夢守りのメリィ

どら。

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57.目覚め

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――ここは、どこだろう?

ふわりと身体が浮かぶような感覚。
冷たい霧が足元を包み、どこまでも白い空間が広がっている。地面も壁も、空すらも――全てが白く、形も境界もない。

その中に、ぽつりと影が立っていた。

「……ここで会うとはな」

低く、静かな声。男か女か判別のつかない、不思議な響き。
その声の主が、淡く光る霧の向こうからゆっくりと近づいてくる。

「誰……?」

思わず問いかけるメリィに、その影は僅かに首を傾げた。人の形はしている。だが、その輪郭も服も、髪も――何もかもが真っ白に染まっている。顔も、表情さえも霧のように曖昧で、何者かすら分からない。

「ここは、夢の狭間。目覚めと眠り、過去と未来、願いと絶望の……境界だ」

ゆっくりと告げる声。
その言葉が耳の奥に染み込むように響いてくる。

「……夢の、狭間……」

「そう。偶然か、あるいは必然か……お前の血が、鍵を開いたのだ。だからこうして、我は目覚めの間に立つ」

白い影が一歩、近づく。

「空(から)の者よ。……お前だからこそ出来ることがある。役目がある。選び取るべき夢が、ある」

「……空の者?わたしが……?」

メリィは頭がふわふわと霞む感覚に眉をひそめながら、問いかけた。

「それは……どういう意味……?夢を選び取るって、何を……?」

だが、返答はなかった。

ただ静かに、白い影が霧の向こうへと消えていこうとする。

「待って……教えて……」

必死に声を張る。
メリィに向けて最後に投げかけられた言葉は――。

「……目覚めの時は、遠くない」

その呟きと共に世界は崩れ、足元が闇に沈んでいく。

意識がふっと、現実の眠りへと引き戻されていった。

ーーー


「……ん、」
メリィが目を覚まさなくなってから三日目の朝、微かに瞼が震える。メリィの呼吸が変わり、閉じていた目がそっと開かれた。

「メリィ!」

真っ先に駆け寄ったのはネロだった。ベッド脇に膝をつき、その手をぎゅっと握りしめる。

「良かった……目が、覚めた……!」

驚いたように瞬きをするメリィに、安堵の色が広がる。

「……ネロ……みんな……?」

その声に、ワノツキもほっとした顔を見せた。

「ったく……心配させんじゃねぇよ……。本当に……」

「まだ寝ていてください。起き上がるのは――」

タカチホが言いかけたその時、メリィは上体を起こそうとした。

――ズキッ。

「……っ、痛……」

脇腹に鋭い痛みが走り、メリィは思わず顔をしかめる。

「……ほら、言ったでしょう。まだ傷が塞がり切ってません。絶対安静、動いちゃダメですよ」

タカチホが慌てて近づき、枕元に手を伸ばしメリィを横にした。

「……ごめん……心配かけて……」

メリィは浅く息を吐くと、ふと眉をひそめた。

「……あれ?でも……わたし、なんで怪我してるんだっけ……?確か……フィズに、会ったような……そんな気がするんだけど……」

その呟きに、ワノツキがわずかに顔をしかめた。歯切れの悪そうな声で、

「……あー……それな……」

「……ま、その話は……追々、な」

メリィの疑問をかわすように、ワノツキは視線を逸らした。

その時――勢いよく扉が開いた。

「姉さまぁー!!」

「よかったぁー!!」

泣きながら双子が駆け込んでくる。ベッドに飛びつこうとしたその瞬間、ワノツキが片手で止めた。

「おいこら!怪我人に飛びつこうとすんな!」

「……うぅ……」

「……ごめんなさい……」

しゅんと肩を落とし、耳がへにゃりと下を向く二人。涙を浮かべたまま、じっとメリィを見る。

「姉さまが……目を覚まさなかったら……どうしようって……」

「大丈夫だよ。ほら……ちゃんと目、覚めてる」

メリィが微笑みかけると、双子はまた涙ぐみながらも嬉しそうに頷いた。

「まったく……ほんっっっとに危ない所だったんですからネ!」

タカチホが腕を組みぷんぷんと怒る。

「小生が偶然近くにいたから良かったものの……まったく困った人ですヨ!!」

そう言いつつ包帯を確認し、溜息をつく。

「とにかく、しばらくは絶対安静でス。あと……覚悟してくだサイ。小生の薬は、苦いですヨ……ふふふ」

ニタリと笑うタカチホに、メリィは思わず苦笑した。

「さ、皆さん行きますヨ。お静かにして休ませないと」

そう言ってタカチホは双子とワノツキを促し、部屋を出ていく。名残惜しそうに何度も振り返る双子の頭を、ワノツキが優しく押してやった。


――部屋に残されたのは、ネロとメリィだけ。

ネロは黙ったまま、ずっとメリィの手を握りしめていた。その目の下には深く濃い隈――眠れぬ夜を過ごした証がくっきりと残っている。

「ネロ……いっぱい心配かけちゃったね、ごめんね」

そっとメリィは両手を伸ばし、ネロの頬に触れる。そして、そのまま彼の頭を胸元へと抱き寄せた。

ネロは何も言わない。ただ小さく肩を震わせ、一粒だけ……静かに涙を落とした。

「……ありがとう、ネロ」

メリィの囁きに、ネロの指がきゅっと、彼女の手を握り返す。

――静かな、朝の光が差し込んできていた。
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