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63. 微笑む狂気、笑う旅人
しおりを挟むひと気のない地下室。
冷え切った石の床、歪んだ機械の並ぶ壁際――その中央に、ボア教授は立っていた。白衣の下の背中に、じっとりと汗がにじむ。
そこへ、いつの間に現れたのか、白銀の髪の男が歩み寄ってくる。
「君の“小鳥”……ずいぶん大活躍だったみたいじゃないか」
低く甘やかな声。笑みを浮かべたシュヴァルが、悠然と教授の間近に立つ。
「……あ、あれは……まだ、試験段階でして……運用には、いくつか問題が……」
ボア教授は冷や汗を拭いながら、必死に言い訳を重ねる。
だが、その言葉をシュヴァルは無視した。微笑んだまま、右手を伸ばす。
次の瞬間――。
ぎり、と音を立てて教授の首が締め上げられた。
「僕はさ……自分の“獲物”を、自分以外が傷つけるのは気に入らないんだよね」
柔らかな声音とは裏腹に、指先には微塵も容赦がない。
爪が食い込み、息が詰まる。苦悶の声さえ出ない。
「……ひ、ひっ……申し訳……ご、ございま
……」
やっと絞り出した言葉に、シュヴァルは満足したのか、ふっと手を離した。
床に崩れ落ち、咳き込むボア教授。
「小鳥のお世話は、ちゃんとしておいてね。……じゃないと――」
シュヴァルの笑顔は凍てつくように冷たい。
「うっかり、握り潰してしまうかもしれないから」
くるりと踵を返し、影のように消えていく。
その足音すら、いつの間にか掻き消えていた。
完全に気配が消えたのを確認してから、ボア教授はゆっくりと身を起こし、苦しげに胸を押さえながらぽつりと呟いた。
「……狂人め」
ぎり、と唇を噛む。
その目の奥には、恐怖と……確かに小さな、暗い野心の光が宿っていた。
――いつか必ず、この首に牙を立ててやる。
その日まで、耐え忍ぶのみだ。
そう心の奥で呟きながら、教授は白衣の袖で唇の血を拭った。
ーーー
街道を歩く一行の前方で、乾いた土埃が舞い上がった。
「……止まれ」
ネロの静かな声に、皆が足を止める。
視線の先――大きな魔獣が、のそりと頭をもたげた。全身が黒い鱗に覆われ、四つ脚で大地を踏みしめている。角が二本、鋭く反り返り、赤い目がじっとこちらを見据えていた。
「……クシズル種か。久々に見た」ワノツキが顔をしかめる。「あんなのが街道に出てくるなんて珍しいな……」
「我が屠る」ズメウがハルバードを肩に担ぐ。
だが、その横に立ったネロが静かに手を上げた。「待ってくれ。今回は……オレにやらせてくれ」
その言葉に、皆が一瞬目を見張る。ネロの視線が、隣のメリィに向いた。
「メリィ、一緒に行こう」
「うん、久しぶりのネロとの連携だね。頑張る!」
「無理すんなよ」ネロが目を細める。
「大丈夫。無理そうだったらすぐ下がる。その時は……よろしくね、ワノツキ!」メリィが笑顔で大鉈を握りしめる。
「おう、任せろ」
そのやりとりを背に、メリィは軽く息を吸ってから走り出した。背後からネロが追う。
魔獣が唸り、ずしんと重い足音で彼女たちを迎え撃つ。
「いくよ、ネロ!」
「ああ!」
メリィの大鉈が唸り、巨体の懐に飛び込んで一撃を放つ。ゴン、と重い音。魔獣の目が彼女に向く。
「よし、こっち向いた……!」ネロが低く呟き、背後へ回り込む。左の脚の付け根に短剣で切り込む。
「グゥオォォ!!」魔獣が叫び、標的をネロに変える。
「メリィ!!」
「任せて!」
振り返った魔獣の横腹に、大鉈の重い一撃――ズシン、と鈍い音を立てて魔獣が傾き、そのまま崩れ落ちた。
「やったぁ!」「やりましたね!」双子が駆け寄ってくる。
「姉さますごーい!」「すごーい!」
「ちっちゃいのに、あんな重たい獲物使ってるなんて、びっくりしちゃった~!」
――その時、聞き慣れない声が背後から届いた。
「あらあら、そんな警戒しないで。怪しい者じゃないわよ~?」
振り向けば、鮮やかな赤髪に長いまつ毛の長身の男が、ひらりと手を振って立っている。女のような柔らかい口調と動き。
「アンタの話し方が胡散臭いっつうとんねん。何度言うたら分かるんや、ボケ」
その隣から、今度は訛りの強い黒髪短髪で三白眼の男が現れ、赤髪の頭をペシリと叩く。
「驚かせてごめんやで?でもほんま、悪気ないんや。許したってや」
にかっと人懐こい笑顔。
警戒を解かないまま、メリィが問う。「……あなたたち、旅の人?」
「あら、ご挨拶がまだだったわね。アタシはライオット。この子はシズム。二人で冒険者してるの」
「この先の街でな、ダンジョン攻略する予定やねん」シズムが続けた。
「ダンジョンって……魔物がいっぱい、いる所?」メリィが聞くと、シズムはうんうんと頷いた。
「けどその分、中にはえらいお宝もあるって噂や。せや!一緒に行かへん?人手は多いに越したことあらへんしな」
突然の誘いに、仲間たちが顔を見合わせる。
「ズメウ……行きたい?」先程から尾が揺れているズメウを見て、メリィが問いかける。
「うむ。未知の宝……未知の敵。いつの時代でも…唆るものだ」尾をゆらりと揺らすズメウ。目が光を帯びている。
「ふふ、仕方ないな」ズメウの様子を見てネロが笑った。
「探検ですよ!」「探検です!」双子も飛び跳ねる。
「一蓮托生、よろしゅう頼むで!」シズムがズメウの手をぎゅっと握る。ズメウも微笑んだ。
こうして、旅の一行は思わぬ賑やかさを増しながら、次の街――ダンジョンの待つ地へと向かっていくのだった。
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