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53.遺跡の街マコナム(中編)
しおりを挟む翌朝。
メリィたち一行は、陽だまりの石畳を歩いていた。宿屋の主人が自ら案内役を引き受けてくれ、街のあちこちに残る古代遺跡を巡る「散策ツアー」が始まっていた。
「この道も……古代のまま、位置や幅がほとんど変わっていないんですよ」
宿屋の主人は誇らしげにそう言いながら、軽く手を広げる。
舗装の隙間に草の生えた石畳。歩くたびにかすかな響きを返すそれは、確かにどこか時間の層をまとっているようだった。
「昔の人も……この上を歩いてたのかなあ……」
メリィがふと呟く。
「この窪み、馬車の跡らしいです……!」
「歴史の上を歩いてるみたいです!」
双子のメルルとマヌルが目を輝かせてはしゃぐ。
「ふむ……」
ズメウは黙って空を仰ぎ、何かを思い返すように遠い目をしていた。
やがて案内の主は城跡の広場へと一行を誘った。
崩れた石壁、蔦の絡まる塔の跡。宿屋の主は嬉々として語る。
「この塔は昔、見張りのために建てられていたと言われています。敵の侵入を察知し、警鐘を鳴らしていたとか……」
と、その背後──
「否。鐘があったのは事実だが……あれは時を告げる塔だった。敵襲用ではない」
ズメウが表情を変えず、低く囁く。
しかも宿屋の主には聞こえない距離。
昨日の夜、タカチホに「説明役の方の話を邪魔しないように」としっかり釘を刺されていたためだ。
「え、マジで……? じゃあ、今の説明ウソだったってことか……?」
ワノツキがひそひそと肩を寄せる。
「伝わるうちに歪むものだ。人の記憶も、記録もな」
「我に聞けと言ったろう……」
「お前……ほんとにこの街が遺跡になる前からいたのかよ……」
「やっぱり規格外だな」ネロが笑いながらぼそりと呟く。
思わず吹き出しそうになる一行。メリィが慌てて口元を押さえる。
宿屋の主が怪訝そうに振り返るが、何事もなかったかのように彼らはついていく。
次に訪れたのは地下貯水施設跡──薄暗い入り口が街の一角に口を開けている。階段を降りれば、冷たい空気がひやりと頬を撫でた。
「わあ……広いです……」
「柱がいっぱい……森みたいですね!」
双子が小さく声を上げる。
無数の石柱が整然と並び、かつての貯水槽の面影を残す巨大な空間。タカチホも思わず感嘆の息を漏らす。
「見事な保存状態ですネ。こうして地下に残ることで、風化を免れたのでショウ」
「……地下の冷気が、良い具合に保っているのだな」
ズメウがまた、独り言のように呟く。
「ここ……前は何だったんだ?」
ワノツキが小声で尋ねる。
「……水牢、だ」
「……え?」
「反逆者を沈めるための施設だった。水を満たせば……逃げ場はない」
「「……ヒィ……」」双子が背中を寄せ合う。
「オイ、そういうこと言うなよ……怖ぇだろ」
ワノツキが肩をすくめると、ズメウは薄く笑って黙った。
地上に戻ると、次は城外に広がる円形劇場跡。
半壊した石の座席。舞台の跡。宿屋の主は「古代の歌や詩が披露された場」と説明するが──
「……此処で罪人の首を刎ねていたな。民衆の見世物として」
「わ、ちょっと、ズメウサンッ……!!」
タカチホが顔を引きつらせ、焦って止めに入る。
「事実だ。……今の説明も誤りではない。劇も演じられた…だが、処刑もしていた」
ズメウは静かに言う。
メリィは複雑な顔で舞台跡を見やる。
「……色んな歴史が、ここには重なってるんだね……」
その言葉に、皆が無言で頷いた。
次は図書館跡。壁の一部と石の本棚がかろうじて残る、廃墟と化した空間。
「ここには……何冊も魔法書があったはずなのだが……」
ズメウがぽつりと呟く。
「わぁ……マヌル達里には、こんな大きな図書館の話、聞いたことないです……」
「ですです。メリィ姉さま、そんなに本がいっぱいの場所があったら、来てみたかったですね!」
「うん……見てみたかったな……」
メリィは本棚に触れ、粉のように崩れる石を指先に受けた。その灰のような粉は、指先からさらさらとこぼれ落ち、もう二度と元の姿には戻らないのだと告げていた。
やがて案内は終盤。宿屋の主が軽く手を叩き、振り返った。
「さて、最後は神事が行われていたと伝わる“祭壇跡”へご案内しましょう」
「祭壇……?」
メリィが小さく首を傾げる。
「何を祀ってたんだ?」ワノツキが気になったように問う。
「それは……『白の魔王』と呼ばれる存在だったとか。ですが、詳しい資料はほとんど残っていなくて……今となっては正体も意味も不明です」
「……白の魔王」
メリィがその言葉を胸の内で静かに反芻する。
「まさか……こんな所で聞くとはな」
ネロも低く呟いた。
「メルルもです。里の外での伝承はわかりませんが……」
「マヌルも知らないです……」
双子は顔を見合わせ、不思議そうに首をひねる。
そんな彼らを後ろで見守りながら、ズメウは目を細める。
そのまま何も言わず、じっと黙っていた。
「ええと……本当は最後までご案内したいところなんですが……」
宿屋の主が申し訳なさそうに笑う。
「大変申し訳ありません、これから宿の本業──夕食の仕込みと接客準備に戻らなくてはならなくて……」
「いや、充分だ。ここまで連れてきてくれて助かったぜ」
ワノツキが気さくに笑い、言葉を続ける。
「祭壇跡までの道も聞いたし、あとは自分たちで行ける。夕暮れ時まで付き合ってくれてありがとな」
「とんでもないです!」
宿屋の主は深々と頭を下げると、足早に街の方角へと戻っていった。
ふと残された静けさが、一行を包む。
他の観光客の姿もない。ここから先は──自分たちだけだ。
「……さて。じゃあ行くか」
ワノツキが肩を回し、伸びをする。
「祭壇跡……どんな場所なんだろう……」
メリィがそっとつぶやく。
「わくわくしますね!姉さま!」
「ですです、古代の神事ってどんなだったんでしょう……」
「……不用意に触るなよ。こういう場所、何が眠ってるかわかんねぇからな」
ネロの言葉に、双子は「はーい!」と元気に返事をした。
石畳の道の先。
夕暮れがじわりと空を染めはじめる中、彼らは祭壇跡へと歩き出した。
誰も、その先に何が待つのかを知らぬまま──。
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