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58.大事だからこそ
しおりを挟む療養を続けていたメリィは、ようやくゆっくり歩けるほどに回復していた。まだ脇腹に鈍い痛みは残るものの、こうして少し身体を動かせることが嬉しいらしく、時折ふわりとした微笑みを浮かべていた。
そんなメリィの横に立ったズメウが、不意に片腕を伸ばし、ひょいと軽々しく彼女を抱き上げた。
「旅を続けるのならば――我が運ぼう」
低く静かな声。ズメウは涼しい顔で言ってのける。
「わあ……ズメウの視界って、こんなに高いんだね……」
メリィは驚いたように辺りを見渡し、ぽわぽわとした顔でそう呟いた。ふわりと目を細め、目線の高さの変化を楽しんでいる様子だ。
それを見たワノツキは内心ひやひやしていた。ズメウなら落とす心配はないと分かってはいるのだが、それでも何かの拍子に手が滑ったりしないか――つい警戒の色を隠せない。
「まあ、ズメウの側なら……一番安心かもな」
ネロがぽつりと呟く。けれど、その横顔にはどこか翳りがあった。
――自分がもっとしっかりしていれば。
――あんな大怪我をさせなかったのに。
そんな悔いが、心の奥底に重たく沈んでいる。
ズメウはふとそんなネロの様子に気づき、にやりと口角を上げた。
「……ならば、メリィはこのまま――我が貰い受けても構わんのだな?」
挑発めいた声音。わざとらしくメリィを軽々と持ち上げたまま言う。
ネロが何か言い返しかけた。しかしふっと視線を落とし、押し殺すように呟く。
「……その方が、メリィは幸せかもな」
そのまま部屋を出て行ってしまう。
「あらら~。これは重症ですネ……」
タカチホが苦笑まじりに呟く。
その後ろで、ワノツキが大きく肩をすくめた。
「しゃーねぇな……」
ワノツキもネロを追って部屋を出る。
「ズメウ、わたしも降ろして。行ってくる」
メリィがそう言えば、ズメウは素直に彼女を床に降ろした。
「メリィサン!あまり無茶して歩き回ってはダメですヨ!!」
慌てるタカチホの声に、メリィは小さく頷いて、部屋を後にした。
◆
宿を出て、少し歩いた先。小さな公園の片隅に、ネロはいた。
ベンチに一人腰掛け、じっと地面を見つめている。
「そんな薄着で外にいたら、風邪引くぞ」
ワノツキが後ろから声をかけると、ネロはちらりと振り向く。けれどその目は疲れ切っていた。
「なぁ、ネロ。あん時のこと……一人で抱え込もうとしてないか?」
心配げに声をかけるワノツキに、ネロは小さく首を振る。
「……一人にしてくれ」
そう言って立ち上がろうとした――その目の前に、メリィが立っていた。
「……メリィ!?な、何してんだ! 一人で出て来るなんて……!」
驚いたネロが慌てて駆け寄る。まだ動いていい身体じゃないはずだ。顔色も決して良くない。
けれど、メリィは乱れた呼吸をゆっくり整え、真っ直ぐな瞳で二人を見据えた。
「……ネロ、ワノツキ。ちゃんと話して欲しいの。何があったのか。わたし、わからないままで、泣かれて、避けられて……そんなの、嫌だよ」
メリィの声はいつになく強く、凛としていた。
沈黙の中で、ネロが口を開く。
「……フィズに、会ったのは覚えてるか?」
「うん。……なんとなく」
メリィが頷くと、今度はワノツキが重く口を開いた。
「……メリィ。お前のその怪我はな――フィズがやったんだ」
メリィの目が大きく見開かれる。
「……フィズが?なんで……?」
「多分、ボア教授のところで何かされたんだろう。フィズが自分で言ってたんだ。魔人の力を手に入れたって……」
ワノツキは苦虫を噛み潰したような顔で続けた。
「俺たちも、何がどうなってるのか正直わからねぇ。でもな……嫌でもまた会う。そんな気がしてる」
ふう、とワノツキは空を仰いだ。
「……どっかの全身真っ黒な奴はな――お前が怪我する前に守れなかった、自分のせいだって……一人で勝手に落ち込んで、ふてくされてやがる」
ワノツキはメリィからネロに視線を向ける。
「……あの場にいたのはお前だけか?お前のせいでメリィが怪我したのか?……違うだろ!」
語気が強くなる。
「悔しいのは、俺も、ズメウも、タカチホも、双子も――みんな同じだ。一人で気取ってんじゃねぇよ」
そう言い捨てると、ワノツキは踵を返して宿へと歩き出した。
公園には、メリィとネロ、二人きりが残された。
「あれは……ワノツキなりの優しさだね。
……ネロ。誰がいつ怪我するかなんて、わからないことだよ。だから、誰かのせいだなんて、わたし思わない」
メリィはそっと微笑む。
「ネロには……いつものネロでいてほしいな」
その言葉に、ネロは拳を握りしめる。
「それに……フィズとも、もう一度ちゃんと話したい。うん、大丈夫。次は絶対、みんなに心配かけないようにするから!」
両手を広げて明るく笑うメリィ。そんな彼女を、ネロは静かに、けれど確かに抱きしめた。
――傷に触れないように。壊れ物に触れるような優しさで。
「……くしゅん!」
小さなくしゃみ。
「……風邪引くぞ。帰ろう」
「えへへ…かっこよくしまらないなぁ」
ネロはふっと笑って、メリィの手をそっと取る。
空から、細かな白い雪が舞い始めていた。街に、静かな冬の訪れを告げるように。
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