夢守りのメリィ

どら。

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50. 翡翠色の悪夢

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夜更け。宿屋の小さな部屋には薪のはぜる音だけが響いていた。
ネロはいつも通り、メリィをそっと抱き寄せて眠っていた。小さな身体が自分の胸の中で規則正しく息をしている。温もりと静けさに包まれ、ゆっくりと意識が沈んでいく――。

……いつの間にか、どこか知らない場所にいた。
冷たい、無音の空間。白とも黒ともつかぬ、何もない場所。
その中心に、メリィがぽつりと座り込んでいた。膝を抱え、うつむいている。

「……メリィ?」
呼びかけても返事がない。

不穏な気配に胸がざわつく。ネロは足を踏み出し、そっとその肩に手を伸ばした。

「おい、どうしたんだ。メリィ……?」

メリィはゆっくり顔を上げ、震える声で呟いた。

「……どうしよう……」

俯いた彼女は、自分の掌にある何かを見つめている。
ネロもそっと視線を落とす。

メリィの掌の中には――小さな鳥がいた。
翡翠色の羽根を持つ、小さく美しい鳥。
だがその身体は力無く横たわり、二度と動くことはない。

「……◯◯◯……死んじゃった……」

掠れる声。目から一粒、涙が落ちる。

次の瞬間――ネロは勢いよく目を覚ました。

「……っ!」

肩で息をし、額には汗。胸が苦しいほど脈打っている。
身体中が冷たい。いや、熱いのか。判断がつかない。

「……なんだ、今の……」

悪夢。生まれて初めて見た。
けれどこれは……オレの夢なのか? それとも……メリィの……?

――あの鳥の羽根の色。
あの、翡翠色……どこかで、見た。知っている。心の奥に刺さるような、不穏な感覚。

「……まさか……」

ネロは唇をかみ、視線を落とした。
頭の奥で、遠い影が微かに揺らめく――

何かが近づいている。
そんな気がした。

やがて横でメリィが寝息を立てているのに気づく。いつもの穏やかな顔。

――あんな泣き顔、させない。絶対に。

ネロはそっと毛布を掛け直し、窓の外を見た。
夜の静けさの中、雪がしんしんと降り続いていた。

──

翌朝。

「さむーい!」
「でも、いい天気です!」

双子のメルルとマヌルが、宿の前でくるくると踊る。顔は紅潮し、息は白い。
ワノツキは苦笑しながら荷物を背負い、タカチホはマイペースに猪肉の串焼きを咥えている。

メリィは、昨夜ネロから貰ったばかりの淡いピンク色の手袋を嬉しそうにはめていた。
「ふふ……すごく、あったかい……」
頬を染め、指先を軽く動かして満足げにほほ笑む。

「似合ってるよ」
横でネロが声をかける。首元には、メリィが選んだマフラー。黒く、落ち着いた色合いが彼によく映えていた。

「……ネロも。すごく……いいと思う」
メリィはふふっと小さく笑った。

その様子を後ろから覗いていたタカチホが、肩をすくめながら言う。
「んふふ……雪祭りの名残ですネ。甘い空気がまだ漂ってマス」

「はいはい、もう行くぞ」
ワノツキが軽く肩を叩く。

「もっと屋台見たかったですー!」
「お菓子も!あのチョコレートもう一回飲みたかったですー!」
双子が名残惜しげに振り返る。

「次だな。次の街が待ってる」
ネロが歩き出す。

タカチホがにこりと笑い、口笛を吹いた。

「次の目的地は……遺跡の街、マコナムですネェ。古代の石造りの遺跡が並ぶ、美しい場所……噂では不思議な魔道具も眠っているとか」

「遺跡……ですか?」
メリィが興味深そうに振り向く。

「そう。ふふ……何か、面白いことが待っているかもしれませんヨ」

粉雪舞う中、一行はゆっくりと街道を歩き出す。
その足元、雪を踏みしめる音だけが静かに響いた――。

……ただ、ネロの胸には、昨夜の夢の残滓がまだ微かに燻っていた。
翡翠の羽根。冷たい死の気配。
遠い影が、ひっそりとその背後に忍び寄るのを、まだ誰も知らない――。
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