を作っている。
「お二人は本当に仲がよろしいようで……いやはや青春ですなあ~ビッグラブですな~」
「いつものやりとりだがな」
ワノツキが一言呟き、焚き火の準備に取りかかる。全員、ずぶ濡れのままでは暖かい地域といえど体温は奪われる一方だった。
程なく火がともり、湿った衣服を少しでも乾かそうと火を囲むように座る。
ふと、洞窟の奥から空気が変わるような気配が漂った。
「……今の、聞こえたか?」
ネロが身を起こす。
「“たすけて”…?」
か細く掠れた、少女のような声が聞こえたのだ。
「俺が様子を見てくる。ここで待っていてくれ」
ネロはそう言って立ち上がり、炎を背に洞窟の奥へと消えていった。
数十分、経っただろうか。だが、ネロは戻ってこない。
「ネロ、遅いね……」
メリィが不安げに呟いたとき、ワノツキがよし!と膝を叩き、腰を上げた。
「洞窟なら鉱山窟と似たようなもんだろう。俺に任せろ」
そう言ってのしのしと奥へと向かって行く。
「どわぁぁあああっ!!」
数分程経っただろうか、突然、洞窟中にワノツキの悲鳴が響き渡る。
「ワノツキ!?」
慌ててメリィとタカチホが立ち上がり、声のした洞窟の奥の方へと駆けて行く――
そこには、怪物の触手に巻きつかれて宙吊りになったネロとワノツキの姿があった。
「うわぁ……これ、誰得ですかね……」
タカチホがげんなりとした呆れ顔で呟く。
「好きでこうなってる訳じゃねぇ!!」
ワノツキが吠える。
「いやせめてここはこうほら、絵面的にもメリィさんのような可憐で可愛いらしい子が捕まってるのがベストでしょう!」
タカチホの言葉にネロはジトッと怒りを含んだ視線を送った。
「ネロ!!」
メリィは壁を蹴って跳躍し、ネロに巻きついていた触手を大鉈で一刀両断した。
「大丈夫!?ネロ!」
「……大丈夫、だが……気持ち的には、まったく大丈夫じゃない」
あんな姿、見せたくなかったと、
ネロは苦い顔をしながら、地に足をつけた。
次の瞬間、怪物が怒ったように全身の触手をうねらせ、メリィとネロに勢いよく襲いかかる――が。
「っ……止まった?」
触手が寸前でピタリと静止していた。よく見ると、無数の銀色の針が刺さっている。
「小生、鍼灸の資格も持っております故~!」
タカチホが楽しげに笑いながら、次々と針を投げて怪物の動きを止めていく。
「うぉっ……!」
最後に投げた一本が、あと数センチでワノツキに刺さりそうだった。
全身針だらけになった怪物は、体をぶるぶると震わせたあと風船の様に破裂し、地面に落ちた赤い結晶が乾いた音を立てて割れる。
タカチホが、一礼して静かに口を開く。
「どのような経緯で、こちらの洞窟で怪物となられたのか存じ上げませんが……どうか、どうかゆっくりお眠りくださいネ」
袖を重ねて深く頭を下げるその所作はとても綺麗なものだった。
だが次の瞬間、いつもの調子に戻ったタカチホが肩をすくめて笑った。
「それにしても、成人指定本の挿絵みたいな状況になりえる方が本・当~にいらっしゃるとは……!!しかも、男が!大の男が!!二人も!!!いやぁ、想像を超えてきますなあ~!」
「少し、黙ろうか」
「手伝うぜ、ネロ」
かんらかんらと笑うタカチホの後ろにはどす黒いオーラをだした男が二人、張り付いたような笑顔で立っていた。
逃げるタカチホと追いかける二人
騒がしくやり取りをする三人を見るメリィは仲良しだなぁ、と和かに見つめていた。
翌日。
雨も止み、雲間から光が差す中、彼らはついに猫族の街、ミオルカへと辿り着いた。
石畳の細道に、幾重にも重なるペナント。風に揺れる色とりどりの風車。
どこか懐かしくも不思議な気配を纏うその街で、彼らを迎えたのは――
「ようこそミオルカへ!旅人さんですよね?どちらから来たんですか?」
鈴の音のような声に振り返ると、そこには、猫族の少女がいた。
栗色のふわふわした髪に金の瞳、星の刺繍が入った巫女装束を纏い、好奇心いっぱいの瞳を輝かせている。
「マヌルと言います!星占い師見習いで、街の案内係なので、なんでもきいてください!」
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