夢守りのメリィ

どら。

文字の大きさ
63 / 140

63. 微笑む狂気、笑う旅人

しおりを挟む
 
ひと気のない地下室。
冷え切った石の床、歪んだ機械の並ぶ壁際――その中央に、ボア教授は立っていた。白衣の下の背中に、じっとりと汗がにじむ。
そこへ、いつの間に現れたのか、白銀の髪の男が歩み寄ってくる。

「君の“小鳥”……ずいぶん大活躍だったみたいじゃないか」

低く甘やかな声。笑みを浮かべたシュヴァルが、悠然と教授の間近に立つ。

「……あ、あれは……まだ、試験段階でして……運用には、いくつか問題が……」

ボア教授は冷や汗を拭いながら、必死に言い訳を重ねる。
だが、その言葉をシュヴァルは無視した。微笑んだまま、右手を伸ばす。

次の瞬間――。

ぎり、と音を立てて教授の首が締め上げられた。

「僕はさ……自分の“獲物”を、自分以外が傷つけるのは気に入らないんだよね」

柔らかな声音とは裏腹に、指先には微塵も容赦がない。
爪が食い込み、息が詰まる。苦悶の声さえ出ない。

「……ひ、ひっ……申し訳……ご、ございま
……」

やっと絞り出した言葉に、シュヴァルは満足したのか、ふっと手を離した。
床に崩れ落ち、咳き込むボア教授。

「小鳥のお世話は、ちゃんとしておいてね。……じゃないと――」

シュヴァルの笑顔は凍てつくように冷たい。

「うっかり、握り潰してしまうかもしれないから」

くるりと踵を返し、影のように消えていく。
その足音すら、いつの間にか掻き消えていた。

完全に気配が消えたのを確認してから、ボア教授はゆっくりと身を起こし、苦しげに胸を押さえながらぽつりと呟いた。

「……狂人め」
ぎり、と唇を噛む。
その目の奥には、恐怖と……確かに小さな、暗い野心の光が宿っていた。

――いつか必ず、この首に牙を立ててやる。
その日まで、耐え忍ぶのみだ。

そう心の奥で呟きながら、教授は白衣の袖で唇の血を拭った。


ーーー

街道を歩く一行の前方で、乾いた土埃が舞い上がった。

「……止まれ」
ネロの静かな声に、皆が足を止める。

視線の先――大きな魔獣が、のそりと頭をもたげた。全身が黒い鱗に覆われ、四つ脚で大地を踏みしめている。角が二本、鋭く反り返り、赤い目がじっとこちらを見据えていた。

「……クシズル種か。久々に見た」ワノツキが顔をしかめる。「あんなのが街道に出てくるなんて珍しいな……」

「我が屠る」ズメウがハルバードを肩に担ぐ。

だが、その横に立ったネロが静かに手を上げた。「待ってくれ。今回は……オレにやらせてくれ」

その言葉に、皆が一瞬目を見張る。ネロの視線が、隣のメリィに向いた。

「メリィ、一緒に行こう」
「うん、久しぶりのネロとの連携だね。頑張る!」

「無理すんなよ」ネロが目を細める。

「大丈夫。無理そうだったらすぐ下がる。その時は……よろしくね、ワノツキ!」メリィが笑顔で大鉈を握りしめる。

「おう、任せろ」

そのやりとりを背に、メリィは軽く息を吸ってから走り出した。背後からネロが追う。

魔獣が唸り、ずしんと重い足音で彼女たちを迎え撃つ。

「いくよ、ネロ!」
「ああ!」

メリィの大鉈が唸り、巨体の懐に飛び込んで一撃を放つ。ゴン、と重い音。魔獣の目が彼女に向く。

「よし、こっち向いた……!」ネロが低く呟き、背後へ回り込む。左の脚の付け根に短剣で切り込む。

「グゥオォォ!!」魔獣が叫び、標的をネロに変える。

「メリィ!!」

「任せて!」

振り返った魔獣の横腹に、大鉈の重い一撃――ズシン、と鈍い音を立てて魔獣が傾き、そのまま崩れ落ちた。

「やったぁ!」「やりましたね!」双子が駆け寄ってくる。

「姉さますごーい!」「すごーい!」
「ちっちゃいのに、あんな重たい獲物使ってるなんて、びっくりしちゃった~!」

――その時、聞き慣れない声が背後から届いた。

「あらあら、そんな警戒しないで。怪しい者じゃないわよ~?」

振り向けば、鮮やかな赤髪に長いまつ毛の長身の男が、ひらりと手を振って立っている。女のような柔らかい口調と動き。

「アンタの話し方が胡散臭いっつうとんねん。何度言うたら分かるんや、ボケ」

その隣から、今度は訛りの強い黒髪短髪で三白眼の男が現れ、赤髪の頭をペシリと叩く。

「驚かせてごめんやで?でもほんま、悪気ないんや。許したってや」
にかっと人懐こい笑顔。

警戒を解かないまま、メリィが問う。「……あなたたち、旅の人?」

「あら、ご挨拶がまだだったわね。アタシはライオット。この子はシズム。二人で冒険者してるの」

「この先の街でな、ダンジョン攻略する予定やねん」シズムが続けた。

「ダンジョンって……魔物がいっぱい、いる所?」メリィが聞くと、シズムはうんうんと頷いた。

「けどその分、中にはえらいお宝もあるって噂や。せや!一緒に行かへん?人手は多いに越したことあらへんしな」

突然の誘いに、仲間たちが顔を見合わせる。

「ズメウ……行きたい?」先程から尾が揺れているズメウを見て、メリィが問いかける。

「うむ。未知の宝……未知の敵。いつの時代でも…唆るものだ」尾をゆらりと揺らすズメウ。目が光を帯びている。

「ふふ、仕方ないな」ズメウの様子を見てネロが笑った。

「探検ですよ!」「探検です!」双子も飛び跳ねる。

「一蓮托生、よろしゅう頼むで!」シズムがズメウの手をぎゅっと握る。ズメウも微笑んだ。

こうして、旅の一行は思わぬ賑やかさを増しながら、次の街――ダンジョンの待つ地へと向かっていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...