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68.記憶の守り手(前編)
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本の街——《ビブロス》。
その姿が視界に入った瞬間、メリィは思わず息を呑んだ。
街の外壁は赤い石造り。門の脇には無数の掲示板と張り紙。手書きの宣伝文句が躍り、「古文書特売」「魔導書入荷」「恋愛詩集全集」など、さまざまな文字が目に飛び込んでくる。中へ足を踏み入れれば、どこもかしこも本・本・本——。
「わあ……ほんとに、本だらけ……」
メリィの言葉に、双子が左右でぴょこんと跳ねる。
「絵本ありますかね!」「メルルも読みたいですっ!」
小さな露店では旅人向けの読み切り小説や地図の冊子、古びた魔術書が並び、行き交う人々の手にも何かしらの本があった。子供は物語の本、大人は研究書。老紳士が辞書の山を運び、魔術師風の男が魔導書を吟味している。まるで街全体が図書館のようだった。
「……すごいな。こんな街もあるのか」
ネロが街の中から空を見上げる。高い塔の上にも、まるで本棚のような飾りが彫られていた。
「荷物増やすなよ?本ってのは案外重いからな」
と、ワノツキが冷静に呟くが、双子の目はキラキラ輝いている。
「……その目はすでに買う気マンマンだな」
メリィも苦笑した。だがその隣で、タカチホが珍しく無言のまま歩いている。いつもの軽い調子は影を潜め、表情もどこか硬い。
「タカチホ……?」
心配になって声をかけると、彼は少し驚いたように瞬きし、肩をすくめた。
「エェト……小生、この街で……少しだけ、時間をもらってもいいですかネ?」
「どうした?何か探したい本でもあるのか?」
ネロの問いに、タカチホはふっと目を伏せる。珍しく、どこか弱気な声音だった。
「……小生、万能ではないので……メリィサンの時も、シズムサンの時も、思うような手当てができませんでした。……回復薬も針も、根本から傷を癒すわけではない。……この街に残る医療技術、古い回復術を——学んでおきたいのですヨ」
その言葉に、皆が思わず立ち止まる。
「……おまえがそんな顔すんの、初めて見たな」
ワノツキがぽつりと呟く。タカチホは苦笑しつつ、目を伏せたまま続けた。
「いつもふざけて見せてますけど……小生だって、これでも色々と思うわけですヨ。大切な仲間が倒れた時に、何もできなかった無力さ……悔しいのでス」
「……タカチホ」
メリィがそっと声をかける。すると彼は、いつもの飄々とした笑顔を取り戻すように肩をすくめた。
「……今の小生はまだまだ。ですから、ここでより知識を得たいのです。ちゃんとお役に立てるように」
「……そういうとこ、ちゃんとしてるんだな」
ネロのつぶやきに、タカチホは目を細めた。
「もちろん。小生、こう見えて真面目ですからネ」
——と、そこで双子が手を挙げる。
「あのですね!今本屋さんの人に聞いたのですが、ここのおっきい図書館、秘密の本があるらしいんです!」「でも、普通の人は入れない場所だって言ってました!」
「へぇ。どんな本があるんだろうな。」
ネロが双子の頭を撫でていると、
タカチホがポケットから銀の札を取り出した。
「てれれってれ~!なんと小生、入場許可、持ってマス」
「はぁ!?なんでお前そんなモン……」
「さぁ、なぜでしょウ?」
肩をすくめるタカチホに、ネロが心底呆れ顔で突っ込む。
「何者なんだよ、お前……」
やがて彼らは、大図書館の正面へと立った。
赤い石の街とはまた違う、重厚な灰色の壁。扉には古い文様が刻まれ、獣や天使、人の顔が彫り込まれている。左右の台座には巨大な獅子像。鼻先には“知識こそ力なり”という古代語。
「……大きいね」
メリィが小さく呟くと、タカチホがぽつり。
「この扉、昔は魔術で自動開閉だったのですヨ。……今は普通に押さないと開きませんけど」
「タカチホ、よく知ってるね」
「そりゃあ、来たことありますからネ」
ネロがまた怪訝そうにタカチホを見た。
「ほんとに何者なんだよお前……」
一行が中へ入れば、古い紙と革の匂いが鼻をかすめる。書架は果てしなく続き、遠くの高架を魔術師らしき男が宙に浮かんで本棚を眺めている。棚の間では老学者が杖をつき、空中に浮かぶ本と会話していた。
「……喋る本……?」
メリィが目を瞬かせる。
「古い魔道書には、簡単な意思持つヤツもいますヨ。『読まれるの大好き』な書物とか」
「へぇ…不思議だね」
「「……欲しい……」」双子が声を揃えて小さく呟く。
やがて最奥——禁書エリア前。三重の重扉。その前には二人の黒衣の警備兵。冷たい視線をこちらに向けたが、タカチホが銀の札を掲げると、ぴくりとも動かず、そのまま扉が開き始めた。
ギィィ……。
鈍い音とともに、一枚目の扉が開く。
二枚目——厚い鉄の扉が軋み、冷気が漏れ出す。
「……冷たい……」メリィが肩をすくめる。
三枚目、最後の扉。開くと同時に、微かな魔力の震えが全身を包んだ。
その時——声が響く。
「なんじゃ……久方ぶりに扉が開いたかと思えば、主(ぬし)であったか」
奥から聞こえる声。静かで、冷たく、そしてどこか懐かしさを感じさせる。
ステンドグラスから星の光が差し込む。青と銀の輝きに照らされて、金色の長い髪をした中性的な人物が、椅子に座ってこちらを見ていた。
