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70.少年と知識
しおりを挟むそれは、まだタカチホが“タカチホ”という名でない昔のこと。
個性的な衣服でもなく、軽口もなく、飄々とした態度もない、まるで氷のような鋭さを持った少年の頃。
蛇のような、細く鋭い金色の目をした少年は、ある日突然、この図書館に現れた。
静かに、だが確かな足取りで。
彼は何も語らず、誰にも話さず、本を取ってはページを捲り、読み終えると次へと進む。
その手は、医学、植物学、歴史学、魔導理論……ありとあらゆる分野に伸びていった。
黙々と、淡々と。
まるでこの世のすべてを、記憶に刻み込もうとでもするかのように。
そんな彼に、エンが気付くのに時間はかからなかった。
「……珍しい子じゃな」
ある日、静けさの中、エンはそっと声をかけた。
「主。何故、そんなに急ぐ?何を求め、何になりたいのだ?」
ページを捲る音が止まる。
だが少年は顔を上げず、目線を本に落としたまま、低く答えた。
「……別に」
「……面白くないやつじゃのう」
思わず漏れたエンの声に、少年は無表情で横目だけを向けた。
「何ですか。用があるなら簡潔にお願いします。邪魔はしないでください」
冷たい声。無愛想、無表情。
けれど確かに、その目の奥に潜むものを、エンは見逃さなかった。
——何かを渇望している。
それだけは、間違いなく。
そして、ある日のこと。
少年はいつにも増してつまらなそうな顔をして、本棚の前で立ち止まっていた。
「……どうした?主よ。見た目に似合わぬ小難しい顔をして」
エンの問いに、少年は溜息混じりに、呟くように答えた。
「……もう、全部読み終えてしまいましたので」
一瞬の沈黙。次いで、エンの中で何かが弾けるような音がした。
面白いものを見つけた——そんな確信。
「ふふ……まだ、主が読めておらぬ本があるぞ」
「……?」
少年が怪訝そうにエンを見る。
エンは静かに壁へ歩み寄り、その白い手を当てた。
音もなく現れる隠された扉。
驚きの色が、少年の目に初めて浮かぶ。
「これは……?」
「“知識の間”へと続く扉じゃ。わしの許可があれば、主も中の本を読むことができる。だが——」
エンの声色が僅かに厳しくなる。
「危険なものもある。口外してはならぬ書もある。それでも読むか?」
ほんの一瞬。
少年は何かに迷うそぶりを見せ……やがて、小さく呟いた。
「……読みたい」
その声には、今までにない熱が宿っていた。
「ふふ……よい答えじゃ」
ニッと笑い、エンは少年の手を取る。
驚いたように目を丸くしたタカチホ——まだ幼いその手を、引き寄せる。
「——ようこそ。知識の間へ」
三重の扉は音もなく開かれた。
光と影、古びた書物の匂い。
そして、この日から少年は“知識の間”へと通うこととなる——
それが後のタカチホ、そして“今”へと続く道の、始まりであった。
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