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51.幕間
しおりを挟む重たく垂れ込める灰色の雲。
冬の冷たい風が、獏族の街バクストの石畳を吹き抜ける。
しんと静まり返った路地の先、黒鉄の門に囲まれた一つの館があった。
その二階。大きな窓の前で、シュヴァルが椅子にもたれ、紅茶のカップを手に、微笑んでいた。
淡く笑みを浮かべたまま、じっと外を眺めている。
まるで、心から楽しそうに。
「……何か、良いことでもあったのか?」
重々しい扉が音もなく開き、グレーシャが入ってくる。
冷たい声。表情は相変わらず仮面のように無機質だ。
シュヴァルは笑みを崩さず、視線を外に向けたまま答える。
「メリィに、会ってきたんだよ」
カップを揺らし、琥珀色の紅茶が静かに波紋を描く。
「彼女に……あの“小さな友人”のことを、そっと教えてあげたんだ。……ふふ、良い顔をしていたよ」
口元だけがゆるりと歪む。陶酔するかのような声音。
グレーシャは黙ってそれを見つめ、思う──
(やはり、この人は狂っている。……だが、共にいる自分も変わらないのだろうな)
「そういえば……」
シュヴァルはくるりとカップを回しながら言葉を続けた。
「ボア教授のところの実験体……そろそろ使えそうなんだって」
「……ああ。あの子供か」
グレーシャは淡々と返す。興味の色は薄い。
だが、シュヴァルは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、楽しみだなぁ……今度は、どんな表情を見せてくれるんだろう、ね……メリィ」
目が細められ、蒼白の頬に薄く紅がさす。
その目の奥に宿るのは狂気。執着。恍惚。
「……また泣いてくれるかなぁ。震えて……怯えて……ああ、食べたくなってしまうよ……」
グレーシャは黙って窓辺に目をやる。
黒雲は厚く、空は低い。降り出しそうな、冷たい雪の気配。
「待ちきれないなぁ……また彼女に会う、その時が」
シュヴァルの微笑みは崩れない。まるで世界の全てが愛しい玩具であるかのように。
静かに紅茶を飲み干す。
その瞳はどこまでも冷たく──甘く狂っていた。
そしてバクストの空に、一羽の黒い鴉が舞い上がった。
嵐の前の静けさが、街を包み込む。
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