その存在は、まるで本そのものが人の形を取ったかのように、静かで、重く——時の向こうから来た者のようだった。
その姿が視界に入った瞬間、メリィは思わず息を呑んだ。
街の外壁は赤い石造り。門の脇には無数の掲示板と張り紙。手書きの宣伝文句が躍り、「古文書特売」「魔導書入荷」「恋愛詩集全集」など、さまざまな文字が目に飛び込んでくる。中へ足を踏み入れれば、どこもかしこも本・本・本——。
「わあ……ほんとに、本だらけ……」
メリィの言葉に、双子が左右でぴょこんと跳ねる。
「絵本ありますかね!」「メルルも読みたいですっ!」
小さな露店では旅人向けの読み切り小説や地図の冊子、古びた魔術書が並び、行き交う人々の手にも何かしらの本があった。子供は物語の本、大人は研究書。老紳士が辞書の山を運び、魔術師風の男が魔導書を吟味している。まるで街全体が図書館のようだった。
「……すごいな。こんな街もあるのか」
ネロが街の中から空を見上げる。高い塔の上にも、まるで本棚のような飾りが彫られていた。
「荷物増やすなよ?本ってのは案外重いからな」
と、ワノツキが冷静に呟くが、双子の目はキラキラ輝いている。
「……その目はすでに買う気マンマンだな」
メリィも苦笑した。だがその隣で、タカチホが珍しく無言のまま歩いている。いつもの軽い調子は影を潜め、表情もどこか硬い。
「タカチホ……?」
心配になって声をかけると、彼は少し驚いたように瞬きし、肩をすくめた。
「エェト……小生、この街で……少しだけ、時間をもらってもいいですかネ?」
「どうした?何か探したい本でもあるのか?」
ネロの問いに、タカチホはふっと目を伏せる。珍しく、どこか弱気な声音だった。
「……小生、万能ではないので……メリィサンの時も、シズムサンの時も、思うような手当てができませんでした。……回復薬も針も、根本から傷を癒すわけではない。……この街に残る医療技術、古い回復術を——学んでおきたいのですヨ」
その言葉に、皆が思わず立ち止まる。
「……おまえがそんな顔すんの、初めて見たな」
ワノツキがぽつりと呟く。タカチホは苦笑しつつ、目を伏せたまま続けた。
「いつもふざけて見せてますけど……小生だって、これでも色々と思うわけですヨ。大切な仲間が倒れた時に、何もできなかった無力さ……悔しいのでス」
「……タカチホ」
メリィがそっと声をかける。すると彼は、いつもの飄々とした笑顔を取り戻すように肩をすくめた。
「……今の小生はまだまだ。ですから、ここでより知識を得たいのです。ちゃんとお役に立てるように」
「……そういうとこ、ちゃんとしてるんだな」
ネロのつぶやきに、タカチホは目を細めた。
「もちろん。小生、こう見えて真面目ですからネ」
——と、そこで双子が手を挙げる。
「あのですね!今本屋さんの人に聞いたのですが、ここのおっきい図書館、秘密の本があるらしいんです!」「でも、普通の人は入れない場所だって言ってました!」
「へぇ。どんな本があるんだろうな。」
ネロが双子の頭を撫でていると、
タカチホがポケットから銀の札を取り出した。
「てれれってれ~!なんと小生、入場許可、持ってマス」
「はぁ!?なんでお前そんなモン……」
「さぁ、なぜでしょウ?」
肩をすくめるタカチホに、ネロが心底呆れ顔で突っ込む。
「何者なんだよ、お前……」
やがて彼らは、大図書館の正面へと立った。
赤い石の街とはまた違う、重厚な灰色の壁。扉には古い文様が刻まれ、獣や天使、人の顔が彫り込まれている。左右の台座には巨大な獅子像。鼻先には“知識こそ力なり”という古代語。
「……大きいね」
メリィが小さく呟くと、タカチホがぽつり。
「この扉、昔は魔術で自動開閉だったのですヨ。……今は普通に押さないと開きませんけど」
「タカチホ、よく知ってるね」
「そりゃあ、来たことありますからネ」
ネロがまた怪訝そうにタカチホを見た。
「ほんとに何者なんだよお前……」
一行が中へ入れば、古い紙と革の匂いが鼻をかすめる。書架は果てしなく続き、遠くの高架を魔術師らしき男が宙に浮かんで本棚を眺めている。棚の間では老学者が杖をつき、空中に浮かぶ本と会話していた。
「……喋る本……?」
メリィが目を瞬かせる。
「古い魔道書には、簡単な意思持つヤツもいますヨ。『読まれるの大好き』な書物とか」
「へぇ…不思議だね」
「「……欲しい……」」双子が声を揃えて小さく呟く。
やがて最奥——禁書エリア前。三重の重扉。その前には二人の黒衣の警備兵。冷たい視線をこちらに向けたが、タカチホが銀の札を掲げると、ぴくりとも動かず、そのまま扉が開き始めた。
ギィィ……。
鈍い音とともに、一枚目の扉が開く。
二枚目——厚い鉄の扉が軋み、冷気が漏れ出す。
「……冷たい……」メリィが肩をすくめる。
三枚目、最後の扉。開くと同時に、微かな魔力の震えが全身を包んだ。
その時——声が響く。
「なんじゃ……久方ぶりに扉が開いたかと思えば、主(ぬし)であったか」
奥から聞こえる声。静かで、冷たく、そしてどこか懐かしさを感じさせる。
ステンドグラスから星の光が差し込む。青と銀の輝きに照らされて、金色の長い髪をした中性的な人物が、椅子に座ってこちらを見ていた。
その存在は、まるで本そのものが人の形を取ったかのように、静かで、重く——時の向こうから来た者のようだった。
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