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43.竜の酒(後編)
しおりを挟むズシン――!
白骨の竜が一歩踏み出すたびに、空間全体が震える。砕けた石床が舞い、天井から古い砂がパラパラと降る。
「でけぇ……」
ワノツキが低く唸る。
骨竜は唸り声と共に尾を薙ぎ払った。
「来るぞ!」
ネロの声と同時に、尾の一撃が空間を薙ぐ。壁が削れ、床が割れた。咄嗟に飛び退くも、風圧だけで地面に叩きつけられそうになる。
「……あの範囲、迂闊に近付けないな……!」
更に、白骨の竜が口を大きく開く。
その奥から、青白い火の光が渦を巻いた――。
「メリィ、伏せろ!」
ネロが庇うように前へ。
ゴォオオオオ――!
凄まじい火炎が吐き出され、空間を灼き尽くす。石壁が赤く焼け、空気すら熱に震えた。
「く……っ、正面は無理だ!」
「なら、上から――!」
ワノツキが跳躍し、骨竜の頭上へ回り込もうとする。
だが、
ガキン!!!!
「っの野郎……!角か!」
巨大な角が弾き飛ばし、ワノツキは壁へと叩きつけられた。
「上もダメ……ッ」
「メリィ、下がれ」ネロが短剣を構え直す。
「……来るぞ!」
ズドォォォォン!!
骨竜の巨大な爪が地面を叩き割る。割れ目は走り、地割れとなって彼らの足元を裂く。土と石の破片が宙を舞い、双子が悲鳴をあげる。
「近づけない……!剣も、大鉈も届かない……!」
メリィが歯噛みする。
「……力でも、距離でも封じてくる。どうすりゃいいってんだクソ……!!!!」
ワノツキが苦々しく呟く。
その時――ズメウが、すっと前へ出た。
「……無念から成ったのか。あるいは何者かに、こうされたか……」
白骨の竜と静かに向かい合う。
右腕をゆっくりとした動きで左へ。
ズメウが一閃。
「眠れ」
刹那、
骨竜の首の骨が、斜めに弾け飛んだ。
……カラカラ……と乾いた音を立てて、頭蓋が崩れ、巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
静寂。
「いいか?」
ズメウが振り返り、自らの喉を指差す。
「……竜の急所とは、ここだ」
彼の声だけが、残響のように空間に染み渡る。
やがて骨竜の体は静かに崩れ、白い灰となり、風の流れに乗って広間の奥へと吸い込まれていく。
その先には――秋色に染まった葡萄棚が広がっていた。
「……外?」
葡萄の棚が黄金と紅に色づき、古びた小さな墓石がぽつりと一つ。
「なるほど……竜の宝か」
ズメウがゆっくりと歩み寄り、墓石を見下ろした。
「彼奴はここを――この者を、守っていたのだな」
茜色に染まる空。葡萄棚の葉が風に揺れ、白い灰を受け止める。
ズメウはしばし目を閉じ、静かに空を仰いだ。
***
夜。
宿屋の酒場は再び、賑わいと笑い声に包まれていた。
「かーっ!それにしても、すげぇ戦いだったなぁ!あんな骨竜、人生で一度見れるかどうかだぜ!」
ワノツキがジョッキを掲げる。
「んふふ……ズメウサンのあの斬撃……小生、何度思い出しても震えますヨ」
タカチホがワインをくるくる回す。
「姉さま……竜の宝……きっとあの竜にとって、大事な誰かだったんですね……」
「いいお墓でした……秋色で……」
双子がしんみりと呟く。
「話によると、あのワイナリーの創設者の墓らしい。竜と親交があったのかもな」
ネロはグラスのワインを見つめながら言った。
「……でも、倒せて良かった。きっと、あの竜も……これで休めたよね」
メリィが微笑む。
「創設者さんの側に、行けてるといいな」
ふと――ズメウが、黙ってグラスを口に運んだ。
赤黒い液体が満たされたグラス――ボトルのラベルには《Dragon’s Blood》の文字。
「……皮肉なことに」
ズメウはぽつりと呟く。
「我には……この酒が、合うようだ」
グラスを傾け、静かにひと口。
その苦みと渋みを味わいながら、ズメウの金の瞳が細められる。
酒場の喧噪は続き――長い夜が、静かに更けていった。
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